143:譲れないものを定めて為したいように
「およ? 隠しエリアに侵入アリ、だと」
「ヘヒッ……か、感じて……取れてる……だ、誰かな……ヘヒヒッ」
スリリングディザイア中枢ののぞみ部屋。
壁一面のモニターにポップした告知を見ての相棒の言葉に、のぞみはワクワクとボーナスエリアの入り口の模様を呼び出す。
「ヘヒッ!? 犬塚さんたちも、うどんチーム……! さ、さすがは……って、グリードンとアムルルーが、先導してる……なんだ、自力発見じゃないのか……」
言葉尻に行くにつれて、か細く弱まるのぞみの声。
それにボーゾは胸元から苦笑を向ける。
「おいおーい。露骨にがっかりしてやんなよ。隠したお宝を自力で掘り当てて欲しかったーって欲望は分かってるけどがよぉ」
「フヘヒィ……もう、見つかったものはしょうがないけどぉ……わ、私としては、お客さんが探し当てるのも、冒険の醍醐味……っていうか、ねえ……?」
「しょうがねえって思ってるならさっさと頭切り換えちまえよ。ほれ、今までのお助け骨折り分も含めて、アイツらの自力ってことで」
「ヘヒ……そう、だね……これまでの積み重ねてきた分の、役得……ヘヒヒッ」
ボーゾのフォローとアドバイスを受けたのぞみは頭をフリフリ。隠しエリアの様子を映すモニターに注意を向ける。
温泉郷からつながったこの隠しエリアは、基になった火山エリアの面影を色濃く残す地下道だ。
順路を挟み、岩壁と逆側に出来た崖。そのはるか下には溶岩が煮え立ち、切り立った地下道に赤い光と熱を届けてくる。
所々から吹き出す蒸気は、強力な耐熱防具越しでもなければとても触れない温度を含んでいる。
その蒸気の元になった地下水は、おそらく温度以外でも浴びたり飲んだりできないようなものになっていることだろう。
この過酷な環境の中、忍ペアも香川組も多少は熱気に浮かされたようになりながらも、振りかぶったつるはしを鉱床に叩き込んでいる。
「それにしても、準備無しの奴でも平気でいられるようにおぜん立てしてやるとは、ちょいと甘いんじゃあねえの?」
「ヘヒッ? だ、だって、一応ここはボーナスのつもりで用意した所、だし……? もしうっかり迷い込んだり、とかあったとして……それで強制帰還は、いくらなんでもって……ヘヒヒッ」
それを可能にしているのがのぞみの仕込みだ。
地下道エリアの入り口には、採鉱用のつるはしに添えて、高熱によるダメージから身を守る薬が用意されているのだ。
「み、見つけられたなら……ちゃんと、たくさん持ち帰って欲しい、し……ヘヒヒッ」
呟くのぞみが見守るモニター内では、耐熱薬をまた一口含んだ忍が、鉱床から転がり出た鉱石をいそいそと拾い上げる。
それは火山のコア吸収からスリリングディザイアで産出されるようになった、バキュライトと仮名付けされたもの。
現在研究のためにと引く手あまたの、目玉アイテムである。
「ヘヒヒ……つるはしのレンタル料をケチらないで……ちょっとでも掘り当てて持ち帰るだけでも、大儲け……ヘヒヒッ」
「そんで売却の手数料と道具のレンタル料で俺らも儲かるってな」
「……まあ、そのお金の大半は、金屋子さんたち研究所への支援金になるんだけども……ヘヒヒッ」
「そんで活用法が見つかれば見つかるほど需要がアップ。ウチに潜りに来るやつもさらにアップってか?」
「そ、そーいう寸法、だね……ヘヒヒッ」
営業計画を示し合わせて、のぞみとボーゾは指と手でタッチ。
「それにしても、こんな一年足らずの短期間で、パークもずいぶんいい感じに育ったもんだぜ」
のぞみとのハイタッチから、ボーゾはモニターに目をやる。
腕を組み、満足げにうなづくその視線の先では、分割された画面に迷宮や砂漠、海辺といった様々なエリアの様子が写し出されている。
それぞれのエリアで、探索者はモンスターを叩きのめし、あるいは群れに追われ。
罠や謎かけを鮮やかに解いたかと思えば、別の仕掛けに流されて入り口へ。
成功の重みを手にして笑うもの。
掴み損ねたものを惜しみ、嘆くもの。
そのどちらもが、原動力は違えどもう一度とスリリングディザイアへ手を伸ばす。
そうして成功と失敗を幾重にも幾重にも積み上げながら、スリリングディザイアというフィルターを通した異世界の力を地球へ運び込み、広めていく。
合わせて、運び出す彼ら自身も異世界の力をその身に取り込み、己の魂の赴くままに成長していく。
