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125:不足の穴埋めに利用しようだなどとよくも!

「さ、サンドラさん……ッ!?」


 モニター中で繰り広げられる光景に、のぞみはまたまた目を白黒と。


 それもそのはず。

 今サンドラが落ちながら鍔迫り合いをしているのは、彼女が蘇生復活のために動いていると公言している人物のはずであるからだ。

 再会を悲願としている相手に殺意満点に斬りかかる。そんな有り様を見せられて平然と受け入れられる者などいるだろうか。いや、いまい。


『のぞみ殿、構わず動けぇッ!!』


 しかしその戸惑いも、当のサンドラの着地と同時の一喝に吹き飛ばされて、のぞみは反射的にバウモールを後退させる。

 同時に破損した部位の修復と能力の復旧を促す。


『おおっと、逃がさないよ。逃がす手はないよなぁ』


 後退りする巨体を追いかけようと、ケインがサンドラをすり抜けようとする。

 が、それをみすみす許す女剣士ではない。

 来ると分かっていたかのように、英雄の鼻先に刃を回り込ませ、行く手を阻む。


 とおせんぼに割り込んだ剣に、ケインも刃をぶつけて弾く。

 しかしサンドラは弾かれた勢いに任せて身を翻し、腰の曲刀を抜き放って斬りかかる。

 そして始まる双剣の舞に、ケインもバウモールへの追撃を止めて、受けにかかる。


『邪魔くさいな、邪魔くさいよ……って、サンドラ? サンドラじゃないか!?』


 絶えず降り注ぐ刃の雨。それを凌ぎながらケインはようやく自分が誰と切り結んでいるのかに気がつく。


『久しぶりじゃないか。久しぶりだよ! 顔が違って分からなかったかもだが、俺だよ、ケインだ!』


『分かっている、この剣、そちらがケインで無ければ、説明がつかない!』


『ならばなぜ!? 俺たちが戦う理由はない。ないよな!?』


 この問いに対して、サンドラは二つの刃を重ねて英雄の剣に叩きつける。

 刃と共に覆っていたオーラが重なり混じり、弾ける!


『……そちらは何だ?』


 渦巻く風の中心点。そこでサンドラは低い声でケインに問う。


『何を言ってる? 何をだ!? 俺はケインで、お前もそうだとさっき……ッ!?』


 話の流れからしておかしいと、この問いにケインは戸惑いのままに問い返す。

 憐れみを訴え、剣を向けた判断を迷わせ、心を鈍らせようとするかのような声。


 しかしそれをサンドラは右の剣で切り捨てに!

