139:誰一人として取りこぼしを出したくないからこその分散
掴みかかってくる炎の機械巨人。
迫る指三本のその手に、バウモールは大きく開いた五本指を、叩きつけるようにして迎え撃つ!
互いに握りつぶそうとするように手を組ませた両機。
「ヘヒィ! こ、これは、すばらしシチュエーション! ヨダレズビッ……な、感じの……で、でも……相手のマシンは、何者……!?」
ほぼ同等のサイズの所属不明機とのがっぷり。この状況にのぞみはバウモールの中で鼻息も荒く、大写しになった炎の機械巨人の顔を見る。
胸と同じく、炎を宿した大きな一つ目。それが大半を占めた後ろから、排気・排熱用だろう管が、怒髪天を衝く形で伸びている。
「スーパーなロボット好きのお前なら、こういうのも知ってるモンじゃねえの?」
「ヘヒッ……し、知らない知らない、私は、知らない……伝説金属の強度頼りで作った人型ロボの動画漁りは日課……だけど、こんな視覚も何も持って無さそうな顔……見たこと、ない……ヘヒヒッ」
相棒からの問いかけに、のぞみが首を横に振る。
が、その一方でサンドラとシャンレイは、この機械巨人の顔を見て目配せをする。
「やっぱりそちらにも見覚えがあるか?」
「そうね。でも、どこだったか……こっちに来てから、ではないわよね?」
「ヘヒッ!? し、知ってるの二人とも!?」
「おおっと、コイツは意外なトコからだな」
ロボットとは無縁な雰囲気の二人から出た発言にのぞみとボーゾが食いつく。
「いや、見覚えがあると言うだけで……」
この食いつきにシャンレイとサンドラは記憶の曖昧さから言い澱む。
が、のぞみが食い下がろうとするよりも早く、ショートな銀髪にメガネの少女、知識欲のベルシエルと繋がったウインドウが開く。
『二人が見た覚えがあると言うのは恐らくこれですな』
彼女の言葉と共に別ウインドウで表示されたのは、設計図の写真である。
羊皮紙に描かれたらしいそれは、確かにバウモールと組み合った機械巨人によく似ている。
「ああ! これだこれだ! アルカのゴーレム!」
この図面とバウモールが頭突きをかました巨人の顔面を見比べて、サンドラとシャンレイはうなづきあう。
「その、アルカと言うのは、お知り合いで?」
バウモールがビームと吹雪をぶつけて畳み掛ける一方で、のぞみは遠慮がちにサンドラたちに尋ねる。
「ああ。かつての世界で仲間だった魔術師……錬金術師だな。こういう仕掛けで動くゴーレムを作るんだと研究をしていて……」
そう言いかけてサンドラとシャンレイは慌てて振り返る。
その先には、この居住性の充実したコックピットダンジョンとバウモールを繋ぐ出入り口がある。
「動くアレがある。と言うことは、アルカもこちらに?」
「ケインもあの図面は知っていたはず、それに吸収もできる。だからいなくちゃいけないと言うことはない。ないけれど、いる前提で警戒した方がいいとは思う」
「じゃあ、ここに来てるとして、さっきの前提は?」
「ひっくり返ってしまってる……わね」
緊迫した様子でうなづきあう二人。
お互いの間だけで通じあったこの様子に、のぞみは何のことかと首をかしげる。
そんなのぞみへサンドラは張りつめた顔を向ける。
「のぞみ殿。ここは我らに任せて、グリードンのところへ行ってくれ」
「ヘヒッ!? そりゃ、急ぎで援軍を送らなきゃ、だけど私と、ボーゾだけ?」
サンドラの提案に、のぞみはチラリとケインに襲われている山頂側の様子を見やる。
英雄と直接対峙した側には、確かにすぐにでも戦力を充実させる必要がある。
その貴重な戦力の一角であるバウモールに、サンドラとシャンレイを置いていく理由が見えず、のぞみは首をかしげる。
だが、一方のボーゾはのぞみの豊かな胸に収まったまま、納得の表情を見せる。
「ここで囮をやりたいってのか?」
欲望を読み取ったボーゾの言葉に、サンドラは首を縦に振る。
「そうだ。ドロテアと、ついでにあのゴーレムはこちらで引き付けておきたい」
