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53:夜砂漠ステージとうどん狂い

 白く冷ややかに輝く月。


 それが無量大数の星々と共に輝く夜空の下にあるのは、一面の砂原である。


 その砂原に焚き火を囲んで座る者たちがいる。


「さっむ! 夜の砂漠は冷えるって聞いてたが、思ってたよりキツいな、こりゃ」


 金属鎧を着た重戦士が、夜風にくしゃみをひとつ。

 続けて鼻をすするが、合わせて舞い上がっていた砂を鼻に入れてしまい、せきとくしゃみの大爆発。


「……ったく、だから言ったじゃないのよ。ほら、砂避けのゴーグルと、タオルケット。こっちはメットごと覆う感じで巻きつけてマスク代わりにして……」


 そんな重戦士に、防塵装備バッチリな軽装の女戦士が、分かっていたとばかりに余分の装備を渡していく。


「いや、こんなんやったら暖まるのを通り越して暑苦しいだろうがよ。特に昼間のエリアじゃあよ」


 熱がこもりそうだと防塵装備を遠慮する重戦士。


 彼らが焚き火をしているここは、スリリングディザイアが新しく解放した砂漠エリア。

 大ダンジョンの一部であるウィルダネスダンジョンだけあって、彼らがいる夜の外に、洞窟を挟んで昼間のエリアが存在しているのだ。


 砂漠という環境は、昼と夜とでその様相をがらりと変える。

 なのでそれぞれで遊べるように。と、二種類の基本地形を日によって昼夜を入れ替える形で実装しているのである。


 乾いた夜風が吹き抜けるエリアならともかく、太陽が容赦無く照りつけ焼いてくる昼間に、兜ごとに頭を布で覆うのはいささか暑苦しく思える。


 だがそれは素人考えと言うもの。

 遠慮する重戦士に、軽装女は頭を覆う布の奥から呆れたようにため息を吐く。


「昼のエリアなんか行くわけないでしょ? いいからちゃんと着けなさいっての」


「なーる。もともと行く予定がないエリアだから余計な心配だってことか」


 こりゃあ一本取られたと、重戦士は笑ってうなづく。


「いやちょっと待てぇいッ!? 行くわけないってどういうこったよッ!? 行く行かないはともかくワケを言えーッ!?」


 が、すぐさまそれを翻し、噛みつくような勢いで説明を求める。


「ワケも何も、砂漠エリア行くって言うのにアンタが金属鎧で、しかも何にもカバーしないで来たからでしょ!? そんなんで太陽の照り付ける砂漠になんか行けるわけがないでしょうがッ!?」


