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27:休みたいという欲望に逆らわない

 スリリングディザイア最深部にして中枢であるのぞみ部屋。


 その中に横たわる人影がある。


「ウヘヒヒヒッ」


 ゴロ寝したまま甲高い笑い声を上げるのはもちろん、部屋の主である手塚のぞみと、そのパートナーであるボーゾである。


 もっさりジャージ姿で、紫の羽毛持ちドラゴンのグリードンを模した枕に頭を預けたその姿は、完全にリラックスモードだ。


 ボーゾと二人して、横になったままベルノ手製の揚げ焼きポテトを摘まみ、合間合間にコーラをすする。


 まさに、悪魔に誘われるままにだらけきっているといった様子であった。


「マスター……姿勢を良くしてないと、素敵なトランジスタグラマーが……」


「うぅ? で、でも、言っても、もさもさした……小さいの、が、むちむちしてる、だけ……だしぃ」


 さすがに見かねたザリシャーレが小言をひとつ。しかし、自己評価の低いのぞみからすれば何をいまさら。だらだらモードから切り替える様子はない。


「そうそう。のぞみがだらけたいって言ってんだから、欲望を解放させてやれよ」


 オマケにボーゾは欲望を全肯定して後押しする。

 それにのぞみは、ヘヒヘヒと笑いながらうなづく。


 そんな主人たちにザリシャーレは深々とため息をつく。


「そんなこと言ってると、だらけたマスターも堪んない―! ……って鼻息荒いウケカッセを解放するわよ?」


「ハア、ハア……ああ! だらだらモードのママ……ああ、ママぁ!」


「フヒャヒィッ!?」


 ため息に続いての脅し文句。そして実際にゲートを開いて現れたウケカッセに、のぞみは跳ね起き、背筋をピシャンと伸ばして正座する。


「そんなに拒否されなくてもいいじゃないですか……あ、いやでも、びっくりして飛びはねるママの姿もそれはそれで……!」


「ヘヒィッ!?」


 傷ついた胸を押さえてよろめく経理であったが、すぐさまにメガネの奥の目が輝きと力を取り戻す。


 その復活の速さと欲望の光に、のぞみはびくりと身を震わせて、ザリシャーレは苦笑混じりに肩をすくめる。


「……ホントにマスターならなんでもいいのね貴方は……まあ、マスターを飾るとマスター以上に喜んでくれるから、そこはアタシとしてもありがたいんだけど……」


「もちろんです! いつも新しいママの魅力を引き出してくれて、感謝していますよ。また特別ボーナス出しておきますね」


「フフフ、いつも悪いわね」


「ヘヒッ?! わ、わわ私をダシに、そそん、なッ!? ひ贔屓、癒着!?」


 悪い顔で金の話をする二人に、のぞみの顔が青ざめる。


 しかし焦るのぞみに対して、ザリシャーレたちは落ち着いたもの。違う違うと笑って手を扇がせる。


「いやいや、アタシ一人だけじゃなくて、条件を満たせば誰でももらえるのよ」


「素晴らしいマスターの姿を手にしたもの全員支給の、個人的なボーナスですよ」


「……そ、それなら、まあ……で、でも程々に、ね? へヒヒッ」


 ホッと息をつき、強張った笑みを浮かべるのぞみに、ザリシャーレは苦笑交じりに頭を振る。


「それならもう手遅れよ。ウケカッセったらホントにマスターならなんでもオッケーって感じでポンポン出してるから」


「むしろ受け付けられないママの姿があるとでも? どれもたまらなく愛くるしいというのに?」


 それにウケカッセは、逆に「お前は何を言ってるんだ」とばかりの怪訝顔を見せる。そしてほらこの通りと手持ちのコレクションの一部を手持ちのタブレットに映す。


 そこに映っていたのは、長い髪をぐちゃぐちゃにし、よだれを垂らして眠る姿や、暗い部屋でパソコンを前ににやける姿……などなど、である。


「ヘヒッ!?」


「あ、ハイ」


 それにのぞみは目を白黒とさせ、ザリシャーレは派手な美貌を引きつらせて壁際に後退りする。


 そんなドン引き空間の中で、ボーゾがのっそりと身を起こしてあぐらをかく。


「で? なんか報告とか、相談したい事があって来たんじゃねえの? 隠し撮りコレクション披露しにきただけってことは無いだろ?」


「ええ、まあ。投資・誘致計画の進行や、明文化したシステムの現状について報告が」


 ボーゾの問いかけに、ウケカッセはタブレットをクルリと脇に納めて、メガネをクイッ。素早くモードを切り替える。


「ではママ、どちらからお聞きになりますか?」


「ヘヒッ? じゃ、じゃあ……暴行事件に絡んだ、システムの方、から……」


「かしこまりました」


 のぞみの希望を受けたウケカッセは、仕事用のタブレット端末に持ち換えて操作する。それに合わせてのぞみ部屋の壁ひとつを占める大モニターが動き出す。


 四分割に別々の映像を呼び出した画面には、地下迷宮や山林、天然洞窟などでダンジョン攻略に挑む探索者たちのライブ映像が三つ。それに加えて、先日発見した暴行を撮影、編集した注意喚起動画がそれぞれに映っている。


