49:ベルノの砂漠食レポ
「こちらグラトニー。突入に成功したよー!」
折り千切ったサソリの鋏にかぶりつきながら、ベルノはのぞみへと思念を飛ばす。
「ど、どんな……ぐ、具合?」
「んー? 身が詰まってて味もいいし、これは焼いて塩を振るだけでごちそうだねー!」
ベルノは生の鎧サソリに舌鼓を打って絶賛。
その隙だらけな背中へ、別の鎧サソリが尻尾の毒針を突き出す。
だがベルノは振り返りもせずに新たな食糧の存在をキャッチ。そのまま無造作に引きちぎる。
「うん。尻尾もおいしーおいしー! ちゃんと捌いてー毒の詰まったトコ取ってー……そーしたら普通のお客さんにも出せる料理になるよー!」
ベルノは千切り奪った尻尾を味わい頬を緩めながら、その一方で逃げようとする鎧サソリを踏みつけ抑えている。
「ただちょっと水気が足りないかなー? 塩焼きにしちゃうと余計に水が欲しくなるかも……っと!」
言いながら身を抜き取りきった金属質の鋏を捨てつつ飛びかかってきたサボテンを捕まえてかぶりつく。
「うーんトマトみたいにジューシー! これは飲み水代わりに食べられちゃうよねー!」
そうしてベルノはじゅるじゅると捕まえたサボテンが蓄えた水分を啜る。
「や、あの……食レポ、は良いんだけど、もっと……別の……」
「んー? あ、ごめんねー! もちろん順調だよ」
のぞみの要望に、ベルノはモンスターをむさぼり食らいながら振り返る。
そこでは河の周りを整備する土人形たちの姿が。
反乱した河が運んだ泥の山。
そこから生まれた彼らは、ぼとぼとと泥を落としながら河の周りの土が乾かないように水をすくって撒いていく。
彼らが落とした泥からは次々に芽が吹き、根を張る。
そんな爆発的に伸びて広がる緑に水を与える仕事をしていた泥ゴーレムたちも、やがて強すぎる日差しに負けて崩れてしまう。
しかしそうなれば別のゴーレムがその残骸を崩して広げる。
その繰り返しで肥沃な土と、そこに芽吹いた緑はじわじわと、しかし確実に金色の砂漠を塗り替えていく。
まさに敵の陣地を己の色で塗りつぶしていくかのように!
もちろん、敵性ダンジョンもそのマスターも、それを指をくわえて見過ごすはずがない。
河周りの化け物じみた緑化をさらに後押しする泥ゴーレムに襲い掛かるモンスターが現れる。
「うーん……喉が乾いたらサボちゃんがあるけど、砂がかかるからじゃりじゃりしてちょっとうっとおしい……」
だがベルノはサソリの身を噛みしめながら、ゴーレムが破壊されるのをほったらかしに眺めている。
なぜなら壊されたゴーレムは己を壊したモンスターを泥で絡めとり、土の中に埋めてしまうからだ。
そうしてゴーレムとモンスターが絡み合って埋まった土からは、さらに栄養が加わったためか緑が勢いよく芽吹く。
そしてまたそんな草地を踏みつぶして泥ゴーレムに挑みかかったラクダ獣人が土に沈み、新たな草を芽吹かせる土壌となる。
彼らの襲撃は逆に、ベルノたちの浸食を助けることにしかなっていないのだ。
控え目に言って、相手に強力な悪循環を強いるえげつない仕掛けである。
「うんうん。病気なくらいに痩せたのが肥えていくのは気持ちがいーねー! ほれほれーもっとお食べよー」
ベルノはそうして肥沃な土地が広がっていくのを見て、気持ちよく食事を続ける。
お腹いっぱいに満たされるために、まずは実りをもたらす土壌を富ませる。
ムチムチした体型もあって、暴走さえしていなければ豊穣の神としてもやっていけそうなのがベルノという食欲魔神である。
だがこのまま一方的に豊饒の大地へ逆侵略完了、とは行かない。
大きく巻き上がった砂の柱。そこから放たれた炎。
それが緑に覆われ潤った大地に襲い掛かったのだ!
「焼くってんならサソリを料理してよーいッ!」
汚染は消毒だ!
