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131:休業日に門をこじ開けてくるブラック客はつまみ出したい

「や、やっべぇ……これ、やばいよぉ……」


 スリリングディザイア最深部。自身の巣とも言うべき部屋にあって、のぞみは今、へヒヒと笑えないほどに顔を強ばらせ、慄いている。


 正面壁の大モニター。そこに映っているのは蹂躙だ。

 輝きを帯びた一太刀が振るわれるごとに、のぞみがフル稼働で配置したモンスターの集団がガオンと消えて無くなる。

 そうして作った道を行くのは青い西洋風甲冑に身を包んだ男、ケインである。


「……ったく、せっかくのぞみが実家と和解して、今日は無理せずのんびり調整をって予定だったのによぉ……!?」


 そんな英雄様の様子を眺めて忌々しげに吐き捨てるのは、相棒のぞみの谷間が定位置のボーゾだ。


「何が常に攻略を受け入れてこそがダンジョンだ、だってんだよ! もと地球人だからって、ウチをコンビニと勘違いしてるんじゃねえのかッ!?」


 苛立ちを隠さぬボーゾの言う通り、本日スリリングディザイアは休業日であった。

 なにぶんダンジョンコアを持つオーナーは繊細でひ弱な人間で、学生との二足のわらじ履きである。

 いくら運営事態は現場に任せておけるとして、二十四時間年中無休のフル稼働など、どだい耐えられるはずがない。

 加えて敵対勢力との交戦に、自然発生するダンジョンの制圧もしているのである。

 すでに睡眠欲スムネムが布団を敷き始めている状態なのだ。


 そんな休養日に、閉ざした門を破って乗り込んできたのがケインである。

 管理者側としては、文句の一つや二つどうしたって出てしまう。


「ヘヒィイ……正面から、小細工なしって言ったって……チーター枠相手に……こんなん、無理……ッ! 圧倒的、ムリゲー……ッ!?」


 しかもスリリングディザイアは、基本的に誰でも――鍛練次第、運次第ではあるが――攻略できる、不可能ではない構造である。

 そもそもが理不尽を理不尽で踏み潰していく手合いを迎え撃つ事を想定していない、というか、やってはいけない商売である。

 対英雄仕様の超難度ダンジョンの準備は遭遇から進めて来ているが、完全ではないし、切り換える間すら与えられなかった。


 落とし穴を飛び越え。出汁の鉄砲水は蒸発。絡みつこうとするうどんとひやむぎたちも瞬く間に渇き朽ちて、触れることさえできない。


『お前ーッ!! 食べ物をなーァッ!? 食べられたがってるだけの子らをなーッ!! 無駄に、粗末にするなんてなぁああッ!?』


 うどんたちを台無しにするこの行動にベルノがブチ切れ、のぞみたちが止める間もなく転移する。

 飛び出た勢いに任せて大上段からの長く分厚い包丁。

 刃そのもののみならず、ハチミツ色のウエイトレスが蓄えた重みを加えたそれは、英雄の脳天を叩き割りに落ちる。


 しかしケインは光を帯びた剣を一閃。軽々と弾き逸らす。


 流されるまま石畳に沈んだ大包丁。ベルノはそれを手放し離脱。続く英雄の剣からハチミツ色の髪を数条残して逃れる。


『食べ物はぁー! 食べれるようにしてないとなぁーッ!?』


 そして壁と天井とを蹴り、大口を開けて掴みかかる!


『単調な』


 しかしケインは真っ向からオーラブレイド。ベルノを叩き落とす!


「ベルノッ!?」


 斬られて落ちる食欲にのぞみが悲鳴を上げる。

 しかし迷宮の床に跳ねたベルノは、弾み転がって二の太刀を回避。その勢いに任せて四つ足に構える。


 刀傷に裂けたウエイトレスの衣装を血に染めながら、口をもごつかせるベルノ。

 手負いの猛獣めいたその姿勢から見るに、受けたオーラブレイドを食いちぎり、いくらか相殺したのだろう。


 どうにか致命傷を避け、蓄えた栄養を用いて回復を進めるその様に、のぞみは息を吐く。


 しかしケインはそんなのぞみの安堵もろともに切り裂こうと言うのか、構えたベルノへ容赦なく剣を振るう。


 縦横無尽に放たれるオーラの刃。

 それをベルノは手足でもって床や壁、天井までも駆け巡って掻い潜り、避けきれぬ分はかじり潰して凌ぐ。

 そうしているうちにひときわ分厚く重ねた刃の網がベルノへ。

 それをベルノは両手に生じさせた顎でも噛みつき、食い破る。


 しかしそれはケインの読み通り、追い込み通り。

 大技の直後の隙を狙い、最短距離を突き破ったベルノを迎えたのは、あいにくと構え万全に整えたケインの突き!


