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42:寝落ちするほど無茶してでもやらねばならんことがある

 スリリングディザイアの最深部にして中枢。

 マスタールーム、あるいはのぞみ部屋と言われるこの部屋の中央に、持ち主であるのぞみの姿がある。


 ダンジョンマスターの力の現れである光のパソコン。

 それに向かい合い作業をするのぞみの目はギラギラとしていて、クマが普段以上に濃くなって見える。

 髪もまったく手入れされておらず、長い黒髪がうねるままに体に張りついてしまっている。


 過労死した社畜系地縛霊か、そういう類いの現代妖怪としても通じそうな有り様である。


「……ねえ、のぞみちゃん? そろそろご飯食べない?」


「そうそうマスター、一度休憩を挟んだ方がいいわよ? ほら、お風呂に入ってー、アタシのマッサージでさっぱりしてー、そしたらもっと効率アップーって……」


 そんな怪異じみた風貌になるまでやつれた主人を心配して、魔神たちが休息を勧める。


「ヘヒッ……もう、少し、あとちょっと……だから……ヘヒッヒッ」


 だがのぞみはそれらにもう少しだと返すばかりで、作業の手を止めようとはしない。


 ベルノ、ザリシャーレをはじめとしたパーク幹部たちは、困り顔を見合わせると、再び作業に没入するのぞみに目をやる。

 正確には、のぞみが作業するテーブル。その上で寝転がるボーゾに、である。


「いやいや、俺が止めるワケがないだろ? のぞみがやりたいって欲望燃やしてんのによ」


 だが増援に加わってと欲する魔神たちの視線に、ボーゾは手をヒラヒラとさせてお断り。

 止めるつもりが無い。それどころか、さらに煽りさえしそうである。


 パーク幹部たちは、そんなまったく頼りにならないボーゾに、揃ってため息をつく。


「どうしたものかしら? もういっそのこと強制的に中断させるしか?」


「ママの欲望に逆らうのは心苦しいですが……他に手はなさそうですね」


「でも引き離すのはどうするの? ケガさせたりしたくないし」


「ここはバウモールに頼るところですかな? 不健康な活動からオーナーを守ってほしい。こうお願いすれば、おっきな手のひらに包んでひょい、ですな」


 ひそひそと主人の強制休憩のための打ち合わせをする幹部魔神たち。


「おーい、聞こえてんぞー? だがまあ、いーい欲望だ。好きにしたらいいさ」


 それをボーゾはにやにやと眺めながら軽い調子のエールを投げる。


 どっちの味方だと突っ込みたくなるような軽薄でいい加減な態度である。が、どちらにも積極的に味方をしない中立宣言ともとれる。


 何にせよ、ボーゾからは好きにしろとのお墨付きが出た。

 いざ、のぞみを区切りもなく続けている作業から引っぺがすぞと、幹部魔神たちはうなづきあう。


「で、できたぁあ……しゅ~りょ~……ヘヒッヘヒヒッ」


 しかし、皆が構えるのとほぼ同時に、のぞみの口から終了宣言が上がる。


 狙いすましたかのようなこのタイミングに、幹部魔神たちは勢い空回り、ズッコケる。


「ヘヒッ……ど、どしたの? ふ、古くさい……リアクション……ヘヒヒヒ」


 のぞみは背後からの物音に振り返ると、床に転がる身内たちの姿に笑い声を上げる。


 それにザリシャーレたちは床に転がったまま、むっつりと唇を尖らせる。


「……誰のせいだと思ってるのかしら……」


 このぼやきに、幹部魔神たちは揃って首を縦に振る。


「ヘヒ……ヒッ?」


 対してのぞみは、ワケが分からないよ、と首を傾げる。が、そのまま体ごとに傾き、椅子から落ちる。


「ママッ!?」


 それにいち早く反応したウケカッセが、のぞみを受け止めに滑り込もうと。


 しかしそれをベルノが追い抜き、自身のぽっちゃりやわらかボディを主人の下敷きにする。


「のぞみちゃん、大丈夫? 痛いところはない?」


 受け止めたのぞみを下から助け起こしながら、ベルノは安否を尋ねる。

 しかし、のぞみからの返事は無い。


 何故ならば、のぞみはベルノのふっくらとした胸を枕に寝息を立てていたからだ。


「あーあー……こんなギリギリまで続けるからー」


