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142:温泉からは逃げられない

 所々から白煙の上がる緑の山。


 なだらかなスロープと石組みの土留めで整備された道は、良く掃き清められていて定期的に人の手が入っていることをうかがわせる。


 そんな道に沿って、ぽつりぽつりと煙突付きの瓦葺きの大きな館が。

 そしてそんな館を中心にして、いくつかのこじんまりとした建物が軒を連ねている。


「……ここ、ダンジョンなんだよな?」


「探索中に出ちゃったから、それは間違いないと思う……けど?」


 そんな温泉地といった光景を遠目に眺めて、いかにもな金属鎧を着た男と、革鎧の女が呆然とつぶやく。


 あからさまなまでに「危なくないよ」と主張する景色に、逆に警戒心を強める二人。

 そんな二人を迂回して、白い作務衣に前掛けを重ねたうどんサマナー香川が前に出る。


「新実装された温泉郷エリアだったっけ? なんでも階層移動するとランダムで挟まる仕様だとか?」


「おい、そんな無防備に!?」


「大丈夫だって。回復と休憩がメインになってるエリアらしいからさ」


 無防備無造作に歩いていく香川に重装マンが待ったをかける。

 が、止められた香川は気にした様子もなくズイズイと前へ。


 しかし休息エリアだとは言うが、ダンジョンである。

 孤立させるわけにもいかないと、うどんチームの二人は目配せして仲間の背中を追いかける。


「いい雰囲気の場所じゃあないか。いずれこういう場所に何番目かの店を構えさせてもらうか……でなくても、屋台だけでもださせてもらえないだろうか」


 香川が言いながら辺りを見回す目を輝かせるのに、後に続くコンビは眉をひそめて顔を見合わせる。


「その店とか屋台ってのは、アレだろ? うどんの?」


 この問いかけに香川は振り返り、当然だとばかりに大きくうなづく。


「もちろんだ。俺がおうどん様の他に何の店を出すと思う? まあひやむぎくらいは一緒に出してもいいと思うが。場所が場所だけに冷うどん様と一緒に火照った体には嬉しいものだと思うが、どうだろう?」


「いや、生きててこっちのペースもお構いなしに胃袋に突っ込んでくるモンスター麺なんざ、どっちにしたってイヤに決まってんだろ?」


「この前にランダムイベントでうどん屋台やってた時みたいにトラップ扱いされるのがオチよ」


「……解せぬ」


「いやいやいや、いい加減分かれよ。いくらうどん好きだって、常識的なレベルならドン引きレベルだぞ、お前のモンスターうどん屋は」


 仲間たちからの容赦ないツッコミに、香川は不満げに唇を尖らせる。


 ふとそこですぐ前に差し掛かった瓦葺きの館から和太鼓の音が響く。


 重い音を軽快なビートに乗せた音楽に、香川たちが何事かと、源である館へ駆け寄る。


「お着物お渡ししゃーせー! へい毎度あありあとやっしゃーッ!」


「ありあとあっしゃーッ!」


 すると威勢の良い挨拶に乗って、のれんを揺らして何ものかが玄関から吐き出される。


「な、なんだったんだよ今のはぁッ!?」


「こ、こんな……一方的に丸洗いにされるだなんて、テストアタック中にはなかったわよ!? ……っしゅんッ!」


「い、犬塚さんに、高須さん!?」


 きれいに畳まれまとめられた装備品を手に、下着のみの湿った体を震わせるのは、スリリングディザイアと懇意の探索者犬塚忍・高須悠美のコンビである。


「おう、うどん組か。奇遇だな……っきしッ!」


「どうしたんです? そんなお風呂の途中で強制退去くらったような感じで?」


「食らったような、じゃなくてそのものだよ」


「出されたのも無理矢理なら、入れられたのも無理矢理だったけどもね……っくしゅんッ!」


「火を出しますから、まずはそれで暖めながら乾かしてくださいよ。説明はそれから、な? 香川!?」


「オッケー。ついでにあったかーいおうどん様でもいかがです?」


「火はありがたいが……まあついでに飯休憩とするか。もらうよ」


「……麺がアレなのよね……でも、私ももらうわ」


「はい二人前かしこまりー」


 犬塚・高須コンビは香川のチームメイトたちが止める間も無く注文を出して、それを受けて現れた釜を茹でる火にあたり始める。


「さて……これでどうにかひとごこちつけそうになったからな。どうしてこうなったってところを説明させてもらうか」


 そしてトントン拍子に進んだ話に置き去りになった二人にも向けて、マントにくるまった犬塚たちは、うどんのどんぶりを手に自分たちの身に何が起きたのか語り始める。


「俺たちも今日は試作要素のテストとかじゃなく、普通に仕事でアタックかけてたんだけどよ……」


 生きたうどんをすすりつつ語るところによれば、見つけたトラップを避けた先にあった、別の巧妙に隠されたトラップを起動。

 激しい太鼓の音色が響くや、無数の手によって風呂場に引きずりこまれたのだと。


 それから引きずり込まれた先で状況把握をする間もなくインナーまで含めて装備解除。立て続けに湯を叩きつけられ、息つく間もなくボディウォッシュのヘアウォッシュ。すすぎ洗いの、湯船に叩き込みの、引きずり上げの、タオルを叩きつけの。

