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30:ある探索者チームの休憩タイム

 木々が生い茂る山の中。


 密度高く絡んだ枝葉が日差しを受け止め、日陰を作っている。


 そんな無数にできた天然の(ひさし)のひとつ。その下で腰を下ろした、男女の三人組の姿がある。


「いや、この装備で山道登るのはちとキツいぜ!」


 そう言って古めかしい型のいかにもなプレートメイルをガチャガチャと鳴らすのは、斧使いの男だ。


 なるほど。いかにも分厚く、頑丈そうな金属で全身を覆っているのである。いかに屈強な筋肉と旺盛な体力があったところで、山歩きには厳しい重荷であるだろう。


 どうしても小刻みに休憩を挟まなくてはならなくなるのも当然というものだ。


「……だからそんな装備で大丈夫かって聞いたじゃないの。だのにアンタは問題ないって人の話を聞かないで……」


 対して自業自得だと言うのは女の戦士だ。

 そんな彼女の装備は、言うだけあって山道であることを考慮したのか、要所を革や金属のプロテクターで補強した程度の軽い物だ。


「んな事言って、お前は元々軽装でやってるだろうが」


「それでも、特に軽いのを用意して来たわよ。地形や気候に合わせないと動けやしないんだから」


「パラを確認したら、力もスタミナもぐんと上がってたから行けると思ったんだよ。第一、何着分も鎧なんか持ってないっての!」


「予備にレザーアーマーくらい用意したらいいじゃない。昔読んだ小説でもあったけど、砂漠で金属鎧なんか死ぬわよ?」


「か、わ、の、よ、ろ、い、とか。ゲームの初期装備もいいとこじゃねえか」


 明らかに嘲りを含んだその言葉に、女戦士の眉が吊り上がる。


「はあッ!? ゲームじゃないんだから、頑丈さだけが鎧の良し悪しじゃないでしょうが!? いくら硬くて分厚かろうが、実際山道でバテてろくに身動きも取れないじゃない!? それにいざ砂漠エリアが出来たら、砂に足を取られて蒸し焼きになるだけよ!?」


