101:躊躇ない裏切り
「ウッヒャアッ!? 守護神バウモールさんのお出ましじゃねえか!?」
時は幽霊船が現れて程なく。
不法な侵入者の対処に守備隊が動き、その統括であるバウモール自身が出撃したところ。
避難誘導から外れて残った一部の探索者達は、浜から沖の戦いを野次馬根性丸出しに眺めている。
「うーわ、新装備!? この場所で使うってことは水中戦用か? てことは船使ってたらあの装備のバウモールに追っかけられるイベントとかがあるってことか!?」
「おっそろしいこと言うんじゃねえよッ!? あんなのに追っかけられたら、直撃するまでもなく通りすがった波だけでひっくり返るってのッ!?」
「だが、スリリングディザイアだぜ? 偶に起きるダンジョン侵食の対策、そのためだけに用意すると思うか?」
「うーわ、ありえるわー! 死なないようにしてあるからいいだろって、逃げ損ねたら即強制送還な鬼畜難度のイベントの告知が目に見えるわー!」
「だが、それがいいんだろ?」
「もちろんさぁ!」
「まあそれはその時として今はスーパーロボットバトルの観戦とシャレこもうじゃあねえか!?」
「オゥイェース! バウモールさんの武装はこう……見た目のまんまってか、スーパーな感じの鉄板っていうか、パワーを感じるから見る分にはすげえ好きなんだよ」
「分かるわーこれで敵方も帆船とかじゃなきゃなぁ。鋼鉄の戦艦持って来いよ……艦載機にロボ抱えてそうなよぉー」
「ホントそれな」
そんな好き放題言いながらバウモールの戦いを眺める野次馬たちの中から抜け出て離れていく者がある。
「……良し! メッセンジャー殿は確かにこちらの救援要請を届けてくれたらしいな」
ひとり言ちながらほくそ笑むフード付きマントの女は、スリリングディザイアに捕虜と捕まっている戦士サンドラであった。
聞いてる者はいないだろうと自白したとおり、ただいまスリリングディザイアを襲っている幽霊船騒動の元凶は彼女であった。
もっとも、それを言えばサンドラを捕まえたベルノに、ザリシャーレ。さらに制限付きながら自由を許したのぞみにも原因と呼べるところはある。
しかしどこに騒動の原因、責任を置くのかはともかく、幽霊船がサンドラが脱出を企てて発したメッセージを受けて派遣されてきたものに違いはない。
明るい浜辺には暑苦しく、マントですっぽりと顔と姿を包み隠したサンドラは、野次馬たちからどんどんと離れていく。
「……あった」
そして岩の陰になった砂地の一つ。そこに砂を削り、石を置いて描かれていた模様に唇を吊り上げる。
規則的に並んだそれらは文字、それを連ねた文章のようにも見える。
しかしだったとしても、明らかに日本語ではない。
一見アルファベットに近いように見えるが、それよりももっと直線的で鋭角が多い。
これはかつてサンドラたちが、転生英雄が冒険した世界の文字。その一つなのである。
「指定されている場所は……なるほど」
地球人にとっては意味不明な、これ以上ない暗号であるそのメッセージの内容を読み取るや、サンドラはそれを腕の一振りで起こした風で吹き散らして隠滅する。
「……敵は我らの世界の魔神を従えている。こちらの者共へのごまかし以上にはなるまいからな」
こうして襲撃が始まった以上、遅かれ早かれに怪しまれてマークされることになる。
ならば与える情報は少しでも少ない方がよい。そう考えての隠蔽であった。
そして砂に残されたメッセージに指定されていた場所へ向かう。
「はーいはいはい。待った待ったー」
しかしその途中。岩壁と海を真下にした崖とで絞られ作られた道で、行く手を阻むように待ち構えていた者たちがその歩みを阻む。
「ドーモ、検問ですよーってね」
「この先に何の御用なのかな? 戦士サンドラ」
それはボーゾ配下の、パーク内の保安を請け負うアガシオンズであった。
進行方向に三人。後方に二人。
挟み撃ちの形に現れた警備アガシオンズの姿を認めて、サンドラはフードの奥で眉をひそめる。
「……答える義務があるのか? こちらの自由はそちらの女王様に認められていたはずだが?」
挟まれながらも、サンドラは与えられていた権利を盾にすっとぼけてみせる。
「まぁね。たしかに縛って転がしてるのは忍びないってなってたね。オーナー様はやっさしーからさ」
しかし皮肉めいた口ぶりでのこの主張を、警備アガシオンズの先頭に立つアーガはあっさりと認める。
それはその他の四人も同じく思っているようで、しみじみとうなづいている。
