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45:凄いのはダンジョンマスター・ジョブなので

「のぞみちゃん無事かぁああッ!?」


 ヒヒイロカネ合金の装甲を要所に配したアーマーを纏い、炎の斧を携えたフル装備の犬塚忍が、ドアをけ破る勢いで飛び込む。


「ヘヒッ!? い、いい、犬塚、さん!?」


「よお忍。よく来たな」


「やーほー、のぶちゃーん」


 だがそんな勢い込んで踏み入った部屋の中では、のぞみがボーゾとベルノと共に食事の最中であった。


 食事中。とは言っても、のぞみはテーブルの上にダンジョン編集用のマジックコンソールを展開中。

 ダンジョンマスターとしての管理、メンテナンス作業をしているところへ、横からベルノが口元へおかずを、飯をと運び介助しているような形だ。

 ボーゾはその逆側で、胡坐をかいて自分用に分けられたものを平らげていっている。


「なん……だ? ずいぶんとのんきしてるじゃねえか?」


 忍はこの、慌てて駆け付けたところに食らった肩透かしに、顔を強張らせる。


「ちょっと、忍待ちなさいよ……って、なんで止まってるの止まるなぁあ!?」


「う、お? おぉおお!?」


 そこへ後についてきていた、高須悠美をはじめとした探索者仲間たちが背後から次々とぶつかり、さらに忍を部屋の中へと押し込んでいく。


 そうして忍は押し込まれるままに支えきれず、部屋の中に倒れ込む。


「ちょっとー! 食事ちゅーにほこり立てないでよー!」


 それをベルノは、のぞみのための食事を乗せたトレーを体の後ろに隠し、ぷりぷりと頬を膨らませる。


「お、おう……すまんすまん」


「もー……気をつけてよねー……」


 素直に謝る忍たちに、ベルノは唇を尖らせながらトレーを戻して、今度はどこからともなく取り出した丼の中身で頬を膨らませる。


 そして手早く別の箸に持ち替えて、主人の食事をその口元へ運ぶ。


「や……その、いったん止めよ? お客様……だし……ヘヒッ」


 だがのぞみは失礼だろうと、食事と作業の中断を提案する。

 が、そのとたんにベルノの唇は尖り、頬が膨れる。


「いや、気にしないでくれや。突然押し掛けたのは俺らの方だし」


「そ、そう言って、もらえるのは……ありがたい、です……でも、歯止め効かない、ので……」


 のぞみが引きつり笑いで言う通り、ベルノは素直に箸を突き出している。

 さらにボーゾもためらいなく食事を再開している。

 欲望の魔神たちらしく、なんとも欲求に素直なことである。


「いいっていいって! 気になるってんなら俺らも探索前のメシにさせてもらうからよ!」


 そんな素直さを豪快に笑い飛ばして、、忍はのぞみの真正面に腰を下ろす。


「おー!? そー言うことなら大歓迎! このベルノ・グラトニーがみんなの食欲を満たして見せましょー!」


 客人たちも食事するとなるや、ベルノはとたんにおいでおいでと手招きを始める。


「でも、全員は入りきりそうにないわよ?」


「そ……そう、ですね……ヘヒッ」


 悠美の言葉に、のぞみはぎこちない笑みを浮かべてうなづく。


 ダンジョンの一部なのだから、ポンッと拡張すればよかろう、となるだろう。


 たしかに部屋に取り囲まれていても、階層全体を合わせて拡張することで広げることはできる。


 だがそれにも限界はある。


 それは不可思議空間の容量の問題ではなく、スリリングディザイア全体の規模の問題だ。


 遊び場、狩場として展開したエリアと、のぞみ部屋を含めたエリア。

 コアは育ってはいるものの、その都度に拡張を重ねて、ほぼ限界ギリギリにまで使っている。

 ここでのぞみ部屋を拡張しては、遊び場にまで影響が出かねない。


 半ば私的な理由で、本業に悪影響を出すわけには行かない。


「まあ、そうだわな。じゃあ俺らと、あと代表に二人くらい残って、後は好きに休んでてくれていいぞ?」


 一人住まいがせいぜいな容量の部屋を見回して、忍はパパッと連れてきた面々に指示を出す。


「誰が残る?」


「じゃあオレが残るよ。うどん出せるし」


「残るのはいいけどそれはやめれ?」


「いやだって、せっかく師匠が居てくれてるし」


「おー香川くーん! 残って残って! あれから調子はどーかな?」


「それが今一つ……なぜか仲間たちが召喚したおうどん様を食べてくれなくて……」


「な、なんじゃとてーッ!? なんで、どうして!?」


「そんなとこまでそっくりかよこのこらえ性の無いうどん欲どもはッ!?」


「えーなに? うどん欲だなんて……?」


「ちょっと意味が分かりませんよね」


「こいつらぁあ……」


 こんな息のピッタリなベルノと香川のコンビに、香川組の探索者たちが呻く様なところもあったものの、駆けつけて来てくれた探索者チームは、スムーズに残るものとそうでないものとに分散することになる。


