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33:しぶしぶだった割りにはノリノリだったりってあるよね

「くぅッ……なぜ私がこちら側にッ!」


「それはアタシだって言いたいわよ!」


「決まったものは仕方ないわ。マスターのために働きましょう」


 ランタンの掛けられた廃坑の出入口。

 そこでぼやくウケカッセとザリシャーレを、イロミダがなだめる。


「……分かっています。しかし、しかし、どうして私はあそこでグーを出してしまったのか……ッ!?」


 ウケカッセは己の拳をにらみ、悔しげに呻く。


 その姿を空中投影された映像で見ながら、ベルノがハチミツ色の髪を揺らしながら平手を出す。


「へへー、ブイ! じゃなくてパー!」


 そんな得意顔の隣では、のぞみがボーゾのジト目を受けて縮こまっていた。


「……自分で決められないからって、ジャンケンやらせるかよ」


「わ、私には、ハードル高すぎ……ヘヒッ」


 そう。誰をと選択出来なかったのぞみは、決断を身内たちのジャンケン勝負に丸投げしたのだった。


 マスターと呼ばれておきながらあまりに情けない対応である。というのはのぞみも自覚している。


「スパッと選らんじまえば良かったんだよ。あいつら口ではどうのこうの言うだろうが、お前に不満を持ったりはしないって」


「そ、そう……かも、だけどぉ……ヘヘッ、ヘヒッヒヒヒッ……」


 それはボーゾの言う通りなのかもしれない。


 しかし仲間同士、身内同士ではどうか。不平不満を抱えないとは言い切れない。


 自分のせいでせっかくできた身内が足並みを乱す。そうなるかもしれないと考えたのぞみには、決断を下せずにまごまごへひへひするしか出来なかった。


「やーやーボーちゃん、そこはのぞみちゃんの優しさだから。それに自分に決められないからーって、軽い勝負に任せるって決められてるじゃない?」


 だがそこへ、ベルノが長いパンをくわえた口を突っ込んでくる。


 割り込んだはしから、ザクザクと音を立てて吸い込まれるように消えていくパン。

 ボーゾはそれを半目で見送りながら、深いため息を吐く。


「お前は……自分が勝ったからって好き放題に……というかお前らのぞみに甘すぎるんじゃねえの? とにもかくにも全肯定か?」


「ヘヒッ!?」


「はっはっはーなに言ってんのボーちゃんは! 私たちがやらないならボーちゃんがやってるのにー」


 ぺろりと平らげてカウンターぎみに笑い飛ばすベルノに、ボーゾはしかめっ面で舌打ちをする。


 身を強張らせていたのぞみだったが、このやり取りを見ればすぐに解れて、ぎこちなくもヘヒヒッとひきつり笑いを浮かべる。


 それを受けてボーゾはさらに眉間のしわを深くする。


「そ、そそそ、それ……よりッ! ダンジョンの、様子……を!」


 そんな場をごまかすべく、のぞみは手のひらのコンソールから出ている空中投影モニターを指さす。


「ど、どう、かな? クノ? みんな?」


「問題ありません」


「こちらも。大丈夫ですよ」


 のぞみの呼びかけに、天井に張りついた撮影班と、体験隊から問題なしとの返事が上がる。


「ほ、ほら……あ、あっちも見ない、と……」


「まあ……そうだな」


「ほふはへほほみひゃん」


「飲みこんでからか聞き取れるように喋れ」


「だってこのカツサンド美味しいんだもん! ウチの山で獲れる猪カツとはまた違ってさっぱり感あって……」


 ボーゾの言葉に、ベルノは喋りながらも明瞭な声を出すことを選んだようであった。器用なことに。


 そうしてベルノが絶賛するのはランドのフードコートで販売されているメニューの一つだ。


 ダンジョン探索しながらその休憩中に、また護衛をつけての体験ツアーに参加した客も食べやすいようにと配慮されたものである。


「ほらほらのぞみちゃんもボーちゃんも食べて食べて! 淡白なたんぱく質たんぱく質!」


「う、うん……あ、美味しい」


「でしょでしょでがしょお?」


「まあ美味いが……何の肉だ? 廃鉱山だろ? ここのダンジョン」


 勧められるままにカツサンドをぱくつくのぞみの見ている先で、体験組の魔神たちも動く。


「ほら、武器ちょうだいよ。ムチがいいわね」


「ワタシはショートソード二本がいいわ。いい感じに見繕って」


