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48:砂漠ダンジョンの持ち主

 金色に輝く砂の海。


 熱気に空気が歪み、揺らめく地平線のかなたにまで続く砂、砂、砂!


 そんな見るだけでも渇き、枯れてしまいそうな一面の砂原に、ポツリと建つものがある。


 熱に揺れる空気を通して遠目に見れば、それは砂岩でできた山のように見える。

 だがよくよく見ればその表面には像が彫り込まれており、明らかに何者かの手が入っていると分かる。


 岩に刻まれた彫像。その中でも特に巨大で目立つものたちは、そのどれもが細やかな飾りを身に纏い、頑丈そうな椅子に腰かけている人物のものだ。

 おそらくは、代々の王を称えたものなのだろう。


 だがしかし、彼らの顔は抉り取られている。

 まるでその栄光と存在を否定するかのように。


 そんな顔の無い王者の像たちの中、ただ二体だけきちんと顔を残したものがある。


 それは猫の耳を頭につけた美女と、それと並ぶ王の像だ。


 夫婦なのだろうか。ただ一対のみきれいに整えられた彫像は、目の前の砂漠を柔らかな目で眺めている。


 しかし、砂漠を見守る夫婦神らしい対の像は、明らかに夫と妻との人種が違うようだ。


 鼻の高さや大きさ、目の深さ、頬の高さ。顔の彫りの深さがまるで違う。

 さらに肌の色の違いも表現したものだろうか。王の方には白い塗料の名残が見られる。


 彫ったものの腕前ゆえにかぎこちなさこそない。が、周りの砂一面の景色からすると浮いている感じは否めない。


 そんな夫婦像の間に岩を掘り抜いて造ったらしい入り口がある。


 壁に灯った光源に照らされた通路を進んだその奥に、巨大な炎に照らされた広大な部屋がある。


 黄金色に輝く金属と鮮やかな青に彩られたその部屋。


 一段高く設えられた所には同じく黄金と青で彩られた玉座と、そこに腰かけるものがいる。


 それは猫の耳を生やした女。

 きれいに切りそろえられた艶やかで真っ直ぐな黒い髪。

 炎の光を弾いて輝く褐色の肌は、豊かな曲線を描いている。

 しかし髪や肌よりもなお輝くのはその瞳。

 輝きに照らされてではなく、自ら光を放つかのような、金色の猫の瞳だ。


 そう。この玉座に身を預けた彼女の姿は、入り口にあった夫婦像の片割れそのままである。


 女王然とした猫耳褐色女が手に持った杖を軽く振る。

 すると空中に別の景色が映し出される。


 それはスリリングディザイアのダンジョンへ、鎧サソリや、曲刀を振り回すラクダ。歩き回るサボテンが攻め込んでいる光景だ。


「フフフ……よいぞ、よいぞ。そのまま攻め立てるのじゃ!」


 後退する探索者を追いかけ、異物を取り除こうと襲い掛かるモンスターを蹴散らす砂漠の尖兵たち。

 その姿に猫耳女は満足げにほくそ笑み、侵略の手を伸ばすように指示を出す。


 その声が聞こえているかのように、砂漠のモンスターたちは、探索者たちへの追撃を激しくする。

 仮に罠にかかって足を止めた同胞がいたとすれば、それを容赦なく踏み台にして罠を乗り越えて追撃を続けるほどに。


「そうじゃそうじゃ! 怯むでない、退路に選んでおる道には大した罠は仕込まれておらぬ! きゃつらは自ら本拠へ、窮地に案内してくれておる! 怯まずに進むのじゃ!」


 意のままに進む自軍に気を良くして、猫耳女王は杖を振るって増援を送る。


「さあ、我が配下どもよ! このセクメットへの忠義を示すがよい!」


 ダンジョンモンスターを意のままに操るその姿はまさにダンジョンボス。

 いや、ダンジョンマスターと呼ぶべきか。


 砂漠とそこに建つ岩窟神殿を含めたダンジョンのマスター・セクメットは、玉座にふんぞり返って配下たちの進撃を眺める。


「眠りについて目覚めたら、起きている間に建立していたはずの神殿に閉じ込められていた時はどうしたことかと思ったものじゃが……まさかわらわたちの生きていた世界が滅んでおったとは……」


