43:鋼のスピリットの響き合う相手がいる幸せ
石組みの壁に等間隔に光源の灯った、いかにもな迷宮。
そこをサングラスにショットガンの似合いそうな、筋骨隆々の巨漢がずんずんと大股に進んでいく。
そんな大男の前後には、斥候役らしい青年たちが立ち、大男の歩みを妨げないように目を配り続けている。
そのうちに先行していた斥候役が突然に通路の途中で立ち止まると、後ろを警戒していた相方と目くばせ。追跡やほかの目がないか、密に辺りを警戒する。
そうして周囲に問題なしと確認したところで、斥候の一人が壁を作るブロックの一つに触れる。
するとブロックはまるで自ら潜っていくかのように壁の奥へと滑り入る。
続いて隣接するブロック達も連鎖的に壁の奥へ沈み、形を組み替えていく。
そうして見る見るうちに、一本道の通路に分かれ道が出来上がる。
隠し通路を開いた斥候が先行して手招き。それに従って筋骨隆々の巨漢が隠し通路へ。最後に後ろを任されていたものが通路に入ると、壁がさっきの逆回しに戻って通路を塞ぐ。
元に戻った壁の奥。そこはそれまでの遺跡的なものとはうってかわって、近代的な通路である。
白を基調としたつるりとした壁や床。
天井にはLEDを模した帯状の光源が埋まっていて、そこから降り注ぐ光に照らされた廊下は、陽が届いているかのように明るい。
そんな急激に様変わりした通路を、しかし斥候も巨漢も、まるで戸惑うことなく進んでいく。
やがて彼らは巨大なシャッターゲートと、その脇に備えられたドアの前に到着。
隣のゲートに比べて、明らかにおまけのようなドア。
そんなドアの横にあるコンソールへ、斥候がメタルカードをかざす。
するとドアは「お入りください」とでも言うように、音もなく横滑りに道を開ける。
そうして開いたドアを潜って、筋肉モリモリの大男を中心にした三人はさらに奥へ。
彼らの入ったそこは、広大な空間であった。
天井は高く、遠く。シャッターゲートを挟んだ向こうの壁もまた遠い。壁際で動く人影が指先で弄べてしまいそうに見えるほどだ。
そんな巨大な空間ではあるが、収まったあるモノのために、それほど余裕はない。
それは見上げるほどの巨体!
それはブ厚い鋼の塊!
スリリングディザイアの頼もしき守護巨神、庇護欲のバウモールである!
「ヘヒッ! た、たまらん!? ヘヒ、ヒヒヒッ!」
整備用ハンガーに架かって、アガシオンズの手入れを受けるバウモール。
その足元には、甲高い笑い声を漏らしながらカメラ機能を駆使するのぞみがいる。
「ヘヒッ……か、輝くヒヒイロカネの……巨体ッ! パワフル……圧倒的……パワフル……ッ!! ヘヒヒッ」
ご機嫌な笑い声をあげながら、のぞみはクネクネとあおり角度の整備風景写真に悶え続ける。
そんなもっさりスパロボオタ女に、筋骨隆々の巨漢は無造作に歩み寄る。
「どうも、オーナーさん」
「ヘヒィッ!? どどどドーモ、手塚のぞみですぅーッ?!」
ハイになっていたところへの不意討ちな挨拶に、のぞみ跳びはね振り返りお辞儀をする。
「え、えっと……そ、それで……その、どちら、さま……? ヘヒッ」
それからおそるおそると顔を上げ、見覚えのないマッチョマンに誰何の声をかける。
「分からないか?」
すると筋骨隆々の巨漢はむっつりとした顔のまま、自身の顎に手をかける。
そのままおもむろに、マスクでも剥がすように顔の皮をむしり取る。
「ボクですよ。八嶋の大和ですよ」
「や、八嶋くん……だったの!?」
そうして空気の抜けるような音を立てて現れたのは、もっさり頭に分厚い眼鏡のひょろい研究者であった。
「いやーアバターサービスが始まったということで、道中の変装もかねてちょっと試してみたのですよ」
大和がそう言って笑うのに続いて、斥候役の二人も仮面を剥がすようなしぐさをして、スリリングディザイア従業員、受付嬢としての姿に戻る。
「じゃあオーナー、確かに送り届けたから、私たちは仕事に戻るわね」
「あ、はい。ご、ご苦労様……ヘヒッ」
のぞみからの労いにアーガたちは手をひらひら。扇ぐ手を動かしながら姿を消す。
「それにしても面白いですね。普段の自分と全然違う姿になれるというので思いきって作ってみましたが、自然に動けましたし」
「ヘヒッ……ま、満足いただけたようで、何より……です……! ヘヒヒッ」
「それはもう! あんなガッチリボディにはちょっと憧れがありましたからね。ただ、あの姿になってパンチしても、実際は中身そのままのひょろひょろなので見せ筋感がすごかったですが……」
「その辺りは、どうしても……変えられるのは、見た目まで、でして……」
「いやいや。それはそれで笑えた、というか面白かったと言う話ですから。満足ポイントのひとつですよ」
笑いながらムキムキアバターの使用感を語っていた大和は、そう言えば、と視線を上に向ける。
