47:名探偵は言っていた
「しゅ、しゅしゅしゅ襲撃って、どーゆーこと!? ど、どゆこと!?」
スリリングディザイア最奥。
自分の部屋に転移するなり、のぞみは混乱のままに情報を求める言葉を吐き散らす。
ダンジョンアタックは毎日受けている。が、どうぞ探索してくださいと開放している以上、多少手荒い手段であったとしてもそれは襲撃などと呼ばない。
ダンジョンに正面から乗り込んでくる。
その時点で、いくら数や勢いがあろうとのぞみに危急の連絡が入ることなどあり得ない。
意味不明の呼び出しに目を回して戻ってきたのぞみに、知識欲のベルシエルはまず落ち着くようにと飲み物を差し出す。
「あ、ありがとう……ヘヒヒ」
のぞみは素直にコップを受け取り、口に含む。
が、続いて渡された情報にそれを吹き出すことになる。
「我々とは別のダンジョンが接触。侵略を仕掛けてきているのですな」
「ぶふぅッ!?! ど、どどどゆことぉ!?」
のぞみが手本のような霧を吹いて目を白黒させる。
それに部屋に控えていたウケカッセが、宥めるように主人の背をさする。
「ちゃんと説明しますから、ひとまず座って欲しいのですな」
ベルシエルの腰から落ち着けて、と促す言葉に、のぞみは素直に従っていつものローテーブルに着く。
それを受けてベルシエルは正面のモニターを起動。説明に入る。
「つい先程、我が方のダンジョン外壁が一部損壊。そこからマスターの創造したものでないモンスターたちが侵入してきました」
スリリングディザイアを襲った状況を並べる言葉に沿って、モニターの映像が切り替わっていく。
崩れた壁と、そこから乗り込んできているモンスターたち。
磨かれた金属質の甲殻を持つ大サソリ、曲刀と唾を振り回すラクダ頭の巨漢、足を生やして走り回るサボテン。
そのどれもに、のぞみは作った覚えどころか、見た覚えも無い。
間違いなく未知のモンスター。よそ者のモンスターであった。
「……お、お客……!? 探索者さんたち、は……!?」
そこまで聞いてのぞみは気がついた。
スリリングディザイアは本日も通常営業だったことに。
プロやその予備軍、あるいは冒険ごっこを楽しむ者たちを今日も大勢受け入れていたのだ。
よそ者のモンスターに乗り込まれたというのならば、彼らも危険にさらされている。
「そちらは大丈夫ですな。お客様方を守るために、エネミー役を乗り込んできたモンスターにぶつけて、アガシオンズの誘導で強制帰還。受付前にまで避難してもらってますな。お客様方に負傷者は出てないですな」
だが的確に対処したとの報告を受けて、のぞみは深い安堵の息を吐く。
想定外の事態にありながら、お客さんを守ろうと素早く判断して動けるスタッフたちの優秀さに、のぞみは誇らしささえ感じていた。
「儲けがあるのはお客様がいてくれるおかげですからね。お守りするのは当然のことです」
その判断を下しただろう本人が、誇らしく思う気持ちをぶち壊しにしてくれたが。
「……そ、そっか。みんな、が……優秀で、よかった……」
しかしそれはそれ。
身内が素早く正確な判断を下してくれたおかげで、ひとまずもっとも恐ろしい事態を避けることはできた。
のぞみはそのことに込み上げる笑みをそのままに手元にスリリングディザイアの立体マップを展開する。
「あ……開けられたって、穴は……ここと……ここにも?」
そうして被害を確認していたのぞみは、穴の近くでぶつかり合う光点たちをつつく。
すると大きな画面が戦闘の様子に切り替わる。
鎧サソリの尾を避けて装甲をへこませ、ラクダの剣士と切り結ぶ者たち。
その一部に、のぞみは首を傾げる。
「ヘヒ? ど、どうして……?」
馴染み無いモンスターに、躊躇無く炎纏う斧を叩きつける屈強な戦士。
アガシオンズに混じって戦う彼は、間違いなく犬塚忍であった。
忍ばかりではない。
彼を援護するのはもちろん悠美であるし、別の場所では、仲間たちと呼び出したうどんと共に戦う香川の姿もある。
避難させたはずの彼らが、何故まだ戦っているのか。
のぞみはこの疑問のままにベルシエルに目を向ける。
するとベルシエルは居心地悪そうに、メガネの奥で目を泳がせる。
