39:欲望パワーでこじ開けろ!
「べ、ベルノ! ベルノ!?」
城の壁に逆に食べられてしまった食欲。
のぞみは消えた身内の名を繰り返しながら、顔を魔法のモニターにぶつけんばかりに乗り出す。
「た、たたた助けに! ヘヒッ、助けにいか、なきゃッ!?」
「のぞみ、おいのぞみ!?」
「な、なにッ!? 早く、行かなきゃ、助けにッ!?」
パートナーからの呼び止めるような声に、焦りのままのぞみは顔を向ける。
大切な身内の一人が、見ている前で食われたのだ。
落ち着けと言われて落ち着ける筈もない。
今、のぞみの仲間を助けたいという欲望は最高潮だ!
それは欲望の魔神にして、相棒として繋がりのあるボーゾにしてみれば、言葉にされるまでもないことだ。
不敵な笑みを浮かべてパートナーへ頷く。
「そんないーい欲望に、俺が水を差すかよ!! 力を貸す! だから焦るなよッ!?」
「ボーゾ! わ、分かったッ!」
のぞみの了解を受けて、ボーゾは笑みを深めてうなづき、改めて魔法のモニターと、その向こうにいる子たちに顔を向ける。
「聞いたな!? いまから俺たちもそっちに行くッ! デカい援軍も一緒だ! デッカイ門をこじ開けるから、広げたまんまに固めとけよ!?」
「こじ開けるって、無茶なッ!?」
「敵地なのよ!? バウモールごと通すサイズのなんて無理だわッ!?」
「のぞみの欲望を叶えるのに無茶も何もあるかぁあッ!? 行くぞおらぁあ!!」
モニター向こうからの、無理が過ぎるとの声に、しかしボーゾはかまわずに力を解き放つ。
「う、うお……ッ!? ま、マブシッ!?」
そうして全身を燦然と輝かせるパートナーに、のぞみはたまらず目を覆う。
「おいおい! まぶしがってる場合か!? 急ぐんだろッ!?」
しかしボーゾからの叱咤を受けて我に返ると、いまだに眩んだ眼をしぱしぱとさせながらモニターを見る。
「ひ、開いて……る! バウモール、近くに空いたゲート……に!」
のぞみは画面越しに、地下日本城のすぐ前に渦を巻く門を認めるや、自分たちのいる部屋と直通しているヒヒイロカネ巨人に指示を出す。
だが同時に、画面の中では城が震え、崩れ始める。
「何? 地震ッ!?」
「しかしトリガーの類はなにも……時限式トラップのか?」
瓦が滑り落ちる中、ただ揺さぶられてはいないと、画面の中の魔神たちは城の屋根から飛び下り逃れる。
「これ、違うわ……地面が揺れてるには揺れているけれど……」
だが地面に飛び降りたイロミダは、足元から伝わる震動に違和感を感じ取る。
「揺れている……というよりは、揺さぶられて……?」
ザリシャーレもうなづき、波のように足をさらいに来る震動のくる方向に目をやる。
そこにあったのは、大きく重たいものの土台となる強固な石垣だ。
その上には当然、瓦を落としながら揺れる城がある。
身もだえするように揺れながら、しかし崩れずにいた城の壁に、とうとう深いひびが入る。
しかし、奥に牙の覗くその裂け目は、崩落の兆候ではなかった。
壁面に巨大な口と目を作った城は、腕を生やし、石垣を足に変え、本性を現す。
朽ちた城を、そこで討たれただろう者たちの骨の寄せ集めで支えた怪物。
城を鎧兜とまとった、がしゃどくろが立ち上がったのだ!
「なんてデカブツ!?」
「これは、ベルノも食べられてしまうわけですね……」
調査チームはその巨体を見上げて、あっけに取られてしまう。
それをよそに、城の屋根を被った大どくろがボーゾの開いたゲートに向く。
そして眼窩に灯した鬼火からビーム!
「ヘヒィ!?」
バウモールの目と連動した映像で、ゲートを通じて迫る攻撃に、のぞみはとっさに腕を盾にする。
だがバウモールは、光線を受けた顔面を渦巻くゲートの中に押し込む。
全身ヒヒイロカネ合金装甲のバウモールは、細いビームを浴びたくらいで止まるほどやわではないのだ。
「さ、さすが、バウモール……! 顔面直撃でも、なんとも……ない……!」
のぞみがヘヒヒと笑いながらガッツポーズをとる中、バウモールの頭は強引に別の空間を繋げる門を抜ける。
だが抜け出たその顔面へ、骨の寄せ集めに漆喰をかぶせた拳が降る。
それをバウモールはとっさに拳をぶつけて受け止める。
しかしバウモールの剛拳よりもさらに巨大な拳は弾かれず、その城を鎧と着込んだ重量すべてでもって圧し掛かってくる。
これにはさすがにバウモールの力任せの前進にもブレーキがかかる。
そして重みで動きが鈍った所へ、城を着込んだがしゃどくろは鬼火ビームでもってバウモールがくぐりかけのゲートを周囲からあぶりはじめる。
「ぐぅおッ!? 野郎! ゲート周りの波長を歪めてやがる!?」
それを受けてボーゾの展開するゲートが揺らぎ、狭まりはじめる。
このままではバウモールが通りかけのまま二つの空間の繋がりが断裂。
それに沿ってヒヒイロカネの巨体も別々の空間に分かたれることになってしまう!