「映像を加えた注意喚起の効果はバッチリです。映像では目線は入れましたが、誘い文句や手口を詳しく公表しましたので、声をかけるなりにバレて、被害発生には至っていません。誰も溺れさせられると分かって、チームを組むわけがありませんからね」


 逆に、しつこく組もうとしたのを力づくに追い払おうとされたのを仲裁するくらいだった。と、ウケカッセは肩をすくめる。


 悪とされた者を見つけた時、敵対する側にいる人は正義を振りかざしてどこまで残酷になるか知れない。


 それは簡単に、被害者と加害者を入れ換え、騒動を拡大させてしまうことになる。


 しかし、ひとまずは問題が起きていないらしい報告に、のぞみは豊かな胸を押さえ、ヘヒヘヒと笑う。


「それで、注意喚起に伴って明文化した傭兵システムですが、もともと企業の調査員や採取員と、探索者との間の簡単な取り決めがありましたので、それを流用することでとりあえず二パターンを整えて回しています」


 言いながらウケカッセはタブレットを操作。画面の一つを拡大する。


「まずは「護衛」です」


 最初に大画面化されたのは、男女高校生のコンビが同じ高校生くらいの男子を地下迷宮で引き連れている映像だ。


 連れられている男子は戦闘にはまったく参加せず、ドロップ資材を集めているだけ。

 しかし戦いになれば、参加しないなりに邪魔にならない位置に逃げ隠れして、自分の荷物を押し付けたりもしていない。


 そもそも最初から戦闘に参加しないという約束で組まれたものであるので、戦闘担当をしている男女の高校生にも不満な様子はない。


「これが企業の調査員や作業員を同伴した場合にもっとも近いパターンですね。ドロップ資材、特に目的の物の他はすべて探索者たちに。モンスター撃破スコアによる換金も対象外です。ほぼままに流用、明文化したものですね」


 各企業で細かな差異はあったものの、ほぼ既存のシステムの平均化と規約を含めた上での明文化である。

 特に、忍のようなすでにプロ探索者として活動していた人物たちの理解は早く、報酬の割りの良し悪しを図る基準になるものができたと歓迎された。


「もう一つが「同行」ですね。こちらです」


 ウケカッセの言葉に続いて大画面化したのは二つ。新しい山林と天然洞窟のエリアで遊ぶそれぞれのチームだ。


 連携して戦う五人組と、青年と、それより少し年かさの男のコンビの映像だ。


 五人組、とは言ったが、戦うときはコンビとトリオとで別個の敵を分担しての連携で、二つのチームを即席混合させた感が強い。 


 もう一つの男性コンビは、若い方が正面ばかりを見ていて、度々に年かさの方のフォローが入っている。明らかに熟練者が初心者を引率しているといった風だ。


「……まま、まとめた方がいいって、言ってた……けど、ホント、みたい」


「ママの言っていた三番目「教導」と、ですね?」


 のぞみの問いかけに、ウケカッセは眼鏡を持ち上げうなづく。


 「同行」という形式は、特定の拾得材の確保と引き換えに、モンスター撃破スコアなどを融通し、味方として雇うという方式だ。

 一方で「護衛」のように戦闘面で保護される決まりはない。依頼した側にも探索者として探索上の役割を果たす必要がある。


 のぞみは最初、これに加えてもう一つ、熟練者の取り分を多くして授業料代わりとして初心者と組ませるスタイルを考えたのだが、最終的にどう落ち着いたかは動画の通り。「同行」の一形式として運用されることになった。


「ちなみに「護衛」で同行者を求めたものが自衛以外で戦闘に参加した場合は「同行」にしたものとして処理するようにしています」


 その場合、パーク側が認め、処理した段階で告知と「同行」用の規約も送り付けるため、雇い手が守らなかった場合には強制送還となるようになっている。


「「教導」システムについてはプロや企業も新人探索者の増加と育成について深い関心があるようですので、また整備される機会もあるでしょう」


「そ……そう、だね……へヒヒッ」


「では、続いて投資・誘致計画の進行について……」


「そいつはせっかくだから、外へ直に見に行くとしようぜ?」


「なるほど、よい考えかと」


「いいんじゃあないの?」


 ボーゾの提案にウケカッセもザリシャーレも賛成する。


「え、ええー……」


 だがのぞみだけはただ一人、億劫そうに背を丸めるのであった。

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