 猫耳女王がつぶやき手をかざす。


 すると虚空に壁画を写し取った画像が浮かび上がる。


 呼び出された絵物語は、ある英雄の物語だ。


 豊かな金の髪に白い肌、青の瞳を持つ白き鎧の戦士が、いくつもの怪物や難事を、奇跡のごとき御業で平らげてゆく。

 難行を果たし続けるその傍らには、様々な役職を担った多くの美女が侍り、その中にはセクメットの姿を写し取ったものもある。


 そうして数多の味方と共に、英雄は人々を苛む災いのすべてを平らげる。


 彼は人の世に平穏と発展をもたらして、その次に人魔のバランスを操る秩序の神に反旗を翻した。


 しかし呪いか天命か、セクメットは神に挑もうという時に、病を患い倒れる。

 そのまま惜しみ、惜しまれながら英雄の元を離れ、母国にてその生涯を終える。


 壁画はさらにその後にも続く。

 英雄は苦難の末に秩序の神を打倒し、己がその座につくことで人間に秩序と繁栄をもたらそうとした。


 だがその結果は滅びである。


 根本の作りを否定され、傾きすぎた天秤は崩壊。


 バランスを失い、世界が崩れ去る前触れである天変地異の数々によって、すべての生命は滅亡した。


「……そして、あの方の元居た世界へと流れつき、わらわはよみがえった……と。奇妙な運命もあったものじゃ」


 セクメットは軽く鼻を鳴らす。

 そして虚空に映し出された絵物語を消すと、玉座の肘置きを握り締める。


「神の地にて再び……そう思って冥府に向かったというのに、このような……」


 だが、つぶやくその顔に浮かんでいるのは笑みであった。


「このようなチャンスが巡ってくるとは思わなんだぞ!」


 セクメットは跳ねるようにして立ち上がり、溢れ出る笑みを抑えようともせずに露わにする。


「わらわが滅びた世界の欠片からこの世界でよみがえったということは、あのお方の魂もおそらくは同じように流れ着いておるはず! 力を蓄え、あのお方の魂を探り当てたのならば、わらわの手でよみがえらせることもできるじゃろう!」


 そして興奮のまま、自分ひとりの空間でまくしたてる。


 自分のほれ込んだ男を取り戻す。

 それが、たったそれだけのことが、地球という異界に流れ着いたセクメットの目的であり、スリリングディザイアに攻め込んでいる理由であった。


「わらわがついてゆけずに離れてゆくことになった時のあ奴らの顔……口先では別れを惜しんでおきながらも、その内心でいくらかの喜びを抱えていたあの顔……忘れはせぬぞ! だが、最後に笑うことになったのはわらわじゃった!」


 セクメットの高笑いが玉座の間に響く。


「申し上げます」


 それをひどく冷静な報告が遮る。


 この不粋な水差しに、セクメットは露骨に顔を歪めて、発言したものを睨む。

 それはいつの間にこの部屋に現れたのか。

 翼ある獅子の体に、人の顔をつけたスフィンクス型のキメラであった。


 行儀よくおすわりの姿勢で許可を待つ生真面目な補佐役。


 その姿にセクメットは、ささくれた気持ちを追い払うようにため息を吐く。


「……なんじゃ? 申してみよ」


 発言の許可を受けたスフィンクスは、恭しく頭を下げて感謝を示す。


「はんらんでございます」


「なんじゃと!?」


 そして告げられた言葉に、セクメットは金色の猫目を瞬かせる。


「どういうことじゃ!? ここはかつての王国ではなく、わらわが生み出し、わらわに忠実な眷族しかおらぬ!? それが反乱だなどと……ッ!?」


 セクメットの言うとおり、ダンジョンモンスターはコアに逆らう事はない。


 自由意思を許された者でもなければ、コアを持つボスの意思に意見を言うことさえしないのだ。


 別のダンジョンマスターに、奪い取られでもしない限りは。


「いえ。配下の者の反乱ではございません。大河が溢れる。そちらの氾濫でございます」


「なんじゃ、そちらの氾濫か……って、なんじゃとぉおッ!?」


 補佐役の訂正を受けて、セクメットはやれやれ、と座りかけた腰を跳ね上げる。


 ダンジョンの地形、ギミックがボス、マスターの意に反して動く。

 それはモンスターの反乱同様にあり得ない事だ。


「なぜじゃ!? わらわは河の氾濫など……そもそも河など元より流しておらぬぞ!?」


「しかし事実、大河ができて溢れております」


 スフィンクスは言いながら女王に異常の起きている地点の情報をテレパシー。


 セクメットは受け取ったそれを、疑わしげな顔を隠そうともせずに、遠見の術を展開する。


 虚空に開かれた窓には果たして、金色の砂地を切り裂くように湿らす河が映し出される。


 言葉通り、その河は砂を切り裂いて走っている。


 行く先の砂を飲み込み、抉り取っては、泥を撒き散らしながら進んでいるのだ。

 投げ出されるままに砂地を覆った泥からは、強い陽射しを受けて目覚めたかのように次々と芽が生え、天に向かって伸びる。


 そうして乾いた金色の大地を肥沃に塗り替えながら、水は自ら流れ着く先を探すようにうねり走る。


 やがて猛然と進んでいた水は、蛇が鎌首もたげるかのように跳ね上がり、地面に突っ込む。


 その衝撃は、太い泥の柱を立ち上げる。


 そうして巻き上げられた土砂が収まると、そこには確りとした湖が出来ていた。


 そんな湖の中から、水面を割って飛び出す者がいる。

 水中にいたはずなのにまるで濡れておらず、はちみつ色の髪とウェイトレス風の衣装をふわりと広げて降り立つ、ぽっちゃり体型の少女。


 その姿を遠見の術越しに見て、セクメットは目を見張った。


「バカな……暴食の、じゃと!? なぜじゃ、あやつがなぜわらわの土地に現れる……!?」


 呼び出した覚えのない、かつての世界で見知った顔の登場に、セクメットは信じられないと頭を振る。


 その一方で食欲のベルノは遠見の術の中で、河が肥沃に塗り替えた土地に生えた野菜を引き抜きかじる。


「見るに、あの河とその周辺は別のダンジョンからの侵食を受けているようですが、いかがなさいますか?」


 そこでセクメットはスフィンクスからかけられた言葉を受けて我に返る。


「そ、そうじゃ! このセクメットの領土を侵すとは生意気な! きゃつを討つのじゃッ!!」


 その声に従い、砂を巻き上げて鎧サソリが飛び出す。


 だがベルノは易々とハサミを掴み止めると、まるで茹でたカニにそうするようにハサミをもぎ取る。


 そこから瞬く間に一匹をペロリ。

 おかわりを求めて次のサソリへと躍りかかる!

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