「あぁッ!? メタルの塊がぺらい革に後れをとるはずがないだろが!? 攻撃を止めれない装甲に何の意味があるってんだ!?」


「それでカカシになってちゃ意味がないって言ってんのよ! それに、当たらなければどうということはないって名言を知らないのッ!?」


 ぎゃいのぎゃいのと互いに相手の推しのアーマーを下げて、自分のの優位性を押し出す二人。


 そんな二人の言い争いに、最後の一人。複雑な紋様の刺繍されたローブコートを纏うスペルユーザーの男は、我関せずと鍋をかき混ぜている。


「もう毎度毎度決着つかないんだから止めにしたら?」


「香川君!?」


「お前はいったいどっちの味方だッ!?」


 調理をしながらの冷めたコメントに、重装男と軽装女は顔と声をそろえて噛みつく。


「俺がどっちでもいいって言うって分かってるだろ?」


 だが鍋をかき混ぜる香川は鼻を鳴らして肩をすくめるだけ。


「……それより、お決まりのケンカなんかやめにして飯にしよう。ほら」


 そう言って二人に向けて鍋の中身をよそった丼を突き出す。

 案の定、湯気を立てる器の中身はうどんであった。


「お前に任せるといっつもこれなんだよな」


「ホントにうどん狂いなんだから」


 休憩中の食事にと香川が差し出したその内容に、仲間たちは深々とため息を吐く。


「いまさら何を? むしろ俺がおうどん様以外を用意するとでも思うのか?」


「あーはいはい。そりゃねえわ。有り得ねえわ」


「そうね。蕎麦なんて出してきた日には天変地異の前触れかと思うわ」


 逆に尋ねる香川に、仲間たちは揃って頭を振る。


 そうして諦めの色を帯びた笑みを浮かべて、それぞれ手にした丼に箸を入れ、うどんをすすり始める。


「ハフホフ……そうだろう? 蕎麦を馬鹿にするつもりはない。ないが、やはり俺がおうどん様を差し置いて違う麺を扱うなどありえんよ。ズズッズッ」


「あー、あー、そうだろうさ。召喚魔法でうどんモンスターを呼び出せるまでになったうどん狂いだもんな! うどんモンスターって何なんだよ!?」


「おかげで私たち、すっかり有名にはなったけど、香川組とか、チームうどん呼ばわりなのよね。完全に香川君のおまけ扱いだわ」


 正式なチーム名があるにもかかわらず、そちらはもう、ほぼまったくと言ってもいいほどに呼ばれることが無くなってしまった。


 受付にですら、まず通称を呼ばれるような有様なのである。


「……これはつまり、三人そろっておうどん様パワーを身に着けることになる、と?」


「できてたまるかッ!?」


「それは残念」


 チームの通称にふさわしい統一した能力の獲得を予言する香川に、二人が噛みつくようにそれを拒否する。


「だが、全員でおうどん様から力を借りることができるのなら……」


「いや意味が分からんから!?」


「分からないと言えば、身に着けるための条件もよく分ってないしね」


 そもそも香川がうどんモンスターの召喚を習得できたのも、完全に偶然なのだ。


 香川のようにうどんに沈むのを繰り返したところで、他に同じような特殊魔法や技能を習得した例は確認されていない。


 他にそれらしい行動といえば何もなく、普通に冒険ごっこを楽しんでいるだけにもかかわらず、である。


「香川自身の才能に絡んでることならどうしようもないからな。無駄なことをすることはないさ」


「ふむ。もしかしたらと思ってやってみたことがあったんだが、無駄だったかな?」


「は? やってみたって、なんだよ?」


 そう尋ねる重戦士の器の中で、何かがぴちゃりと汁をはねさせる。


 汁を頬に受けた重装マンは、軽装ウーマンといっしょに、おそるおそると視線を丼に落とす。


 その中では、うどんがまるで生きているかのように、ひとりでに汁を泳いでいた。


「うおぉおおおッ!?」


 二人は驚きのあまりに、揃って腰を浮かせる。

 その勢い余って、ともに丼も放り出してしまう。が、しかし器から出たうどんが自ら丼を支え、わずかばかりの汁を犠牲に持ち主の手へと戻る。


「ひぃいいッ!?」


「お、おま!? 香川! お前ぇえッ!?」


 お残しは許さん。と言わんばかりの挙動を見せるうどんに、戦士二人は用意したうどん狂いをにらみつける。


「ああ、ばれちゃった?」


「ばれちゃった? じゃねえよ!? お前、自分の召喚うどん混ぜてやがったのか!?」


 いきり立ち、自身の器を指さし詰問する仲間に、しかし香川はムッと眉を寄せて首を横に振る。


「混ぜる? 人聞きの悪い。全部俺の呼びかけに答えてくださったおうどん様だよ」


「なお悪いじゃねえかよ!?」


「だがちゃんと食べられるぞ? むしろ市販の乾麺たちよりも数段上質なおうどん様だぞ?」


「そういう問題じゃねえんだよぉおおッ!?」


 平然と自分の分をすすりきる香川に、仲間たちはもうやだこのうどん狂いと嘆く。


 召喚者である香川にしたがってはいるが、元々は自分から人が喉を詰まらせるのも構わぬ勢いで胃袋に飛び込み、窒息させてくるモンスターである。

 おとなしくしているとはいえ、まず進んで口にしたいと思えるモノではない。


「うう……もうだいぶ食べちゃった」


 その拒否感から軽装の女は顔を青くして丼を手放そうとする。


「待った!」


