140:人間種族の英雄
「う、あ、えっと……お姫様? ドラゴンさん、たちの……?」
見知らぬ相手からの問いかけに人見知り全開になって固くなりながらも、のぞみはどうにか問い返す。
これに角付き青髪赤目の少女は、激しく向きを変える風に振り回される髪をそのまま、改めて一礼する。
「あ、ごめんなさい! ボクはアムルルー。この山の火竜たちの長なの」
青白い巫女服風の衣装に身を包んだアムルルーは、同じく青い毛でふさふさとした長い尻尾を揺らしながら深々と頭を下げる。
幼げな容姿ではある。が、今なお動き回っているグリードンの背にありながら、悠々と掴まっていられるその様子もあり、力あるドラゴンの化身であることは疑いようもない。
そんな彼女の名乗りに、のぞみも慌てて返礼する。
「あー……これは、どうもご丁寧に……そうです。私がグリードンのボス、ですよ……? ヘヒヒッ」
「いや、だからなんで疑問形だよ。そこはボスでもオーナーでも堂々と名乗れよ」
「ヘヒヒッ……いや、その……クセで、ね? ヘヒヒッ」
あやふやな名乗りに対するパートナーの容赦ないツッコミに、のぞみは下げたままの頭をかいてごまかす。
そのやり取りに、アムルルーは首を傾げ、大きな赤い目をぱちくりとさせる。
「ええっと……? とにかく、お味方ってこと、なの?」
「そ、そうそう……! 私たちは……アムルルーちゃんたちと、同じ敵を抱えた味方……ヘヒヒッ」
竜姫の不安を拭おうと、のぞみは慌てて味方であることを主張する。
これを受けて、アムルルーはホッと胸を撫で下ろす。
「それで、戦況なのだけど……」
「あー……うん、良くない感じ、なんだよね」
説明しようとアムルルーが語り始めるのに対して、のぞみは手のひらからつまみ上げた光を軽く放る。
それは竜姫との間でひとりでに展開。ワイヤーフレーム式の立体地図となる。
その上ではやはり、要注意の敵として表示されたケインが、ドラゴンたちを押し寄せた端から消し飛ばしている。
「戦いの様子が手に取るようなの!? これが、グリ様のご主人の……欲望の神様の力なの!?」
「どんなもんよ」
「い、いや……わ、私は人間だからね? ダンジョンマスタージョブで、ボーゾとパートナー契約した、タダの人間、だからね? ヘヒヒッ」
ドヤ顔のボーゾを胸元に、のぞみは首を横に振る。
「いやいやいや。ホントにタダの人間だったら、原初の神の一柱とパートナーでいられるわけがないの」
「ヘヒッ!?」
だがアムルルーは逆に頭を振り返して、のぞみの言葉を良くない謙遜だと一蹴する。
「げ、原初? え? 最初のって?」
「別にたいした話じゃねえさ。かつての世界が作られる始めに、始原の混沌が抱いた死と創造の欲望。それが俺そのものってだけの話だぜ?」
「ヘヒッ!? や、十分にたいした話、だよ……ッ!? 言ってみれば、ビッグバンの……そのトリガーってこと……なんで話してくれなかったの!?」
「いや、俺こそが滅んだ異世界では創造のきっかけでございったって、地球の人間からすりゃ知らんがなってなモンだろ? 第一、そういう大御所感のある立ち位置に収まってたら、おとなしくしてなきゃならねえだろ? そういうのが嫌だったから色々放り出して、欲望をあおる魔神なんてやってたんだからよ」
動転するのぞみに対して、ボーゾはだるそうにこれまで語らず仕舞いでいた所を語って聞かせる。
「あーうー……自分が欲しくないもの放り出して、欲しいものに手を出しただけ……っていうのは、ボーゾらしいって思うけれども……」
「だろ? お前にも変に大物扱いして欲しくはねーんだ。それよりも、ホレ。せっかくここまで来たんだ。英雄様対策を急いだ方がいいだろ?」
それどころじゃないだろ。
このボーゾの言葉に、のぞみはヘヒッと跳ねるように背すじを伸ばす。
そして改めてドラゴン相手に無双する英雄ケインの様子へ目を向ける。
「数で押してるのに……全然通じてない、んだよね……」
圧倒的多数。それもレベルがピンキリとはいえ、モンスターとしては最高クラスに強大であるドラゴン側が。
質も量も兼ね備えた備えであるにもかかわらず、ケイン相手にはその歩みを鈍らせる程度の効果しかない。
しかしそんなゆるゆるとした侵略速度に、アムルルーは唇を尖らせる。
「あの人……わざとゆっくりと進んで余裕を見せて、ボクたちの気持ちをへし折るつもりなの……あの時みたいに……!」
「ヘヒッ? 知り合い?」
忌々しげなそのコメントに、のぞみは青竜姫と胸元のパートナーを交互に見やる。