「だが、その自由もある程度の、というものであったはず。こうして我々の手を煩わせるような事態になるのを許されてはいないはずだが?」
そんなシオンの一人の言葉に、また残る四人が然り然りとうなづきながら、サンドラとの間合いを狭めていく。
「……ふん。縛られていないと言うことは、好きにしていて構わんと言うことだろう? そして求められているならば、嫌でもしゃべらされているはず。いやはや、実にお優しいことだよ。あの見るからに根倉で貧弱な女王様は」
さらに皮肉をあからさまにしての挑発。
だがサンドラを取り囲むアガシオンズは誰一人先走って飛び出すこと無く、揃ってしみじみと首肯する。
「そのとおり。しかしこうなると、オーナーの判断は甘すぎるものだったと言わざるを得ないな」
「……ふん? 使い魔風情が主人を批判するのか?」
「これは意見だ。そして、我々の意見を受けて反省せず、怒りに任せて口封じをするような狭量なオーナーでは、ないッ!!」
これを合図として警備アガシオンズは一斉にサンドラに躍りかかる。
挟み込むようにして迫る手に対し、サンドラは笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「フン、何もできないと思ってか……ッ!?」
しかしかわそうと身をよじったその瞬間、サンドラの体が突然に痺れに襲われたかのように強ばる。
この硬直による隙丸出しの瞬間をアガシオンズ達が見逃すはずもなく、全員でマントで隠れた体を捕まえる。
「ば、バカな……なぜ……? ダンジョン攻略をやらされていた時には……!?」
サンドラが驚きうめくとおり、ダンジョンのテストプレイ中にはアガシオンズに剣を振るうことはできないでも、いなしたり、逃げたりすることはできた。
今もそのつもりでいたサンドラは、このまったくの計算違いの状況に動揺するばかりであった。
「うちらとぶつかったのを、ただダンジョンで荒っぽいおもてなしの当番に当たったのといっしょにしてもらっちゃーヤダなぁ」
「庇護欲配下、保安部の我々は言わばパークの警察。そんな我々を振り切って逃げようなど、それは職質中の逃走も同然の行い、反抗の封じられた戦士サンドラにできることではないでしょうが!」
「お、おのれぇえ……!」
突きつけられた計算違いのタネ明かし。
それにサンドラは捕らえる腕を振りほどけずに、忌々しげにうめくばかり。
「侵入者とメッセージのやり取りをしていた以上、目的の一つは戦士サンドラの救出に違いないだろう」
「じゃーこのまま縛って、事が終わるまでは隔離かなぁ。渡してやるわけにもいかないしね」
「そうだな。それからサンドラにどういう措置を下すかはオーナーの判断次第か……」
「こんなことが起きないように、もっときっちり締めてもらわないとだよねー」
無事に捕物を終えた警備アガシオンズは、サンドラをしかるべき場所に移そうと移動を始める。
しかしそんな彼らに不意に影が覆い被さる。
「なにッ!?」
異様で前触れのない濃密な影。これにアガシオンズは襲撃かと身構える。
が、そんな彼らを背後の影から伸びてきたものが羽交い締めにする。
「これは!? まさかオーナーのッ!?」
「そんなはずがあるかッ!?」
自分達を締め上げる影の腕にアガシオンズが戸惑うなか、辺りを飲み込む闇が月明かりを受けたように薄らぐ。
すると警備アガシオンズを締め上げ捕らえるものたちの姿が、辺りよりも一段濃い影として浮き上がる。
それは真っ黒なヒトガタ。アガシオンズそれぞれの影が起き上がったかのような、ぴったりと各々の体格に添ったモノだ。
だが、それはあくまで印象の話。影が己の意思をもって動き、持ち主に逆らうなどあり得る話ではない。
「バカな、シャドーゴーストッ!?」
羽交い締めにされた一人が驚き叫んだとおり、黒いヒトガタの正体はアンデッド系のモンスターである。
普段は暗いダンジョンの光が射さぬ場所に隠れ、近くに通ったモノの影に潜り、また暗がりに入ったところで襲いかかるといった手合いのものだ。
かつてボーゾ達がいた世界のダンジョンでは、道半ばに倒れた冒険者の怨念から生まれるありふれたゴーストモンスターである。
「じゃあ、こいつらって……ッ!?」
「シシシ……ご名答……」
誰の差し金かと気づいたアガシオンズの声を遮って、かすれた笑い声が暗がりを通り抜ける。
その声を発したのは、闇に浮かぶ銀の垂れ葉。
