136:敵が敵なので味方をしようと思う
血飛沫が上がる。
だが短くも鋭く、闇に潜む黒い刃は、より深く黒い手に挟まれ、止められている。
鮮血を噴いたのはその黒い刃の持ち主。毒々しい髪色をした女の肩だ。
ケイン一味の暗殺者ドロテアは、必殺必勝の己の刃が受け止められ、逆に自分が血を流している光景に目を見開く。
「おいおい、何を不思議がってやがる? 相棒の命を欲しがってるお前の欲望を見落とす俺だと思ったのか?」
「それに、近くに……結界にしてた罠が解除されたりしたら……さすがに気づく、よ? ヘヒヒッ」
エネルギーを放った指先を向けてほくそ笑むボーゾ。そんな彼を肩に乗せて、ホラーなスマイルで振り返る黒い手の持ち主であるのぞみ。
何に驚いたのか。
そこのところを見透かしたかのようなのぞみコンビの言葉に、ドロテアは仮面のように固まった顔の内、片眉だけを跳ね上げる。
そして刃を捨てるように手放し離脱。直後、彼女の脳天を穿つ形で光が走る。
「はっはあ! いい反応じゃないか。さすがの見極めだぜドロテア」
素早く立ち直り、躊躇なく仕事道具を手放したその動きをボーゾは手放しに称える。
「あの人が……サンドラさんたちの、元仲間の?」
「ああ。影の刃ドロテアだぜ。のぞみに向いた静かなクセにイヤに鋭い剣呑な欲望をこの間から、ここに乗り込んだ辺りからでも感じてたからそうだろうとは思ってたが、ドンピシャってヤツだぜ」
相棒の問いかけにボーゾが得意気に答える。しかしこれにドロテアは反論も疑問もなく、ただ影の中に溶けるようにして姿を消す。
「ヘヒッ!? ドロン!?」
姿を消した暗殺者。
背すじの冷えるこの状況に、のぞみは手のひらのレーダーマップや、あたりに仕掛けたトラップの反応を探る。
「安心しろよ。ヤツの欲望は離れていってる。この場所とこの瞬間に拘るよりかは対策を練って機を窺うのがドロテアだ」
そんなのぞみの警戒を、ボーゾは取り越し苦労だと笑う。
「で、でも……それって、次狙ってきた時は……?」
「そりゃあ今回よか手強くなってるだろうぜ。何せ失敗から学んで対策してくるからな」
「や、やっぱりぃい!?」
あっさりと次はより鋭くより念入りに隠された刃が迫ることを予告してくる相棒に、のぞみはたまらず頭を抱える。
「ほっれ。ビビって縮まってる場合か? もっとやること、やりたいことあるんじゃねえのか?」
「そ、そう……だった……ヘヒヒッ」
しかしボーゾの指摘を受けて、のぞみはすぐさま頬を叩いて、目の前のことに意識を向け直す。
「ちょ、ちょいと! みんな、ストップ! 戦闘ヤメ、ヤメ!」
そしてドラゴン軍団と、それを迎え撃つ欲望魔神たちへ停戦を呼び掛ける。
しかし誰も止まらない。
否、スリリングディザイア勢は攻撃の手を緩めている。が、まるで止まる気の無いドラゴンたちの攻勢に、対応を強いられている形だ。
今ものぞみを狙った火炎弾を、ビームやムチが撃ち落している。
「ヘヒィ!? な、なんで、なんで止まってくれないのッ!?」
「こんだけドンパチやってるからな。思念を受け止められるウチの以外じゃ、そうそう聞き取れないだろ?」
ボーゾの言葉に、のぞみはなるほどとうなづいて手のひらのマジックコンソールを操作。
そうして火山弾の降る空へ、巨大なモノをいくつも浮かび上がらせる。
それらは一言で言えばスピーカーメガホンだ。
ドラゴンたちに勝るとも劣らぬサイズのそれが、いくつも宙に浮かび上がっているのだ。
突然現れた空飛ぶ機械に、血気盛んな一部のドラゴンたちが掴みかかる。
『この戦い、ちょっと待ったぁああッ!!』
そこへボーゾが思いっきりに叩きつけた声が、スピーカーを通して薄曇りの空に響く。
爆発的に拡大された声はビリビリと空気を揺るがす。
当然爪を立てていたものたちは、直の衝撃で殴り付けられた形になる。
耳から脳みそを揺さぶられ、目を回して落ちていくレッドドラゴンたち。
一方で迂闊に飛びつかず、直撃を避けた大型の個体たちもふらつき、かろうじて墜落せずにいるのが精一杯という風である。
こうして戦いどころでなくなった空を見上げて、のぞみは相棒に向けて笑みを落とす。
「な、ナイス……ゴッドボイス、ありがとうね……ヘヒヒッ」
「のぞみに声を張り上げさせようったって半端なことになりそうだからな。ここは俺の出番って奴だろ?」
のぞみの礼を受けて、ボーゾもニヤリとサムズアップ。
「それよりほれ。このタイミング逃したらまためんどくさいことになるぞ?」
「ヘヒッ……そ、そう、だね……それじゃあ……」
ボーゾの後押しを受けてのぞみは咳ばらいを一つ。
巨大メガホンと繋がってマイクの役目を果たしているマジックコンソールを口元へ近づける。
