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31:飯時にちょっとやめないか

「ヘヒッ……あ、新しい、ダンジョン、パーク?」


 スリリングディザイアののぞみ部屋。


 朝食と合わせて出された報告に、のぞみはいただきますと合わせた手を離さぬまま問い返す。


「はい。お客様方の間で噂になっているようでして」


 報告を持ってきたウケカッセは、食事を続けるように手で促しながらうなづく。


「噂話って、実際のところどうなんだよ?」


 そうして促されるままに焼き鮭をほぐし始めるのぞみの手元近くで、ボーゾが訝し気に問いかける。


「知識欲の調べによると、他所の地方でそう言う触れ込みで稼働しているところはあるようですね」


「へえ? マジモンなの?」


「わ、私のほかに……ダンジョンマスター、が?」


 対する答えにボーゾは驚いて膝を叩き、納豆をかき混ぜていたのぞみも手を止める。


「まあ、うどんサモナーなんてのが出てくるくらいだし、それに比べれば有り得る話では、あるか?」


 ダンジョンを支配出来るダンジョンマスターは非常に珍しい職業である。

 だがしかし、変わり種という意味ならそれ以上の者が確認されている以上、のぞみ以外のダンジョンマスターが生まれることもあり得ないとは言い切れないだろう。


 だがそれにウケカッセはそうではないと首を横に振る。


「いえ、それがそういうわけでもないようなのです」


「ど、どどどどういうこと?」


「俺らにも分かるように説明してくれよ、なあ?」


 わけが分からないよと困惑のまま納豆をかき回すのぞみに苦笑しつつ、ボーゾはウケカッセに続きを求める。


『そこから先は私に解説させてほしいですなッ!』


 そこで不意にのぞみ部屋の大モニターがひとりでに起動する。


 そうして画面に現れたのはメガネをかけて銀色の髪を短く切りそろえた少女であった。


「べ、ベルシエル?」


『はい、調べる教えるお任せあれ、知識欲のベルシエルですな!』


 彼女こそがスリリングディザイアのデータベース管理を一手に引き受けている、知識欲のベルシエルである。


「ではお願いしますよ、ベルシエル」


『はぁい。お任せですな!』


 ウケカッセから説明を引き受けたベルシエルは、画面の向こうで椅子ごとにターン。メガネをクイッと持ち上げる。


『我らがスリリングディザイアのようにダンジョンマスターの力によって、ダンジョンの構造そのものの変化をさせているわけではなく、帰還用のアイテムで安全を確保しているというのが実際のところのようですな』


