40:粉砕! そして……
仰け反る城鎧の巨大骸骨。
ばらばらと骨を落とすその目の前に、ゲートを潜り抜けたバウモールが地響きを立てて身構える。
「ヘヒ! カ、カッコイイ! み、身悶え、もの……ヘヒヒヒッ!」
その様を仰ぎ見るクノの目を通した映像を、のぞみは食い入るように見つめてご機嫌だ。
「これは、保存……ッ! 永久、保存……ッ!! クノ、また別のアングルから、も……!」
そうして力強い鋼の巨体の映像を確保しながら、さらに、と欲望のままに求める。
「やっとるばあいかー……と、言いたいトコだが、今はこの欲望と満足がありがたい……いいぞーもっとやれー」
明らかに第一の目的を見失っているのぞみを眺めて、ボーゾは汗だくになって横たわりながら、相棒の欲望と満足を吸い込む。
やはり無理を通したならば、それなりにたたるものである。
「ヘヒ!? あ、ありがとう……ありがとう、ボーゾ! いまは、休んでて……」
「おーう。遠慮無しに欲望に従うぜー……何故ならオレは欲望魔神だから!」
パートナーがぐったりしてる。
これに気づいたのぞみが手を差しのべれば、ボーゾはその手に乗って、定位置である胸の谷間に運ばれる。
「んあー……スカスカの体に、欲望が直に染み渡るんじゃー……」
温泉に浸かったおっさんさながらのパートナーに、のぞみはヘヒッと笑ってモニターに集中する。
このやり取りの間に、がしゃどくろはもうバウモールへ鬼火の目を向けている。
バウモールも巨大であるが、城を鎧としている大骸骨はさらにでかい。
30メートル超のバウモールをして、見上げなくてはならないほどだ。
目の前にしたこの圧力に、のぞみは正直なところ胃袋が萎んでしまいそうな気分になる。
吐き気はするし、その他の体液も絞り出されるような勢いで溢れ出てしまいそうですらある。
すぐにでもおうちへのワープゲートを開いて飛び込みたい。というのが偽らざる本音だ。
だがのぞみの胸には、そんな尻尾を巻いて逃げたくなるほどの怯えと同時に、前に進ませるだけの思いがある。
身内を奪い返したい。
がしゃどくろの、城を着込んだ巨躯のどこかに囚われ、閉じ込められているだろうベルノを救い出したい。取り返したい。そんな純粋な欲望だ!
「急いで……助ける! だから、頑張って、ベルノ……!」
そんな思いのままにつぶやくのぞみを取り囲む形で机と椅子、ダンジョンマスターの力の現れであるマジックコンソールが形を変えていく。
のぞみの小柄な体が転げ落ちたりしないように、シートベルトと合わせて包み込むように支える椅子。
机とコンソールはそんなシートと一体化し、正面にバウモールの視界を映したモニターを、その両サイドにクノ達から送られてきた映像を映すものを、という形になる。
そしてのぞみがひじ掛けの先にある光の玉を握れば、その全身から光が溢れる。
のぞみのベルノを助けたいという欲望。
そんな主人を守りたい、助けたいというバウモールの欲望。
二つの欲望が強く重なり、結びついて。のぞみとバウモールの間にある繋がりをより強固にしているのだ!
力強い鋼の巨体に守られている安心感。そして頼もしいそれと通じた充実感とシチュエーション。
ロボ好きならば「コイツで行く!」と言いたくなる状況に、のぞみは恐れを忘れて笑う。
「ヘヒッ……バウモール……ゴーッ!」
のぞみのいまいちしまらない声に続いて、バウモールは地面を揺らして踏み込む!
その勢いに乗せた文字通りの鉄拳は、漆喰壁の胴を薄紙のように背中までぶち抜く。
しかし、がしゃどくろは何のダメージも受けていないのか、拳を引き抜かれる前に長い腕を絡め、捕まえようとしてくる。
「ろ、ロケット……パンチ……ッ!」
それにのぞみが更なる攻撃を要求。
これを受けてバウモールの、城鎧を貫いた腕の肘から先が飛ぶ!
突き刺さっていた鉄拳が火を吹き飛んだことで、バウモール本体は自由に。
すかさずバウモールは絡みつく腕を振り払う。が、がしゃどくろは逃がすまいと鬼火ビームを放つ。
地下の闇を切り裂く閃光は、吸い込まれるようにバウモールの胸を撃つ。
そのまま分厚い装甲を焼き切ろうと言うのか、大骸骨は両目をより激しく燃え上がらせる。
だが次の瞬間。バウモールの胸の装甲が眩く輝いたかと思いきや、がしゃどくろの頭が消えて無くなる。
何が起こったのか。と言えば単純なことだ。
ヒヒイロカネの熱増幅特性を活かした胸部熱線砲がビームを吸い込み、増幅して跳ね返したのだ!
