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111/154

111:不利になるや切断ってマナーとしていかがなものか

 スリリングディザイア勢の固まった観戦席。

 途切れ途切れに緩やかな弧を描いた長イスを連ね、円を重ねるように配置されたそれらの中、ベッド代わりに使われているものが二つある。


「どうかしら? サンドラ」


「ああ、いい……かたじけないな」


 横たえられている者の片割れはもちろんサンドラだ。

 先の戦いで胸を始め身体中を光線に貫かれる深手を負った彼女であったが、手当てを受けたことで会話が可能なまでに回復している。


「治癒の術ばかりでなく、貴重で強い薬品もずいぶん使わせてしまったのだろう? それもこちらだけでなく、シャンレイにまで……本当に、かたじけない」


 そう言ってサンドラが見やった先には、同じく長イスに横たえられた女武道家の姿がある。


 戦いの最中にカタリナに異議を唱えたがためにまとめて撃たれた彼女は、戦いのあとにそのまま放置されそうになっていた。

 そこをのぞみの願いを受けたスリリングディザイア勢によってサンドラと同じように治療され、命を拾ったと言うわけだ。


「く、薬とか……その辺については、気に、しないで……今は休んで? へヒヒッ」


 そのための手間や物資の消耗に負い目を感じた様子のサンドラに、のぞみは気にすることはないと笑いかける。傷病者に向けるには、いささか心臓に来そうな、ゴーストチック不気味スマイルであるが。


 そんなのぞみのホラースマイルを、サンドラは苦笑混じりに受け止める。が、しかしゆるゆると首を横に振る。


「しかし……この傷もこちらがもっと上手くやっていれば、仕掛けられたにしてももっと浅くできたはずだろうから……」


「……そ、そんな、ことは……」


 自分の力不足が招いたこと。

 あくまでもそう主張するサンドラに、のぞみが声をかけようとしたところで、その顔の横にモニターウインドウが開く。


『マ……スターが仰るとおり、気にしなくてよろしいことです。アナタに使った分の費用はきちんとツケてありますから。何時のことになろうが、きっちりと支払っていただきますからね?』


「ヘヒィ!? そ、そんな、ウケカッセッ!?」


 いきなり繋ぐなりの銭ゲバ発言に、のぞみは目を剥く。

 しかし主人からの、非情に過ぎないかと驚き非難するような顔に、モニター内のウケカッセは胸の前で両腕を交差して「NO」の姿勢をとる。


『なりません! なりませんよ!? たとえマ……スターのお願いであってもこればかりはやすやすと譲れません! 第一、利息無しにしているだけでも、私としては大譲歩なのです!』


「そ、そそ……そんなんじゃなりませんよ……ビーム、をされてもぉ……こ、これくらいは、ねえ?」


 あげちゃってもいいさとは思えないものか。

 そう食い下がるのぞみに待ったをかける声が、彼女の予想だにしないところから上がる。


「いや、いいんだのぞみ殿。借りの方がいい。借りにする方が、こちらの望むところだ」


「ヘヒッ、サンドラ……さん?」


 のぞみに待ったをかけたのは、かばわれているサンドラ本人であった。

 サンドラは、どうしてだと目を瞬かせるのぞみにうなづくと、モニターのウケカッセに目を向ける。


「借りた治療費、了解だ。シャンレイの分も含めて、何時までかかってでも必ず返すと約束する! それまでは、そちらが望もうと消えてやるつもりはないからな?」


 この強がりのように添えた言葉を聞いて、ようやくのぞみはウケカッセの意図に気づく。


「ヘヒッ、なるほど……!? ありがとう、ウケカッセ……へヒヒッ」


「いえ、マ……スターに感謝されるようなことでは……私としては使った費用はちゃんと膨らませるか、せめて確実に元を取っておきたいと思うわけでもありまして……」


 のぞみの感謝の言葉に、枠の中に収まった金銭欲は気恥ずかしさからか、居心地悪そうに顔を背ける。

 そして言い訳がましく理屈を並べるその様子に、のぞみの胸の間に収まったボーゾはニマニマと意地の悪い笑みを浮かべる。


「おいおい、顔が赤いぜウケカッセ?」


『そ、そんなことは良いでしょうッ!? とにかく、ツケの件は伝えましたからね? 支払いを終えるまでは倒れてもらっては困りますよ? 仮にまた貴重な秘薬を使わせたらその分もびた一文負けずに積み上げますからそのつもりでッ!?』


