113:手放したくないものはしっかり掴んでるからね
「ぐふッ!?」
地面にめり込んだカタリナから肺中の空気を絞り出すような声が漏れる。
そんな苦悶のカタリナを手放すことなく、しなる黒腕が再び宙へ振り上げて叩きつける。
その間にものぞみからは、新たな黒い腕が次々と伸びていく。
しかしそれらはカタリナへさらに掴みかかるでなく、四方八方へ散らばっていくのだ。
その内のあるものはベルノとザリシャーレを縛る鎖を引きちぎり。
また別のあるものは、探索者たちを襲う天使風味を殴り飛ばして援護を。
さらにそれらとはまた別のものが、外壁にこじ開けられた侵入口を修理していく。
そして、ボーゾを踏み潰している杖を持ち上げて解放するものもある。
「は、ははは……やってくれたぜ、のぞみ……! よく立ち直ってくれたぜ!」
ボーゾは迎えにと寄せられた黒い手のひらに乗りながら、パートナーの復活にガッツポーズ。
「……だから言ったじゃないの。捨て身になるよりも別の解決法を探すべきだって」
「そーそー! やっぱりのぞみちゃんを元気付けたりする方が良かったよねー?」
そこへ鎖から解放された飾と食の魔神たちが歩み寄る。
ボーゾが頑迷に取ろうとした行動。それが実際には必要なかった結果を揶揄する彼女らに、小さな魔神は唇を尖らせる。
「ハンッ……そいつは結果論ってヤツだろうがよ! のぞみを助ける手段があるのに、使わずに後悔したくなかった。俺はそれを望んだだけだ!」
吐き捨てるように言ってそっぽを向く欲望魔神の元締め。
それをベルノとザリシャーレが、じとり……と重みを帯びた視線で見下ろす。
「……まあ、俺の判断が早とちりだった。その結果は結果だな……」
これに負けて、ボーゾは舌打ち混じりに渋々と観念の言葉を口にする。すると欲望の女神はハイタッチにこの勝利を祝う。
「ところでお前ら、ずいぶん元気いいみたいだが、もう平気なのか? あの音の上に、鎖から直に吸われたりもしたろ?」
「言われてみればそうね。体も軽くてもうすっかり普段どおりなのだけ・れ・ど?」
冗談はここまでだ。とばかりに話を切り替えにかかるボーゾに、ザリシャーレもすぐに異常無く動けていることに首をかしげる。
欲望の魔神たちにとって第一のエネルギの源は欲望……それも各々が司る分野のそれである。
カタリナと彼女が従えた悪趣味な御使いたちは、このエネルギーを打ち消し、封じる術を備えている。
まともに動けなくなるほどに打ち消されては、己の内の欲望を燃やすことで自給自足が可能な魔神たちと言えども多少は回復に時間を取られるものだ。
だが現実として、魔神たちはすでに躍りかかってきた天使風味を軽々と叩きのめせる程度には調子を取り戻している。
この疑問に魔神たち三名が首を傾けていると、ベルノがふと視線をやった先であるものを見つける。
「あ、あー! そーゆーことか!」
「なんか分かったのか?」
「ほら、アレアレ!」
ベルノが指さす先にはうずたかく積もったものがある。
小山のアスレチックじみたそれは、天使風味のモンスターが倒れて折り重なる形で作られたもの。
その天辺では着ぐるみパジャマ姿のスムネムが、安らかな寝息を立てて眠っている。
そこへ新たな天使風味が歌いながら近づいていく。が、掴みかかろうとした途端に、電源が落ちたように墜落。そのままスムネムが寝床とした山の一部となる。
「なるほど、あれ全部スムネムに引っ張られて眠っちまってるヤツか」
完全に平常運転にスコアの山を築き上げている睡眠欲に、ボーゾは感心の声を上げる。
だが違う、そうじゃない。
肝心なところは、いつもの調子を取り戻しているスムネムに触れた黒いもの。
眠る幼子をあやすように柔らかなリズムを作るそれは、のぞみから伸びた黒い腕のひとつである。
「あら? アタシにも?」
「私にもだよ」
「で、俺のは乗り物をやってくれてるコレってワケか?」
そして黒い手に乗ったボーゾは言わずもがな。ザリシャーレとベルノにも黒い腕がどこかしらに触れているのだ。
「なーるほど。のぞみが直に供給してくれてるってことか」
電源ケーブルさながらのそれに、ボーゾたちは自分達を素早く立ち直らせたからくりを察する。
「……ったく、助けてやるんだって息巻いておきながら、結局俺らの方が助けられてるじゃねえかよ」
「だよねー? いやーのぞみちゃんもたくましくなってー」
自嘲を含んだボーゾの一言に、ベルノがペーパーナプキンを目元に当てつつ乗っかる。
これにザリシャーレも苦笑しながらうなづく。
「そうね。ホントにそうだわ。で、そんな頼もしさを増したオーナーに助けられっぱなしっていうのは、いいことか・し・ら?」
「んなわきゃねえだろーが……よ!」
ザリシャーレの問いかけに、ボーゾは右手を一閃。合わせて放たれた平手型のエネルギーは、カタリナがのぞみへ向けて放った白い光を握りつぶす。
「頼もしくなってるからって、助けが必要ないかってか、手助けしちゃダメかって……それとこれとは別問題だろ?」
「だよねー? このままでも平気そうだけど、助けたいってよくぼーを我慢する必要はどこにもないしねー」
ボーゾがニヤリと投げた言葉を受け止めうなづいて、ベルノたちはこの流れを逃がすまいと、援護と決着に乗り出す。
それに合わせて、のぞみも黒い腕を思いきりに伸ばし、カタリナを外壁へ叩きつける。
勢いのまま壁に埋まって、十字を刻んだカタリナ。
磔めいた形になった彼女の目はしかし、刻み付けられたダメージがあってもギラついた輝きを失ってはいない!