頭蓋骨を焼き潰されてたたらを踏むがしゃどくろを、バウモールは飛ばした腕を迎えながら睨み付ける。
「……な、なるほど……空振り……」
骨と怨霊を集めて急ぎ再構築されていく頭蓋骨と違い、穴の空いたまま放置されている胴の映像にのぞみはうなづく。
のぞみがつぶやいたとおり、風穴の中はがらんどう。
城を着た骨の胴体なのだから当然と言えば当然であるが、しかし、上体の柱であるはずの背骨すらないのだ。
しかしその答えもまた単純。
怨霊と、それの宿った人骨の集合体であるがしゃどくろは、背骨を二つに組み換えて拳をかわしていたのであった。
つまりわざと身体を貫かせた上で、その風穴を閉じて捕獲しよう。という魂胆だったのだろう。
幸い未遂に終わったが、下手をすれば、バウモールもろともにのぞみも怨霊城の一部になっていたのかもしれない。
ベルノを引きずり出すためのとっかかりとして仕掛けた攻撃であったが、迂闊に過ぎる行動であったようだ。
ともあれベルノ救出のためには、もう少し、城を着た怨霊を大人しくさせる必要があるようだ。
そんな考えをこの場にいる仲間たちと頭の中で共有すると、のぞみはバウモールと共に身構える。
作戦を含めてのぞみたちの戦闘体勢が整うと同時に、がしゃどくろの頭蓋骨の再構築も完了する。
仕切り直しだとばかりに鬼火をみなぎらせる怨霊の塊。
だが、ビームで薙ぎ払おうとどくろが回ったところで、鬼火をのみ込んでしまうような輝きが弾ける。
「アタシを見てぇえッ!?」
それはまばゆい輝きを纏い、飾ったザリシャーレのもの。
まるで夏の陽射しが飛び込んできたかのような眩しさに、怨霊の塊は悶え苦しみ、逃れようと顔を背ける。
「今度はこっちね? いいわぁ、もっと見てえッ!?」
だが逃げた先にも輝くザリシャーレ。
さらに目を焼かれて悶える巨骸骨の顔の先には、やはり激しく輝くザリシャーレがいる。
前も後ろも、右にも左にも。すでに何重にも分身していたザリシャーレが、ぐるりと大頭蓋骨周りを一周。光の輪になって取り囲み、足を振り上げ踊っているのだ。
目蓋の無いがしゃどくろに逃げ場はない!
「あらあらザリィ。強引に魅せ続けてたら、楽しめるものも楽しめないわよ? リラックスさせてあげなきゃ」
そこへ艶を帯びた囁き声があり、城を着込んだ怨霊を包み込むものがある。
それはピンク色をした「もや」。
おぼろげに手のようにも見えるそれは、巨骸骨の背後に回ったイロミダの腕から伸びて、怨霊の塊を柔らかく抱き、撫でる。
羽毛で表面をなぞっていたかと思えば、蛇腹が這うように絡みついて。
時に柔らかく。時に激しく。
この執拗で艶かしい抱擁と愛撫に、怨霊はビクンビクンと、骨を鳴らして身を揺する。
そうして震えてできた隙に、ピンクのもやの手はあばら骨と、それを覆う壁鎧の隙間に滑り込む。
無防備な内側をくすぐる手に、がしゃどくろはひときわ大きく震える。
その際に、いくつかのきれいな色をした人魂ががしゃどくろを離れて飛んでいく。
「あらまあ? 天にも昇る気持ち良さ、だったかしら?」
言いながらイロミダは指先をペロリと。怨霊たちを捕まえたまま離さずに「マッサージ」を続ける。
「……しかし、眩しさと気持ち良さばかりに気を取られているといけませんよ?」
そんなささやくような警告に続いて、城鎧の大骸骨の体がガクリと沈む。
ウケカッセが手のひらをかざしたところから、小銭になってほどけ、彼の財布、金庫へと吸い込まれていっているのだ。
これに怨霊塊は慌てて足元へ目を向けようとする。が、そこにも輝くザリシャーレが割り込みふさぐ。
「へ、ヘヒィ……いまぁ!」
のぞみのカミカミな合図を聞くまでもなく、バウモールは踏み込む。
豪! と風を纏った鉄拳は、狙い誤らずに腰骨を直撃。粉砕する!