「治療費で借金ダルマとは恐ろしいな。せいぜい慎重着実に返済させてもらうことにしよう」


 サンドラの返答を確認したウケカッセは、話は終わったとばかりにいそいそと通信を切る。


「チェッ……逃げちまいやーがった」


「ヘヒィイ……や、止めたげて? ね? 止めたげて?」


 弄り足りないと欲求不満げに唇を尖らせるパートナーに、のぞみはほどほどにしてあげて欲しいと懇願気味にとりなしの言葉をかける。


「あー、お話終わった? じゃー起きてるサンゾーは食事にしよっかー!? 流れた分、血を作んなきゃだしねーッ!」


 そこへ待ってましたとばかりにベルノが割り込む。

 その手には、見るからに血の増えそうな料理を山盛りにした皿を抱えて。


「いや、ちょっと、食欲のッ!? 理屈は分かるがちょっとタンマ!?」


 お約束の事ながらサンドラは引きつり顔になって、これから詰め込まれるだろう料理に待ったをかける。


「そーはいかない! 他人の血を頼らないで無くした血を自然に取り戻すには食事から! だからタンマはなーしッ!」


「みぎゃぁああああッ!? むっぐっがッ!?」


「……手当してあるとはいえ、弱ってるのには違いないんだから、あんまり負担かけたりしたら、良くないんじゃないかしら?」


 悲鳴を食べ物で塞がれるサンドラへ、ザリシャーレは同情の目を向ける。


「だいじょーぶだってー! その辺りの加減は間違えたりしないからー!」


 しかしベルノは平気平気と手をヒラヒラ。その逆の手でさあ食えやれ食えとサンドラの頬と腹を膨らませていく。

 ザリシャーレはこのどうにも止まらない同胞に嘆息しつつ、視線を外す。


「本当に、加減してあげてよ? サンドラが大ケガを負ってまで手に入れてくれた情報はとんでもなく重要なのだったんだから」


 つぶやくザリシャーレが目をやった先。

 リングの上ではうどんサマナーの香川が、大蛇のごとき麺の塊と共にエルフのアーチャーとぶつかっている。


 うどんに矢を射かけつつ逃げ回るエルフアーチャーに、香川は沸騰した湯の玉を放ち、その逃げ道を塞ぐ。

 エルフはこの熱湯の掩護射撃と、胃袋に飛び込もうとするうどんを必死に掻い潜りながら、召喚主を射抜こうと構える。

 だが決まってその狙いは、白くうねる麺の束が被って阻む。


 これは香川の巧みな位置取り故に。

 召喚モンスター……否、うどんとの連携を重ねてきた経験が、本丸であるサマナーを撃たせないテクニックとして成り立っているのだ。


「ヘヒッ……罠を気にせずに戦える、ようになった……のは、サンドラさんの、おかげ……へヒヒッ」


「そのおかげで、スムネムで対策がとれているわけだからな。手厚く手当てやらなんやらやってやりたくもなるってもんさ」


 のぞみとボーゾがコンビでうなづいているとおり、香川が実力を発揮し優勢を取れているのはカタリナの横やりを防げているがゆえのことだ。

 カタリナが握っている、天井や壁の砲口をはじめとした罠の類い。それと欲望を消す歌い手である天使風味のモンスターたち。それらはスムネムが強制的に眠らせて動かないようにしている。


