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29:暑くてたまらないのなら小豆ジャージを脱がざるを得ない

「よーうこそ! 我々の工房「金屋子の知恵袋」へッ!」


 誇らしげによれよれの白衣をひるがえす八嶋大和。

 その背後からは、鋼を打ち合わせる固い音色が響き、熱気が立ち込めている。


「先ほどは失礼しました、ええ出資者の経理係とオーナーを間違うなんて大変な失礼を、お詫びというわけではありませんがしっかりと案内させていただきますよさせていただきますとも」


「……お、おう……」


 テンションが上がっているせいか、早口にまくしたて、叩きつけてくる。それにのぞみは引きつり笑いにうなづく。


「ではではどうぞこちらへどうぞどうぞ見るべきものは山ほどありますからね」


 ずいすいと奥へ進む大和に続いて、のぞみたちも工房の奥へ行く。


「こちらでは合わせる金属と細かな比率の違いによる強度と特製の違いを確認しています」


 いくつものサンプルと、それに対して力を加えたり、熱を加えたり奪ったりと、様々な負荷をかける実験の様子が並べられている。


「合金化する際の比率については既にいくらか実用的な比率が発見されていると言いました、言いましたがしかしそれは「いくらか」でしかありません! まだまだ比較研究し最適化を進める余地はあります、ありますのにこれまではヒヒイロカネを含めてダンジョンレアメタルが希少(レア)でしたのでなかなか細やかな違いを比較する実験は難しかったのです!」


 そんな実験の様子を横に、大和の熱の入った解説が怒濤の勢いで流れる。


 いくら有用で、顧客が高値をかけて産出を推奨しているとはいえ、産地は強大な怪物のひしめくダンジョンである。


 プロの探索者ですら、確実に生きて帰るか分からない場所。それどころか鉱床もまるで隠れるように在処を変えることさえあるのである。


 安定供給など望める筈もなく、研究しようにも成果と次なる研究資材の調達でトントン。下手をすれば赤字ということもザラであった。


「ですがそこでスリリングディザイア! レアメタルヒヒイロカネ供給の大幅な安定化とその研究への多大な融資! おかげさまで近頃は別のレアメタルとの合金化の研究することまでできるようになったのですよ! 我々にとってはまさに極楽! 桃源郷の出現!」


「そ、そそそんな……大げさな……」


「何を言いますか! 我々にしてみれば大げさなどではなくまだ言い足りないほど! なあ?!」


 そんなのぞみの言葉に、大和が近くで実験をしていた研究員に問えば、彼もまた深くうなづいて同意を示す。


 たしかに。資金繰りという枷から解き放ち、汝らの為したいように為すがよいとばかりに自由にできる環境を整えられるようにした。とあれば、大和を初めとしたレアメタル研究者たちからしてみればのぞみたちは福の神も同然ともなるだろう。


