25:チャンスとあればイベントを仕込むクオリティ
「見守る……とは言ってたけど、さ」
「……は、はひ……ヘヒヒッ」
「ああ、言ったぞ」
「よりにもよってそこぉお?」
そう言ってフル装備の忍が見たのはすぐ後ろ。
そこにはダンジョンマスターコスチュームに着替えたのぞみの姿がある。
「……め、迷惑、です?」
「いや、んな事はないが……」
「そうだよな? 邪魔なはずないよなぁ?」
不安げなのぞみに対して、言わせねえよ。とばかりなボーゾ。
忍はそんな対象的な二人の態度に、苦笑するしかなかった。
ここはスリリングディザイアの新エリア「山」である。
木々が密に繁ってはいるが、日がしっかりと下生えにまで届く程に明るい。
そんな爽やかな山道に加えて、地下水脈によって作られた形の洞窟エリアもあり、山頂と地下、二方向に選んで進めるウィルダネス・ダンジョンである。
「……しっかし、このエリア、まんまこないだ行ったトコだよな?」
露骨に話題を変えにかかる忍だったが、のぞみは気にせずうなづく。
「は、はひ……! 元あった場所に、影響を受けたのか……似た感じ、のができたので、ベースに……ヘヒヒッ」
大型のコアを取り込んで作り出したこの新エリアは、確かに元の場所にあったダンジョンが基になっている。
大幅に手を加える事もできたが、地下迷宮型とはいい感じに違う具合のモノができたのだからせっかくと、少し手を加えるだけで活かしたのだ。
モンスターやダンジョンから得られる資材も、元の山道ダンジョンより上質にかつ幅広くアップグレードした形である。
元の山道ダンジョン消滅と一緒に、採れていた資材が手に入らなくなるようでは、それをあてにしていたところが困るだろうという配慮もあった。
「それで元の山からはダンジョンが消えてるんだから驚きだよな」
「ウ、ウチとの、出入り口は……つ、作りました、けど……ヘヒヒッ」
「ああ、あっちからもパークと行き来しやすくなったって話があったっけ? いやあ、不思議なモンだよなぁ」
そして平穏になった山にはスリリングディザイアとの出入口だけが残されて、人と資材の出入りは元のまま。いや、スリリングディザイア基本の地下迷宮のドロップも加わるようになり、死傷者も出なくなったので、今まで以上になったと言っていい。
これはのぞみとスリリングディザイアの評判も上がり、メディアが飛びつき始めるのも無理からぬ話である。
「そ……それ、で……今日は、どっち……に?」
「ん? ああ、地下水脈の方だな。こないだ俺は行けなかったし、ガチで行く前に、アマモードでざっくりと雰囲気を掴んで……ってな」
「し、慎重な、いい判断……かと……ヘヒッ」
スリリングディザイアのダンジョンには、同じ形のエリアでも段階が存在する。
怪我もせず、HPゲージの減少と擬似感覚でダメージを表現する、一般開放レベル。忍たちプロからはアマモードとも呼ばれているのがこの段階だ。
もうひとつの「ガチ」と呼ばれている方は、限りなく通常のダンジョンに近いものになっている。
切られれば痛みもあるし血も流れる。毒を受ければ成分による症状が発生する。
取り返しのつく段階で強制送還されて、命が保証されていること以外はなんら変わらぬ、手加減抜きのプロフェッショナル向けのレベルだ。
当然手に入る資材は、ガチと呼ばれる段階の方が上質で種類も多く、より稼げることだろう。
もっとも、資材を持ち帰れずに叩き出されたならばその限りではないが。
なのでプロ探索者であっても、まず雰囲気探りに一般向けのお遊びレベルでお試しと言うのは、悪くない考えだろう。
「それに、クエスト出ちまってるしな」
そう言って忍が自身のカードから呼び出した情報には、書類のアイコンが点滅している。
現在進行中であることを示すその内容は、「ダンジョンマスター・手塚のぞみを、地下水脈エリアボス部屋にまで護衛せよ」となっている。
これはのぞみがくっついてダンジョン入りした際に発生したもので、突発的なイベントクエストである。
同時に他の探索者たちには、のぞみの身柄と護衛権を奪い取るというクエストが告知されている。
つまり忍はのぞみを連れて、地下水脈最奥にまで他の探索者たちとの鬼ごっこを強制させられてしまったということだ。
「……な、なんか……ウチの子達が……す、すみませぇん」
「いいってことよ。商売熱心ってコトで結構じゃあねえの」
のぞみは小さくなって、スタッフたちの悪ノリを謝罪する。が、対する忍は何でもないと軽く笑い飛ばして見せる。
「さぁて、鼻の効く連中がおいでなすったかな?」
そうして出入口方面に目をやれば、忍が言う通りに探索者たちのチームが塊になって迫って来ている。
「ボーナス、ボーナスゲット!」
「ダンジョンマスターを奪い取れッ!」
「ヘヒエッ」
のぞみはそんな、自分へ向けられるぎらついた¥マークの数々に、たまらず身震いする。
「おーおー、ぎらついちゃってまぁ。あの調子じゃあ、あいつらの間でもそうそうに取り合いが始まるぜ?」
「それでいい。欲望が高まりぶつかり合う状況っていうのは、俺にとっては美味しいモノだからな」
「なぁるほどねえ」
欲望の魔神らしいボーゾの言葉と舌なめずりに、忍は苦笑混じりに肩を上下させる。