「この調子でうまいことやっていけば、地球に冒険ごっこのできる遊び場と、ファンタジーな物質。それと鍛えられてスーパーな域に達した人間が出るってくらいで落ち着きそうじゃあねえか」
「ヘヒッ……が、頑張って、育ててきた……からね……ヘヒヒッ」
「とは言っても、この調子でやっていけばって話だけどな。ばっちり安定して落ち着いたって言えるようになるにはまーだまだだぜ?」
ボーゾは口の端を緩めながら油断しないようにとクギを刺す。
しかしのぞみとボーゾ、二人の目的である、自分たちの居場所を安定した土台の上に作り上げるという目標の達成に近づいていることは確かである。
「発展が順調なのは良い。いいことなんだが、どうしても不安なことがひとつなぁ……」
「異世界英雄様の……妨害が、ね?」
欲望を司る魔神たちを始めとしたスタッフたちの尽力。
そして外から味方をしてくれる、手を結んだ企業や行政。
身内にも外にも頼もしい味方が揃っている以上、不安材料は襲撃を繰り返してくるケインと巻島マキだけである。
「人間の英雄って限定してたり、納得してないのも吸収しようとしたり、とか、そういうのから、私たちと、合わない……っていうのは、今さら……だけど、地球にも、人間はいっぱいいる……んだけど?」
ケインの人間以外の知的生物に対するスタンスはお察しである。
が、人間というならば地球にも溢れている。
異界融合によって起きる混乱を和らげ、穏便に収めようとするのぞみたちを妨害することは、そのスタンスと噛み合っていないように思われる。
「そりゃ向こうにゃあ向こうで何とかする算段があるようだしな。俺たちの事を信用できねえってのもあるだろう」
欲望を司る魔神であるボーゾにとって、近くにいる相手の欲望を読み取ることなど造作もない。
かつてほどの力はないために、日本中の生物の欲望を感じ取り、理解することは出来ない。が、それでもお膝元であるパークにやってきた者たち相手であれば、何を求めているのかを細かに読み取ることは出来る。
「あいにくとあの野郎、ウチのことは完全に養分としてしか求めていやしねえ。何度も出し抜いてるし、この間は火山に炎で押し込んだりもしたからな。殺してやりてえって欲望でずっとメラメラしてるかもしれねえぜ?」
「ヘヒィイ!? ほ、本気で敵認定されてるぅう……いや、まあ……殺らなきゃ殺られる……って思って、仕掛けはした、けども……一応、私も人間……へヒヒッ」
ガクガクブルブルと怯えのままに震えながら、のぞみは手を上げて自分の種族を主張する。
「いや、アイツも人間相手には甘かったけど、それでもやる時はやったからな? むしろ完全に敵認定した分、一層苛烈に排除したな。のぞみのことはそいつらと同じ枠……いや、最初から守らなきゃならん人間の頭数に入ってねえかもな?」
「ヘヒィイッ!? お、お前ら人間じゃねえ枠!? もしくは血は何色だッ!?」
が、ダメ!
ボーゾが頭をフリフリ語った過去の行動と庇護欲の方向性に、一縷の望みはあっさりと蹴散らされてしまう。
「ヘヒィイ……せ、せっかく親兄弟と和解できて……いろんな人たちから、真っ当に必要な人間って扱ってもらえてる感じ、だったのにぃい……」
のぞみは突きつけられた現実にうなだれ、ぶつぶつと嘆きの言葉をつぶやく。
「あいつからの扱いなんざ気にすることはねえぜ。 お前が俺たち欲望の魔神たちにとって必要不可欠なのは変わりゃしねえ。もちろん、ウチの恩恵を受けて飯の種を増やしてる連中にとってもな。それじゃ不満かよ?」
「い、イヤイヤイヤイヤイヤッ!? ふ、不満なんてあるわけないじょのいの!?」
ボーゾの問いかけにのぞみは慌てて首を横に振って、噛みまくりの返事をする。
そんなもっさりたっぷりの髪を、顔を隠すほどに振り乱すのに、ボーゾは呆れ半分に笑みを浮かべる。
しかしのぞみはその一方ですぐに首を振り回すのを止めてまたもうなだれる。
「不満はない、ないけどもが……やっぱりどうにも落ち込む……っていうか? 説得も無理ゲーな感じ、だし……」
のぞみとしても、お互いのスタンスやこれまでの経緯もあり、上手く付き合える相手だとは思っていない。
だが、積極的に排除したいとも思っているわけでもない。
ケイン側が単純にパークで冒険ごっこを楽しむ分には、追い出すつもりもない。
