46:災いは芽の内に摘むのが極上です
雲一つない空。
青の中にまばゆく輝く光から、刺さるような光が街に降り注ぐ。
道路や家屋。触れるものを照らすばかりか、焼き焦がすような勢いの光を浴びて――
「ンアーッ!? 目がッ! 目が痛いぃーッ!? ンアーッ!?」
痛いほどの眩しさに、のぞみは顔を抑え、長い髪を振り乱して身悶えする。
隙あらば己の部屋に籠って過ごす系女子に、この日差しは少々どころでなく厳しいものがあったようだ。
「はいはい、もー。ホラ帽子とサングラス」
アツアツの粉モノにかけた削り節のようにうねるその後ろから、ザリシャーレが日差しを和らげるものをかぶせる。
「ヘヒィイ……あ、ありがと、ね……ヘヒヒッ」
灼けるほどの眩しさから解放され、人心地ついたのぞみは、助けてくれた身内に素直に礼を言う。
「そういうのもコミコミで服を選んでるんだから、外に出るときはちゃんとフルコーディネートで着てちょうだい」
「ご、ごめん、ね? ヘヒヒ……」
のぞみが帽子に隠れるようにしてあやまるのに、ザリシャーレは苦笑混じりにうなづく。
そして後ろに控えた車に振り返る。
「じゃあ、帰りはマスターといっしょに跳んでいくから」
「承知した。くれぐれも気をつけてな」
ハンドルを握る紫羽毛のドラゴンパピー、グリードンの渋い声に、ザリシャーレはピンクメッシュの入った金髪をかきあげる。
「誰に言ってるのかしら? 心配は無用よ。不届き者が出たら華麗に片付けてあげるわ」
「華麗に……というこだわりと、護衛役という役目でなければ心配はしないさ」
「なによ? アタシだって護衛で一番無様なのが、どんななのかは分かってるわよ」
「そうだな。欲張らなければ……まあ、大丈夫か」
「もう、どこまでも引っかかる言い方するわね!」
どこまでも不安を口にするグリードンに、とうとうザリシャーレが眉をつり上げる。
「ふん! 我らが欲張らないだなどと、どうすれば確信を持てるというのだ?」
しかしグリードンも全く退くことなく、牙を剥き出しに睨み返す。
「ま、まあまあ……仲間同士、や……やめよ? ね? ね?」
「そーだぞー。こんな往来でケンカなんざするんじゃねえぞ」
だがそこへ、のぞみがボーゾを胸元にワタワタと止めに入る。
創造主たちに揃って仲裁に入られては、ザリシャーレもグリードンも矛を収める他ない。
「そうね。今は時と場所が悪いものね」
「その通りだな。続きは帰ってきてからだ。仕事ぶり次第では容赦はしないからそのつもりでいることだな?」
「それはそっくりそのままお返しさせてもらうわ」
「ヘヒィイイ……」
笑顔にはなったものの、依然として重い圧力を帯びた二人。
これに挟まれたのぞみは、帽子に隠れるように縮こまる。
「ではな。吠え面をかかせて見せてくれ」
「ふん。言われるまでもないことよ」
そんな憎まれ口を交わしあって、グリードンの運転する車はのぞみたちから離れていく。
「さて、マスター。手早く済ませて帰りましょうか」
「う、うん。そう、だね……ヘヒヒ」
車を見送るや、ザリシャーレは颯爽と踵を返して目的地へ歩き出す。
のぞみはこの切り替えの早さに戸惑いながらも、なびく金髪を追いかける。
「さて、今日制圧するダンジョンはものすごく浅いんだったわよね?」
「そ、それ以前……まだ、出来かけ、の……」
「あら、そうだった?」
「う、うん……何日かの内に、ダンジョン……になりそうなところが、見つかったって、ウチに……ヘヒヒ」
ダンジョンは突然に発生するものであるが、それでも予兆となるものはある。
それは感じ取れるもので、一時的に空間が広がったり、狭まったりというもの。
この段階では、勘違いや気のせいで終わってしまい、調査依頼が出されるようなことはほぼない。
そうしているうちに、部屋のドアを開けたらトイレに出たり、冷蔵庫に見覚えのない錠前がかかるようになったりする。
こうして明らかな異常が見てとれるようになったら急いで逃げなくてはならない。
こうなればもう秒読み段階。脱出が早いか、モンスターの誕生が早いかというところなのだ。
幸いにも今回のはその前段階。空間の異常に気がついたところで自治体に通報し、ダンジョンが発生しつつある状態であると認定された状態だ。
しかし安全のため、周辺の立ち入りは制限されていて、車で直接つけられないことにもなっているのだが。
「ここが問題のハウスね」
そうしてキツイ日差しを受けながら歩くことしばらく、のぞみたちは目的地の目の前に到着する。
「明るい感じの家ね。悪くないわ」
「……わ、私はもうちょっと、落ち着いた感じのが、好き……」
「あら? 趣味全開だっていうバウモールはだいぶカラフルだったと思うけど?」
「あ、あれは……鋼の巨人、だから……! 身に着けるものやら、住むところとは………別……! 完全に、別……ッ!」
話が逸れているが、ダンジョン化の兆候があるというのは一軒の民家である。
当然、ぽつねんと孤立しているわけもなく。塀や生垣、幅の狭い道路を挟んで別の家と隣り合っている。
「ここは、もしダンジョン化してたら大惨事だったわねえ」
