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37:食えぬものなしと言っても限度というものがあるだろうに

 ヒヒイロカネ巨人、バウモールの胸の中。


 その中であるはずの空間に、のぞみはテーブルについて魔力の光で出来たパソコンと向き合っている。


 机ごしの正面、畳二畳ほど先には、固く閉ざされた分厚いヒヒイロカネ合金の扉が。


 外との出入口であるそれの正反対。のぞみの背後にはトイレのマークがついたドアがあり、さらに奥の空間があることがうかがえる。


 さらに左右の壁には水や保存食を詰めた箱が、ピシッと寄せ積まれている。


 数日引きこもっても、まったく問題にしないだろう空間が、のぞみを中心に出来上がっていた。


 侵入者を拒む分厚い伝説合金扉もあって、これはもはや、ちょっとしたシェルターだと言ってもいい。

 所在も庇護欲の巨人バウモールの胸と言うこともあって、安全性はもはやこの上無しとしていいだろう。

 だが、いくらなんでも広すぎる。


 バウモールがいくら巨体を誇ると言っても、胸ひとつに収まる空間ではない。

 古いテレビゲームでよくある、家の外のグラフィックに対して、余りにも広すぎる内装といった感じだ。


 それもそのはず。

 この部屋は、厳密に言えばバウモールの胸に収まっている訳では無い。

 あくまでも、バウモールの胸部ドアを外界との接点とした異空間。すなわち、巨大ヒヒイロカネゴーレム内部に展開したダンジョンなのであった。


 言ってみれば、スリリングディザイアの中枢であるのぞみ部屋の出張所。それが強大な味方の内部にあるようなものだ。


「……こ、コアの位置が、だいぶ沈んで、る。新しい通路の方から、もっと地下へ……ヘヒッ」


 そんな安心感と居住性に溢れた空間にあって、のぞみはダンジョン調査に入った仲間たちをナビゲーションする。


「それにしても、クノたちゲッコードローンズはよく働いてくれる。もうずいぶんとできてるじゃねえか」


 机の上に座ったボーゾが、感心しきりといった調子で眺めるのは、マジックパソコンに表示されている3Dマップだ。


 廃坑と繋がった通路から、さらに地下へと続くダンジョンが数階層に渡って詳細なモノが形作られている。


「ヘヒッ……クノが呼び出せば……それだけ向こうに出て、くる……! 人海、偵察……ヘヒヒッ」


 その言葉通り、のぞみの足元にドロンと現れたヤモリ忍者たちは、挨拶するが早いか、またすぐさまドロン煙になってダンジョンの偵察隊へエントリーする。


 アドベンチャーランドのダンジョンにのぞみが支配するエリアはないので、通常はこの部屋に呼び出して送り込むしかない。

 だが、クノが呼び出し能力を使えばその時間を短縮して、このように調査、偵察の人員を途切れさせずにダンジョン構造を調べ上げることができるのだ!