腰とは肉体を表す「にくづき」に「要」と書く。
人体骨格としては、背骨にも劣らぬ、文字通りの要所である。
そんな骨を砂を吹き飛ばすように砕いてしまえばどうなるか。
当然、支えを無くして崩れるというわけだ。
のし掛かるように倒れてくる巨骸骨の上半身に、バウモールは腰を反転。殴ったのと逆の腕を突き上げる。
自重と、鋼の平手の突き上げに、がしゃどくろのあばら骨が、それを囲う装甲と共に割れる。
しかし城を纏う怨霊塊はダメージを無視。
崩れるままに手を伸ばして、破片と合わせてバウモールを包み込もうとする。
しかし割れゆくあばら骨の隙間から、ピンクのもやが抜け出る。
指を握るように丸められたその内には、骨をくわえたベルノの姿が。
食われるどころか、逆に敵の骨をむしりしゃぶるその姿に、のぞみはかん高い笑い声をこぼす。
捕らわれた仲間さえ無事に奪い返せたのならば、もう何も遠慮することは無いのだ!
「こ、この……瞬間を……」
「待ってたんだーッ!」
「わ、私の……! それ私の……ッ!」
のぞみが涙目で相棒に抗議するのをよそに、バウモールは片手で支えたがしゃどくろを跳ね上げる。
骨と漆喰を散らして飛ぶ怨霊の塊。
降り注ぎ、食らいついてくるそれらを浴びるままにして、バウモールは口から吹雪を吐き出す。
冷気を閉じ込めた竜巻は、バカでかい的を外すはずもなく捉える。
怨霊の塊はもがく間も無く氷で肉付けを施されて固まる。
空中にできた巨大な氷の胸像。すでに離脱したザリシャーレが残した光を閉じ込めたそれを目掛け、バウモールの胸部熱線砲が火を噴く。
急速冷凍からの間を置かずの瞬間解凍。
空気と触れ合うだけでもぼろぼろと崩れるそれに、回転する拳が突き刺さる。
がしゃどくろを渦巻く塵に変えたそれはもちろん、バウモールの放ったロケットパンチ。
スクリュー回転を加えて打ち上げたヒヒイロカネの剛拳だ!
「ヘヒッ! ヘヒヒッ! あ、圧倒的……ッ! 圧倒的、爽快感……ッ!! ヘヒャヒヒヒッ!!」
この必殺コンボ、烈風飛翔拳のクリーンヒットに、のぞみのテンションがちょっとおかしなところにまで跳ね上がる。
「おいおい、浮かれすぎじゃねえのか?」
そんなのぞみへ、ボーゾが軽く釘を刺す。
直後、バウモールの胸部ハッチと、小さな避難所とをつなぐドアが開く。
「ヘヒ?」
ロック解除の手順を知る、身内の誰かが開けたのかと、のぞみは外界とつながるドアの様子を窺う。
だがドアを開けて入って来ようとしているのは身内の誰かでは無く、常人サイズの骸骨一体分であった。
「ヘヒィイイッ?!」
思いがけぬ侵入者に、のぞみは動転。
シートに固定されたまま慌てて身動ぎするのに、刃こぼれのある刀を握った怨霊は足を引きずるようにしてにじり寄る。
なぜ?
どうして入れる?
思いがけぬ侵入者に、のぞみはそんな考えに頭を塗りつぶされて、ここも自分の城であるという事実が完全に吹き飛んでしまっている。
「おい、落ち着けって! 冷静にトラップを張ればこんな程度の奴はどうってことはないだろうが?!」
ここは自分たちの陣地であり、優勢はまったく崩れていない。そのことを思い出させようとボーゾが心にも耳にも言葉をぶつける。
「あ……へ、ひ……?」
それを受けて、のぞみは我に返る。
だが、骨に宿った怨霊は、すでにボロい刀を投げる姿勢に入っている。
「ヘヒィッ!?」
向けられた切っ先にのぞみは反射的に腕を交差。防護壁を張り、さらにその上にバウモールの庇護の力も重ねてガッチガチに固める。
だがそれら強固な守りはすべて無駄に終わる。
怨霊の頭から腰までを後ろから伸びてきた平手がガオンと飲み込んでしまったからだ。
「ヤッホー、のぞみちゃん! ベルノがただいまー!」
そんなモンスターを一飲みにした手のひらをひらひらと、ベルノが帰還の挨拶を。
「う、うん……! ぶ、無事で……良かった……へヒヒッ!」
それを裂けた様な笑顔で迎えるのぞみであった。が、すぐにそれどころではなくなってしまう。
ベルノがかき消した骨。その残骸から現れたダンジョンコアがのぞみの足元へと転がり、飛び跳ねてきたのだ。
「ヘ、ヒ……ッ!?」
そのままコアは自ら飛び込むようにして、のぞみの中へと溶け込んでしまったのである。