「ヘヒッ!? どゆこと!? ロボット大戦になっても、バウモールの中なら……!?」
だがのぞみは、わざわざ分散して引き付けておく理由が見えずに目を白黒と。
ボーゾはそんなパートナーに、落ち着けと一声かけてからサンドラに説明するよう促す。
「あのゴーレムの作り手がいるなら、このダンジョンの出入り口の鍵も時間をかければ解かれるかもしれない。そうなればドロテアの刃がバウモールの懐に潜り込むことになる」
ここまで言われてのぞみはようやく事態を飲み込んで頬をひきつらせる。
つまりは敵にのぞみがまだここにいるのだと思わせて置きたいのだ。
全員で移動して、それを追いかけてきた暗殺者が乱戦模様の中に潜むのを恐れたのである。
「で、でも……」
のぞみも理由は理解した。
だが身内を一人たりとも取りこぼしたくない。その欲深さが決断をためらわせる。
「おいおいどうしたのぞみ? その欲望、ためらってたら叶わなくなるかもしれないぜ?」
そう言ってボーゾが指さすのは一騎当千、万夫不当の英雄の狩り場にされている山頂だ。
欲望の魔神であるボーゾからの警鐘。
その意味を受け止めたのぞみは、おずおずとサンドラ、シャンレイ、そしてバウモールへ目を向ける。
「じゃ、じゃあ……頼んだから、ね?」
己の欲望が本当に求める形。そこに必要なことを見定めたのぞみの求めに、サンドラははっきりとうなづく。
「この場は任せてくれ、のぞみ殿。そちらの期待と願いに応えて見せる」
親指を立てて見せる闘争心に、のぞみはうなづき返す。
そして掌のコンソールを操作。展開したゲートに乗ってグリードンの所へ跳ぶ。
ゲートの光を潜ったのぞみが立つのは一面の紫色の上。
そこへ吹き付ける灰混じりの風に、のぞみは流水のようなヴェールを被りながらしゃがみこむ。
「来てくれたか。だが気を付けてくれ、オーナー! 風もあるが、物騒なものが飛んでくるからな!」
激しく羽ばたくグリードンの声に、のぞみは紫色の羽毛にへばりつくようにしがみついて、繰り返しもうなづく。
のぞみがワープしてきたここは火山灰が雲と立ち込める空。
そこを飛ぶグリードンの背中であった。
「ヘヒィ! 鞍、手綱無しに……空飛ぶドラゴンの背中から落ちるな、とか……無理ゲー……ッ! 圧倒的無理ゲー……ッ!! あるいはグラフィック上の都合……!」
狙撃に飛んでくるオーラブレイド。それを右へ左へ上に下にとかわし続けるグリードンに、のぞみはただ振り落とされまいとしがみつき続けている。
「そんなことが言えるあたり、わりと余裕がある風にも聞こえるが?」
「よ、余裕なんてないさ!? 私の欲望を聞いてれば、わかる……はずッ!?」
「冗談だって。もうちょいと、ギリギリまで踏ん張ってろよ? 生きたいって欲望漲らせてな」
「い、今でも……もう結構限界、どうにも、こうにもならなさそうぅう……ッ!」
「お、なんだ思ってたより余裕あるんじゃねえかよ」
のぞみの必死の訴えに、ボーゾはニヤリと返しながら、定位置からスポンと抜け出す。
そして風にはためく紫羽毛の内、手近なモノを左右の手に捕まえる。
すると風に流れるボーゾに合わせて、握った羽毛が伸びる。
長さを増したそれはたちまちに編みあがり一本の綱に。そしてそれはのぞみの体に巻き付き、グリードンとの間を強固につなぐ固定ベルト、命綱となる。
「あっという間にこんなもんよ。これでまた望みを叶えてやったことになるな」
「ヘヒィ……た、助かったよぉ……あ、ありがとうね」
ベルトの完成に続いて、ボーゾは定位置である谷間に納まる。
振り落とされる恐れが無くなり、人心地着いたのぞみは、このパートナーの働きに深く息を吐きながら感謝を告げる。
「あ、あの……貴女が、グリ様の言ってた、ご主人様で、援軍さん……なの?」
そこへ落ち着くのを待っていたかのように、おずおずと語り掛ける声がある。
この澄んだ問いかけにのぞみが振り返ると、そこには青白い髪の隙間から黄金の角を伸ばした、赤い瞳の可憐な少女の姿があった。




