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44:ホウ・レン・ソウはしっかりと

「指定されてた場所に行ってみたら、いきなりゴツいのに囲まれて、だからとっさに逃げてきたっての!」


 スリリングディザイア首脳陣の集まった一室。

 そこでハキハキと経緯を語るのは、もっさり長い黒髪の、小柄な女だ。


 病的な青白さに、目の下の濃いクマ。さらに身長に比べてメリハリ豊かなスタイル。

 ここまで並べた特徴は、間違いなく手塚のぞみそのものだ。


「……ヘヒィイ……ぜ、全然、私と……ち、違う……ッ!?」


 だがその言葉通り、もう一人のぞみと並べればその違いは一目瞭然。


 そう。もう一人、手塚のぞみと並べて見てみれば、である。


「か、完全……ッ! も、もはや、完全な別人感……ッ!」


「そうですか? 完全って言うなら、むしろ完全に一致。な、方ですよね? てゆーか、指ささないでくださいよ」


「ご、ごごご、ごめんね!?」


 明らかにいつもの調子の方に比べて、喋りのなめらかな方は明らかに大きい。


 だがそれは単に背すじの問題でしかない。


 猫背か、シャンと伸びているか。そこが明らかに違う。


 それだけで身長もだいぶ伸びているように見える。加えて、猫背であっても大きく見える胸が、堂々と張っていることでさらに大きさを増して見える。


 顔の造りそのものは確かに瓜二つと言っていい。だが表情がまるで違うので、誰も同一人物だとは思わないだろう。


「いい加減アバターを外したらどうです? マ……スターの格好をしたままだからややこしいことになる」


「はいはい。そっちも気取ってないでいつもみたいにママーって呼んでればいいじゃないの」


「なんですと?」


「キャー! コワーイッ! 銭ゲバが怖いからこのままママの皮に庇っててもらっちゃおうかなッ!?」


「怯むと思うのですか? そんな、中の人丸出しの言動をしておいて……ッ!?」


「ですよねー。はいベリベリーっと」


 そんなウケカッセの怒気を受けながら、ハキハキのぞみは顎に手をかけて被り物を剥がす。


 するとすらりと背が高い、細身のアーガが現れる。


 のぞみの下から出てきた使い魔娘に、ウケカッセは深々とため息を吐く。


「それで? 指定された場所で待ち伏せをされていたのは分かりました。ですが、なんでまた待ち合わせをされるような事になったのです?」


「それはオーナーのロールプレイをしてたからよ。この間学校に潜入した時に強引に声を掛けられたけど、オーナーだったら振り払えないでしょ? こんな風に」


 と、アーガは再びのぞみのアバターを被り、ヘヒヘヒと引きつった愛想笑いを浮かべながらその場でもじもじと振る舞って見せる。

 のぞみの姿に演技が加わったことで、完成度の高いのぞみもどきが現れた。


「な、なな……なるほど……! それは、無理……逃げるまでが、早いか、遅いか……!」


「でがしょお? 怪しまれないようにって、再現度上げてた私にはなんにも落ち度はないでしょ?」


 オリジナルの同意を受けるや、のぞみもどきは演技を放り出して中の人をにじみ出させる。


 そしておもむろに自分用のメタルカードを取り出すや、まるでリーダーに差し込むように魔力光の中に入れる。


「本当だったら、もっとこう……不健康さを誤魔化すメイクとか、もう少しマシな恰好もしていきたかったんですよ?」


 言いながらのぞみもどきは手のひらの上に表示されたアバターを編集。

 伴ってアーガの化けたもどきの姿も変化する。


 どうにも消しようのないように見えたクマは薄くなり、逆に頬には血色が濃くなる。

 そして服装もジャージから、ロングスカートと緩めのシャツに。さらに胸の下を紐が絞って豊満なものを強調する袋を作っている。


「ヘヒィイイ……そ、そそ、そんなの私じゃ、ない……!」


「えー? 顔はオーナーそのままですよ?」


「ち、違う! だとしても……違う! 双子、ジェミニ……ッ!」


 アーガ・のぞみがホレホレと、良く見えるようにメイク済みの顔を近づける。

 だが真のぞみは別人だと首を横に振る。


「……ちょっとそれ、アタシのオーナー改造計画完成予想図のひとつじゃないの」


「まるっとコピーさせて貰っちゃったのよー」


「い、いや、いやいやいやザリシャーレ!? こんなん、なるわけが……ないッ!? なれるわけが、ない……ッ!?」


