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36:個人的にモンスターやダンジョンよりも対人交渉のがコワイ

「では、どうしてもマ……スターが制圧に乗り込むのはならない、と?」


 ダンジョンの出入口前。

 そこに設けられた席についたウケカッセが凄む。


 その背後で出入口を塞いでいるバウモールの圧力もあり、その迫力は重さすら感じるものがある。


「まさか、どうしてもなどとは申しておりません」


 しかし対面で直にその圧力を受けているはずの男は涼しい顔。


「この度の配慮ある救助、支援は心から感謝しております。その配慮を出来る限りは続けていただきたい。こう申し上げているまでです」


 にっこり。と、男が笑みを向けるのはウケカッセの後方。

 厳つくヒロイックなヒヒイロカネの巨人――その胸元にある扉の隙間から、外をうかがっているのぞみに、である。


 その笑みを受けてのぞみがバウモールの中に籠るのを見て、ウケカッセは苦々しげに眉根を寄せる。


 しかし、その苦い表情はママと慕うのぞみに対するものではない。


 のぞみの助けを求める声に応えてウケカッセが駆けつけた時、のぞみはぐいぐいと押し付けられる要望に目を回して膝を抱えて丸まっていたのだ。


 それからウケカッセが経理・渉外役として間に入ったことで、のぞみをバウモールの中へ逃がすことはできた。

 だがすっかり怯えきってしまったのぞみは、安全圏から外の様子を心配そうに覗き見るばかりになってしまった。


 のぞみをこんな風におびえさせておいて、その上でさらに重ねられる要望など、ウケカッセは正直蹴とばしてしまいたかった。


 明らかに異常なアドベンチャーランド・ダンジョンの急変。

 それに加えて、味方と一緒にダンジョンに籠る方が落ち着きそうなのぞみ。


 これらを踏まえて、のぞみがダンジョンを制圧してしまった方がいま現在の状況にも、将来的な安全のためにも手っ取り早いのは間違いないのだ。


 だがその提案をこの男は、ランドの代表だという男は遠慮してくれと言う。


 おそらく自分たちが管理しているダンジョンが、ちょっと対応を変えれば大丈夫だと。まだ手に負えると思っているのだろう。


 だとしても、同じような変化が今後起きた場合に何事もなく対処できるだなどと思っているのだろうか?


 愚かな楽観である。としかウケカッセには思えない。


 だが、むやみやたらにゴリ押しして、ダンジョンをのぞみの管理下に置いてしまうわけにもいかない。


 能力でもって安全を押し売りするようなマネは、それ以外の手段が残されているならば慎むべきだ。

 でなければ「同業者潰し」の悪評を被りかねない。


 単に批判を恐れただけの事ではない。悪名すらも利用して懐を温めようとする輩はどこにでもいる。

 そしてランド代表のこの男も、自分たちの利益を確保しようとするためならば、何を使っても恥とすることのないタイプである。間違いはない。


 金銭欲を司り、自身も金儲けが主人の次に大好物なウケカッセだからこそ、それは鏡を見るようによく分る。


 ではどうするのか。


 腹に据えかねる状況の中、ウケカッセはただ冷静に自分たちが「得」をする形に持っていく事を考える。


「……いいでしょう。我々だけで、掃討と調査を行いましょう。ただ、ダンジョン内部で見た限り……そして今もリアルタイムで送られてくる情報からも、明らかに異常な拡大をしていますので、マ……オーナーに制圧していただいた方が、長期的に見て安全だと思いますが?」


