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50:逆襲逆襲!

「な、なんじゃ!? 何が起こっておるッ!?」


 岩窟神殿の内部。

 重なり圧し掛かる瓦礫を押しのけて、セクメットが飛び出す。


 そうして金色の猫目に飛び込んできた光景に、猫耳女王は絶句する。


 炎と魔法の光。

 それらに照らされて輝く黄金たちに飾られた、華やかな神殿があるはずであった。


 だがセクメットの目の前にあるのは、一面の瓦礫の山だ。


 黄金の燭台も、玉座も。金と宝石で彩った像の数々も。

 それら全ては崩れ落ちてきた天井の下敷きになり、埋め隠す砕けた砂岩に砂漠の厳しい日差しが照りつけている。


「ど、どうしたことじゃ? わ、わらわの神殿が……彼と住まう王宮が……」


 あんまりの有り様に、セクメットは茫然自失。

 一面の瓦礫に向けて手を伸ばす。


 が、陽の光の下に差し出したその瞬間、彼女の褐色の指先が煙を上げる!


 驚き悲鳴を上げてセクメットは手を引く。


 抱くように抱えられたその手は、強い日差しに慣れ親しんでいるはずの肌が焼け焦げている。

 まるで炎の中へ突っ込んだかのように。


 セクメットは火傷を負った手と、その原因である日差しとを忌々しげに睨み付け歯噛みする。


「おのれぇえ……! 暴食のは囮であるということか!?」


 痛みと怒り。それで我を取り戻したセクメットは、猫の目を爛々と輝かせながら影の濃いところへ逃げる。


「ならば攻めの手を容赦はせぬ! 見ておれ! 神殿を一息に修繕したらば……ッ!」


 獣が唸るように怒りを吐き出す。が、それは半ばで遮られる。

 猫耳女王の逃げ込んだ先で瓦礫が爆発したがために。


「バカなッ!? 先を読んでいたとッ!?」


 瓦礫と共に吹き飛ばされながら、セクメットはしかし猫のように宙返り。


 その眼下では吹き飛んだ瓦礫をスイッチにして誘われるように別の瓦礫が弾け飛ぶ。


「足の踏み場は無いと見るべきかッ!?」


 まるで逃げ場など用意していないとばかりに起き続ける爆発に、忌々し気に吐き捨てる。


 だがもはやどうしようもなく、そのまま砂漠のダンジョンマスターは絶え間ない爆発の中に呑まれるばかりに見える。


「埋まっておる場合か!? 来るのじゃッ!!」


 しかしセクメットが一喝するや、爆発の中から何かが飛び出す。


 それは黄金の杖。

 翼ある人面の獅子を象った金色の杖が、瓦礫を突き破り現れたのだ。


「遅いぞッ!」


「申し訳ございません」


 セクメットは自分目掛けてまっすぐに飛んできたスフィンクスの杖を掴むや厳しい一言をぶつける。

 しかし怒鳴られた杖はただ主人に詫びを一言。粛々と飛び出した勢いのまま持ち主を運ぶ。


「まあ良い! ここからきゃつらに目にもの見せてくれる!」


 運ばれるまま傾いた柱に降り立ったセクメットは、黄金の杖を片手にスクロールを展開。

 そこに描かれたダンジョンの絵図面をかき直そうと指を走らせる。


 しかし、何も起こらなかった。


「何故じゃ!?」


 自分のダンジョンが意のままにならない。

 この理不尽にセクメットは地団駄を踏む。


「おそらく、すでにこの神殿は敵の手に落ちております。外で陽動をしている間に、完全にこちらの足元を崩す準備を整えるとは、見事と言う他ありませんな」

 一方の杖は冷静に状況を分析する。


 セクメットはそれに眉をつり上げて睨みつける。


「お主はいったいどちらの味方じゃ!?」


「無論女王陛下のです。このまま神殿に固執していては危険であると判断して申し上げております」


「何をッ!?」


 どこまでも冷静な黄金の杖を、セクメットは絞め落としてやろうとばかりに握りしめる。


 だがそこで一際大きな爆発が二つ。盛大に瓦礫を吹き飛ばす。


「危ない!」


 飛んでくる礫に、スフィンクスの杖は自ら動いて女王に迫るものを弾き飛ばす。


「ちぃいッ! こうもドカンドカンとやられてはッ!?」


 セクメットは杖に守られながら、忌々しげに舌打ち。