「あぁー……魔族相手の戦争中に、竜族を戦力に取り入れようって話になって、それで乗り込んでったってーことがあったっけな」
「そのやり方は今回みたいに力任せに乗り込んできて、捕まえたボクを盾にして従わせるって手口だったの!」
魔神が気まずそうに目を逸らす一方で、竜の姫は自分が同胞に苦境と苦役を強いた要因にされた憤りに拳を握る。
二人の口から語られたケインの所業の一つに、のぞみはギョッと目を見開く。
「ヘヒッ!? そ、そんなひどいこと、やったのッ!? 転生英雄が……ッ!?」
前半部分の、戦力を力で手に入れようとしたところまでは良い。
味方につける相手の価値観次第では、力を示して認められることが必要となる場合もあるからだ。
だがその後の、アムルルーから語られたところが良くない。
要人を人質に臣従を迫るなど酷いものだ。
それも外野や敵対者からの証言であれば、外と内では見えるものが違うということもあるだろう。
だが、アムルルーの恨み節を聞く限り、人質扱い以上のものは感じられなかったのだろう。
しかしのぞみはこれすらも序の口に過ぎなかったのだとすぐに思い知らされることになる。
「アイツの酷さはそんな程度じゃないの! 魔族相手の戦争が終わっても、一族を牛馬みたいに働かせて、そうやって背かせてなで斬りなんて仕打ちをされたの!」
「アイツは徹頭徹尾、「人間」の英雄だったからな……人間と、亜人種族の平穏と発展には尽力したが……その他の種族相手にはそのための礎にしてやろうって欲望しか持ってなくてな……」
アムルルーの叫びを聞いてドン引きしていたのぞみは、パートナーからの後押しを証言を受けて堪らず顔を歪める。
ウェブノベルなどによくある物語ではケインと同じように異界に招かれたものは、話の通じる他種族の多数にその恩恵を与える場合が多い。
その点、亜人種族も人間のくくりに含めて活動していた分、活躍していた世界においては先進的で懐の深い人物、悪く言えば節操無しと評されていたのかもしれない。
だが、のぞみにしてみれば理知的な相手を、人間型でないと言う理由だけで使い捨ての対象に含んでいたことはドン引き案件である。
「……って、引いてる場合とか、それどころじゃ、なかった……!」
「いやいや。遠慮する理由がまた一個減ったってことで、意味がなかったわけじゃねえだろ?」
「そ、それはそうだけども……こうしている間にも、犠牲が……って、ヘヒッ?」
のぞみは頭を切り換えて、急いで敵の動きに意識を向け直す。だがそこでまた首を捻ることになる。
地図の上でケインの動きが完全に止まっていたからだ。
それも周りのドラゴンが削られ続けているのであれば、気まぐれにしばらく足を止めて弄んでいるのだと見ることもできる。
だがそうではない。
ケインを取り囲む色の塊は微塵も削れることなく包囲を保ち続けているのだ。
「これは……何がどうして、こういうことに?」
これまでの侵攻が嘘だったかのような停滞に、のぞみが戸惑うままに疑問を口に。
するとこれにお答えしようとばかりに、のぞみの顔の傍らに通信のウインドウが開く。
その中ではザリシャーレの指揮するアガシオンズがドラゴンたちの陰から攻撃を仕掛けている。
それは無双の英雄を相手に致命的なダメージを与えるようなものではない。
だが強烈な光が目を眩ませ、踏み込む足に絡んだ攻撃はつまづきを生む。
こうした牽制の重なりがケインに思い通りの動きを許さず、その隙にドラゴンたちの攻撃が降りかかって、相殺と回避が精いっぱいとなる。
こうして牽制によって見事に侵攻を停滞させたザリシャーレは、通信ウインドウの向こうから、ウインク交じりにサムズアップ。
これにのぞみもまた笑顔と親指を立て返して見せる。
「うまいこと連携がかみ合い始めたか? なんにせよイイ感じで足止めやってくれてるじゃねえか。このまま一気に俺らの戦力をぶっこんでぶちのめしてやるか?」
ボーゾもザリシャーレの活躍にグッジョブと称賛のジェスチャーを送りながら、この機を逃さずの決着を促す。
しかしこれにのぞみは首を横に振る。
「一気に決着っていうのは魅力的……だけど、戦力差に任せて押し潰すよりも、いい……かもって、考えというか罠がある……よ? ヘヒヒッ」
我に秘策あり。
のぞみはそう言ってぎこちなく頬を引きつらせる。
その視線の先にはドラゴンの炎を大きくかわしながら、焦れたように眉根を寄せたケインの顔があった。