「我々の全面協力による強化改造はご満足いただけたようですね!」
「そ、そりゃあ、もう! ヘヒッ、ヒヒヒッ!」
その向かう先はもちろん、整備中のバウモールだ。
そう。バウモールを今のスーパーロボットな姿にリメイクしたのは、のぞみだけの力ではない。
ヒヒイロカネ合金の研究工房、「金屋子の知恵袋」の全面協力があってのことである。
「手塚オーナーから相談があると聞いた時には何事かと思いましたが。いや楽しい仕事をさせてもらいました!」
のぞみの趣味的な姿と機能を実現するべく、適した比率に、必要なエンチャントを施した部品を製造。取り付けていったのだ。
「試作、急造と言うべき段階のところはいくらかありましたが、送っていただいた映像を見たところ、動くのに支障はないようで安心しました。これはバウモールが生きているおかげで、ボクらの力ではありませんが……」
のぞみに下り、庇護欲のバウモールとなった石巨人は、巨大なフルヒヒイロカネフレームに再構築された。
そこへ新たな体の一部が繋がれる度に、彼はその機能を把握し、制御下に置いていった。
まるで贈り物の靴の履き心地を試して慣らすかのように、自分の物としてひとりでに馴染ませてしまうのだ。
機械的な連動や制御システムの調整の手間を省き、ただ部品を突っ込めば動く。
そんなバウモールの、見た目とは真逆な生きているがゆえの柔軟性が、先の戦いに間に合い、活躍した鍵であった。
「素材、装甲にヒヒイロカネを用いたロボットには、いつか関わりたいと思っていましたが……」
「魔を断つ剣的な?」
「イエス、無垢なる刃的な!」
解ってるじゃないか。
そんな通じ合いに、のぞみと大和はハイタッチ。
気持ちの良い音をバウモールハンガーに響かせる。
しかし彼らの例えに対しと、実際のバウモールの武装ラインナップは鉄の城風味なのであるが。
「それにこんなに早く関われるとは思っていませんでしたから、活躍シーンの映像を見たときは感無量でしたよ! もちろん作業に携わっている時もそうでしたけれどもね!?」
「ヘヒッ!? は、はいぃい!」
「エントランスでは、カッコいいPVにまとまって……それにウチの名前までクレジットして貰えて……感激しない方があり得ないですよあれは!」
「ヘヒッ……へ、編集は、みんなで頑張り、ました……ヘヒッ!」
熱弁を奮って感動を表す大和に、のぞみは照れくさそうにうつむきながらもしかし、その顔にはぎこちないが確かな笑みがある。
「そのおかげでウチにもガンガン電話がかかってきてましてね! まあ、人型ロボット開発研究やってると勘違いしたところも多いんですが」
「ヘヒッ! ……そ、それは申し訳、ない……ヘヒヒッ」
「なんのなんの! そういうところには、ズシリと重いが確かな強度のヒヒイロカネ合金素材を売り込んでいますので!」
「お、重さとパワー……の、ち、超合金、ヒヒイロカネ!」
「イエス、イエス、イエス! 超合金! おや、そうなると我々でも独自のスーパーロボットを造らないといけない気がしてきましたよ?」
「ヘヒッ……そうなればプロトタイプはバウモール……自我を持ったプロトタイプ……ヘヒヒッ」
いちいち恐縮しては、ロボオタトークでテンションを上げるのぞみ。
そんなのぞみの姿に、大和はにんまりと頬を緩める。
「さてさて、それではバウモールの完成度を高くするためにどこを改めるか、隅々まで洗い出して行きましょうか。今でもボス配置したら勝てないとか言われてますけどね。容赦なく強化しますよー! 詰めたいところはすでにありますからね!」
「強くしすぎた……でも、特別……イベント用、なので……それに、勝ちは……条件付け、次第……逃げ切る、生き延びる、とか……ヘヒヒヒヒッ」
「それなら遠慮はいりませんね! ガンガン完成度上げましょう! ガンガン!」
「が、ガンガン……ガガン……ッ!」
舌の動きはぎこちなくも、ノリ良く拳を突き出すのぞみに、大和もまた拳を合わせて応える。
が、そうしてバウモールの前で楽しく語り合っている所へ、ふとのぞみは、頭に直接語り掛けてくるものを感じ取って、電話に出るように手のひらにマジックコンソールを展開する。
『ああ。オーナー……お忙しいところ申し訳ありません』
「な、なにか……あったの?」
手のひらの中に現れた、大和を送ってきたのとは別のアーガに、のぞみは何事かと尋ねる。
『少々、厄介なことが起こっていしまいました』
「や、やややっかいな、こと? なに? 何があったの?」
『オーナーを拉致しようとしたものがいたようです』
「へ? 私……を? ヲヲ? でも、今日、私……外出てない? なのに、どど、どうして……私をさらおうとしたって証拠?」
いきなりな報告にのぞみは訳が分からないよ。と、目を回すばかりであった。




