28:伝説鉱物出るんだけど、掘ってかない?
「お、奇遇だな」
スリリングディザイアから坂を下ってすぐの商店街。
その大衆食堂に入ったのぞみ達を、忍の朗らかな声が迎える。
「よお、忍に悠美。偶然だな!」
それにのぞみの腕に乗ったボーゾが片手を上げれば、忍が自分と悠美で定食を囲む席へ招く。
「……い、いい……いい、のかな……? ヘヒヒッ」
それに悠美が、明らかに不満げに眉を寄せたのを見て、のぞみはここは遠慮した方がいいんじゃないかと言ってみる。
「なんのなんの! 気にすんなって、ビジネス相手同士だが知らん仲でもなし、なあ悠美?」
「あ? うん、そうね」
だが忍はまるで気にした様子もなく、手招きを繰り返して悠美にも同意を求める。
そう言われて、直球に邪魔をしないでくれと言えるような人物は、そうそういないだろう。
「な? コイツも良いって言ってんだから遠慮すんなって」
「……は、はいぃ……」
そして、のぞみもまたこの場を上手いこと誤魔化して離れられるような滑らかな舌は持ち合わせていない。
そうして場に、というか忍に押しきられるままに、せめて隣のテーブルに腰かけることにする。
「しっかし、忍も悠美も色気の無いトコで逢い引きしてんのな!?」
そして腰を落ち着けるや、ボーゾはこの一言である。
「ごふッ!?」
これに悠美は口に含んだ物が絡まり、思いきりにむせた。
「ちょ、ちょちょ! ボーゾ!?」
そんなデリカシーの欠片もない欲望魔神に、パートナーののぞみが目を回す。
「いや、だって悠美のヤツからのよくぼ……」
そこでボーゾは、さらにタイミングも容赦も何もない一言を投げようとする。が、その口をとっさにのぞみがふさぐ。
「ハッハッ! 止してやってくれや。俺らはただ新しい装備の調達に、職人どのたちと相談に……ってだけなんだからよ。そんな勘違いされたら悠美に悪いって、なあ?」
「……別に、私は気にしてない」
カラカラと笑い飛ばす忍に、悠美はむすっと目をそらして水を飲む。
のぞみはそんな悠美を不憫に思いながらも、自分が下手に口を挟んでもグデグデになるだけだろうと、ザリシャーレが黙って慰めるのに任せる。
「新装備、ですか? 確か武器は以前に炎の斧を手に入れたと自慢されていたと記憶していますが?」
「ああ、そりゃアイツは手入れもばっちりで絶好調さ。今日のは防具の方な。ほら、山道や天然洞窟の方で、鉱石が手に入るようになったからよ」
「ヒ、ヒヒヒ……ヒヒイロ、カネ……ッ! 出ます!」
ウケカッセが水を向けた話に、のぞみは慌てて飛びつく。
のぞみが口に出したヒヒイロカネ。他にもミスリルやオリハルコン。こうした地球上では伝説、物語に語られるだけの金属類が、ダンジョンからは実際に産出するのだ。
もっとも、それらの名前は、発見された鉱物の性質と、伝承にある性質が似通っていたからつけられたものであるのだが。
しかし名と実態の結び付きはどうあれ、こうした伝説級レアメタルの産出が、ダンジョンの価値を上げて経済に活力を与えている一因には違いない。
特にスリリングディザイアからはのぞみがいうとおり、良質なヒヒイロカネ原鉱石が掘り出されるので、各企業からの注目度も増してきている。
そこで産地の近場に、今なら安い土地と融資計画がありますよ、と職人や研究者に募集をかけて見たところ、職人とその家族が空き家を埋め尽くす勢いで集まってきたのだ。
「で、パークの近場に集まって来てる伝説金属加工職人や研究者に、ちょいとアーマーの注文を……ってわけでな。いや今から出来上がりが楽しみだぜ」
「よ、よよ、鎧? ヒヒッ、ヒヒイロカネ、で?」
作られるおニューのアーマーを思い、忍はわくわくとしている。が、のぞみはヒヒイロカネで発注したというその品を聞いて目を見開く。
「なんかおかしいか? 多少重さはあるみたいだが、ダイヤより硬くて錆びない金属だぜ? そこまで悪くないと思うが?」
「い、いいい、いや……それは、ともかくッ!?」
「他に? 後は磁石がくっつかない、とは聞いたことあるけど?」
「……熱増幅効果、ですね?」
「そ、そう……! それ……ッ!」
忍も悠美も、まるで見当もつかないところへのウケカッセの言葉に、のぞみは何度も繰り返しうなづく。