 完全に寝オチ。

 しかしそれだけらしい様子に、支えているベルノをはじめとして、魔神衆は揃って安堵の息をこぼす。


「じゃ、寝ちゃってるウチに、できるだけキレイにしちゃいましょうか。美を曇らせる疲労をこの手で取り除いて、素敵な目覚めを差し上げるわよ!」


「あー! ずるーい! まず先に栄養補給じゃなーいー? 美味しいのでお腹いっぱいにさせたいのにー!」


「フフッ……それは眠っちゃってる間には厳しいんじゃないかしらーッ!? 大人しくマスターのお目覚めを指でもしゃぶりながら待っているがいいわ! ニョホホホホッ!」


 そのままザリシャーレとイロミダは、起きる様子の無いのぞみを担いでさらっていく。


「お、のーれーッ!! それで納得なんかできるかーッ!!」


 そうして風呂へと走っていく二人を追いかけて、ベルノもまたのぞみ部屋からいなくなる。


「……くれぐれも、くれぐれも寝てるママを起こさないようにお願いしますよ……」


 遠ざかる騒がしさに向けて、ウケカッセは半ばあきらめ半分に声を投げる。


 それからため息を一つ、眼鏡を持ち上げて自分用のタブレット端末を起動。


「アーガの中から、代表一名を選出。マ……スターの代理として大学へ行きなさい」


 堂々と代返、不正を指示するアナウンスをするウケカッセ。

 それに知識欲のベルシエルが白い目を向ける。


「不正はどうかと思いますな。回数や規模の多少はどうあれ、そういうのは最終的に本人に、この場合はオーナーの不利になって返ってくるものですな」


 仲間からの苦言に、ウケカッセはしかり、と首を縦に振る。


「確かにその通り。最終的な損得でいえば、不正が発覚した場合には大損です。ママにわざわざそんなリスクを負わせる必要もない。ですね……しかし、アヴァターラシステムのテストを兼ねる良いチャンス……とも思っていたのですが……」


 ウケカッセが悩ましげにつぶやいたアヴァターラシステムとはなにか?


 これは先日のアドベンチャーランドの掃討で、ザリシャーレとイロミダが見せたマジカルヒロインめいた変身から着想を得た新サービスである。


 具体的なところはアバターの語源となったそのシステム名のとおり。

 ダンジョン探索に赴く際に、作成したアバターの姿になって冒険ごっこを楽しめる、というものだ。


 形としては本人にアバターの姿を被せる方式である。が、身長の高低、痩せているか肥えているか。被るものとアバターとの体格に大きな差があろうと関係はない。

 自分で好きなように手を加えた、理想の姿になることができるのだ。もちろん声も変えられる。

 また、顔や体型は変えないまでも、着ている防具や衣装だけを自分好みのものにすることもできる。


 ただし本人がかぶる都合上、戦闘スタイルは本人のものからは変えられない。

 仮にゴツい重戦士が魔法使いな少女のアバターを着たとしても、最前線で敵の攻撃を受け止め、重い武器で相手を打ち倒すことに代わりはないのだ。

 これはこれで、小さな体に巨大武器、という定番のギャップ演出に使えるので、大きな問題はないだろうが。


 転生やVRゲームほどでは無いにしろ変身欲求も満たせる、画期的なサービスとなると見込まれたスリリングディザイアの新システム。それがアヴァターラシステムである。


「……それは確かに、流すには惜しいところですな……では出席はしてないことにしてしまって、ノートを取らせるだけにしてしまえばいいのではないですかな?」


「なるほど、採用。アガシオンズ、聞こえていましたね? ではそういうことで。この分の手当は出しますからキチンとこなしなさい?」


 これで話はまとまった。

 そう言わんばかりにウケカッセは通信を切る。


 そしてのぞみ部屋の壁一つを占めるモニターを起動。

 すると大画面にスリリングディザイアの一区画が映し出される。


 その場所とは、廃鉱山を模した洞窟だ。

 そう。予定にないコアの奪取をしてしまった、アドベンチャーランドのダンジョンである。


 スケルトンの鉱夫がつるはしを振るい、コウモリやクモなどの生物型のモンスターが食い食われるその様子は、のぞみが支配する前、もっと言えば拡張暴走を起こす前の風景そのままであった。


