26:言葉が通じてるのに話が通じない
「何をするッ!? やめないかッ!?」
「うるさいわッ! 黙れッ!」
「い、いやぁあ! やめてッ!?」
しっとり、冷やりとした地下水脈の空気を引き裂くような怒鳴り声。
岩壁に響きあい、一度で飽き足らず二度、三度と衝突を繰り返すその根源へのぞみたちは急ぐ。
「あ……っぷあッ! やだ! あぶッ!?」
「よせやめろってッ! 溺れちまうだろッ!?」
「離せ! 黙れッ!? 死ぬわけがないだろうがッ!!」
激しさを増す声と、水の跳ねる音。
もはや一刻の猶予もない。
そう思わせる剣呑さに、のぞみたちも足を急がせる。
急ぐあまりにのぞみが足を滑らせながらもたどり着いたその先には、水際で団子と連なった三人組の姿が。
連なりの先頭は頭から川に浸けられようとしている少女で、少女を沈めようとしている女と、それを懸命に妨害する少年と続いている。
「なにやってんだぁああッ!?」
その有り様を見るや、忍は声を上げて駆け出す。
それを受けて、少年は助けが来たと顔をほころばせる。が、それが隙となった。
「離せッ!」
「イヤァッ!?」
少年が僅かに気を逸らしたところをついて、女は手を振りほどき、少女を川に押し込む。
「何をやってんだって言ってんだッ!」
その行いに、忍は走る勢いを緩めることなく突っ込み、女目掛けて足を振り抜く。
「んなッ!?」
躊躇なく迫る一撃に女はたまらず少女を手放して腕を盾に。しかし忍とは地力が違う。ブロックもろともに軽々と蹴り飛ばされてしまう。
そのまま湿った床を転がる女を尻目に、忍は少女を川から引き上げる。
「おい、大丈夫か!?」
「……げほっ! は、はい……」
少女はむせて水を吐き出しながらも、はっきりとした受け答えが出来ている。
そのことに暴行を止めていた少年とのぞみも胸をなでおろす。
「この……! 乱暴者ォッ!」
だが忍に蹴飛ばされた女は蹴りを受けた腕をかばいながら、忍をにらみつける。
「ダンジョンに入ってるだけの一般人にいきなり暴力を振るうなんて! 何を考えてるの!?」
自分のことを完全に棚上げしたその物言いに、のぞみは不快感を覚えて顔をしかめる。
「……ど、どど……」
「それはこっちのセリフだッ! ここに来るまでにも散々俺たちのこと盾にしてきた挙句、川に着いたら釣りの餌扱いしやぁがって! ふっざけんじゃねえやッ!?」
だがのぞみが言い返すよりも早く、少年が怒鳴り返す。
地下道内に響き渡るその内容に、のぞみも忍も、忌々しさにさらに顔をゆがめる。
「おい、いま言ってたのは本当か? 一緒に潜ってる仲間じゃねえのか?」
「ハン! そいつらは私が雇ったのよ!? だったら! 私はお客で、そいつらはきっちり給料分働かなきゃいけない、違う!?」
「それは、換金の割合が俺たちが多めでいいから同行してくれってだけの話だったろが!? 兵隊どころか釣り餌にされるなんて聞いてたらオッケーするわきゃないだろッ!?」
鼻で笑い飛ばし、正当であると主張する女に、少年は真っ向から反発。互いに歯を剥いて睨み合う。
それを見て、のぞみと忍は顔を見合せ、うなづく。
証言の真偽を確かめるまでもない。女のやり口は明らかに異常だ。報酬さえ払っていれば、相手を道具扱いして当然など、まともな考えではない。
「お前らも! 何の権利があって邪魔をする!? こっちは客、お客よ!?」
おまけにその暴論を前に出して、のぞみたちにまで食って掛かりさえする。
「権利ってんなら、同じ客として、暴行は見過ごせないってだけだ」
冷ややかに言い放つ忍に、対して暴論女は眉を吊り上げる。
「何が!? 報酬を出すんだから、こっちが考えるように使って……何が悪いってえのッ!?」
そして喚き立てながら、腰の剣を抜き、切りかかる。
殺意に素直に従ったその一撃は鋭く、真っ直ぐに忍へ襲いかかる!
しかも、避ければ代わりに暴行を受けていた少年少女が切られるだろう軌道でだ!
