41:出来る奴に投げておく。この手に限る
「……なんということをしてくださったのですか」
腕を組み、じとりと見下ろすアドベンチャーランドの代表。
その正面でのぞみは、居心地悪そうに小さくなって地べたに正座をしている。
「私どもが願ったのは、異常発生したモンスターの排除と、その原因究明まで。こちらで管理しているダンジョンを制圧してほしい、などとは一言も言っていなかったはずですが?」
「……ヘヒィイイ……」
怒鳴り散らす訳ではなく、しかし容赦無く強まる圧力に、のぞみは返す言葉もなく、ますますもって縮こまる。
事故とはいえ、ダンジョンコアの吸収までしてしまったのは事実だ。
自分の責任を思えば、のぞみに言い訳などできるはずもない。
「何を笑っているのです? これは違約の上、私どもの施設を盗んだも同然なのですよ? まさか、今返すから問題ない。なんて言い出しはしないでしょうね?」
「そ、そんな……ま、まさか……ヘヒヒッ」
ずい、と踏み込むランド代表に、のぞみは引きつった愛想笑いを浮かべることしかできない。
そもそも返却できるものなら、飲み込んだ時点で吐き出している。
一度吸収したダンジョンコアは、その時点でのぞみの中で一つのコアに融合する。
ここからで分離しようなど、火も通して完成したハンバーグを、生で刻む前の材料別に戻せと言っているに等しい。
つまりは不可能ということだ。
それが分かっているから、のぞみもどうすることもできずに、ただ申し訳ないと地べたから謝罪の気持ちを伝えることしかできない。
「ええ、もちろん。そのようなことは申しませんとも……」
だからそこで交渉役として前に立つのがウケカッセの仕事だ。
「ではどのように補填をしていただくことにしましょうか? 体験ツアーはもちろん、獲得できる素材とそれを基にした商売で得られただろう利益を加味しまして……」
「おやおや……それでは逆に、あなた方が我々に支払わなければならなくなるのでは?」
「なんですと?」
嬉々として賠償額の話に移ろうとしたのを「逆だろう」と言われて、ランド代表の顔が険しくなる。
「何を馬鹿な……あなた方が急変したダンジョンを正常な状態にまで掃除して、そこまでで終われせてくれたのであれば、後はこちらで雇った探索者に掃除し続けてもらえばよいだけの事ではないですか。それを賠償を惜しんで適当なことを……」
不快気に顔をゆがめる代表に対して、のぞみは青白い顔からさらに血の気を引かせる。
だがその一方でウケカッセは微笑みさえ浮かべてうなづいている。
「なるほどなるほど。確かに……探索者を雇ってモンスターの排除をし続けられれば、これまで通りの運営は可能でしたでしょうね」
「そうでしょうとも」
「しかし、それは排除し続けられたら、の話ですよね?」
念押しに確認するようなウケカッセの言葉に、代表の眉が跳ね上がる。
「正直に申し上げまして……今回のが、ダンジョン連結とそれに伴う大発生であったとしても、今後のモンスター増殖率も倍近くに跳ね上がっていたはずですよ? それで比較的に安全なラインを維持し続けるだけの探索者を雇い続けることが可能ですか?」
さらに続いたこの言葉に、代表は呻き声をこぼす。
しかし咳ばらいを一つ。胸を張ってウケカッセの心配を鼻で笑い飛ばす。
「……問題ないでしょう……モンスターが増えるということは獲物が増えるということ。雇用の面で動く額は増えるでしょうが、彼らが生み出すお金もより大きく……」
だがこのランド代表の見立てを、ウケカッセは首を横に振って否定する。それはもう沈痛な面持ちで。
「そう単純な話ではありませんよ、これは……」
「どう単純でないと?」
「見ていただいた方が分かりやすいでしょう」
訝しげに尋ねる代表に、ウケカッセは手に持ったタブレット端末をひっくり返して見せる。
「そんな……バカな!?」
画面に目を通した代表は、たまらず絶句する。
そこに表示されていたのは落武者ゾンビの戦闘力評価で、おおよそ骨鉱夫の二段上といったものだ。
それはいい。
強力なモンスターには、相応の実力者に対策をさせてぶつければいいだけの話だからだ。
問題は合わせて表示されている、倒した際の利益査定の方だ。
「……なぜ、こうも安い? これではまるで儲けにならないぞ……?」
落武者ゾンビから得られるだろう素材による利益は、二段下の戦闘力の骨鉱夫とほぼ同等。
まったく金にならないと言っていいレベルである。
「なぜです!? どうしてこんな……さては数字をごまかしているのでは!?」
