38:元気があるのは結構ですが、もうちょっとまとまって、お願い
ふわりと宙を舞うザリシャーレ。
身をひるがえし、弧を描いて音もなく地下城の屋根瓦を踏むと、満足げな笑みと吐息をこぼす。
「華麗な着地、ンッンー……いーい気分だわぁ」
そうしてザリシャーレが満足感に身悶えしていると、その背後で固い足音が連なり響く。
「気持ちよくなってるところ悪いんですけれど、クノたちを放してやってください」
ウケカッセの言葉に、ザリシャーレは不満げに唇を尖らせながら振り返る。
「もう、ちょっとくらい余韻に浸らせてくれたっていいじゃない!」
「ママをお待たせするつもりですか? もっと効率を考えて動いてもらいたいものですね」
しかしウケカッセは、メガネを持ち上げながらぴしゃりと。
まるで取り合うつもりのない態度に、ザリシャーレは不満の色を濃くする。
「やあねえ、マスターが見てるからって張り切っちゃって。リーダー顔で仕切らないで欲しいわ、ねえ?」
そしてザリシャーレは襟元に忍ばせていたクノを城の屋根に放ちながら、聞こえよがしに声をかける。
「……言われましても、魔神様方と拙者とでは力が違いすぎるので、そのような考えは持ったことが無いでござるよ」
クノは答えに窮すると正直に言いながら、ドロンドロンと同胞たるゲッコー忍者たちを呼び出して調べに走らせる。
「もう、おカタイ子ねえ……」
そんな、やるべきことをやりながらなヤモリくノ一の反応に、ザリシャーレは唇を尖らせたまま肩を上下させる。
「私がまとめなければ好き放題に動いてばかりでしょうに。第一に呼び出されて、ママの利益を最優先して動ける私が適任でしょうに」
「あーら、それはそうした方がアナタの懐も暖まるからよね? 勝手な取引で作った儲けを自分の金庫に入れてるのをアタシ達が知らないとでもお思い? この銭ゲバ!」
「それはそうでもありますとも! スリリングディザイアが豊かになり、私の懐も温まる。それの何がいけないと?」
「今はね? でも最初に給料が出るよりも先に取引に手を出してたわよねぇ? パークの利益をかすめ取って?」
「いやですねえ。最初にいくらかお借りしただけですよ。拝借した分は利息をつけて返却済みです。まあ、ママには事後承諾だったことは否定しませんが……」
「それ完全に着服よね? 後からオッケーもらったからいいってもんでもないでしょ?」
「フフフ……良しとしてくださったのは、他ならぬママですよ?」
そのままウケカッセとザリシャーレが笑顔でにらみ合いを始めるそばで、クノは斥候を送り出し続ける仕事を続けながら縮こまる。
「……正直、勘弁してほしいでござるよ」
「ほらほらザリィもウケカッセも止めましょうよ。クノの偵察の邪魔になるわよ」
それを見かねて、ウケカッセと共に飛び移っていたイロミダが仲裁に割って入る。が、二人は笑顔のぶつけあいを止めようとはしない。
「マスター? マスターからもなんとか言ってくれないかしら?」
「ヘヒッ!? う、うう……で、でも、なんて言ったらいい、のか……?」
一連の様子をクノの目を通してモニターしていたのぞみは、小部屋の中でビクリと身体を震わせる。
当然のぞみも銭と飾のにらみ合いをどうにかしなくては、とは思っていた。
だがコミュ障の口下手にケンカの仲裁など、したくてもなかなかできることではない。
ゲーム的に言えばマイナス補正付きの状態でクリティカルを出さねばならないようなものだ。
そうしてのぞみは、上手い言葉を探して、あうあうと戸惑い踏み切れずにいたのだ。
戸惑うまま、いまだに仲裁の言葉を見つけられずにいる様子を察して、イロミダはため息をつく。
「マスターが無理って言うなら仕方ないわね。ワタシの能力で仲を取り持つことにするわ」
「……な、なにを……する、の? 色欲さん?」
やれやれ。と、動きだそうとするイロミダに、のぞみはおずおずと尋ねてみる。
するとイロミダは形良い唇をほころばせて微笑む。
「少しの間、二人の欲望を色欲に変えるだけよ? こう、恋心を炙る矢を、見つめ合う二人にそぉいっと、ね?」
そう突き刺すジェスチャーをするイロミダの手には、いつの間にかショートソードではなく、黄金の矢が握られている。
「な、なるほど……い、色々と、目覚めそう……って、ちょちょちょちょい待ちぃい!」
「や、やめなさいイロミダ! 早まらないのッ!?」
「そうです! 私はママ一筋ですよッ!?」
のぞみの制止の声が響くや、ウケカッセとザリシャーレはにらみ合いを止めて弾かれたように離れる。
「あら? そんなに遠慮しないでも良いのに。ちょっと「ご休憩」の時間ができちゃうけれど、一刺しで仲良しになっちゃうわよ?」
いざ、とばかりに矢を構えていたイロミダは、三人からの反応に、残念そうに空を突く。
そんなハートを象った鏃を向けられたウケカッセとザリシャーレは、ブンブンと首を左右に振り回しながら後退り。
「や、止めて! それはマズイ! 美形同士のナニは私眼福だけど、色々マズイ!」