 当然カタリナは眠りの状態異常を解除しようと働きかけた。が、それをさせるリソースを、のぞみがダンジョン奪取をしかけることで奪い取っている。


 主催者がホームゆえに好き勝手を行う以上、バカ正直に向こうの催しに付き合ってやる必要もない。

 しかしあえてカタリナが手出しをする余裕を奪った上で、完勝する。

 それがのぞみの、スリリングディザイアチームが欲した勝利の形であった。


「では、いただいてもらいましょうか」


 程なくリングの上では、うどんと熱湯による包囲がエルフアーチャーを詰みの形にまで追いつめる。

 しかし、いよいよ観念していただきますとするしか無いとなった瞬間、リングを中心に白い光が弾けて広がる。


「ヘヒィイッ!? ど、どどどどうにかせんとッ!?」


「とにかく安全地帯のキープと、仲間たちの安全確保だ!」


 突然に自分たちを包み込んだ光に、のぞみは障壁の中で泡を食いながらマジックコンソールを操作。

 ボーゾのアドバイスの通りに障壁を広げながら、そこへ自分の身内と協力者たちを転移させていく。


 その甲斐あって、のぞみが身の回りに展開した結界の中には、次々と闘技場に無事な姿を見せる。


「あとは、香川さんを……ヘヒッ」


 しかしその操作で現れたのは白い塊。

 うどんで出来た、巨大なボールであった。


「か、香川……?」


「なんも見えない状態になっちまったからとっさに巻き付けたんだろ。剥がせ剥がせ。これじゃ息もできねえって」


 麺をそこかしこからほつれ糸のように飛び出させた塊には、魔神たちも面食らっていた。だがボーゾに言われるや、切るなり齧るなりして緊急のうどんバリアから中身を救出にかかる。


 そして程なく、鼻や口、耳までもをうどんに塞がれた香川が姿を現す。


「エフッ……ゴッホ……目が、目が、まぶしいぃ……」


「ほらほら、もー大丈夫だよー。食欲のベルノが傍にいるからねー」


 さすがに爆心地近くでモロに目を焼かれたためか、香川はまだ視界がはっきりしない様子。それをベルノが抱き止めて、顔に絡んだのを取ってやりながらなだめあやすように声をかける。


「うぅ……師匠? 本当に師匠なのですか?」


「そーだよー食材系モンスター使い贔屓のグラトニー・ベルノだよー?」


「では師匠なら、答えて下さい。カレーうどんは?」


「飲み物みたいなもんだよねー!」


「よかった。本当に師匠だった!?」


「茶番をやる余裕はあるみたいで何よりだぜ」


 そこまでにしておけよ、お前ら。と、全員を代表する形でボーゾは食欲とうどん狂いのやり取りを打ち切らせる。


「とにかく、これで全員無事ってワケだな?」


「う、うん……ま、間に合った……へヒヒッ」


 身内、味方の全員の安否を確かめて、のぞみは安堵に口の端をつり上げる。

 だがそれも、すぐに陰が差して強張ったものになってしまう。


「……け、けど……カタリナの、ダンジョンからは……弾き出されてる……感じ……」


 のぞみの手の中にあるマップには、ほんのわずかな範囲だけが、のぞみの張った結界の部分しか表示されていない。

 その外には、円形の闘技場も、これまで歩き支配権を奪い取ってきた迷宮も何も存在していない。


 ボーゾはそれをのぞき見て鼻を鳴らす。


「つまり、対戦を誘っておいて形勢不利と見るなりやっぱりヤメたーってか? そいつはまた判断の早いこって」


「そ、そう……オンライン対戦の、切断厨そのもの……!」


 不快感も露わに吐き捨てるボーゾに、のぞみが激しくうなづけば、集まったメンバーもまた同じく憤りの言葉を口々に。


「それで? のぞみよ、まさかこのまま逃げられちゃった、ヘヒッ……なぁーんて感じでお終いにするつもりか?」


「ヘヒッ!? ま、まさか……それこそ、まさか……! どんだけ手がかり、少なくたって……捕まえて、やるから……ッ!」


 挑発するような相棒の言葉に、のぞみは不敵な笑みを返してマジックコンソールを周囲に多重展開。追跡のために動き始める。

 ボーゾはそんなのぞみに笑みを深くしてうなづく。


「よく言った! さすがいーい欲望だぜ! じゃあ、俺の魔神パワー、使ってみるかッ!?」


「ヘヒッ!?」


 そして唐突な提案に、のぞみはつい手を止めて、パートナーを見下ろす目を瞬かせてしまうのであった。

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