「疑われるのは仕方ありませんし、物好きがいないとも限りません。ですが、これは正当な査定です。錆びて朽ちた刀や鎧兜に、好んで金を出すものがいると?」
そう言われては代表からはぐうの音も出ない。
アンデッドの類い、特に雑兵レベルのものたちの落とし物から得られる利益はほぼ無い。
使用している武器やらを再利用しようにも、怨念で強化されているだけで、素材としてはごく普通の鉄やらなんやらであって、珍しさはないのだ。
つまり、アドベンチャーランドの抱えるダンジョンは、危険や手間に合わない「まずい」狩り場になってしまったと言うことだ。
旨みの少ないダンジョンは探索者に避けられる。
それでも管理上、掃討する義務はある。
なので溢れ出てくるのを防ぐため、実力者に討伐依頼を出すのだが、その結果はまず赤字必至。
これは管理者にとっても、抱えていればいるほどに負担の重くなるデッドウェイトでしかない。
「つまりはこう言いたいのですか? この先不良債権にしかならないだろうから、手放せてよかったね。と?」
「歯に衣着せぬ言い方をすれば、そう言うことになりますね」
「フンッ……それも、あなた方の試算によれば、の話でしょう? 実際にそうなったという保証が、どこにあるというのです?」
状況を飲みこみはしたものの、一方的に鵜呑みにはすまいと、ランド代表は疑いのまなざしを向ける。
「ええ。そちらのおっしゃる通り。これは我々が計算して出した結果であり、あなた方を納得させられる証拠としては決定力に欠くでしょうね……」
疑念に対して素直にうなづくウケカッセに、ランド代表はそれみたことかと口の端を緩める。
「では、こちらをどうぞ。これで利益を生み出せる当てが思いつくのならば、ですが」
だが代表が口を開くよりも早く、ウケカッセは指を鳴らす。
その呼び出しに応じて、ウケカッセのすぐそばにカラスの翼が現れ、扉を開けるように合わせた翼が広がる。
すると広げたその間から、割れた鎧兜に、錆びて刃こぼれした刀や槍、薙刀がどさどさと。
それらの刃にはどこの部位のものかは知れないが、色の悪い肉が絡みついている。
「うっぷ……いえ……結構、よく分りました! うおえうっぷ……ッ!?」
そして漂う腐臭に、代表は慌ててこみあげるものを口ごとに手で押さえる。
これはのぞみたちを含んだ自爆型悪臭テロでは?
となるかもしれないが、ところがどっこい。スリリングディザイア陣営はウケカッセが出した臭いを遮断するマスクを装備済みで、腐肉の臭いにもまるでダメージを受けていない。
「おや? もっとよく見て確かめないでよいのですか? 私が見落としているだけで、なにか価値のあるところがあるかもしれませんよ? ほらほら」
「うぅえ!? 結構! 結構ですから、しまってくださいッ!? おぅえぇッ!?」
「やめなさいよウケカッセ。服に臭いがこびりついちゃうじゃない」
「……そうですね。充分なようですし……」
ランド代表が本格的にえずき出したのと、ザリシャーレからの制止を受けて、ウケカッセはゾンビ武者のドロップ品を小銭に変えて消し去る。
直後、ザリシャーレが消臭剤のスプレーを二丁拳銃に構える。
「ああもう、はやく消臭消毒しなくちゃ! マスターは特に念入りにするわよ!?」
「ヘヒィッ!? ち、ちめた!」
イロミダ、ベルノと共に周りに、特に主人であるのぞみに消臭剤を浴びせていく。
念入りな消臭剤の雨に、のぞみが頭を抱えるのを横目に、ウケカッセはレンズ奥の目を柔らかく細める。
ついで、にこやかさはそのまま、しかし商売向けのものに変えて、胸を撫でるランド代表へ向き直る。
「失礼いたしました。しかし、実際に目と鼻にされてお分かりいただけたと思いますが、朽ちた武具と、腐肉食性のモンスターの釣り餌程度ではとても雇用を支えきれそうにない、と」
「……ええ、それはまあ。納得いたしました。ですが……あなた方がこちらに確認も取らずにダンジョンのコアをかすめ取ったことに変わりないでしょう?」
ダンジョンを抱えていてもじり貧になる。この状況にランド代表は理解は示しつつも、スリリングディザイア側の非をつつく手を収めようとはしない。
対してウケカッセは笑みを浮かべてうなづく。
「それはその通り。事故ではありましたが、そこのところの補償はきちんとさせていただくつもりですよ。ええ。そちらにとっても悪い話には致しませんとも」
そしてにっこりとビジネス用のスマイルを深めるのであった。