 そうしてまだ水が滴る程度に濡れたままに、温泉郷エリアへ放り出されたのである。


「なんつーか……まるで古いコントっすね」


「まぁな。振り回されたのと、終わった後に風邪をバステでもらいそうになったこと。これ以外は狙ってないタイミングにワープ食らっただけだから、ちっと手が込んでた割りに大したことがない罠で良かったぜ。解除された装備品もちゃんと服と一緒に返してもらったし」


 頬を引きつらせる香川チームの重戦士に、忍はため息交じりに手元に返ってきた装備が揃ってるのを確認する。


「いえ、むしろ手入れされてるわ。ただ返すだけじゃなくて、取り上げて人間を丸洗いにしてる間に、道具の方も綺麗にしてある。矢玉も今回使った分が補充してあるわよ」


 ほら。と、悠美が見せたクロスボウボルトのパックはダンジョンアタック半ばとは思えないほどに充実している。

 それに続けて悠美は登録証を手持ちの端末にリーディング。画面にステータスを表示して見せる。


「で、体力の方も回復してる。効果としてはボーナスもいいところよ。トラップっていうか、サービスオブジェクト」


「ああ、回復ポイント的な、ですか?」


「そういうことみたいだな。まあだからって、もう一回利用したいかって言われると、なあ?」


「洗濯物扱いに洗われるのは、正直二度とごめんだわ」


「ですよねー」


 そう言って犬塚・高須ペアも香川組も見合わせた顔に苦笑を浮かべる。


 そこでまたも鳴り響く和太鼓のビート。

 その音色の中でかき回された犬塚達はもとより、回復したとはいえどんな目に合わされたかを聞かされた三人も、肩を震わせて振り返る。


「ありあとあっしゃーッ!!」


「のわぁああッ!?」


 まさか館近くのものを無差別に吸い込むのでは。

 しかしそう身構えていた五人の目に飛び込んできたのは、威勢の良い掛け声に乗って打ち出される紫色の塊、という光景であった。


 その紫色は一度弾んで宙返り。スロープに踏ん張るや、全身を震わせて水気を吹き飛ばす。


「ええい! ドジこいた! チャレンジ失敗かッ!」


「おわ!? グリードンかッ!?」


 そう。悔しさを吐き出しながら、体に張り付いた羽毛の湿気を振り払っているのは、スリリングディザイアのチャレンジ精神旺盛なマスコットキャラクター・グリードンであった。