 上下に広げた右手と左手。その間に生じた拡大を続けるワイヤーマップを見せて、ウケカッセは重ねてのぞみによる制圧を勧める。


「ふむ。確かにゆゆしき事態です。しかし、それはまだ調査の半ばでのデータですよね?」


 しかしランド代表は笑顔の仮面を崩すことなく、取り越し苦労だろうと流す。


「その通りです。私どもとしては、ただ同業者とお客様の安全を考慮した上で提案しただけですので、そう言われては仕方ありません」


 対するウケカッセはのぞみから渡されているマップデータを手と手を合わせて仕舞い、あっさりと引き下がる。


 これにランド代表は肩透かしを食らったのか、苦笑して肩をすくめる。


 スリリングディザイア側が乗っ取りを目論んでいて、その足がかりを作ろうとしている。

 そう予想していたのだろうが。残念。のぞみはそんなものは欲しがっていない。


 そしてウケカッセたちも、のぞみのためになると思えないモノを欲しいとは思わない。


 いらないモノはいらない。正直に言っただけで相手が気を抜いたところへ、ウケカッセは切り込む。


「では、これ以上の調査には報酬をいただきたい」


「……なんと?」


 虚を突かれたように目を瞬かせるランド代表に、ウケカッセはメガネを持ち上げつつうなづく。


「ですから、ダンジョン内部の調査を依頼されるのでしら、その報酬をいただきたいと申し上げているのです」


「いや、しかし……救助、支援に乗り出したのはあなた方が……」


「ええ、ええ。私どものオーナーはお人好しでいらっしゃいますので、救助に関しては求めておりませんよ。私としては頂戴してもバチは当たらないと思っていますが、緊急で、人命もかかっていたことですし、仕方ありません」


「でしたら人助けと思って……」


「しかし、もうダンジョンに潜っていた人たちの救助は終わりましたからね」


「むぐぅ……」


 ウケカッセが言う通り、ダンジョンアタックを仕掛けていた探索者たちも体験ツアー客たちも、すでに全員の生還が確認されている。


 さらに負傷者の治療には、ウケカッセが能力で取り寄せた薬を支給しており、もう人助けとしては充分に働いたと胸を張っていいところまでしている。


「ここまでの調査、モンスターの掃討は助け合いとして、無料で構いません。ですがこれ以上の調査は人助けの範疇を越えておりますので」


「……しかしだね。やはりこちらが何も言わないうちから始めたことであるわけだし……」


「分かりました」


 なおも渋るランドの代表に、ウケカッセは微笑みうなづく。


 それに代表の表情に光が差す。が、それはしょせんわずかな雲の切れ間に過ぎなかった。


「では、これ以上の勝手は慎みましょう。みんな、引き上げますよ!」


「んなぁ!?」


 撤収を呼びかけるウケカッセに、ランド代表はたまらず声を上げる。


「な、何故!? 何故ここで引き上げを!?」


「おや、これは異なことを。救助はしましたが、それ以上は余計なおせっかいであるようですので。差し出がましいマネをいたしました」


「いや、だれもおせっかいだなどとは! 乗りかかった船、という言葉もありますし、ここはひとつ我々を助けると思って……」


「ふむ……私たちはそれでも構いませんが……しかしそれをすると、他の探索者さんたちの仕事に悪影響が出ますからね……お得意様に恨まれるのは恐ろしいですから」


 ウケカッセはそう言って、芝居がかった仕草で身震いをする。


 スリリングディザイアはダンジョン稼業。プロアマ問わずの探索者相手の商売である。

 そんなお得意様たちが、タダ働きを強いられることになりそうな前例を作るわけにはいかない。

 また、もしアドベンチャー・ランドがこれを押し通せば、ランド側が探索者を雇うことが難しくなるだろう。


 誰しも、危険でキツくて実入りの悪い仕事など、したくはないだろう。


 そこに思い至ったランド代表は、うめくように声をしぼり出しながらうなづく。


「……分かりました! 分かりました! このダンジョンを持っていっても構いません!」


「何を勘違いされているのです? 私どもはあなた方の管理するダンジョンなど欲しくはありませんよ?」

「は? え?」


 的はずれな答えに、ウケカッセは苦笑交じりにかぶりを振る。


「本当に、ただ正当な探索業に対する報酬を用意していただければよかったのですよ?」


 そこまで言って、ウケカッセは思い出したように「ただ」と挟んで言葉を続ける。


「本当にどうしようもなければ、報酬金の代わりにいただくしかなくなるかもしれませんので」


 どこまでも深読みをし過ぎて外したランド代表へ、ウケカッセは言質を取ったぞ。と、晴れやかな笑みを向けるのであった。

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