「一度は避難してもらいましたのですな。でもどうしても、と、戦いに加わると志願されてしまったのですな……」
彼らはスリリングディザイアを襲う異常事態に、自ら望んで力になろうと加わってくれたのだという。
それは大変にありがたいことである。
スリリングディザイアのために立ち上がってくれる人がいる。
このことはのぞみにとっても喜ばしいことだ。
「で、でも……」
のぞみがそう口にした瞬間、壁に更なる穴が開く。
新たな侵入経路から現れた新手は、最寄りの交戦地点に向けて動き出す。
その中には、明らかに挟み撃ちになるようなところがある。
「だ、ダメッ!?」
のぞみは慌ててダンジョン構成を一部変更。
挟み撃ちになる直通のルートを壁で塞ぐ。
その際に、侵略モンスターの一部は壁の中に埋まってしまったようだが些細なことだ。
むしろ退治できてちょうどいい。
もちろんそれだけでは終わらない。
人の匂いか戦いの気配か。
何らかを目印として、侵略モンスターたちは塞がっていないルートへと向かう。
だがその道をボッシュート。
途中に風閂を仕込んだ深い落とし穴が口を開け、モンスターたちを飲み込む。
その他の道にも麻痺毒や酸を含んだ霧の噴射口、ベルノの加護を受けた暴食スライムの床、うどんの泳ぐ出汁のプールといった様々なトラップを仕込んである。
容赦ゼロ。殺意満点のトラップの数々での封鎖。
自然、生き残った侵略モンスターたちはただひとつ残された安全なルートを進むことになる。
しかしその行き先にあるのはボス部屋直通のゲート。
それもイベントボス。
対侵略者特効の庇護欲のバウモールが待ち構えるボス部屋行きのである。
そうして導かれた侵略者たちは、冷気の竜巻や、熱線、あるいはヒヒイロカネの拳や足で盛大にもてなされることになる。
「ヘヒヒ……い、いい……感じ……ヘヒヒッ」
見事なまでの死地への誘導路。
この完成に、のぞみはほくそ笑む。
「じゃ、じゃあ……い、今のうちに、だ、脱出……を、ヘヒッ」
だがいつまでもトラップの出来映えを堪能してもいられない。
いつまた新しい侵攻ルートを開けられるか、分かったものではない。
得難い味方を、また挟み撃ちの危機にさらすわけにはいかない。
犠牲が出る前に撤退するなり、配置、陣形を整えてもらうなりするべきだ。
『退けって!? だが今来てるのはどうやって食い止めるんだ!?』
そんな考えを伝えるも、忍からは反発の声が上がる。
他の参戦者も同じ考えのようで、侵略モンスターをゲートに押し返すどころか、逆に乗り込んでやろうという気力さえ感じる。
「あ、ありがたい……です……! でも、挟み撃ちは、危ない……!」
だがのぞみは動きの固い舌で、しかし懸命に危険性を訴える。
これから反攻のために力を割くことを考えると、先のようにトラップで正確に援護することは難しい。
自分の体でさえ手を滑らせたりということがあるのだ。
ダンジョンがのぞみとつながっていると言っても限度がある。
『……分かった。囲まれにくくて、一番破られちゃならん、出入り口のところで守りを固めることにする』
重ねての訴えが功を奏してか、忍たちは喉元の防衛ラインを請け負うことで納得してくれる。
「ヘヒ! た、助かり……ます! トラップは、アガシオンズのナビで、避けて……」
のぞみは笑みを浮かべて何ドンも頭を下げる。
忍たちが他の、特に冒険ごっこに来たお客の守りについてくれるのならば、スリリングディザイアはその力の大半を反攻に割くことができる。
十分すぎるほどの加勢である。
「これは、ボーナスを弾まないといけませんね」
「い、色を付けて、差し上げて!」
母と慕う主人に願われてウケカッセが否と言うはずもなく、苦笑交じりにうなづく。
それを受けてのぞみは笑顔でうなづき返す。
そしてザリシャーレから放り投げていた帽子を受け取ると、それを目深にかぶる。
「……撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるヤツ、だけ……ッ! ヘヒッ」
帽子の広いつばを撫でながらつぶやいて、のぞみは接触侵略をしてきた敵性ダンジョンへの逆襲に向けて構える。