「はいはい。なれるわけがないーは、三回と言わずいくらでも言っていいけど、必ずこの形に持っていくわよ?」


「ヘヒィイイ……」


「じゃれあい遊ぶのは結構。ですが、少々脱線が過ぎますよ? あとアーガ・トゥ。本当にその装いにしていたら変装の意味がないでしょうが」


「だーから、やらないでちゃんと演技したんでしょうが」


「ともかく、マ……スターらしく振る舞っていたところ、強引で一方的な誘いを受けて、逃げるわけにはいかなくなった、と?」


「そういうこと。すっぽかしたらここまで乗り込んで来るかもって思ったから、言われた通りにオーナーのフリして行ったってわけ」


 まったく進んでいない話を進めようと舵取り仕切るウケカッセに、再びのぞみのアバターを脱いだアーガ・トゥはうなづく。


「危険だとは思わなかったのですかな?」


「そりゃあ見るからに、だもの。思わないわけないでしょ」


「じゃーどうして誰にも報告しなかったの? みんなで行けば怖くないのにー」


「そこのところは欲張っちゃったわ。一人でひそかに、ちょっとでも情報を持ち帰れたらいいかと思って。結局目隠しにぐるぐる巻きにされそうになって逃げてきちゃったけど」


 知と食の二人からの追及を、アーガは素直にミスだったとうなづく。


「そこはもう少し頑張っても良かったのでは? 最悪、我々はマ……スターさえ無事ならばリスポーンはできるわけですから」


「デスワープで持ち帰れと申したか」


「最悪、の場合ですよ。取り囲んだ者の中に高レベル探索者が混じっていたとしても、アガシオンズならば逃げに徹すれば脱出は可能だったでしょう。これでは結局、探るも逃げるも中途半端ではないですか」


 ウケカッセの言うことは本当だ。

 ボーゾと繋がり、ダンジョン・コアと融合したマスターたるのぞみ。

 のぞみさえ健在ならば、ダンジョンモンスターである幹部、従業員たちは復活する事が出来る。出来るのだ。


 だからウケカッセが言う通り、ゲームのように倒れることで経験・情報を持ち帰るのも手段のひとつでは、ある。


「だ、ダメ……ッ! そんなの、は……ダメ、だよ?」


 だがそれに待ったをかけるのは、ダンジョンマスターであるのぞみであった。


「しかし、取れる手段があるならば有効に使うべきで……」


「で、でも……ダメ! ヤダ……し、死ぬかも……ってなるの、スゴい、怖い……ッ! だよね!?」


「は、はい……だから、潜入を考えても踏み切れなくて……申し訳な……」


「い、いい! いい! 全然、まったく……! だって私も……怖い! みんな……私から生まれた……から、仕方ない……!」


 自分と同じ、強い生存欲求には素直に従っていい。


 詫びの言葉を遮って、のぞみはアーガの抱いた怯えを、欲望を肯定する。


「……し、仕方ない……ない、よね……?」


 しかしくっきりはっきりに肯定しておきながら、おそるおそると幹部魔神たちを見回す。


「やっぱり、しまらねえなあ」


 この相変わらずの様子に、ボーゾを中心に、集まった面々から笑みが溢れる。


「とにかく。もう過ぎた事だし、のぞみが良しとしてるんだ。良しとしてやろうじゃないか、なあ?」


 そう言ってボーゾが幹部たちを見回せば、全員が全員笑みのままにうなづく。


「ええ。マスターの望みを叶えるのに、異存はありませんよ」


「で、でで……でも一個だけ……ほ、報告は……ちゃんと……! 報告、連絡、相談……ホウレンソウ、ちゃんと……ッ!」


「それはもちろん。見栄を張っての独走が無いように徹底させなくてはなりませんね」


 慌ててこれだけは。と、のぞみが付け足す。

 するとウケカッセは繰り返しうなづきながら、流し目を独断で動いたアーガに向ける。


 これには視線を受けたアーガ・トゥも居心地悪そうに眼を逸らす。


「おいおい。あんまりいじめてやるなよ」


「分かっておりますよ。では、今分かっていることからできる限りの備えをするとしましょうか……ええ。誰に手を出そうとしたのか。骨の髄まで思い知らせてやるとしましょう。フフフ……」


 そうして眼鏡を光らせ笑いだすウケカッセに続いて、幹部たち全員から一人の例外もなく嗜虐性を帯びた笑みがこぼれ始めるのであった。

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