 しかし香川はそれを鋭い声で制止する。


「……なによ? 残すなって言われたって、正直もう食欲なんて……」


「それでも捨てようとはしない方がいい。今度は自分から食べさせにくるぞ。さっきうっかり放り出したのでご立腹だ」


「何を言って……」


 女戦士は訝しむ。が、香川の警告したとおり、その手首には器からはみ出たうどんが巻きつき絡んでいる。


「ひぃ!」


「立腹って、どこが腹だってんだよ……」


 それに彼女がなお顔を青白くさせて固まる横で、重装男はぼやきながら汁に箸を突っ込む。


「一応聞いておくが、なんでこんなコトをした?」


「二人もおうどん様パワーを授かる事が出来ないだろうかって考えて」


「だから、俺らはうどん狂いじゃねえんだから無理だろ!? 窒息してもいいと思えるようなな!」


「いやいや。おうどん様の慈悲と可能性は無限大だ。お力添えを受けるようになって、それを確信した!」


 そう言う香川の丼へ、鍋から新たな麺が飛び出し、∞を描きつつ滑り込む。


 そのまま自ら口を目指して伸びる生きた麺を躊躇なく受け入れる香川に、仲間たちは引いた。ドン引きであった。


「……二度とお前に炊事番はやらせねえ」


「何故だ!?」


 ため息とともに吐き出された、固い決意を帯びた仲間の一言に、香川は目を見開く。


「俺に任せてもらえれば、砂漠エリアができたとしても、おうどん様が食べられるんだぞ!? 水を大量に持ってく必要もなく!?」


「……でも、お椀の中の麺はモンスターなのよね?」


「それの何が問題なんだ?」


「そーゆーとこだぞ、香川お前」


 真剣にアピールするも、仲間たちはそれをバッサリと切り捨て。

 取り付く島もないこの扱いに、香川はしょんぼりとうつむく。


 その様子に生きたうどんの残りをすすりながら、仲間たちは苦笑する。


「……ズズズッ……ところで、うどんモンスターっていえば、こないだ飲み込ませたヤツ、マジひでえな」


「……そうね、拡散されてるのを見たからやっちゃえってなったけど……」


「まるで反省していない。からな」


 お金に換えられるスコアやアイテムの融通を条件に雇っているから。と、同じ客である同行者に暴行を働いた者がいた。


 三人は、ダンジョンのオーナーがそれに対処しようとしている場面に出くわし、荒っぽい助け船を出した事がある。


 それ以来、所業を拡散された暴行者はどこからもパーティ入りを断られて、一人での冒険ごっこを強いられている。


「アイツがバラまいてる、パークの悪評を見たときにはドン引きしたわ」


 曰く、客のダンジョンアタック方法を不当に縛るひどいやり口。


 曰く、さも客側が悪いかのように吹聴する卑怯卑劣な連中の巣窟。


 曰く、客を搾取して自分たちだけで肥え太っていく度しがたい豚。


 などなど、これらを皮切りに読聞に耐えぬ罵詈雑言の数々を、よくもまあ出てくるものだと散々に並べ立てバラまいているのだ。


「まあでも、その度に問題の映像と実態が突っ込まれてたけどね」


「出禁になってないだけ、破顔するレベルの有情なんだよなーとか言われてな」


「逆に、こんなのが通達だけで野放しになってるだなんてありえない、パークに寄りつきたく無くなっちまうよ。とかも言われてたな」


「……それでも一向に勢い緩まないのが恐ろしいけどね」


「だな」


 そんなネットワーク上で見かけた言動に、三人は揃って身震いする。


「ただ気になるのは、別のダンジョンがどうこうってのだな」


 重装マンが言うのは、卑劣な連中に支配されたダンジョンなんかより、もっといい場所がある。という書き込みのことだ。


 それに香川たちもうなづき、首をひねる。


「変よね? スリリングディザイア以外のダンジョンパークなんて聞いたことないのに……」


「まさか普通のダンジョンに……ってことじゃあるまいし」


「そんなの丸儲けでもお断りだわ。痛いだろうし死ぬだろうし、命あっての物種って言うしね」


 そう言って笑い飛ばすのに、残る二人も深々とうなづく。


「てか、もし他にできたとして、そっちに行くか?」


「それもまさかでしょ? ここみたいに、宣伝文句とおりに安全に遊べて稼げるかも分からないのに」


「信用できれば、行かなくもないが、おうどん様に巡り合わせてくれたココに潜らなくなる、なんてのはありえないな」


 考えるまでもないことだと言う仲間たちに、重装マンもだよな、と笑い飛ばす。


「……さて、一息ついたことだし、ひと稼ぎするとしようか!」


 そうして香川に器を返しながら立ち上がる。


 金属鎧を重く鳴らしてのそれに、香川も顎を引いて了解する。


「ン、そうだな。いずれパーク近くでおうどん様の店を持つために!」


 その力強く望みを語る姿に、男女一組はジトリとした目を向ける。


「……仮にオープンしたとして、うどんモンスターの踊り食いをさせるような店には絶対行かねえ」


「……だよね」


「何故だッ!?」

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[一言] うどんアーマーで全て解決
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