「……欲望に染まったモノどもめッ!? つけあがるのではないですわッ!!」
そんな気を吐くカタリナへ、ボーゾを筆頭にした面々がとどめの魔力砲を放つ。
ぶつかり弾けて混ざり、猛烈な光を放つエネルギーの塊。
誰もが決着を確信するその輝きが収まり、カタリナの残したダンジョンコアが姿を現す――はずであった。
「なんとぉーうッ!?」
砲撃のあとに現れたもの。
それは巨大な手であった。
球体関節で節々を繋いだ、無機質で巨大な手であった。
焦げ付きひび割れたそれは、亀裂から光を洩らしながら砲撃の痕跡を塞ぎながら横へ退く。
するとその陰からカタリナが、五体満足ながら壁に埋まったままの有り様を晒す。
しかし体を掴んでいたのぞみの黒腕は消し飛ばして。埋まっているのもより深く、上半身だけをさらした形でだ。
その船首像さながらの姿は、カタリナが自身の意思で体を沈めているようにも見える。
「こちらの計画を何度も……もう我慢できませんわッ!! 真正面から叩き潰してさしあげますですわッ!!」
この怒りの声に続いて、空間全体が揺れ始める。
「ヘヒィイ!? じ、地震ッ!?」
「んなわきゃあるか!? 小さくたってここはダンジョン! それもお前の! それが何でアイツの、カタリナの仕込みで揺れるッ!?」
のぞみが我に返るなり口にした動揺の言葉。それを的外れだとバッサリ切り捨てて、ボーゾは元凶だろうカタリナへ目を向ける。
するとカタリナの埋まった場所を中心に、壁がひび割れていく。
見る見るうちに亀裂を広げて、崩れていく壁面。
その奥からは眩いばかりの光が溢れ出る!
「さあ! さあさあさあッ! 見て驚くが良いのですわッ! これが私の全て……全力全開ですわッ!!」
カタリナの宣言も高らかに、砕けた壁が弾けて光が爆ぜる!
それに伴って叩きつけてくる衝撃波に、のぞみをはじめとしたスリリングディザイアサイドの面々は吹き飛ばされまいと、姿勢を低くして耐える。
やがて衝撃波が収まり、皆が顔を上げて、そして絶句する。
その原因は大きく砕け開かれたダンジョンの外壁の先。そこに広がる宇宙にも似た空間に浮かんだ巨大な物体だ。
半球形の物体に、いくつもの尖塔をシンメトリーに乗せたそれ。
浮遊する西洋風の城塞か、あるいは聖堂ともとれるそれは、半球と尖塔群との境目から何対もの白翼を放射状に広げている。
それらの表面はつるりと艶めいていて、輝くほどに磨かれたその所々には、優美な黄金のエングレーブが施されている。
そして美しく飾られた尖塔たちの中心にあって最も高いものには体を埋め込み、女神像気取りに一体化したカタリナの姿がある。
「これが私の天空大聖堂ッ!! この威光にひれ伏すが良いのですわッ!!」
浮遊聖堂のほど近くに浮かせた人形めいた手のひらと、翼の数々。それらを誇らしげに広げながら名乗り上げるカタリナ。
それに伴い強まる輝きに、ボーゾたち魔神の面々は煩わしさに顔をしかめる。
「チッ! なーにが天空大聖堂だっつーのッ! 自分がめり込んだモンを、よくもそんなありがたいもんでございだなんて言えたもんだぜッ!」
吐き捨てるボーゾを代表に、スリリングディザイアチームの面々は揃って不快感を露わにする。
否、ただ一人。たった一人だけまったく違う反応の者がいる。
「ヘヒッ……きょ、巨大ロボ戦……キタコレッ! ヘヒヒッ!」
自らを要塞と化した敵の巨体を見上げて、のぞみだけはワクワク感に目を輝かせていた。