 その斬撃をしかし、ケインは備えていた剣で受け止める。


『うぁおぅッ!? 問答無用ッ!? 無用なのかッ!?』


『……そうだ。剣の型も、喋り方もそちらはまぎれもなくケインに違いない……違いないが、そちらは違うッ!』


 言葉の終わりに、サンドラが止められたのとは逆の曲刀を振り上げる。

 しかしこれもケインは後退りしつつ払い、弾き落とす。


『だから、それはどういう……ッ!?』


『断片ごときが、ケインを名乗るなッ!? 崩壊したその時のケインそのままであれば、こちら一人を相手に切り結び続けるようなことなどあるかッ!!』


 そこへ腰を返しつつ踏み込んでの直剣で、英雄の剣を叩き落とす。

 そしてすかさず身を翻し、曲刀をケインの首へ――。


『おっとそこまで』


 だがのんびりとした待ったの声に続いて生じた影が英雄の姿を隠す。

 サンドラはもろともに断ち切ろうと、鋭い呼気と共に刃を影に叩き込む。


『がッ!?』


 しかしその斬撃は半ばで、まるで壁にでもぶつかったかのように止まってしまう。

 そんなサンドラの腹には拳が。ヒヒイロカネ合金の装甲を歪ませた拳が叩き込まれている。


 やがて斬れた影が崩れるようにして晴れると、そこには片手で刃をつまみ止め、逆の手をサンドラの腹に打ち込んだケインの姿が現れる。

 その傍らには、銀髪黒衣のネクロマンサーがほくそ笑みながら並んでいる。


『いやはや、ご名答。さっすがサンドラ、剣のぶつけ合いだけで我らが英雄が万全でないことを見抜くだなんて!』


 オルフェリアはわざとらしい手拍子を添えて、サンドラの見立てを確かなものだと称える。


『見切られてたんじゃあ仕方ないか……お前らが言うとおり、今の俺は完全には程遠い。程遠いな……パズルのピースもいいところだよ』


『いやぁ、なにせケインは世界を管理する神様にまで上り詰めたからねぇ。集まった分でどうにか復活してもらったけど、全然足りないからねぇ……シシシッ』


 種明かしを語りながらオルフェリアはケインに寄りかかる。


『……だから、完全復活には足りない分をどんどん集めていかないといけないわけなんだよねぇ』


 そしてほくそ笑みながら首を傾げると、拳を受けて折れたサンドラの体が跳ねるようにして震える。


『うぅ!? あ、あぁあああああッ!?!』


『シシシッ……私たち、英雄を支えた者たちの抱えている、ケインの記憶……彼への思いに染まった魂も足しにして……ね? シシ、シシシッ!』


 オルフェリアが掠れた笑いを強めるのに続いて、サンドラの体から漏れたオーラがケインの腕を伝わって彼の体へ吸い込まれ始める。


「ヘヒィッ!? サンドラさんッ!?」


 決定的な何物かを奪われている。

 そのように見える様子に、のぞみは救出のためにバウモールに動いてもらおうとする。

 だが、ロケットパンチを構える鋼の巨体に、別の巨体がぶつかる。


「お、お父さんの?!」


 ゲッコーらから送られてくる映像には、バウモールに亮治を取り込んだ巨人が組みついたところが。

 邪魔をする敵であり、同時に人質である巨大人形たち。その妨害に、のぞみもバウモールも思いきって振り払うことができずにためらう。


 そうして迷っている間にサンドラはオーラを、オルフェリアが言うところには魂を奪われ続けている。


「だ、ダメだよ……そ、そんなのは……ダメッ!?」


 焦りのまま、のぞみは転げ落ちるようにして椅子から降り、出口へ向けて走る。


「おい、のぞみ! せっかく守護神の中に入ったってのに、お前が前に出て……」


 足をもつれさせながら走るのぞみの胸元で、ボーゾが上下左右に揺さぶられながらストップをかける。

 だがのぞみにはパートナーの制止が聞こえておらず、背中にバウモールパワーの象徴、ロケットパンチを召喚!

 借り受けた魔神パワーを全開にロケットを点火し、庇護欲巨神の外へと飛び出す!


「やめろぉおおッ!!」


 奪わせるものか!


 その一心で躍り出たのぞみは、仲間に手をかけた英雄めがけて突撃する。

 まっすぐに空を引き裂く小柄な体は、欲望によって胸元と髪から生じた無数の黒腕に包まれる。

 そして一本の漆黒の腕となり、ケインたちへ掴みかかる。


「邪魔くさいと言った! 言っただろうがッ!!」


 のぞみの変じた黒腕に、ケインは煩わしげに空いている腕をひと薙ぎして、帯状のオーラを投げ放つ。


 しかしのぞみハンドはそれを真っ向から張り手でぶち抜き、微塵も勢いを緩めない!