だから忍は逆に踏み込み、剣を持つ手をひねる。
「ぎゃッ」
暴論女は短い悲鳴を上げて一回転。湿った地面へ背中からしたたかに着地する。
「のぞみ……ほれ、ボケッと忍任せにしてないで」
「あ、は、ハヒィ!」
ボーゾに言われて、のぞみはあわてて手のひらの光に指を滑らせる。
すると暴論女の体にロープが巻きつき、宙吊りにする。
「んがぁああッ!? なんで! なんで私の邪魔ばかり、どいつもこいつもッ!」
まるで話が通じない。
ミノムシ状態でぶら下がりながら、皆を睨んでわめき続ける暴論女の姿に、のぞみはこれからのし掛かるであろう徒労を感じとり、肩を落とす。
それは忍も同じようで、うんざりとした様子で頭を振っている。
吊し上げの暴論女はおそらく、精神的な病の持ち主なのだろう。
患っていること。それ自体には同情しないでもないが、実際に被害者が出てしまっていること、これからも被害を受ける人々が出ることを考えれば、今この場でなんらかの処理をしなくてはならないだろう。
つまみ出した上で入園お断りとしてしまう。そうするのは簡単だが、しかしこういう手合いは声が大きい。
無いこと無いこと、被害妄想のままに悪評を並べ立てて垂れ流しにすることだろう。
これはどうしたものか。と、のぞみは対策に迷う。
だがふと手のひらに目をやると、暴論女へ向けて一歩近づく。
「何だお前はぁッ!?」
いきなりの噛みつく様な剣幕に、のぞみはびくりと身を震わせる。だが、のぞみは丸々と猫背を深くしながらも、しかし怯えすくんだままではいない。
「と、当ダンジョンパーク、スリリングディザイアのオーナー……です」
躊躇いがちではあるが、ここの持ち主であると告げる。
「だったら! 今すぐ私を解放して、こいつらを蹴り出しなさいよ! こっちはお客様なのよッ!?」
しかし案の定というべきか、これまで通りに客の立場を嵩にきて好き放題にわめく。
「……いや、だから客なのは俺らもだっての……」
忍たちが頭をふりふり反論するも、徒労だと分かっているからか、その声に力はない。
「そ、それは……でき、ません……あなたの行いは……他のお客様に、迷惑……放置することは、無理……!」
だが、のぞみはたどたどしくも、暴論をはね除ける。
「なんだと!?」
すると女は吊るされたまま瞬間沸騰!
歯を剥き出しにした獣の形相をのぞみへ向ける。
「まさか私の方を追い出すなんて言い出す気かッ!? 客にそんな仕打ちをするだなんてふざけたことをッ!?」
「だから! アンタが同じ客に暴行したのが問題なんだろうがッ!?」
「ふざけるな! 雇った側がどう使おうと、勝手だろうが!?」
「こンの……ッ! 最低最悪の自己中がッ!? まるで話を聞く気がないッ!」
女が吠えるのに、忍と少年が我慢ならずに、のぞみと被害少女を庇って前に出る。が、どこまでもねじくれた女の心はまるで真っ直ぐにならない。
苛立ち歯ぎしりする忍たちだが、のぞみは彼のプロテクターを指でつつきながら首を横に振る。
「……も、もも、もちろん、追い出したり、しない、です」
そうして入れ替わっての言葉に、忍と被害者の少年たちは、眉をひそめる。
「だったら……ッ!」
そして調子づいてまた暴論を吐き出そうとする女に、しかしのぞみは待ったと手のひらを見せる。
「……あ、これじゃ、見えない……」
だが暗さと距離とで、その手の内にあるものが相手に伝わらないと気づき、あわてて空中投影操作。
「……でも、お客様の、行動は……他の皆様に、拡散……します……ヘヒッ」
「はぁあッ!?」
そうして空中に映し出された画面では、暴論女の言動の一部始終が上映されている。
「私たちは、お客様に……変わりないサービスを、提供……します。しますが、他のお客様が……どう判断するかは、その……お客様の、自由……へヒヒッ」
パークから個人相手には特別に処断、排除はしない。だが確認された暴行など人道に反する行いはきちんと告知して、自己防衛を呼びかける。
これがスリリングディザイアの取る対策である。
「ほほう。まあ、これならいいんじゃないか。先に知らされてれば引っかかることもまずないだろうしな」
「でもこの一回限りだとちゃんと広まるかどうか……」
「だ、だだ大丈夫……です。これからも定期的にお知らせは、します。それに、初めて登録された方には、必ず、映像付き、で……!」
拳を握り語るのぞみに、忍とのぞみは笑みを浮かべてうなづく。
