35:真・魔神無双
「アナタたち、こっちへ!」
「は、はいぃ!」
ザリシャーレの鞭がつるはしを振りかぶったスケルトンたちを薙ぎ払い、骨の群れに追われていた人々が逃げる暇を作る。
「慌てないで! 私たちの後ろに!」
ウケカッセの敵を小銭に変えながらの誘導に、一般人込みの集団は三魔神の後ろへ避難する。
その内のこけつまろびつな素人に飛びつこうと、大グモがスイングアクションに躍りかかる。
無防備な弱者に迫る毒牙。それをイロミダの双剣が切り裂き、落とす。
「これでどれだけ!?」
「五チームですね! 思った以上に多い!」
ダンジョンから撤退しながら、すでにそれだけの集団と遭遇し、保護してきている。
それだけプロ探索者が集まって、戦える人手が増えてはいる。
だが、押し寄せる怪物を押し返し、逆撃に転じることはできない。
戦える者が増えると同時に、自衛する力の無い素人もまた増えるからだ。
「逃げ遅れがいないか、探しに行きたいところ、だ・け・ど……!」
「我々でないと、この数を食い止め続けるのは厳しいでしょう! 最悪、強制帰還アイテムという手段はあります! 彼らが引き際を間違えない事を願って、まずは確実に後ろを逃がす事を考えるべきですよ!」
合流した撤退チームは、ゲッコーたちが先導して逃がしてくれている。
集団で情報を集め、共有するゲッコードローンズの案内があれば、迷うことなく、最短で出入口にたどり着くことだろう。
しかしそれも、後ろの憂いを三魔神が食い止めているからこそ。
ウケカッセらが殿で無ければいくらか犠牲が出てしまうことだろう。
それはスリリングディザイアの主が、情でも利でものぞむところではない。
「そうでござる! じきに主様が援軍に寄越してくれたベルノ殿も合流してくださいまするッ!」
ツンと尖り鼻を突き出したヤモリくノ一が、援軍の合流と撤退完了までは抑えるように諌める。
「ええ、分かってるわ。華麗な反撃で元を断つのはそれから……それからよね」
抑えの言葉に、ザリシャーレは撤退戦に感じている焦れをこらえてうなづく。
装飾、ひいては華々しさを求める欲の化身としては不満の溜まる状況であるが、よく抑えてくれている。
「……溜まった鬱憤を一気にぶちまけるっていうのも、乙なものよね……ふふ、ふふふ……」
「……こーれーは、かなりマズいわね。マズいわよ。ザリィのムラムラが結構深刻な感じよ」
「ベルノ……早く、早く来てください……ッ!」
しかし抑えも限界ギリギリか。魔神仲間の怪しい笑みに、ウケカッセは援護にきているという仲間の一刻も早い到着を祈り願う。
そこで天井に張り付いていたクノがヤモリの顔を跳ねさせる。
「これは……ッ!?」
「来てくれた、間に合ったか!?」
「いいえ!? これは……ッ!?」
到着かと顔を上げる飾、金、色に、しかしクノはそうではないと慌てて顔を向ける。
そこにあった壁が突然に割れて、穴が開く。
ぽっかりと口を開けた土壁の穴からは、ぼろぼろの武者鎧を着て、刃こぼれをした刀をぶら下げた落ち武者風の動く死体がぬう……っと。
「なッ!? 今までにないやつッ!?」
「ここで新フロア形成ッ!?」
突然に生まれた新たな通路とモンスターに、魔神たちは面食らう。
そうして動きの淀みに作られた隙に、サムライゾンビたちはまるで滑るように出入り口方向を、狩りやすい獲物で固まっている方向へ向かう。
「しまった……!?」
させじと急ぎ防衛線を張り直そうとする魔神たち。だがその立て直しを、数と勢いを急増させた既知のモンスターたちが阻む。
「そんな!?」
「バカな、獣や虫の類いが連携、戦術ですと!?」
モンスターに知能はある。しかしそれは、群れを為すタイプでなければ、侵入者を前にモンスター同士で争うのはなるべく避けようとする程度。