「ほんじゃ、俺もせっかく貰ったチャンスを手放さないように、欲張っちゃおうか……ね!」
「ヘヒッ?」
忍はそう言うやのぞみの手首を掴み、山道を駆け出す。
「逃がしてたまるか!」
「追え! 追えーッ!」
「大丈夫か?」
「そっちのオエーじゃねえ! ボケてる場合かーッ!?」
「あー……いい。すっげぇいい……直に浴びる欲望、たまらん」
慌てた追跡者たちの声を受けながら、ボーゾはのぞみの胸の谷間でうっとりとする。
「ヘヒッ……ぼ、ボーゾはいいだろうけどぉ……」
「……居場所が居場所なだけにヤらしいな、おい」
そんな小さな魔神様に、のぞみと忍は半眼を向ける。
「で、この追いかけっこに、のぞみちゃんの力借りたらダメなんだよな?」
「ヘヒッ? え……えと、出来る、けど……ペナルティ、あり……ヘヒヒッ」
言われてのぞみが手のひらのマジックコンソールを確認すると、問題なく機能はしているものの、アガシオンズかららしいメッセージも届いている。
それによれば、のぞみのトラップ魔法による援護を受ける度に、クエスト報酬にマイナス査定がかかるようになっている。とのことである。
「なるほど、オッケーオッケー! そう言うわけね!」
その説明を受けた忍は、にんまりと笑みを浮かべてうなづき、愛用の炎の斧を抜き放つ。
その一撃は傍らの木を深々と抉り、火を着ける。
切られた上に火を放たれた生木はモクモクと黒煙を上げて倒れて道に倒れる。
「クッソッ!? やりやがった!?」
「そんなんありかよ!?」
行く手を塞ぐ燃えた木と煙に、追跡者たちからがく然とした声が上がる。
「アリに決まってんだろが! 壁役の木が壊せないだなんて、オタクらゲームに毒され過ぎだぜッ!?」
そんな追跡者たちの頭の固さを笑い飛ばして、忍は自前の即席壁が作った差を広めて行くのであった。
そうしてのぞみを連れた忍は、出会ったモンスターを倒し、行く手でぶつかった探索者チームを退けて、地下水脈エリアへとたどり着く。
「いやあ、アマモードだと思って、結構遠慮なくやっちゃったけど……あいつら平気だよな」
地下水で濡らしたタオルで顔を拭きながら、忍は道中で鉢合わせて撃退してきた探索者たちの安否を心配する。
入り口近くでの火つけを皮切りに、倒木を転がしたり、素手でとは言え気絶させたり、モンスターとぶつけ合わせたりと、退け振り切るのに中々に荒っぽい手を使ったのが、後からながら気にかかったのだ。
「は、はい……大丈夫、です」
それに対するのぞみの答えは問題なしの一言だ。
それは探索者の無事についてもであるし、山火事についてもだ。
受付のアガシオンズに問い合わせたところ、送還された者たちは通常どおりに無傷との事である。
加えて山火事もまた、緊急クエストを受けた者たちが消火に加わり、拡大する前に鎮火されつつある。
「そっか、そいつはよかった」
「直に切りかかって来たのだっていたってのに、お優しいことじゃねえか」
無事を聞いてホッと息を吐く忍に、ボーゾがからかうような言葉を向ける。
そう。ボーゾの言う通り、のぞみを奪い取ろうとしたチームの中には、問答無用で忍に切りかかってきた者たちさえいたのだ。
いくら強制送還されるだけでケガもないとは言え、なんの躊躇も無く、である。
それを思えば、忍の退け方も確かに手荒かったとは言え、正当防衛に入るだろう。向こうもケガをしないと見込んでの事なのだから。
「なに。自分のやらかした事の結果が気になっただけさ。チャンバラできなかったのも、人間相手に刃物ぶつけるのが怖かっただけだしよ」
「だと、しても……いい事、だと思い……ます。それは犬塚さんの、心根の……良さ……ヘヒヒッ」
忍の自嘲気味な言葉に、のぞみは首を横に振る。
すると忍はそれに笑みを返す。
「ありがとうな、のぞみちゃん」
「い、いぃえぇ……ヘヒッ……ヘヒヒッ、ヒッ」
それにのぞみは、もじもじと身をよじりながら甲高い笑い声を漏らして照れる。
「……そ、それにしても、こうなると……パークの中ではともかく、外が心配……」
それから咳ばらいをひとつ挟み、不安げに目を泳がせ始める。
今回のイベントで、忍と追跡側の探索者たちの間に衝突が起きてしまった。
普通に競うだけならばまだいいだろう。だが、今回のは現金。それに直結する人物を奪い合う形になってしまっている。
金が絡んでの確執というものは侮れない。
今回の一件を根に持って、忍を闇討ち仕様とするものが出てきても何ら不思議はない。
しかもそれがスリリングディザイアの外、死を回避する安全システムの外で行われたとしたら?
その想像に、のぞみは白い顔からさらに血の気を引かせて震える。
「大丈夫だろ。ああいう手合いは本気でビビらせときゃ手出ししようなんて思わないもんさ」
「そ、そう、です?」
「そうさ。中途半端にやると噛みついてくるが、きっちりへし折っておけばぶるってるだけさ?」
半信半疑に首を傾げるのぞみに、忍は堂々と胸を張って言って見せる。
「……うぅ、でも……」
しかし自信満々な忍の様子にも、のぞみは不安をぬぐい切れず、猫背をひどくして目を泳がせる。
そこへ不意に洞窟の奥から叩きつけ合うような声が響く。
それにのぞみたちは顔を見合わせて洞窟の奥へ急ぐのだった。