「なあ、それって……当然怪我したりしたら……」


『痛いでしょうなあ』


「ももも、もし……やや、焼かれるようなことに……なった、ら?」


『火傷するでしょうなあ。肉の焼ける酷い臭いもするでしょうなあ』


 それらの情報を得たスリリングディザイアオーナーコンビの出した答えは――。


「ダメじゃん」


『でしょうなあ。とても気楽な冒険ごっこが楽しめるーってのじゃありませんですなあ』


 痛みは命の危険信号である。当然生きる上で必要不可欠なものであるが、動きを縛る物でもある。


 それは痛覚のみに限らず、嗅覚や聴覚もまたしかり。


 五感に突き刺さるリアルさは、遊びには重くなりすぎる時があるのである。


 だからこそ、遊びで入る客には痛みを擬似的な物に、嗅覚などにも制限がかかるように細工をして。


 それでようやく、スリリングディザイアが冒険ごっこのできる遊び場として機能しているのである。


 安全な帰還手段だけを用意したところで、同じように冒険遊びを楽しめる場になるはずもない。


「こりゃ、ウチの商売敵にはなりそうにないな」


 ボーゾの結論にうなづきながら、のぞみはしっかりとかき混ざった納豆を白米の上に乗せる。


「第一よ、その帰還用の道具だって、出どころは?」


『我々ですな。我々のダンジョンでドロップする離脱用アイテム「バックレール」を買い取っているようで、その在庫分までしか入場させてないようですな』


「だろうな。こりゃ客が持ってかれるよりも、ウチも危険じゃないかと、誤解される方が心配なくらいだな」


 ベルシエルの返答に、ボーゾはやはりと鼻で笑う。のぞみはそれにカクカクと首を縦に振って、焼き鮭と納豆飯を交互に口に運んでいく。


「その心配さえ無かったら、いい、お客さま……なのに、ヘヒヒッ」


「違いねえや、いっそ向こうさんの商売のために、ウチから売り込むか? ちょいと割高でも買ってくれるかもだぜ?」


「……許可をいただければ、今からでも」


「そ、それは……ヒドイ、かも? ヘヒッ」


 下卑たにやけ面で相手の足元を見た商売を企むボーゾとウケカッセ。

 のぞみはそんな二人にひきつり笑いを浮かべて、ワカメと油揚げの味噌汁を口に含む。


『ええ、いい案だと思いますな。オーナー方の心配も必要なさそうですしな』


「ど、どゆこと?」


 首を傾げ、小茄子の漬物を挟んで鮭に戻るのぞみに、ベルシエルはにんまりとメガネを持ち上げる。


『オーナー方が言っていたとおりですな。彼らは我々の商売敵にはなりえない、と言うことですな』


 そう言ってベルシエルが何かの操作をすると、モニターが分割されて別の映像が映し出される。


 それは洞窟内部を撮影した物らしく、岩や土に覆われた薄暗い空間のようだ。


 だが、洞窟と言っても、スリリングディザイアの地下水脈とは違う。

 所々に木の支えが見え、地面には朽ちた枕木に乗ったレールがある、古いトンネルか、廃鉱山がベースとなっているようだ。


 そんなダンジョンの中で、いかにもな大コウモリを剣で叩き落とす者がいる。

 軽装の前衛役である彼の後ろには、ひらきになって落ちたコウモリに顔を青くする者たちの姿がある。


 彼らはみな野球のキャッチャーじみた防具を身につけて、警察の機動隊が使うような透けた盾を壁としている。

 吐き気をこらえているその様子は、ただ甲羅にこもった亀のようで、冒険を楽しんでいるようには見受けられない。


「……うぷ」


 吐き気に襲われているのは、朝食時にグロ映像を叩きつけられたのぞみも、であるが。


 のぞみもダンジョンアタックを経験して、多少は耐性をつけてはいる。だがそれでも食事時に見たい映像ではなかった。


「ベルシエル! お前ママになんてモノをッ!?」


『ああっと、ごめんな!? ゲッコーズ、ちょい目線チェンジ、チェンジな!』


 ウケカッセにギロリと睨まれて、ベルシエルは慌てて、撮影班への指示と操作をして映るモノを調節する。


「……あー、うん……だだ、大……丈夫。だから、ヘヒヒッ」


 そのおかげでだいぶ落ち着きを取り戻したのぞみは、画面を睨み続けるウケカッセをなだめる。


 もっとも、顔色は蒼白で、食欲はふっとんでしまった様子だが。


「どうする? 欲望を引き出すか?」


「ま、待って……もうちょい、落ち着く、まで……ヘヒッ」


 そこへのボーゾの申し出を、のぞみは急がなくていいと手で制する。


 そして一呼吸挟むと、モニターのベルシエルに向けて顔を上げる。


「そ、それで……どゆ、こと?」


 説明を求めるのぞみに、ベルシエルはお詫びと感謝を込めて合掌。

 続けて咳払いをして、主の求めに応じる。


『見てのとおりなんだけどな。あっちのパークは冒険ごっこするとこじゃないのな。これはアトラクションの一個で、いわゆる見学ツアーなのな』


 そう言ってベルシエルが指差した映像の中では、明らかに手慣れたプロ探索者らしい軽装男が、仲間と挟む形で、素人たちをダンジョンの中へと引率している。


 ベルシエルによれば、この見学客たちはせいぜいが解体体験くらいまでで、ダンジョンのごく浅い層をプロに護衛されながら回るだけなのだという。


『で、あちらの主力はこういうのなのな』


 そして切り替わった映像の中では、ダンジョン食材をメインにした食事を楽しんだり、鉱石から作った武器を的相手に試したりしているお客たちの姿がある。


「な、なるほど……ウチとは……逆ッ!」


『そういうことですな』


 ダンジョン内での安全確保に成功し、そこを遊び場として提供することをメインに据えているスリリングディザイアとは、そもそものコンセプトが違う。


 なるほど、ベルシエルらが言うとおり、これはスリリングディザイアの商売敵とはなりそうにない。


『そんなわけですが、どうしますかな?』


「あちらの需要を突っつく……もとい、応えるのでしたらすぐにでもまとめて見せますよ」


 ウケカッセが儲けとお役立ちの匂いを嗅ぎ付けて、鼻を膨らませる。


 それにのぞみは「いいよ」とうなづく。が、ふとした思いつきに、半ばで顎をはねあげる。


「……そ、その前に、行こう……見学に!」

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