 双方から接近する魔神と英雄の刃。


 もはや回避も防御もままならず、このまま串刺しになる他ない。

 かと思いきや、黒光りする鋼の壁が両者の間に割り込む。

 筒型に丸まり英雄を取り囲んだ分厚いそれは、顔からぶつかったベルノを跳ね返して、串刺しという結果から庇う。


 そう、魔神仲間を庇い、英雄をとらえた鋼の壁は、庇護欲巨神バウモールの手であった。

 ケインを掴んだヒヒイロカネ合金製の手は、そのまま強度に任せて侵略者を握りつぶす。


 だが次の瞬間、英雄を握り締める鋼の手が内側から弾け飛ぶ!


 猛然と飛び散った鋼の塊は、周囲の壁や天井へ四方八方にぶつかり、打ち砕く。

 割り砕いて沈んだそれらの断面は鋭利で、恐ろしく鋭い刃と技によるものだということが分かる。


『学ばないなぁ……まったく進歩が無いぜ。このスーパーロボットの装甲程度じゃ俺の剣は止められないって知ってるだろ?』


 伝説超合金で出来ているバウモールを、此度もたやすく断ち切って見せたケインはため息交じりに愛刀を振るい弄ぶ。


『いや、しかし……これもかつての世界の断片か。ということは少しくらいはパワーの足しにはなるかな? プレゼントってことで頂戴しちゃおうか』


 そう言って、切り裂き吹き飛ばしたバウモールハンドのパーツへ向けて近づく。


 しかしその横っ面を目掛けて、黒い塊が殴りかかる!

 これをケインは軽く刃を閃かせて切り飛ばす。

 だが断ち切られた黒い塊はバウモールのパーツにへばり着くや、根を伸ばすようにして別のパーツと接触。次々に細切れに断ち切られた鋼鉄巨神の手を繋いでいく。


『なんだ!? なんだこれッ!?』


 みるみるうちに部品部品の間を繋ぎ渡り、金属の塊を引き寄せ、修復していく黒いものに、ケインは気味悪そうに身震いをする。


『こういうリアル系スライムは……キモくて嫌いなんだよ!?』


 叫び、刃を振るおうとするケイン。

 だが剣を握ったその手を、いつのまにか絡んでいた黒い腕が引き留める。

 それにケインは目を剥く。だがしかし、すぐにそれは序の口に過ぎなかったことを思い知り、絶句する。

 腕ばかりか足腰、胴から首にまで、四方八方から伸びていた黒腕が掴み、絡み付いていたのを見たからだ。


 喉から掠れた音を立てたケインは、全身からオーラを爆発!

 絡んだ黒い腕を吹き飛ばし、切り刻む。


 そうして気を取られた隙にバウモールの手は切断面のすべてを接続。傍目には元通りに修復完了する。


『ええいッ!? だったらもう一度、のり付けしたトコ込みでさっき以上に細切れだ! ああ、細切れにしてやるともさ!!』


 修復再生した鋼の手に向けて、改めて剣を構える青き英雄。

 だがその頭をめがけて風切り迫るものがある!


『ああもう! うっとおしいぞッ!? さっきからぁあッ!!』


 散々につまづかされて溜まったフラストレーション任せに、ケインは白刃一閃。飛んできたものを弾き飛ばす。


 風切り、弧を描いて飛んだそれもまた刃。人の身の丈ほどもある大包丁だ。

 それを投げつけたベルノはしかし、離れていく凶器を追いかけることなく、別の得物としてフライパンを引き抜く。


 その一方で、壁に突き刺さった包丁を手にする者の姿がある。

 それはもっさりたっぷりの黒髪を身に纏った小柄な女であった。

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