ザリシャーレのつぶやきに、のぞみは首を縦に振る。
ダンジョン化のタイミング次第では家の持ち主はもちろん、近隣の住民も犠牲になっていたことだろう。
この惨事が防げたことが、早期発見の何よりの利益だ。
「じゃあ、始める……ヘヒッ」
しかし命は助かったとはいえ、近隣住民は家に帰ることも出来ない状態だ。
宿についてはウケカッセが手配してくれているが、それでも長引かせない方がいい。
のぞみは出来ることなら、落ち着ける自分の部屋に籠っていたい。
出不精として、家に帰れないというのは辛いだろうと共感できる。
早くなんとかしてあげたいのだ。
のぞみは手のひらにマジックコンソールを展開。
画面に表示されている近隣のマップにコアを示す光点が一つだけ灯っているのを確認する。
「ヘヒッ……こ、これなら、すぐ……ヘヒヒッ」
のぞみはコアをタッチすると、コンソールを展開。目の前にノートパソコンのような形にして浮かせる。
モニター部分には敵対的なコアを表してか、真っ赤な球体が脈打つように明滅を繰り返している。
「ダンジョン化は……もう、すぐ……急いだ方が、いい……!」
のぞみはそう言うやキーボードにあたる位置に手を乗せる。すると真っ赤な球体は、月が欠けるように青く染まりはじめる。
「ヘヒヒッ……ハック、ハック……ダンジョンハック……! へヒッ……!」
のぞみが上機嫌に歌うように語る通り、いまのぞみはマークしたダンジョンコアに乗っ取りを仕掛けているのだ。
ダンジョンを直接歩かなくともに支配域を獲得、またモンスターを味方にすることができる。
このことを自覚したのぞみは、もしかしたら直接潜って触れなくともコアを奪うことができるのではないか。という発想を得た。
それが可能かどうかは見ての通り。
民家をダンジョンに変えつつあったコアは、のぞみからの干渉に慌てたように明滅を強める。
が、所詮は生まれてもいないダンジョンのコア。
いくつものダンジョンを吸収して拡張してきた、スリリングディザイアのコアとは格が違いすぎる。
ほどなくモニターの中で敵性反応を示していたコアは真っ青に染まって、より大きなダンジョンコアにぱくりと飲みこまれる。
「ヘヒッ……せ、成功……へヒヒヒヒッ」
同時にのぞみは自分の中のダンジョンコアがわずかながらに大きくなったことを実感し、口の端を引きつらせる。
これで一まずではあるが、この住宅街がダンジョンによる人命と、地下暴落の危機を防げたというわけだ。
良い成果が上がればついついにやけて、不気味にでも笑みが浮かぶというものである。
だがそんな浮かれた笑みも、すぐに沈んで消えてしまう。
「……でも、ウチの……こんな近くに、おかしい……おかしく、ない?」
「確かに、そうね。この地方には、もうスリリングディザイアしか無いのに……」
そののぞみの疑念に、ザリシャーレが同意する。
スリリングディザイア近くにダンジョンが発生して何がおかしいのか。
それはダンジョン発生のパターンに関係する。
地球上に発生し始めたダンジョンは、時も場所も選ばずに発生しているようだが、そんなことはない。
実はダンジョン同士はある程度の距離、間隔を置いて生じるようになっている。
しかし、巨大なダンジョンの近隣には、小さなダンジョンが発生することもある。
だがこれは株分けのようなもの。
巨大なダンジョンの影響によって発生しているものなのだ。
いわば、親竹とタケノコのようなものである。
そうして小さなダンジョンもまた深く、大きくなって子ダンジョンを外に。
この繰り返しで、やがて竹林を作るようにその地区をダンジョンに染めていくのだ。
だがこの近隣にあるのはスリリングディザイアのみ。
そしてスリリングディザイアは、新たなダンジョンを外に産み出さないようにのぞみが御している。
地球人のマスターに管理されているダンジョンが他に無いため、どれだけの例外があるかは分かったものではない。
だが少なくとも、例外が起きた原因がハッキリしない限り、単なる偶然だろうと片づけてしまうのは、浅はかで危ういと言うしかない。
のぞみはそんな不安に、影のかかった顔をさらに曇らせる。
「けれど、今回のお仕事は無事に終わってコアも大きくなったんだから、どういうことなのかは調べを進めるとして、今は買い物でもしてから帰りましょうよ?」
「う、うん……じ、じゃあ……コンビニでツチノコの山……買ってく」
「あ、おい待てぇい! ユキンコの里も買わんと承知せんぞ!?」
「そこでコンビニぃ? まぁいいけれど、それだと両方とも棚からごっそり無くす勢いで買わなきゃよ?」
「分かってる。もちろん、一緒に買ってく……ヘヒヒ」
菓子の話で和む一行。
だがそこでスリリングディザイアからの呼び出しが、のぞみの脳内に直に響く。
「ヘヒ!? どど、どうした……の!?」
不意打ちの呼び出しに慌てふためきながらも応答するのぞみ。
「ママ!? 急いで戻ってください! 我が方が襲撃を受けていますッ!」
「ヘヒィイ!?」
そして返ってきた思念に、のぞみはサングラスを落としかけるほどに仰天するのであった。