そうなればバウモールの中に作ったダンジョンにこもるのぞみたちも、ただではすまない。
地球との繋がりの絶えた異空間に閉じ込められるか、最悪、今いる空間そのものが崩壊して死ぬことになる。
「お前ら助けろぉおッ!!」
ゲートを崩壊させじと堪えながらボーゾが叫ぶ。
この必死の声に、ウケカッセらは我に返り、顔を見合わせうなづく。
「こっちを見なさいなッ!」
ザリシャーレが、瓦屋根を足場に巨大どくろに接近。その頬骨にムチを叩き込む。
この一撃に、ムチの当たったところから普通サイズの頭蓋骨がこぼれ落ちる。
しかし、城がしゃどくろはすぐに欠けた頬骨を別のどくろで埋めると、もう一発とムチを振りかぶるザリシャーレへ鬼火の目を向ける。
そしてビーム!
放たれた青白い熱視線がザリシャーレを焼き払う。
「ザリ……ッ!?」
仲間がチリ一つ残さずに消え失せたことに、のぞみの顔が引きつる。
「なーんちゃって」
だが次の瞬間、ゆるいおどけ声がのぞみの頭に届く。
その声を辿るように画面が動くと、大どくろの兜になった屋根の上に悠然と立つザリシャーレの姿がある。
「はぁい。マスター」
「心配」
「させちゃった」
「かしらぁ?」
「ど、じゃぁあん!」
それも一人や二人ではない。何人ものザリシャーレが兜屋根は愚か、肩や腕、膝の上で思い思いのポーズをとっていたのだ。
これがザリシャーレの能力の現れの一つ、眩惑幻影である。
普段から自身と、主人たるのぞみを飾る視覚効果を生み出すのに使っているものであるが、本気で戦闘へ傾ければ、このように分身さえ可能なのだ。
先ほど鬼火ビームに焼かれたのも、この幻影の一つだった、というわけだ。
「さあ、アタシを見て! 見るのよ!!」
そう言うや、ザリシャーレたちは幾重にも声を響かせ、跳躍!
戸惑うように鬼火の目を揺らすがしゃどくろの周囲を飛び交いながら、右から左から、上から下からとムチを叩き込んでいく。
それは先のように骨をいくらか削り飛ばすだけ。
しかし削れるのは間違いなく、がしゃどくろの体を形づくる骸たちに違いはない。
これにがしゃどくろは眼とした鬼火を振り回しながら、体を揺すり、開いている手で薙ぎ払う。
だがザリシャーレが本気で動けば、バウモールを抑えた片手までの攻撃になど、幻影にですらかすらせずに避け続けられる。
「おほほほほほほ! 捕まえて御覧なさーいッ!」
そうして骨を削る打撃と、気持ちのささくれ立つ様な言葉とをぶつけて煽る煽る。
ザリシャーレが挑発を重ねる一方で、イロミダとウケカッセは、乱れたゲートを安定させにかかる。
それに気づいたがしゃどくろが二人を狙って鬼火を向ける。
が、ダメ!
二人の邪魔をしようとするその度、ザリシャーレの振るったムチが、よそ見するなとばかりに鬼火を叩いて散らすのだ。
このザリシャーレの挑発と撹乱、ウケカッセとイロミダによるゲートの安定化。
これらの支えを受けたバウモールは、抑えの緩みを狙ってさらに巨体を地下空間へ押し込む。
この動きに、がしゃどくろは急ぎまた抑えにかかる。だが、そうすればザリシャーレが押さえ込む腕骨に刻み目を入れて、断ち切りに入る。
そこへさらに、ウケカッセとイロミダが代わる代わるに足元へ攻撃を仕掛けて、骨密度とバランスを崩す。
先にこれらの妨害を振り払おうとすれば、またバウモールが機を逃さずに勢いを強めて前進。
そうしてがしゃどくろは抑えるも叩くもどちらにも集中できずに、翻弄され続ける形に。
「ヘヒッ……いい、いーい具合、へヒヒッ!」
この完全に優勢な状況に、のぞみはベルノの救出ももう間もなくだとほくそ笑む。
だがのぞみがそうして勝利を確信したところで、がしゃどくろは鬼火の目をバウモールに向ける。
そして全重量を傾けつつの鬼火ビームを放つ。
翻弄されるならば無視すればよい。そんな発想からの全力傾倒か、ザリシャーレに叩かれようが、残る二人に足を削られようが、構わずにその巨体をバウモールの押し返しに傾けている。
これにはさすがにバウモールも押し負けて、じわじわとゲートの外へ戻されてしまう。
これはもう、ザリシャーレが腕の骨を削り切りに入っても間に合うかどうか。
そんな勢いで押し戻される中、のぞみはモニターの前で手を固く組む。
「……頑張って、頑張って……! バウモール……ッ!!」
モニターから目を離さず、組んだ手に震えるほどに力を込めて、勝利を欲して望む。
これに応えるかののようにバウモールはビームを浴びるのにも構わず口を開くように頭部装甲を展開。吹雪を放つ!
バウモールが猛然と吹き付けた吹雪の吐息。氷雪系の魔法を口部分に仕込んだ高純度ヒヒイロカネで大増幅して放つこれは、がしゃどくろの放つ鬼火を吹き消し、その纏った城もろともに凍り付かせる。
「この間に!」
がしゃどくろがたまらず怯んだこの隙に、ザリシャーレが身をひるがえし、腕骨へ足から飛び込む。
勢いをつけた跳び蹴りは大きく削りえぐってた個所を狙い違わずに直撃。
バウモールと押し合っていたその腕は、この一撃を引き金にへし折れる。
阻むものが無くなればもうこちらのもの。
一気にゲートを抜けたバウモールは、その鋼の頭を骨をより合わせた頭蓋骨へと叩き込む!