 そんな常の生態を保っているダンジョンの内部を眺めて、ウケカッセは嘆息する。


「……あちらの再開など、こちらの調整が終わるまで待たせてしまってもよかったでしょうに……」


 のぞみがいつも以上に幽鬼的になるほど根を詰めて、急ぎダンジョンを整えていたのは、この廃坑部分を早急に開放するためであった。


 コアは奪ってしまったが、ダンジョンそのものはほぼ従来通りに潜れるようにしてランド側に返却・設置する。

 その約束を迅速に履行しようとしてのことだ。


 いくらか手間の大きい調整は必要になったが、のぞみが根を詰めた甲斐はあって、モニター越しに見る限り問題は無いようである。

 これから不備がないかの確認とテストをするとしても、アドベンチャーランドの希望した再開日時には充分に間に合いそうである。


 しかしウケカッセからすれば、それは母と慕う主人の過剰な気づかいだとしか思えなかった。


「それをされられなかったのは、ウケカッセのまとめた話の内容なのではないですかな?」


 だがベルシエルは、のぞみが無理をする必要が出来たのは、ウケカッセにあるのでは。と、横目に。


「……それは、どういうことです?」


 その聞き捨てならない言葉に、ウケカッセはメガネの下にある目を鋭くする。


「一般人の犠牲者発生必至の状況を救ったばかりか、あちらの手に負えない規模にまで急発展したダンジョンを安全化。その上で向こうにも我々のパークに通じるゲートを置く。あちら側には必要充分以上の利益を与えているのですよ?」


 何をおかしなところがあるのか?

 そんなウケカッセの態度に、ベルシエルはため息交じりに首を横に振る。


「充分以上って、それはこちら側から……ウケカッセが判断したことですな? 向こうが納得できたことではないのですな」


 独りよがりの、相手の納得を得られていない取引であったと指摘するベルシエル。

 しかしウケカッセはだから何だと肩をすくめる。


「納得できていなかったと? 譲歩に譲歩を重ねた結果だというのに、まったく図々しい!」


「……じゃあウケカッセが不利な取引を強いられたらどうするつもりですかな?」


「当然ママと自分が手にする利益を最大限に引き出すに決まっているでしょう!? ええ、それはもうギリギリのところまで!」


「うーん、この……」


 その清々しいまでのダブルスタンダードな宣言に、ベルシエルは呆れたように嘆息する。


「じゃあ向こうだって妥協点がもっと高いところにあったって不思議じゃないですな?」


「まったく、なんとがめつい者たちなのか……」


「お、ブーメランですかな?」


「ええまあ。あいにくと使い手ではないので、自分に刺さるところまでがお約束の……」


 分かったうえでのやり取りと笑み。

 それに続いてウケカッセは、降参だと両手を上げる。


「……あのままでは表面上はともかく、不満と敵意がでていた、と?」


「オーナーとしては、なんとなくまずいんじゃないかー……と、思っただけでしたでしょうけどな。敵を作りたくはない。と」


 非を認識するウケカッセに、ベルシエルは腕組みうなづく。


 実際ウケカッセのプランのままでは、ランドのダンジョンに入ったら、そこはスリリングディザイアのエントランスでした。という形になる。

 これは長距離のワープ移動にも利用できる。もし広まれば、従来の交通機関から顰蹙(ひんしゅく)を買うことになるだろう。


 それを避け、八方丸く治めるための、半独立型。


 この形に整えたので、向こうからスリリングディザイアに飛んでくることは無いし、スリリングディザイアから探索中に廃鉱に迷い込むこともない。


 さらにつけ加えるなら、強制帰還の方式は完全にスリリングディザイアのガチエリア準拠であるため、死者が出る事も無い。


 これで交通機関にも睨まれないし、アドベンチャーランドには恩を売れる。さらにダンジョンテーマパークが危険な商売だと叩かれる可能性も削れる。


 手間のかかる調整が必要になって、少々無茶はした。けれどこれで丸儲け。

 これがのぞみの考えであった。


「……これでは確かに、ママが無理をしたのも、ママの考えを度外視に話をまとめようとした私の責任、ですね」


「そうですな。オーナーが自分をどれだけ安く見ているか。そこのところの見積りが甘かったワケですな」


「ええ。本当にあの方は、自分の価値というものをまるで分かっていらっしゃらない……」


「ですな。そこは本当に困ったことですな」


 のぞみに万一のことがあれば、スリリングディザイアはその従業員も含めて、この世に存在できないのだ。

 だのに、あのダンジョンマスターは自分の身を切るようなやり方をするばかり。


「今回の件はともかくとして、ママの認識の甘さはちゃんと正すべきだと思いますが?」


「ですな。私もお説教に加わらせてもらいますな!」


 そうして銭と知とがうなづきあっていたちょうどその時。眠っているのぞみは苦しげにうなされていたのであった。

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