「ちょっと待て! 当然顔は隠すんでしょうね!? プライバシーの侵害どころじゃないわよッ!?」
「……お前は何を言ってるんだ」
この期に及んで恥じ入ることなく喚きたてる女に、忍たちは呆れた目を向ける。
致命傷を負うようなことになっても、強制送還されるだけ。そうなっている場所と知った上でのこととはいえ、暴行女は少女を溺死させようとしていたのである。危険人物を周知するのなら、誰がそうなのかを知らせないようでは片手落ちというものだ。
「なにがおかしいッ! こんなことでさらし者にされてたまるものかぁッ!?」
だが、女は宙づりになったままぶらぶらと暴れまわる。
自分が悪いなどと微塵も思わない、考えもしない。その様子に、のぞみも忍も、揃ってうんざりだと肩を落として頭を振る。
そこへ不意に、水面を割って白く長い影が飛び出す。
「ひぃいえぇッ!?」
巨大な白蛇のようなそれは、釣り餌に食いつく魚のように暴論女へ飛びつく。
しかし白い大蛇は女を包み込むやいなや細かくほどけて、女に絡みつく。
そして顎をこじ開け喉奥へ殺到し、強制送還にする。
「……う、うどん!?」
身構えた忍が言う通り、暴論女を呑み込み送り返したのは、自在にうねる、うどんたちの集合体であった。
いったい何百人前だというのか、冷たい地下水でしまり、見るからにコシに富んだそれらは、大の男が腕を回しても余るほどの胴を左右にくねらせる。
「……一気に燃やしちまうのが最善手だが、この中途半端な広さがな……」
忍は炎の斧へ手をやり、これをどう切り抜けたものかと思案する。
「のぞみちゃんも、相変わらずえげつないモンスター配置してくれるよな?」
「ヘヒッ?! わ、私違う! じゃない! わわわ私、別!」
のぞみが慌てて自分のではないと否定するのに、忍は眉をひそめて首をひねる。
「……あ? じゃあこいつは……?」
「ああ、待ってくれ。おうどん様を傷つけないで」
入り口方向から響いた声に意識を向けると、そこにはローブをまとった青年を先頭にした三人組の姿があった。
「おうどん様には水中、水上のモンスターを退治していただいていただけなんだ。さっきのPKは……事故だ。そちらへ攻撃する意思はない」
「……そういうことね。なるほど、了解了解。アレにとっては不幸な事故だな」
映像付きの危険違反人物の告知を見たので、暴論女を事故という形で送り返した。
妙な間を持たせた言い方から、そんな青年の言わんとするところを察した忍は、うなづき警戒を和らげる。
「しかしすげえな。やってもらってた……ってことは、アンタ、モンスター使いか? 俺も結構な間探索者やってるが、会ったのは初めてだ」
そして頭を切り替え、厄介なモンスターを従えていることに、忍が素直に称賛の言葉を贈る。
だが青年は顔を伏せて首を横に振る。
「いえ、とんでもない。おうどん様が俺の呼び声に応えて、力を貸してくれているに過ぎません。それに、こんな事故が起きた以上は、まだまだおうどん様との対話が足りない証拠……ああ、おうどん様、おうどん様……」
そしておもむろにひざまづき、どこからか取り出した丼に顔を埋めて、祈りを捧げ始める。
「お、おう……」
「すみません、ウチの香川が。ホントにすみません」
そんな奇行に忍ものぞみもドン引きするのに、うどん信者の仲間たちは申し訳ないと縮こまるばかり。
忍は彼らに苦笑を返し、それはそうと、と思い出したようにのぞみへ目を向ける。
「と、ところでのぞみちゃん、さっきのは良かったな。ちゃんとダメなモンには対応するって、初対面の、怒鳴り散らすばっかで話が通じないの相手によく言えたな」
「い、いいやいやいやいや!」
そう笑いかける忍に、のぞみは慌てて首を横に振る。
合わせて、光の板が張りついた手のひらを前に出して指さす。
忍が見るように促されるまま覗き込んだそこには、さっきのぞみが暴論女へ向けて言ってのけた言葉が並んでいる。
「ウ、ウケカッセ、達からの……カンペ! カンペ無きゃムリ、ムリムリ……! みんなの、おかげ……ッ!」
先のオーナーとしての対応。その全てが台本ありきであったということに、忍は脱力感に肩を落とす。
「しまらないねえ……」
「いやいや、台本ありでちゃんと対応できたあたり、成長できてるぜ?」
「そ、そそ……そう? ヘヒ、ヘヒヒッ」
「……それは、そうかも知れんがね」
ボーゾの言葉に、照れて頬を引きつらせるのぞみ。
その姿には、忍もうなづくしかなかった。