「そこ、足元に……罠が……で、次の通路を右……ヘヒヒッ」


 そうして潤沢な手で作られたマップを用いて、のぞみは魔神たちの快進撃を導いていく。


 銭、食、飾、色の四魔神を束ねての侵攻である。

 三名で大軍勢相手に殿を務め切ったのに、ここにさらに一名を加えての攻勢にナビがつけば、滞るはずもない。


「あ……っとと、パンチ、だ……バウモール、へヒッ」


 だがその分、守りの手はバウモールと、撤退してきたプロ探索者のみで請け負わなくてはならなくなってしまった。


 しかしそこは庇護欲を司る鋼の守護神。雄たけび上げての拳一つで、溢れ出たモンスターを片っ端から真っ平らにしていっている。


 この活躍をモニターの一部で眺めながら、のぞみはヘヒヘヒとご満悦だ。


「……しっかし、気になるのはこの空洞だな」


 その一方、ボーゾは3Dマップを見て、唸るように呟く。


 彼が言うように、マップの中心部には、円筒型に通路の記録されていない、情報の空隙がある。


 今のところ、どの階層からも通じておらず、ピッシリと壁に覆われたその隙間。それを軸に、巻きつくようにして迷宮が形作られている、というのが全体を眺めての印象だ。


「ま、まるで、バームクーヘン……ヘヒヒッ」


 食べたいなー、とベルノが強い思念で訴えてくるような喩えである。だがそのとおり。3Dで俯瞰して見るダンジョンマップは、ちょっと美味しそうですらある。


「ちょちょちょちょちょいちょい」


 そして閃きまかせにのぞみマップの設定を操作。

 色をメープルブラウンにしてしまう。


 こうしてしまうと、もう完全にバームクーヘンである。


「お、美味しそう……! ヘヒッヒヒ、ヒッ」


 すっかり美味しそうになったマップデータを眺めて笑い、侵攻中の仲間たちに送りつける。


「美味しそう! コレドコ!? ドコなの? ダンジョン? ワタシ、タベル! ダンジョン!」


「べ、ベルノ!? 抑えて! 壁じゃなくて敵にかじりつかなきゃダメよ!?」


「マスター!? なんてことしてくれたの!?」


「ご、ごごご、ごめぇん……!」


 その結果がベルノの暴走である。


 もともと本格的に戦うとなると、大なり小なり食欲を暴れさせるのがベルノだ。そこへさらに欲望を煽る燃料をぶちこめばこうもなるだろう。


 身内の悲鳴に、のぞみは慌てて色を緑色に変える。

 だがベルノは、それを味が変わったと喜び、逆に勢いを増すことになってしまった。


「ど、どどど、どうしよ!? どう、しよ……ッ!?」


 さらに続く悲鳴に、のぞみがあわあわとベルノを止めるべく、あの色でもないこの色でもないと試行錯誤を続ける。


 そんな相棒をよそに、ボーゾはモニターに映るマップを眺め、首を捻っている。


「コアの反応は……この空洞の下の方にあるよな? やっぱりここ、どうにかすれば入れるってのか?」


「のんびり見てないでボーゾも助けてぇええええ!?」


 完全に我関せずなボーゾに、のぞみは助けを求めて叫ぶ。


「お、いい声出るじゃねえの。助けが欲しいって欲望の力だな。素晴らしいッ!」


「いいからベルノを正気に戻すの手伝ってぇえええッ!?」


「いいや無用だ! ほっとけ!」


「ヘヒィ!? だ、だだだだって暴走!? 暴走してるのは……明らか!」


 のぞみがボーゾの放置宣言に目を見開く。


「中もまた美味いんだよ中もぉお!!」


 その間にベルノは抑えにかかる仲間たちを振り切り、壁に食いつく。


 勢いのまま、発動した罠の効果すら飲み干して、一枚二枚三枚と、止まる事なく次々に食い破っていく。


 やがてその溢れた食欲は、中央の空洞を作る壁に届いて破る。


「およ? よ?」


「べ、ベルノ……? 正気、に戻った……の?」


 食い破るやとぼけた声をこぼすベルノに、のぞみは戸惑いながらも声をかける。


「首突っ込んだなら、中心部分がどうなってるか分かるだろ? どうなってる?」


 一方でボーゾはまるで同じた様子もなく、何が見えるのかを尋ねる。


「んー……どうなってって、薄暗くって、すっかすかだねー……マジでおっきなバームクーヘンの中みたいな……っとぉ?」


「ヘヒッ? な、なな、何か……見つかった、の?」

「うん。暗いけど、なんか大きな影みたいなのが見えるよ? 建物、かな?」


「筒型の迷宮の内側に、さらに建物だぁ?」


 まだ情報の改まらないマップをにらみながら、ボーゾは訝しげに首をひねる。


「や、ホント! ホントーなんだって、信じてよ!」


「見間違いかなんかだったら謹慎食らわすからな?」


「そんなー……どっかのヒーローの組織みたいなこと言わないでさー……ほらークノちゃん、ボーちゃんに見せたげてよー」


 どうやら穴をかじり広げたらしく、そうしてこじ開けたすき間から、のぞみたちの目の役を担うクノを通し、証拠の映像も通す。


「……ヘヒッ!? お、お城?」


 クノの目を通して送られてきた映像は、ベルノが言う通り、暗がりに浮かぶ城としか見えない物だ。

 それも瓦葺きの屋根の、日本風の城だ。

 迷路に囲まれた地下に、日本の城風の建物が建てられているのだ。


「なぁるほど。こりゃ俺の間違いだったな、悪かった。今度なんか奢るわ」


「ホントにー!? じゃ、九人前でいい!」


「自重しろ!? ……って言いたいとこだが、お前にしてみりゃ十分してるか……」


「い、言ってる、場合……?」


 そんな異様な建築物を前にしてのんきな会話を続けるボーゾとベルノに、のぞみはおずおずと突っ込みの言葉を投げるのであった。

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