向こうから本気で不可侵の申し出があったのならば、ハイよろこんでーと、受け入れているところである。
しかしこれはのぞみが平和主義者であるからではない。
死に物狂いに争うのから逃げたいだけ。
それで身内が失われるのが怖いだけなのである。
「そういう欲望も悪くはねえさ。結果的に言い出しっぺだけじゃなくていろんなやつらの命を守ることにもなるだろうからな。だが、正直に言って、ケインたちが乗るとは思えねえぜ?」
「ま、まーねー……難しいよねー……ヘヒヒッ」
半笑いにうなづいた通り、のぞみにもよく分かっている。
人間の英雄として、今地球に生きる人々のためという一点から、不可侵の約束を引っ張り出すこともできたかもしれない。
仮にそれが期限つきのものであったとしても、平穏無事に発展に注力できる時間ができるのならそれでもよかった。
だが応戦に遭遇戦にと戦いを重ねて、英雄の怒りを大人買いに買い込んでしまった今となっては、一時の停戦すらまず無理だろう。
「でも……サンドラさんと、シャンレイさんは上手くいった、から……ワンチャン……いや、もうちょいあるかもって思ってたんだけども……へヒヒッ」
「おいおい、条件が違うだろうがよ。スタート地点はどっちも敵って一緒だろうが、これまでの過程が全然違うだろうがよ」
ボーゾがぴしゃりと現実を突きつけるのに、のぞみは「ですよねー」としか言えなかった。
サンドラやシャンレイは捕虜として捕まえてはいても、その行動をギリギリまで掣肘せず、かつての味方に切られた時には共闘して命を救った間柄。
対するケインたち相手には言わずもがな。
敵として能力は認めても、信用も信頼も育ちようがない。
「いやー……でも、停戦をほんのちょびっとも試しもしないで諦めちゃうのも、ねえ? ヘヒヒッ」
だがのぞみはそれでもなんとかならないものかと、一縷の望みもないものかと胸元へ目をやる。
すがり、助けを求める視線に、ボーゾは苦笑混じりに肩をすくめる。
「おいおい、今度のはイヤに食い下がるじゃねえか?」
「いや、だって分かってる、でしょ? あの英雄さん? と、本気で戦っちゃったりしたら……」
「……まあ確かに犠牲が出るのは避けられない、と思うぜ。で、のぞみはそれは嫌で嫌でしょうがない。だよな?」
ボーゾが正確に欲望を言い当てるのに、のぞみはヘヒヘヒと控えめに拍手を。
だがボーゾはそれに大したことでもないのに大袈裟だと苦笑を返す。
「まあのぞみの欲望は分かるってか、分かってるぜ。だがよ、現実問題どうするってんだよ? どうやって停戦に、いやそれ以前に話し合いに持ってくってんだよ?」
欲望は欲望として、達成のため現実に立ちはだかる壁のことを突きつけられると、のぞみとしてもまともな返す言葉はない。
仮にケインと巻島マキの潜伏先が見つかったとして、交渉の窓口を開いてくれるとは思えない。
それならばと、下手に挨拶に出向いたとして、無事に返される保証もない。
むしろ宣戦布告代わりに無惨な形で送り返される可能性の方が高い。
そんな状態でのぞみが身内を行かせることなどできるはずもなく。その逆もまた然り。
この段階で自分と仲間たちとの間で平行線の話し合いが起きる。
それはのぞみにとってはっきりと目の前に浮かんだ未来図であった。
「あーうー……みんなの安全、その為なのに危険にさらしちゃ意味が、ない……でも、このまま抗争しっぱなしは、怖いぃい……ど、どうしたら、いい……かな? ヘヒヒッ」
頭を抱えて悶えていたのぞみは、再び助けを求めて相方に目ですがる。
「俺の答えは決まってる。お前の為したいように為せばいい。お前が本気で願う形を目指してな」
ニヤリと口の端を緩めての一言。
試しているような、ただ板挟みに懊悩する様を楽しもうとしているかのようなこの言葉に、のぞみは背すじを丸めて体全部で包むように頭を抱える。
どれほどの間そうしていたか。
丸くなったのぞみの体がほどけて、顔が上がる。
「と、とにかく……戦いをお仕舞いにできるチャンスに注意……で。攻めてきたなら、捕まえてから……っていうのも、ありということで……あ、安全重視に……ヘヒヒッ」
「……まったく。結局受け身の構えかよ……まあ、らしいと言えばらしいか」
悩んだ末にのぞみが出した結論に、ボーゾは呆れたように苦笑を浮かべるのであった。