「おおっと、忍に悠美か? 近くで水を散らしたりして悪かった」


 羽毛を纏ったドラゴンは近くで上がった声に気づくや、水を飛ばしたことを詫びる。


「ボクからも謝らせてほしいの。ボクが足を引っ張らなかったらグリ様が罠につまづくなんてなかったはずなの」


「それは違うぞ、アムルルー。お前を抱えた上でタイムアタックするというのが今回の挑戦だったんだ。つまづいて飛ばされたのは俺の落ち度だ」


 紫の羽毛から抜け出て頭を下げる青髪黄金角の巫女服娘に、グリードンはそれには及ばないと頭を振る。


「およ、その子ってたしか新顔の……」


「はいなの! スリングディザイアのニューフェイス、燃え上がる愛欲の炎! ブルードラゴンのアムルルーなの! よろしくお願いするの!」


 首を傾げるお客さんたちに向けて、アムルルーは元気よく敬礼しつつの挨拶。


 先日の火山ダンジョンで勇者相手に連合を組み、連れたって撤退。

 それからのぞみにダンジョンコアを譲って、温泉郷と一緒にスリリングディザイアの傘下に加わったのである。


「そうそう! なんかすっげー可愛い感じの新メンバーが入ったんだった!」


「わっほーい! ありがとうございますなの!」


 ピンときた様子の人間たち五人を前に、アムルルーはグリードンに抱きつく。


「おい、まだ湿り気が……濡れタオルだぞ、俺は」


「いいのいいのー! だったらボクが温めて乾かしちゃうのー! それで再チャレンジまでの時間もカットカットなのー!」


 グリードンが照れくさそうに離れる理由を挙げるのに、アムルルーはまったく構う様子もなく抱きついたまま熱風を放射する。


「あ、キミら、そういう感じ?」


 その様子に探索者たちは色々と察した風にうなづく。


「あー、まあそういう役割にはなってるのだが……」


「はーい! 押しかけ嫁なのー!」


「お前はちょっとくらい照れるってことは無いのか!?」


 アムルルーが堂々と言い放つ一方で、グリードンは恥ずかしさからか、お相手の間正直さに頭を抱える。


 そんなコンビの様子を探索者五人は微笑ましげに眺める。


「……しっかし、こう見ると、とてもそうは見えない、よなぁ?」


「それはいくら何でも失礼よ! でもまぁたしかにそもそも同族に見えないっていうのは分かるわ」


 その中で忍と悠美の二人は苦いものの混ざった笑みを見合わせると、失礼だとは思うが。と、正直な感想を述べる。


「えー! ボクら両方とも、立派なドラゴンなの! ちゃんと同族なのーッ!」


「いやまあ、二人の言いたいことも分からないでもないが……な」


「えー!? グリ様までそんなこと言うのーッ!?」


 グリードンが冷静に客観視するのに、アムルルーは不満げに唇を尖らせる。

 だが傍から見ている人間五人は納得だと困り笑い。


 無理もない。

 片や着ぐるみ同然の頭でっかちのモコモコ。

 片やドラゴン的な記号を散りばめたほぼ人間の、あざといまでに愛らしいモンスター娘である。

 萌えキャラブームに乗っかって後付け設定された彼女か姉妹キャラ。

 それくらいには同族であることに無理を感じるほどの差が出ている。


「……いーのいーの! 他の誰がどう言ったって、ボクはグリ様のつがいなのー!」


 そんな印象を正直に聞かされたアムルルーは、頬を膨らませてグリードンを力一杯に抱き締める。

 合わせて、青い髪をかき分け突き出た角がグリードンにめり込んでいる。が、紫羽毛のデフォルメドラゴンはただアムルルーを受け止め続けている。


「それはさておき……俺は一休みして体が乾いたら、タイムアタックに再チャレンジするが、そちらはどんな予定だ?」


 そんなグリードンの質問に、忍と悠美のペアと香川組はそれぞれのチームの間で顔を見合わせる。


「特別これといっては。俺たちは普通に稼ぎに潜ってるだけだし」


「俺たちも。新実装の温泉郷には興味はあったけども、今回は偶然来れただけだから。どんなことになってるのか一通り見たら、普通にダンジョンアタックに戻るつもりですね」


 それぞれのチーム代表の言葉に、グリードンはなるほどとうなづく。


「そういうことなら、そちらの両チームには敵の襲撃やらで何度か世話になっていることだし、せっかくこの時ここで会ったのも何かの縁。ちょっとしたお得情報を教えておこう」


「え、それはありがたいけど、いいの?」


 遠慮がちに確認をとる悠美。だがその目はお得と言う言葉に煽られた欲望と期待に輝いている。

 それは他のメンバーも同じく。どんな情報なのかと大なり小なりにそわそわしている。


 この反応に、グリードンは口の端を緩める。


「ああ、もちろん。日頃の礼もかねていると言っただろう? 遠慮することはないぞ」


「それで、そのお得情報ってのはなんなんです?」


「実はこのエリアには、まだ探索者が誰も入っていないエリアへの入り口がある。そこへ案内しよう」


 香川に促されて明かされた話に、五人はどよめき顔を見合わせる。


 まさかのシークレットエリア。

 それも他の探索者未踏のである。

 どんなダンジョン資材が手に入るのか。期待に胸が膨らむと言うものだ。


 だがしかしそれもつかの間。

 探索者たちは浮わついた顔を冷水で洗ったかのように引き締めてグリードンを見る。


「ちょい待ち。そいつは嬉しいし、ありがたい話だが、ホントに入ってもいいエリアなんだよな?」


「それと、いきなり強制帰還食らうようなモンスターで山盛り、なんてことはあったりしないか?」


 両チームともスリリングディザイアにはテストアタックを含めて、幾度と無く協力をしてきているチームである。

 一般の探索者とは一線を画する、半ばスタッフと呼んでも差し支えないほどの間柄だ。

 そのチームが知らされていない。そうなるとオーナーであるのぞみが、まだ人を入れられない、テストもさせられないと判断するほどに未完成な場所なのではないかと予測するのは自然なことだ。


 そしてもうひとつ。

 エリアそのものが罠として配置されている。そうでなくてもハイリスクハイリターンな「冒険」用エリアとして用意されている可能性も否定はできない。


 冒険を恐れて、避けていてどうするのか。

 そういう意見もあるだろう。

 だが、ただ危険に飛び込むだけというのはただの無謀でしかない。


 欲望に浮かされて安易に踏み込みはしない。

 そんな両チームの慎重さに、グリードンは感心するままに拍手を送る。


「いい質問で、いい警戒心だ。さすがだな」


「そいつはどうも。で、どうなんだい?」


「うむ。入ってもいいか、つまりオーナーの許可があるかということだが、もちろんある。これから案内しようと言う場所はだな、単純に見つけたら嬉しいサプライズとして用意したものだからな。当然一撃必殺の技を備えたモンスターやトラップでぎゅうぎゅう詰めということもないぞ」


 単純なシークレットボーナスゾーン。だから心配してるようなことはない。

 そう太鼓判を押すグリードンに、探索者五人はホッと胸を撫で下ろす。


「どうやら決まりのようだな。では、支度が整い次第行くとしようか」


 このグリードンの提案に、忍と悠美も、香川たち三人も揃って賛成するのであった。

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