「はいはい。代金は天引きしておきますからね」


「分かってるわよ。でもこの探索で逆にボーナス支払わせてやるんだから!」


「じゃあ行くわよザリィ?」


「ええ。イロミダ……変身!」


 ウケカッセの能力で装備を受け取ったザリシャーレとイロミダが光に包まれる。


 そして現れたのは派手な衣装に身を包んだ美女二人。


 ビキニに透けるほど薄い布を重ねたイロミダに、身体に張り付いた真っ赤なドレスを身にまとったザリシャーレ。


 その髪も光を纏う前と後では全く違う。


 ザリシャーレは金色に混じったピンク色のメッシュが大幅にその面積を増やし、イロミダも濡れたような黒髪が雪のような白に変わっている。


 まるきりに魔法少女ものの変身だ。


「……ほほう」


 この飾と色の変身に、のぞみが目を輝かせる。

 それを見て、ボーゾがニヤリと口の端を持ち上げる。


「お? 今のでなんか欲望が刺激されたか?」


「ヘヒ、ヒヒッ……まあ、ね」


「あれれー? でものぞみちゃん、おんなじようなことできたよね?」


「アレは……違う。私のはただの装備の呼び出し……! いわゆる、早着替え……ッ! 二人のは……別物……ッ! 絶対的に、別……ッ!!」


 ベルノが首をかしげるのに、のぞみはざわざわとした顔で首を横に振る。


 しかしベルノはいまいち違いが分からないのか、逆側に首を倒すだけであった。


「ふーん……それで、ザリシャーレとイロミダの変身? が、どうしたの?」


「もし……お客様にもできる……なら、新しいサービスに……なる! ダンジョン用アバター……!」


 いまスリリングディザイアでは、自分の姿そのままで遊びに潜ることになっている。


 だがザリシャーレたちの変身が応用できたのならば、ゲーム的にアバターを作り、それを被る形で冒険ごっこが楽しめるようになる。

 いわゆる変身願望という欲望も満たせることになるのだ。


 もちろん、応用可能なのか。どの程度まで利用できるのか。という問題はある。


「こ、これは、夢広がりんぐ……ヘヒヒッ!」


「……だ、そうだが、実際どうだ?」


 ぐんぐんとひとりで盛り上がるパートナーに肩をすくめつつ、ボーゾは声を投げる。

 もちろんその行き先はクノの視界の向こう。朽ちたレール沿いに進むザリシャーレたちだ。


「素晴らしいお考えです! いい儲け話になるでしょう!」


「ま、お前はそういうよな。お前はな」


 ウケカッセがすぐさま儲けに絡めてのぞみを持ち上げる。それに、ボーゾは分かってたとうなづいて残る二人の返事を待つ。


「それは面白そうじゃないの! 帰ったらさっそく試してみましょ!」


「ええ。やれるだけやってみようじゃない!」


 のぞみの発想に欲望を突かれてか、ザリシャーレ達からも大いに前向きな返事が返ってくる。


 新しいものに向けた三人ともからのノリノリな答え。これにはボーゾも満足げに腕組みうなづく。


「いいねいいねえ。やっぱ欲望がなにかしら新しいモノを産み出そうとしてる時ってのは、いつ見てもいいもんだ」


 欲望魔神冥利に尽きる。そんな空気を纏ってボーゾがうなづいている一方、ベルノと体験隊を映す画面の変化に気づく。


「お、お肉の原料はアレかな?」


 ベルノが指さすと同時に、体験隊も皆武器を構える。


 のそのそと奥から歩いてきたそれは、固い皮膚を備えたオオトカゲだ。


 太く鋭い牙を覗かせた大きな顎と、その体格(サイズ)も相まって、もうほとんどワニである。


「なーるほどー! ハ虫類系だから淡白な感じで! なーるほどねー!」


「ワ、ワニ肉だった、の!? でも……結構美味しかったし、見た目も……うん、カエルより……平気!」


 しかし食欲魔神たるベルノはともかく、のぞみからもすでにお肉としか見られていない。


「みんなー! のぞみちゃんも気に入ったみたいだから、食べれる感じに仕留めてねー!?」


「承知しましたッ!」


「革もほとんどワニっぽいからイイ感じじゃない!?」


「そうね! 革も気に入ってもらいましょッ!?」


 あわれ、廃坑を住み処とするオオトカゲは、舌なめずりする魔神たちにただの食材・皮革として刈られてしまうのであった。

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