 軽装女の言う通り、日中の砂漠で何のカバーもなしに金属鎧など、自殺行為でしかない。


 炎天下に長時間置いておいた車のボディがどういうことになるか。

 乗った時にどんな感覚を味わうか。

 そのあたりをイメージしてもらえれば分かりやすいだろうか。


 特に研磨して反射加工を施してもいない限り、布で覆うなりして太陽光を遮断した方が逆にマシだというものである。


「いやいやそんくらい、調べて対策くらいしてるっての。こいつはきっちりエンチャントもしてもらった、対砂漠使用だっての」


「そう言うエンチャントがあるのは知ってるし、対策もしてるって言うのはいいとして、重さは? ここまででも何度も足を取られてたけど?」


 問題は熱ばかりではない。

 重い防具を身に着けて砂原で動きやすいわけもなく、普段以上に体力を消耗することになる。


 装甲を焼く日差しの影響を減じたとして、体力を消耗し、体の内側からの熱が上がるのは避けようがない。

 熱中症からの強制送還待ったなしである。


「これは冒険ごっこ遊びだって言っても、コンピュータゲームじゃないの! ちゃんと地形を考えた装備選択をしなきゃすぐにアウトなんだから!」


「だからってよぉ……かわのよろいとか着ていけるかよ。俺は前に出て受けるタイプのタンクファイターだぜ?」


 しかし重戦士の言うこともまた一理ある。

 チームの中での役割があり、それを果たすための適切な装備というものがある。

 弘法筆を選ばず。というが、それでも出来る限りは適切な道具を用いた方がいいのは当然である。

 ましてや達人でなく、多少手慣れた程度の凡人であるのだからなおの事。

 役割に適った、きちんとした道具でなければ、満足な働きは出来ないことだろう。


「それでも環境を無視した装備は……」


「いやいや、役割にかなった装備をだな……」


 互いに理が通っているだけに一歩も引かず、重いのと軽いのは主張のぶつけあいを続ける。


「そーゆーのって、絶対決着つかないんだからやめときなって」


 それに割って入ったのは幼児のような高い声だ。


 仲裁に入った声に二人が振り向くと、そこには砂除けの天幕に納まったネズミ獣人たち。そして彼らにうどんを振る舞うチームの顔、香川の姿がある。


「そうだぞ。お前たちもこっちにきておうどん様を食べて落ち着け」


「飯は食ってもお前の出すうどんは食わん!」


「絶対召喚うどん混ぜてるでしょ!? っていうか百パー召喚うどんでしょそれ! でないと怒るからねッ!?」


「当然だろう? 夜限定エリアとはいえ、砂漠でパーティで持ち込んでる飲み水に勝手に手を着けるワケがないだろう?」


 その言葉を肯定するように、香川と、ラットマンたちが持つ丼の中で白い麺が音を立てて跳ねる。


 それに重戦士と軽装女は揃って口元を覆って塞ぐ。


「こんな美味いもんをなーんでそこまで拒否するのかねー?」


「ねー? あの一件で住処がめちゃくちゃになって、こっちでどうにかやってこうって俺らにはとんでもなくありがたいのにさー」


「いや味とかじゃなくて生きた麺なのが問題なんだよ!? そいつら元は無理矢理に口から鼻から胃袋目掛けて突っ込んでくるようなのだぞ!?」


 意味が分からんと首を傾げるネズミ獣人たちに、重装マンが叫ぶ。

 それに軽装レディが激しく首を縦に振って同意する。


「お残ししない限りはそんなことが無いようにして下さっているというのに、なぜか仲間たちは不気味がって食べてくれない」


「おお……よしよし」


 激しい拒否に肩を落とす香川を、ラットマンたちが背をさすり、頭を撫でる。

 そして彼を落ち込ませた二人に責めるような目を向ける。


 愛玩系な見た目をしたネズミ獣人に睨まれて、軽装レディは胸を刺されたようにうめく。


「……いや、いやいや。そう言うのはいいから。今さらだろ香川よお……」


「まあ、その通りだが」


 しかし重戦士に言われるなり、香川はケロリとうどんを再びすすり始める。

 それは慰めていたラットマンたちも同じく。

 風向きが変わらない内にとばかりに、どんぶりの中身を平らげにかかる。


 まるで、あらかじめ打ち合わせていたかのような息の通じ方である。

 これに今度は重装マンたちが肩を落とすことになる。


「……もうお前ダンジョンでうどんの屋台でも引いてろよ……」


「悪くないな。外で店を開けそうになければ、他に食べる物の無い探索者か、人型のみんな相手におうどん様を振る舞う……いいかもしれない!」


「おー! ならウチの集落で店を出しなよ! 屋台は気まぐれ出張販売って感じでさ!」


「それはいいな!」


 まんざらでもない。どころかむしろ乗り気な香川に、仲間たちは深々とため息を吐く。


「本当にお店持てそうに無かったらフードコートにおいでよ。のぞみちゃんに掛け合ってあげるからー」


 唐突に割り込んできた違う声。

 それに全員が目を向けると、そこには屋台を引いたハニーブロンドのぽっちゃりウェイトレス、ベルノの姿があった。


「うぉお!? 飯屋の元締めの!? 何やってんスかッ!?」


「何って、お腹を空かせて喉の渇いたお客さまに出張販売だよ? あと飯屋の元締めって言い方は可愛くないなー」


 呼ばれ方に不満を漏らしながらも、ベルノは指を鳴らして引いていた屋台を展開させる。


「さあさあここで食べるのでも、後で食べるお弁当でも何でも言ってねー。お値段はフードコートから据え置きだよ?」


「あ、そんなら貰います」


「私も」


「はいはーい。お腹いっぱいになろうねー」


 注文を受けたベルノはテキパキと食事の準備を進める。


「むぅ……モンスター食材は抵抗が無いのに、なぜ俺のおうどん様がダメなのか……解せぬ」


「だーから、お前は踊り食いさせてくるからだよ!? 解せろッ!!」


 そして不満げに首をひねる香川を、重装マンは容赦無く突っぱねるのであった。

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