「なら問題無いわよね? 十八歳未満は見てないし」
「……そう、かもだけど……や! クノとバウモールがいるからダメ! と、とととにかく! それ使うくらいなら、わ、私が……なんとか、する……ッ!」
「どうぞどうぞ」
「ファッ!?」
のぞみの宣言を聞くや、イロミダはあっさりと矢を収める。
これには矢を向けられていた銭と飾も呆けるばかり。
イロミダの言動はつまり、のぞみに動くと言わせるための前振りだったのだ。
「まんまとしてやられたな」
「う、うぅおぉう……」
ボーゾの言う通り、完全に手のひらの上で転がされた。
この事実にのぞみは、モニターの中で艶然と微笑む色欲を見返しながらうめく。
しかしやると言った以上は動かないワケにはいかない。
のぞみは、画面越しにイロミダの微笑みを受けながら深呼吸。心身を整え、口を開く。
「ふ、ふひ……二人とも、ケンカしちゃ、ダメ、ダヨー?」
そうして出てきた言葉に、間近で聞いていたボーゾはもちろん、モニター向こうの面々も脱力感によろめいてしまう。
「……のぞみ、お前よぉ……」
「ないわー……マスター、いくらなんでもないわー」
がっくりとうなだれるモニター内外の仲間たち。
気のせいか、バウモールも拳を持ち上げ損ねて落としているようである。
そんな仲間たちの反応に、のぞみの頬が笑いに引きつる。
「ヘヒッ……ダメ、かな?」
「おう、ダメダヨー」
「うぅおぉう……」
ごまかされてくれないパートナーに、のぞみは再びのうめき声を上げる。
「あーうー……えと、その……ザリシャーレ、次はもっと、キレイなのが、見たい。クノを下ろすまでいっしょの……流れ、で……ヘヒ、ヒヒッ」
「へえ? 面白そうね。より上に、って欲しがられたらやるしかないじゃない!」
のぞみがうめきうめいて言葉を探し、組み立て、どうにかアイデアを投げる。
この挑戦とも取れる言葉を、ザリシャーレは面白い、と好意的に受け止める。
「……う、ウケカッセは、言い方……を、もうちょっと……私より舌が滑らか、だから」
「なにをおっしゃいますか。ママが言うから、みな素直に受け入れるのですよ。しかし、それならそれで上手く引き出すべき……ですね」
そしてウケカッセもまた、のぞみの言うことにメガネを直しつつうなづく。
そうして二人ともが納得してくれたことに、のぞみは豊かな胸に手を乗せる。
「わ、分かってもらえて、良かった……ヘヒヒッ」
「……まあ、すっかりにらみ合いを続ける空気じゃなくなってたからな」
「つ、つつ、つまり……結果、オーライ……ヘヒッ!?」
お前だけの力じゃあ無いんだぞ。
そんなボーゾの釘刺しに、しかしのぞみはまるで気にした様子もなく、引きつり笑いのまま親指を立てて返す。
「お前がそう思うんならそうなんだろうよ。お前の中ではよ……」
対するボーゾの反応は、好きにしろよとばかりの投げやりなものであった。
「う、うん……そう、思う……って、ベルノ、は?」
思い出したように、、のぞみは一向に話に加わらない食欲魔神の姿を探す。
「はーい! いっくよー!」
その声につられるようにクノの視線が動く。
すると連動して動いたモニター正面に、壁に開けた穴の縁で手を上げるベルノの姿が映る。
「……あれ? まだ、だった?」
のぞみがつぶやくと同時に、ベルノは軽く助走をつけて穴の開いた通路から瓦屋根に向けて踏み切る。
魔神としての膂力でもって、ベルノは軽々と宙を舞った。
「ありゃー?」
……かに見えたがしかし、その勢いは目に見えて失われていく。力加減を間違えるほどに重くなりすぎている。食べすぎたのだ。
そのまま仲間のところに届かず落ちるかと思えたが、その手首に縄が伸びて絡む。
「もう! 危なっかしいわね!?」
「えへへー……ごめーん」
見かねたザリシャーレが、掴まれとばかりに鞭を伸ばしていたのだ。
「……って、おッも!? 重いわ!? ここまででどれだけ食べてるの!?」
「いまさら数え切れるかー!」
「言ってる場合!? ほらザリィも頑張って!」
ボケるベルノに突っ込みながら、イロミダとウケカッセも引き上げに加わる。
「ああ! ど、どどどどうしよう!?」
「落ち着けって! お前が慌てたって何にもならん! というか、ベルノならこれくらい落ちても平気だろ、多分」
身内の危機に泡を食うのぞみに対して、ボーゾはどうということはないからと、どこまでも冷ややかにトラブルもパートナーも眺める。
「ベルノ! 取り付いたら壁を食い破って中に入ってしまいなさい! その方が早い!」
「あー! それもそうだねー! アイデアも壁もいただきまーす!」
ウケカッセの指示を受けて、ベルノが鞭の絡んでない手を伸ばす。
だが食らってやろうと伸ばしたその手は、逆に壁に出来た裂け目に食いつかれることとなる。
「ほえ?」
食う側なのに食われる。
この事実に呆けた声を上げたベルノは、そのままちゅるりと城の中へと啜られてしまうのであった。