 そこへ大きく吹き飛んだ瓦礫の下から、砂煙を突き破って飛び出すモノがある。


「うぬぅ!? なんじゃと!?」


 セクメットはとっさに障壁を展開。


 魔力の壁にぶつかり止まった襲撃者は、顔の無いスフィンクスであった。


 全身黒一色のスフィンクスは、障壁にかけた爪を押し込む。

 合わせて特に暗いその顔、暗黒洞のようなそこから、老若男女いずれともつかない笑い声を響かせる。


「おのれ、悪趣味なッ!!」


 無謀の黒きスフィンクスに対して、セクメットは吐き捨てる。


「後ろにもお気を付けを!」


 杖からの警告に振り向けば、巨大な顎を大開きにした金色の鰐が。


「くぅう……ッ! この! 悪趣味の挟み撃ちがぁあッ!?」


 これにセクメットは怒りの声を上げて障壁を爆散!

 受け止めていた顔のないスフィンクスを吹き飛ばし、すぐさま身をひるがえして黄金のワニに網をぶつける。


 呪文を書き込んだ包帯でつくったかのような網はワニを大口を開けたままの形で縛り上げる。


「もはや拠点は落ちたも同然。この場合は、前に出て侵攻の元を断つ他に無いかと」


「我が本拠を、彼との神殿を捨てよと言うかッ!?」


「……承知しました。ではこの場を死地として、果てるまで戦うことにいたしましょう」


 敗けは見えているが、やれと言われればやる。

 杖からのこの冷静な一言に、セクメットは言葉を詰まらせてうめく。


 その間に、瓦礫に沈んでいた無貌のスフィンクスが姿を現し、黄金のワニは拘束を噛み千切る。


「……えぇいッ! 後で必ず取り戻してくれるッ!」


 再び迫る危機に、セクメットはスクロールに指を走らせる。

 直後、セクメットは光に包まれて消え失せ、今にも彼女を引き裂こうとしていた爪と牙は空を切る。


「危なかった。少しばかりヒヤリとさせられたのじゃ」


 そうして魔獣たちの攻撃を間一髪にかわしたセクメットは、かいてもいない冷や汗をぬぐうフリをする。 そうして触れた己の肌を、苦々しげに見下ろす。


「……太陽といい、肌の冷たさといい、蘇生が完全でないことをよくも突きつけてくれるものじゃ」


 彼女自身が語った通り、セクメットは砂漠のアンデッドモンスターとして復活している。


 蘇ったと言っても、きちんとした生者としてではないのだ。


「完全蘇生もいずれ果たすこと。そのために今はより強大な力を得なくては、な」


 そう言う彼女がいるのは、魔法の光が灯った石組みの地下道。スリリングディザイアのダンジョンに開けた侵攻用ゲートの一つである。


「ククク……わらわを追い詰めたつもりじゃろうが、あいにくのことよ。逆に喉元に誘い入れたも同然じゃ」


 弾かれることなく敵の拠点に潜り込めたことに、セクメットはほくそ笑む。


 そしてさらにゲートを展開。


 取り出したランプから炎、指輪からは風の、二体の魔人を呼び出す。


「さて、征くぞ! わらわの道を切り開くのじゃ!」


 炎と風の魔人に前を任せて、セクメットはスリリングディザイア攻略に乗り出す。


「フフフ……こうして迷宮攻略に乗り出しておると、かつての世界、彼と共に冒険の旅をしていたころを思い出して昂ってくるものがあるのう……」


 セクメットは敵地にありながらニマニマと、浮ついた足取りで歩を進める。


「足元には気をつけた方がよいのでは?」


「ふん! だから前を任せておるのじゃ! なにも問題はない!」


 猫耳女王は杖からの警告を鼻で笑い飛ばし、滑るように進む魔人に続いてズンズンとゆく。


「待っておれよ! わらわ直々に最深部まで攻め入って、財宝ばかりか、この肥えたダンジョンそのものを奪い取ってくれる!」


 そうして勢い込んで石畳を踏み込む。

 と、その床がどこかへ行く。


「へ?」


 セクメットは足をすくわれるままに回転。


 当然床が逃げていなくなったのだから、下に足場などあるはずもない。


 そして回る勢いをそのまま、なすすべもなく重力に従って、底の見えぬ穴に落ちていくのであった。

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