「面倒なヤツ!?」


 牽制に効果なしと見るや、ケインはサンドラを振り払い、落とされた剣を拾いにいく。


 その隙に、のぞみハンドは投げ出されたサンドラの体を鷲掴みにして、英雄たちとすれ違う。


「なんだとッ!?」


 眼中に無いとばかりの動きに、信じられないと目を剥くケイン。

 であるが、のぞみからすれば欲したとおり。

 最初からサンドラの救出だけを求めて手を伸ばしたのだから。


 サンドラを掴んで離脱したのぞみハンドは、やがて細かな黒腕と解けて、本体であるのぞみの姿を晒す。

 健在の黒い腕たちで負傷した女剣士を抱えたのぞみは、物陰に滑り込むようにして着地。直ぐに確保したサンドラを横たえる。


 しかし、救出されて安置されたサンドラの顔には血の気が無く、息もか細い。


「ヘヒッ……ど、どうにか、なる……どうにか、しなきゃ……ヘヒヒッ!」


 病的に白い自分以上に青白いサンドラの顔色に、のぞみは冷や汗を流しながら、女剣士の冷えていく体に触れる。


「勝手に持っていくなよ!」


 そこへ剣を握り直した英雄が、瞬く間に間合いを詰めてくる。

 これをのぞみは拒絶したい欲望に任せて黒腕を突き出す。


 この無数の張り手を、ケインは真っ向から切り払いつつ迫る。

 その刃は女剣士から奪い取ったモノがためにか、さらに鋭く、素早くなっている。

 しかし仲間を救い、害する敵を押し退けようと欲しての手は無尽蔵!

 やがて英雄の剣の勢いを越え、突撃を押し返す。


「ケイン今だよ、シシシッ」


 だがその瞬間、のぞみが介抱しようとしていたサンドラが影に包まれて消えてしまう。

 声を辿ってのぞみが目を向けた先には、従えたスケルトンにサンドラを抱えさせたオルフェリアがいる。


 これにのぞみは瀕死の女剣士を奪い返そうと欲した。

 欲してしまったのだ。


 のぞみの体から生じた黒腕たちは、のぞみの欲するものを手に入れようと動く。

 それは注力してケインをどうにか押し返せていた黒腕たちが、分散してしまうということ。


「ナイスだオルフェリア! ナイスタイミングだ!」


 そしてつまりは、迫る凶刃にのぞみ自身が無防備になるということだ。

 だがケインが踏み込む一方、オルフェリアの傍らでサンドラを捕えたスケルトンに突き刺さるモノがある。

 爆音に乗って背骨から頭骨までをぶち抜く鉄杭。


 体の礎が砕けて崩れる骨アンデッド。

 その腕から零れ落ちるようにして解き放たれたサンドラを、杭の持ち主がオルフェリアよりも早く確保する。


 そこへ光が降り注ぐ!

 辺り一面を焼き払うこの強烈な輝きに、のぞみはとっさのバリアに籠る。


 やがて光が収まると、のぞみはバリアの中でしかめ面に瞬きを繰り返して辺りを見回す。


「ヘヒィイ……ど、どうなった? どうなった、のかな……?」


 煙の漂う景色の中、顔を上げたのぞみが見たのは、目元に稲光を帯びたバウモールの巨体だ。


「荒っぽい手を使ってしまったが、大事ないか我が主よ?」


「ヘヒッ……へ、平気、平気……ナイスフォロー、だったよ……へヒヒッ」


「ヤツらにもいい奇襲だったがよ、合図を出すなり何なりとできなかったモンなのかよ?」


「……だから、向こうに構えさせなかった、トコも、あるし……?」


 ブー垂れるボーゾをのぞみはなだめる。

 だが、ふと得た気づきに目を見開く。


「さ、サンドラさん!? サンドラさんはッ!?」


 救出のために動いていた相手の事を思い出し、のぞみは焦りも露に辺りを見回す。

 するとそこへ、飛び寄るモノがある。


「相変わらずにだらしないな。まあ、俺の知ってる感じではあるけどもな」


「将希!? サンドラさんもッ!?」


 のぞみたちに合流したのはサンドラを担いだ将希であった。


「しっかりしてくれよ。アンタ以外にサンドラさんを助けられそうなのはいないんだからよ」


 将希は苦笑混じりに言いながら、担いでいたサンドラをのぞみに託して踵を返す。

 そして構えたパイルバンカースピアが向いた先。

 そこには剣を構えたケインと、それに付き従うオルフェリアの姿があった。

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