『お、お尋ねしたいことが、あります。戦いを止めて、お話をさせて……ください』
改めてのぞみはドラゴンたちへ停戦と、対話を呼びかける。
これに目を回さずにいたリーダー格らしきドラゴンはバランスを整えて低いうなり声を落とす。
「質問に、話だと……? バカな! そんなことに付き合う義理があるか!? ましてや、我らが住処を荒らしに乗り込んで来た者共相手に!?」
「ヘヒィイ……せ、正論……」
取り付く島の無いドラゴンの態度に、のぞみは困り笑いに頬をひきつらせる。
しかし主人が手をこまねく一方、グリードンは翼を広げ、バウモールはその巨体に備えた武装を構えて威嚇する。
彼らの力を思い知らされていたドラゴンたちは、圧力に畏縮しながらも、地面に降りることなくうなり声を漏らす。
「ちょ、ま! 待って、お、落ち着いて!? どっちも、ね? ヘヒヒッ」
この再び激突の始まりそうな気配に、慌てたのはのぞみだ。
バタバタと間を割ってなだめにかかるのぞみに、鉄巨人と紫羽毛のドラゴンは構えを解く。
「その甘さが命取りだッ!!」
だがスリリングディザイアの仲間でない赤鱗の竜たちが従うわけがない。墜落していたモノたちの内、目を覚ましたのがのぞみを狙って炎を吐く。
まっすぐにのぞみを焼き尽くしに伸びるファイアブレス。
だがそれをみすみす届かせてやる魔神がいるはずもない。
バウモールのフルヒヒイロカネ合金製の巨腕が割り込みブロック。
同時にザリシャーレの操るムチが火吹き竜の鼻を叩いて口を塞ぎ、続く逆のムチで縛り封じる。
「ヘヒッ……あ、ありがとね」
「なんのなんの。オーナーをお守りしたいっていうのはアタシたちみんなの欲望だもの。ちゃんと時間と体を使って労ってくれるだけでいいのよ?」
この流し目を添えた要求に、のぞみは頬を引きつらせながらもうなづく。
「イエース! じゃあさっそくベルシエルにスケジュール調整をお願いしちゃおう・か・し・ら!?」
諦めた様なのぞみの了承を受けて、ザリシャーレは軽快にステップを踏む。
その一方で同族を救うべく飛びついてきた個体にもムチ!
縛り上げて、先にブレスを封じたものと衝突させる。
そしてリーダー格のドラゴンへ向けてにっこりとスマイル。
まだ抵抗をするのか?
そんな恫喝とも挑発ともとれる笑みに対して、ドラゴンは悔しげなうなり声を上げる。
「……ええい! 黙れ黙れッ! たとえそちらが圧倒していようが、話に応じる必要などないのだッ! 依然変わりなくッ!!」
そして総力戦へ踏み切ろうと、炎をたぎらせた口を開く。
しかし号砲として放たれようとするブレスにスリリングディザイア勢が備えた刹那、ドラゴンたちが吐息を放つ直前の姿勢で固まる。
のぞみたちが揃ってこの突然の硬直を訝しむ中、レッドドラゴンたちはいっせいに首を火を噴く山頂へ向ける。
直後、甲高い鳴き声と共に、山が大きく火を吐き出す。
盛大に降り注ぐ火山弾にのぞみたちが障壁などで防御姿勢を固める一方、ドラゴンたちは浴びる火に構うことなく飛び立っていく。
「姫様!? ただいま戻りますッ!!」
殿役すら残すことなく、いっせいに山頂を目指すドラゴンたちに、停戦と対話を求めていたのぞみはもとより、魔神たちも呆気に取られて邪魔をするどころではなくなってしまう。
そうして完全に見送ってしまった形になったのぞみたちは、噴火が小康状態になったところで顔を見合わせる。
「えっと……姫様とか、言うから……ボス部屋になんかあったっぽい……けど、原因は、やっぱり……」
「まず間違いなくケインの奴だろうな。お抱え暗殺者を今見たところだし」
「ヘヒィ!? や、やっぱり? じゃあ、急がないと……」
ボーゾに予想を後押しされたのぞみは、いそいそとマジックコンソールを大型に展開。ダンジョンアタックに本腰を入れ始める。
「悲鳴が出ても、ドラゴンたちは自分の意思で引き返した風だから、まだ大丈夫みたい、だ・け・ど……ここのコア取られるまでにアタシたちも間に合うのかしら?」
「だ、だから……急がない、と……状況次第じゃ、分からないし……」
ザリシャーレがケイン一味の戦力を鑑みて心配するのに対して、のぞみは僅かな可能性を主張して作業を続ける。
「万が一でも間に合うかも。だから手を伸ばす。その欲望、イエスだぜッ!」
ニヤリと笑って後押しするボーゾに続いて、バウモールとグリードンもうなづいて賛成。
これを受けてザリシャーレも欲望ならば仕方ないと微笑みうなづく。
それじゃあ。と、意見の一致を認めたところでのぞみが鼻息も強く作業に取り掛かる。
『のぞみ殿。一つ頼みがあるのだが、よろしいか?』
そこへ割り込む形でモニターウインドウが展開。
そこから顔を覗かせるサンドラに、のぞみは何事かと首を傾げるのであった。