特に天然系ダンジョンの場合、独自の弱肉強食、生態系を形成し、モンスター同士で捕食、被捕食関係にあることもある。それを利用した攻略法もいくつか公開されているほどだ。
そんなモンスターが示し合わせたように動くなど、本来あり得る話ではない。
だが現実は非情である。
骨鉱夫に、トカゲやクモを足止めとして、サムライゾンビは逃げる人々を追いかける。
「いっただきまーす!!」
しかし軽快なあいさつが響くや、先頭を走る落武者がいなくなる。
それから間髪置かずに二体、三体とまるで空間ごと飲み込まれているかのように、ガオンガオンと消えていく。
「ベルノ!?」
「うえぇえ~……これゾンビ系じゃんかぁ~……まっずーい! ……もう一体!」
味に文句を言いつつもさらに腕を一閃。手のひらに開いた洞へ残るサムライゾンビ飲み込む。
「いいタイミングで来てくれた、助かった!」
「うぅー……それはいいけど、腐れ肉なんか食べちゃった口直しするけどいいよね? イエス以外は聞かないけどもッ!!」
「あ、おいベルノ!?」
しかしベルノは宣言どおりにウケカッセの制止を無視。仲間たちの頭上を飛び越えてモンスターの群れにダイブする。
「うンまぁーい! やっぱりこのトカゲ肉だねー! クモ? 味を見るしかないでしょーッ! 骨? まあ腐った肉が絡んでるよりマシかな?」
ご機嫌な声に混じって、トカゲの断末魔や鈍く湿った音が次々と上がっていく。
「さすがはベルノというべき、でしょうか?」
「ええ。いろいろな意味で……ね」
ともあれベルノの突撃一つでモンスターたちは浮足立ち、完全に勢いを失って攻めるどころではなくなっている。
食欲のままにむさぼられゆくモンスターたちに、わずかながらの同情を示しつつ、三魔神は避難者のための殿として役目を果たしにかかる。
新たにどこかと繋がったらしい通路を囲み、新顔のモンスターたちが逃げる人々へ向かうのを防ぐ。
「クノ、他に開いた通路は……特にこの先の出入り口側には?」
「いいえ。それは無いでござる。この階で開いているのはこの通路だけでござるよ」
イロミダの問いにクノは、ヤモリの首を横に振る。
「しかしこの先には、どのみち探りを入れねばならぬでござるな」
「お願いしますよ」
そのクノのつぶやきに続いて、ゲッコーの忍たちがサムライゾンビを吐き出した通路の奥へと潜ってゆく。
「……さて、この先への突入はゲッコーたちの報告待ちとして……」
「マスターから、何か要望はないのかしら?」
「たたた助けてぇえ……ッ!?」
ザリシャーレがのぞみの考えを聞こうとするや、魔神たちの頭に助けを求める声が響く。
「なに? なにがどうしたの?」
「ママ!? どうしましたッ!?」
「ヒ、ヒヒヒィ……たた、助けて! はや、早く、ききき、来てぇええ……!」
何が起こったのかと尋ねる魔神たちだが、のぞみは「助けて」と繰り返すばかりで要領を得ない。
「分かりました! すぐに行きます、待っていてください!?」
しかしウケカッセは、母と慕う相手が助けを求めていると知ってはいてもいられず、カラスの羽根に包まれてドロンと消える。
カラス羽を象った魔力が坑道に散るのを見て、ザリシャーレは軽く肩をすくめる。
「……あの調子だと、マスターを騙る詐欺にかからないか心配だわね……」
「ヘヒヘヒ詐欺って? でも、案外一言聞いただけで気づくかもしれないわよ? 喋りのリズムがいつもと違うーって」
「……あり得そうよね。じゃあ賭けてみる? ヘヒヘヒ詐欺が成功するかどうか」
「面白いわね。乗ったわ! ちょうど欲しいものもあったのよね」
「あららら? もう勝った気でいるの?」
「さて、どうかしら?」
顔を見合せ、微笑む美女二人に、モンスターたちは気圧されたかのように足を止める。
「おかわり、いただきまーす!」
そして金縛りにあったモンスターたちを、ベルノが片っ端から平らげていくのであった。