そんな勢いで放たれた炎に、ベルノは捕まえていた鎧サソリを投げつける。
空を切って飛んだサソリは、真っ向から炎を突き破ってその奥へ。
炎と砂の幕が散ったそこには、真っ赤な毛皮の豹がいる。
金色の目を爛々と燃やした赤豹はくわえて受け止めていた鎧サソリを放ると、火炎の息を吐きかける。
その高熱にサソリの金属甲殻は火の色が移ったかのように真っ赤に染まる。
そして焼きサソリを作った炎は、そのまま草を焼き払おうと伸びる。
「注文に応えてくれてどーもーッ!」
だがベルノはその間に赤豹の側面に回り込んでいる。
そのまま、驚き炎をつかえさせた赤豹の横っ面を掴み、ガオンと胃袋に送る。
そして未だに赤々と熱を持っている鎧サソリの丸焼きに近づき、拾い上げる。
「アチッ! アチチッ!? ちょっと火力強すぎるよもー!」
サソリの丸焼きの熱さに、ベルノはたまらずお手玉してしまう。
が、赤熱した金属を掴んでその程度な辺りは、さすがに魔神と言うべきか。
あるいは、食い意地恐るべしとするべきか。
だがベルノにのんびり焼きサソリを賞味する時間はない。
河周りの緑化された土地を焼き払おうと現れたのは、あの赤豹一頭だけではない。
湖の対岸。あるいは少し離れた流域には、別の赤豹が盛大に火を吹いている。
さらにはラクダ獣人が曲刀に代わって松明を掲げ、振り回す。
それらの炎を止めようと、泥のゴーレムたちが立ち向かう。
だが太陽と火炎とに二重に乾かされ、虚しく乾いて崩れていく。
そしてゴーレムを崩した炎は、彼らが育てた若々しい緑を灰にしていっている。
「焼き畑始めるには、まだ痩せすぎでしょーがーッ!」
吠えたベルノは跳躍。
一番近い敵の懐へ一足跳びに踏み込み、一掴みに胃袋送りにする。
「やっぱり焼きサソリイケる! 塩コショウするだけでも充分美味しーッ!」
敵に踏み込んでは喰らうその連続の中、しかしベルノはサソリの丸焼きを手放すどころか、合間合間にかぶりついてはホクホクとその味を楽しんでいる。
そうして口で焼いた物を楽しむ一方で、ベルノは次々と炎を含み、掲げたモンスターたちを飲み込み続ける。
だが減らしても減らしても、その端から新しいモンスターが現れて焼き払いに迫ってくる。
「お? お代わりだね? いいよいいよ、ガンガン持ってきちゃってよ!?」
だがベルノはまるで動じた様子もなく、逆に目を輝かせて唇を舐める。
「そーゆーわけでのぞみちゃん、こっちは『狙いどおり』順調そのものだから!」
ベルノの言う通り、確かに食欲の魔神は苦もなく、余裕をもって敵を打ち倒し続けている。
だがベルノが片っ端から飲み込んでいる湖周りはともかく、河となっているところはその限りではない。
草地はおろか、泥ゴーレムを生み出す根源の泥にまで火の手が回っているところさえある。
明らかに手は届きっていない。
このままではすぐにでも緑化を広げるどころか、湖の周辺だけを残して干上がってしまうことだろう。
にもかかわらず増援を求めないのは、自分の食べる分を減らしたくないという我欲の現れか。
いや。違う、そうではない。
これはベルノが言ったとおりに、狙いどおりの順調な状況なのだ。
そうしている内にジリジリと緑は焼き払われ、砂地を抉って通った河も、徐々に砂に埋められ狭められていく。
この成果に調子づいたのか、さらに砂漠側のモンスターはその勢いを増す。
それは、ベルノも単独では捌ききれないだろう数での包囲網として完成する。
だが火を抱えたモンスターが湖を取り囲むと同時に、爆音が轟く。
圧を持った音は風となり、砂を巻き上げ蹴散らす。
砂を含んで叩きつけてくるような暴風をモンスターたちは身を強ばらせてやり過ごす。
そして風の吹いた方向に揃って向き直れば、そこにはもうもうと砂煙を噴き上げる岩山が、ボス部屋である岩窟神殿がある。
「おーハデにやるねー……これはザリシャーレの趣味かな? いや、案外のぞみちゃんかも?」
ベルノはその様子を、サボテンをかじりながら遠目に眺める。
「うん。順調順調。これで陽動のお仕事は終わりだから、後は料理し放題の食べ放題で楽しんじゃおうかな」
そして自分を取り囲むモンスターの大群に舌なめずり。
どこに隠していたのか、猟奇的なまでに巨大な調理器具の数々を取り出し、食材たちへと踊りかかる。
「どこへも行かさないからねー! 君たちは残らず私のお腹の中行きだーッ!」