熱増幅効果。
伝承に曰く。ヒヒイロカネは常温下において非常に高い熱伝導効率を備えている。
例えば、ヒヒイロカネ製の茶釜に満たした水を沸かすのに、木の葉数枚程度の燃料で事足りるという。
明らかに伝導どころか増幅してさえいる効果を、ヒヒイロカネと名づけられたダンジョン鉱物も備えているのだ。
この効果により、ヒヒイロカネで作られた溶断加工刃は素晴らしいエネルギー効率と強度を兼ね備えた物となり、炉の内側にコーティングを施せば大幅な火力の向上と省エネ化がもたらされる。
では、ここでひとつ問題である。
こんな熱増幅効果を備えた金属の防具で、魔法なりなんなりの炎を受け止めたりしたらどうなるだろうか。
単純に考えて、まず大火傷になるのは間違いない。
むしろ炎を受ける必要すらないかもしれない。
鎧として着ていれば、強い日差しをしばらく浴び続けるだけで、人間の蒸し焼きのいっちょ上がりというものだろう。
さらに温度変化に敏感であるということは、低温にも激しい反応があるということだ。
つまり、冷気を浴びたら浴びたで鎧の内側の温度が一気に下がることになる。
高温でも低温でも火傷が起きる。
鎧そのものが壊れることが無くても、着ている人間が無事では済まない。本末転倒な結果がすぐに想像できる程度には防具、特にボディアーマーには向かないはずの素材。それがヒヒイロカネなのである。
「……だ、だだだ大丈夫、です?」
ヒヒイロカネの持つ、頭のおかしいレベルの熱増幅特性。そこからののぞみの心配を受けて、忍と悠美も不安げに顔を見合わせる。
「……どう、だ? どうなんだ?」
「分からないわよ。でも、何にも言わなかったし……」
新装備への期待が完全にひっくり返ってしまった二人。
「とにかく確認。確認だな。ただ不安がっててもしょうがねえし!」
「そうね。どういうことになるのか確かめればいいことだわ」
ただ不安がっているだけではどうにもならない。と、忍は即座に携帯電話を取りだす。
「それには及びませんよ」
素晴らしい切り替えの早さと行動力を見せた忍たちを、しかし制止する声がある。
「なに?」
「ヒヒイロカネ合金の車体、装甲利用上の問題点は常に解決改善のために研究されています。熱増幅特性も純粋な……またヒヒイロカネの比率の大きい合金に存在するものであると分かりましたので、防具として問題なく使用できる比率も発見されています」
そう語るのは分厚いメガネをかけた、ボサボサ頭の男だ。
声からして若いようにも思える。が、ヨレヨレのワイシャツにグレーのスラックスと、地味な服装には若々しさが無い。
「どなたに発注されたかは知りませんが、先日エンチャントによるさらなる改善法が実用化されましたし、そちらの話はされませんでしたか?」
「……ああ、言われてみれば、着てても蒸れなくて、守りも万全ってうたい文句の新技術使おうぜ、なんて勧められたっけか」
そういえばと、うなづく忍に、ボサボサ男はビン底メガネを押し上げる。
「その通り。我々の研究によって、ヒヒイロカネはもはや防具素材としてもまったく問題ありません。オリハルコンに劣るものでも無いのです!」
胸を張り、堂々と宣言するビン底メガネくん。
「いま、我々の研究って言ったか……?」
「いかにも。申し遅れました。ボクは大学でダンジョン鉱物、特にヒヒイロカネの研究を行っている八嶋大和、と申します」
名乗り、頭を下げた研究者の大和は分厚いレンズを輝かせる。
「これも多大な融資を決定して下さったダンジョンパークオーナーのおかげです。感謝いたしますよ」
そうして大和はダンジョンオーナーへと握手を求めて手を差し出す。
「……私、ですか?」
しかしその行き先はのぞみではなく、ウケカッセであった。
確かに、見るからにやり手のビジネスマンといった風のウケカッセと、人形を腕に引っかけた陰気臭い女とでは、まず間違いなくウケカッセをオーナーだと見るだろう。
「いえ、私はパークのオーナーではなく、正式なオーナーはこちらの……」
訂正しようとするウケカッセだが、当ののぞみは目をそらして蚊帳の外にいようとしているのであった。