 それをのぞみも理解は出来る。が、やはり盛大に感謝されることが気恥ずかしいことはどうにもならない。

 あうあうと猫背を深くして視線を落ち着きなくさまよわせてしまう。


「……そそ、それ、にしても……暑い、です。予想はして、いたけど」


 そうしてのぞみがとにかく次の話にと口に出したとおり、たしかに工房は暑い。


 金属の加工・研究をしているのであるから当然であると言える。だが特にダンジョンレアメタルの、とりわけ熱増幅効果を持つヒヒイロカネの実験をしている横である。

 その暑さはちょっとしたサウナのようなものだろう。

 事実、すでにのぞみはだいぶ汗ばんでいて、もさもさの黒髪も顔にベタベタと貼りついている。


 だが大和はまるで気にした様子もない。

 まるで熱く語ることで熱気と一体感を得て、暑さを気にしていないかのようだ……が、当然そんなわけはない。


「そうでしょう!? しかし我々の白衣は強い熱耐性を備えた特別製でして高温化での実験も何のその! これも設備を整える融資があったからこそで……」


「でしたら解説よりも予備の物を今からでも貸していただきたいのですが?」


「ああっとこれは重ね重ね失礼! 工房に入るより先に渡しておくべきでした!」


 フルオート射撃じみた語りを遮るウケカッセの言葉に、大和は慌てて手空きの同輩に特別製だという白衣を取りに行かせる。


「平気かよのぞみ?」


「あー……うー……ご、ごめん、ちょっと、ウケカッセに……」


「おう?」


 心配するボーゾがウケカッセの腕に移るや、のぞみは小豆ジャージのジッパーを一思いに下ろす。


「んな!?」


「はあぁ……だ、だいぶ、マシ……かな? ヘヒヒッ」


 ジャージを脱ぎ捨て、珍妙なキャラクターのプリントされたTシャツ一枚になったのぞみは、人心地ついたという風に息を吐く。


 そのまま汗で貼りついた髪を手で拭い取ろうとするのぞみに、ウケカッセはため息をついてハンカチを差し出す。


「……はしたないですよ?」


「そ、そそそ……それも、そう! おみ、お見苦しいもの……さらして、しちゃった!」


 ウケカッセの苦言に、のぞみはあたふたと脱いだジャージで、その背丈に反して豊かな胸元を隠す。


「いや、その……そうでは無くて、目の毒になる、といいますか……」


「その、とおり……! わわ、私なんかが……細工無しに肌さらしたら、誰得! 見苦しい、面目、ない!」


 飲み物を差し出すウケカッセの訂正にも、のぞみはただ激しくうなづき、ひどいものを見せてしまったと申し訳なさそうにするばかり。


「やや八嶋さん……ッ! ごご、ごめんなさい! 見ては、良くない! 見せてごめん、なさい!」


「い、いいえ! 大丈夫、もう見ませんから! 急いで持ってこさせますので!」


 ひたすら申し訳なさそうにするのぞみに対して、真っ赤な顔とビン底メガネを手で覆い塞ぐ大和。


 行動はともかくそれぞれの内心でまるで噛み合っていないやり取りは、熱防護の白衣が届くまで続いた。


「か、快適……ヘヒ、ヒヒッ」


 のぞみは袖の余った白衣をダサTシャツの上に羽織って、いつもの調子で笑う。

 その顔はついさっきまで立ち込める熱に喘いでいたのが嘘のようだ。


「もう、アタシが用意した服だったら、熱防護白衣を借りることも無かったのに……」


「だ、だって……私にはハデすぎなの、ばっかり……! 服が、もったい、ない……」


「それで訪問先に手間を増やしてたら世話ないじゃないのよ」


 そんなのぞみの後ろでは、ザリシャーレが首をふりふり嘆きの声をこぼしている。

 しかし、のぞみの汗を含んだもっさり髪を整える手は滑らかで、どこか楽しげですらある。


「ま、いいわ。マスターが自信を持ってアタシのオススメでお出かけできるように、少しずつ慣らしていきましょ」


「あうう……」


 髪をやりたい放題に弄くりつつの長期戦宣言に、のぞみは困り笑いを浮かべてうめくばかり。

 だが、させるがままで良しとしているあたりから、本気で迷惑に感じているわけでは無いことが見てとれる。


 それを感じとったザリシャーレはニンマリと笑みを深めて、黒い髪をいじる手が勢いを増す。


「と、ところで……この、白衣の効果が、ヒヒイロカネアーマーの……?」


 のぞみは後ろで髪を梳り、まとめ、次々と編みかたを変えていくザリシャーレをそのままにして、借りた白衣の襟をつまむ。


 すると大和は咳払いを挟んで首を縦に振る。


「いかにも、そのとおり! エンチャント加工によって熱、冷気への耐性を高め、着用者への影響を緩和するわけです!」


 エンチャント加工。

 ダンジョンの発生から生じた新たな素材加工方がこれだ。


 異界に触れて適応した生き物が得る魔力と呼ばれるエネルギーを物質に含ませ、様々な力を与え、引き出す加工技術である。


「この白衣程度なら、ダンジョン潜りを経験した研究者がボタン付け感覚でできます。ですが高度なエンチャントになると、魔力を使い手の肉体以外に貯蓄しておくことはできませんので、優れた職人によるオーダーメイド化は避けられません。エンチャントを加えるだけで、どうしても希少化、高額化してしまいますね。なにぶん職人技ですので」


「どうし、ました……? 聞き取りやすい、ですけどが?」


 付呪(エンチャント)工程について語る大和であるが、しかし先ほどまでのような、怒濤のまくし立てでなくなったことに、のぞみは首をかしげる。


「ンン! いえ……大丈夫、大丈夫ですよ?」


 大和はそれに咳払いをして誤魔化す。

 だがそんな大和へザリシャーレの鋭い目が突き刺さる。


「アナタさては、私たちのマスターのスタイルに見惚れていたわね!?」


「な・ん・で・す・と!?」


 ウケカッセまでもが歯を剥く勢いで食いついたことに、大和は慌てて頭を振る。


「い、いやいやいやそんなまさかッ!?」


「は? じゃあマスターに魅力が無いとでも言うつもり!?」


「な・ん・で・す・とッ!?」


「ではどうしろと!?」


 どちらにせよキツく睨まれるこの状況に、大和は悲鳴を上げる。


「ヘヒッ……ど、どどどどうしたら……ヒ、ヒヒッ」


「好きにやらせとけよ。ヒドイことにはなりゃしないだろうからよ……多分な」


 それにのぞみがどうしたものかとおろおろする一方で、ボーゾはあくび混じりな投げやりな返事を返すのであった。

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