「……で、結局は未遂で、囲んできた主犯どもも警察に動いてもらったが、下っ端の使い走りだった……と?」


「あと、攫われそうになったってのも影武者でな」


「のぞみちゃんは犯人に会わなかったんだよねー」


「ヘヒ、ヒヒヒッ」


 口の中が片づいた絶妙なタイミングで差し出されたものに食い付きながら、のぞみは首を縦に振る。


「とにかく、無事でなによりだ。そいつは間違いなく良かった。良かったよ」


「おう。のぞみも「心配ありがとうね」と言ってるぜ」


 絶え間もなく食事を口に入れられるのぞみを、ボーゾが代弁する。

 それに忍は笑みを浮かべてうなづく。


「無事は良かった。が、それにしても行動するのも、させるのも早いな」


 拉致監禁とはいえ、未遂である。

 警察もまだ注意警告程度で、あまり熱心に動いてくれそうにない状況である。


『それはまあ。公権力にすがるなら、それなりのお願いの仕方というものがありますから』


 対してモニターの中のウケカッセがドヤ顔で答える。


 仲間からも銭ゲバとあだ名される彼の策であるが、別に後ろ暗い手ではない。

 融資先に、ダンジョン素材の取引相手。それらすべてに、のぞみを狙う不逞の輩が現れたことを包み隠さずに告知したのだ。

 その知らせた先には、市の自治体も含んでいる。


 直接に融資を受けている者たちや、取引をしている者たちはもちろん。自治体にとってもまた、スリリングディザイアは税収はもちろん、地域活性効果からもはやなくてはならない存在となっている。


 そんなスリリングディザイアの危機に、名前を連ね、声を揃えて訴えてもらったという、それだけのことだ。


『多数の声に従って動く。実に民主主義的ではないですか』


 ウケカッセはそう説明を締めてほくそ笑む。


「なるほどね。まあ穏便な方法だったんじゃねえの? のぞみちゃんが狙われたってぇ状況にしてはよ?」


 忍はそう言って笑いながら、鳥の肉とネギのようなものが浮かんだうどんに箸を突っ込む。


 そうして汁から持ち上げた麺は、やはり香川の喚び出したうどん。みずから具を絡めとり、啜るに合わせて口に入るようにしている。


「おお、活きが良くて気が利くな!」


 しかし忍は豪快に笑い飛ばし、ずるずるとうどんを絡んだ具ごとにすすり上げる。


 仲間たちとはまるで違うその反応に、香川は思わず拍手を送り、ベルノもまた満足げな笑みを浮かべてうなづいている。


「しっかしそうなると気になるのは、攫えって指示した奴。黒幕だよな?」


 そうして具と麺の一塊を飲みこんだ忍の口から出たのは、当然の疑問だ。


「やっぱりアレ? 拉致って言うと……」


「いやー決めつけは良くねーな。決めつけは。先入観は真実を遠ざけるぞー?」


「でも……」


「いやだって、のぞみのコトが欲しいのはどこの国でも同じだろ?」


 このボーゾの一言で、のぞみ部屋に納得の声が響き、満ちる。


「ヘヒッ!? ヘ? ヒヒ、ヒッ?」


 ただ一人、のぞみ本人を除いて、であるが。


「わ、わわわ、ワケが分からない!? ワ・ケ・が・分から・な・い・よ!?」


 頭をフリフリ、妙な節をつけて理解不能と主張するのぞみに、ボーゾは苦笑交じりに肩をすくめる。


「おいおい、考えてもみろよ? ウチみたいな遊び感覚で儲けられるダンジョンが、他のどこにあるってんだ?」


 転生者の滅ぼした世界の残滓と接触。浸食が始まってすでに数年が経つ。


 ダンジョン発生は、当然日本だけに限らず世界中で。

 そうして発生したダンジョンを各国は外へ発生するのを防ぎ、未知の資源の採取場として管理している。

 だがそれは出入口を抑えているに過ぎない。

 ダンジョン景気も、不思議な穴ぐら相手に狩り獲った資源による戦争景気のようなものだ。


 そこへ登場した、戦場(ダンジョン)を遊び場に変えられる史上初、唯一のダンジョンマスター・手塚のぞみである。


 のぞみが、スリリングディザイアがもたらす利益を考えれば、どこの国でも、誰でも欲しがることだろう。


 実際、「手塚のぞみは某国のものである」などと主張する怪文書も、度々上がってきている程だ。


「こんな具合だから、な? 分かるだろ?」


「う、うん……だ、ダンジョンマスター・ジョブ……すごい、ね……へヒヒッ」


 パートナーの説明を受けて、のぞみはヘヒヘヒと、目の前で調整・編集作業中のダンジョンマップを撫でる。


 その様子に忍は引っかかりを感じて眉を寄せる。


「うーん……それは確かにそう、だな……そう、なんだが……」


 その反応に、のぞみは何かおかしかったのか。と、愛想笑いに首傾げ。


「いやー……その、なんだ。俺だったら今のところオンリーワンの力に目覚めて稼げる俺スゲーってドヤ顔してるだろうになーっていうか……まあなんだそんな風に思ったりしたわけなんだが」


「い、いやいやいやいやいや……」


 きちんと伝わる言い回しを探しながらも思ったところを語る忍に、のぞみは笑ったまま首と手を左右にぶんぶんと振り回す。


「す、すすすごいの、は……ダンジョンマスターのち、ちから、で……私、タダ、ラッキー、でゲット……ヘヒ、ヒヒッ!」


「うーん……なんだかなぁ……」


 自分と自分の能力とを分離したこの思考に、忍は眉を寄せて首を捻る。


「……ラッキーでゲットしたにせよなんにせよ、もうその力はのぞみちゃんのモンなんだから……」


「は、はは、はい! だ、ダンジョン広げ、たり……面白く、したり……! ま、マスター、頑張り……ます! ヘヒヒッ」


 のぞみは慌てた風に、ダンジョンマスターとして気合を込める宣言をする。


 だが対する忍は眉根を寄せたまま苦笑し、ボーゾと目くばせをする。


「なーんか、危なっかしいんだよなぁ……」


「だーから、ついつい何とかしてやらにゃあってなっちまうんだわな」


「ヘ、ヘヒィッ!?」

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