いやたしかに、細く黒々とした幹に支えられたのが風に揺らいでいるようにも見える。が、そうではない。幽霊の正体となる枯れ尾花、では断じてない。
それは女だ。長身痩躯に巻き付くような黒い法衣に身を包み、長い銀の髪を垂らした女なのだ。
「おお……オルフェリア。現れた者共の雰囲気からそうではないかと思っていたが、やはりお前だったか」
「どうも、サンドラ……お察しのとおりに私だよ」
銀髪黒法衣の女の出現に、サンドラは安堵の息を吐いて、見知った顔に歩み寄る。
「しかし、そうじゃないかって……私じゃなければ誰だって言うのさ?」
「フン。お前とカタリナの仲を知っていれば、皆まさかと思うだろうさ。共通の目的があったとして、カタリナがお前の復活を選ぶのか、とな」
「キシシ! そりゃあ違いないね!」
サンドラの冗談めかした一言に、オルフェリアは細く高い体を折り曲げて笑う。
秩序の神の神官であるカタリナと、強力な死霊術師であるオルフェリア。
カタリナはオルフェリアの有り様に不快感も露に事あるごとに小言をぶつけて。
オルフェリアはオルフェリアでそんなカタリナを露骨に煙たがり、小言も右から左に流していた。
そんな両者の折り合いの悪さは、仲間内だけで収まらないほどに知られていたことである。
カタリナはどれだけ必要に迫られても、オルフェリアだけはギリギリのギリギリまで復活はさせないだろう。そしてオルフェリアも、自力で復活していたとして、カタリナとだけは最後まで合流するまい。
これがサンドラのみならず、かつての二人を知る者たち全員の見解であった。
そんな一番現れるはずのない人物が救出に派遣されてきたのである。誰でもまさかと言うところだろう。
「……ともかくだ、合流地点からわざわざ出向かせて、手数をかけた。助かった」
予想外ではあったが救援は救援だと、サンドラはオルフェリアに向けて頭を下げる。
「構わないよ。こっちもサンドラと接触できないのは困るからね。問題が起きてるって分かれば迎えに来るぐらいはするよ」
「……かたじけない」
律儀に謝意を示すサンドラに、オルフェリアはかすれた笑い声を大きくする。
「では、行こうか。どうにかどうにか連中に刻まれた呪印を解かないことにはこちらは足手まといでしかないからな」
「ふむ、呪印? 欲望の魔神たちの? それは興味深いな。どんなもの、か少し見せてもらってもいいかな」
戦力になれないことを理由に脱出を急ぐサンドラに、しかしオルフェリアは呪いそのものに興味を示して引き留める。
「後にしてくれ。脱出した後でならいくらでも見せることになるだろうから」
「いやいやいや。もしかしたらここで解けるかも知れないから、少しだけ、先っちょだけ、ね?」
「しつこいぞ! 脱出したあとでいいだろうにッ!?」
「えーいいじゃないか、いいじゃないか。ほんの少しなんだ。こうして問答する時間をかけるほうがもったいじゃあないか。ちょっと見せてさっと終わらせた方がよほど時間の短縮になる」
「時間の話ならお前が少しの間辛抱すればすむだけの話だろうが! 無理に今見ようとする方がよほど時間の無駄だろう!?」
サンドラはそう話は終わりだと、対話打ちきり振り切るようにして荒っぽく歩き出す。
「あーあー……ほんのちょっと、それだけ見てもし解けるってなったら、絶好の機会だと思うのだけれどね」
が、その歩みは背中に投げ掛けられた言葉によって引き留められることになる。
「……どういう意味だ?」
「どういうもこういうも、この混乱の中でサンドラが自由に動けるようになったら敵にとっても厄介極まるだろうなってだけの話だよ。しっかり捕まえてたはずのヤツが全力で歯向かうんだ。こりゃあビックリだろうね。シシシ……」
今が雪辱を果たす絶好のチャンス。
たしかに奇襲を仕掛けるにはいい状況には違いない。だが、この誘惑には乗るべきではない。
サンドラももちろん理屈ではわかっている。だが恥をすすぎたい欲望にからめとられた足は、理性に従ってはくれない。
意地に捕らわれて正しいと思う判断に従うことができない。
この己の意志の弱さに、サンドラは歯を食い縛って涙する。
「おや? 見せてくれる気になったのかな?」
そんな悔し涙をこぼすサンドラの気持ちはどこ吹く風と、オルフェリアは揺れるような足取りで立ち尽くす女戦士へ歩み寄る。
そしてサンドラを覆い隠すマントを掴むや思いきりに剥ぎ取る。
「シシ!? これはこれはずいぶんとまあ、らしくない」
そして露になったマントの下の姿に、オルフェリアは唇をつり上げる。
とかく飾り気のない武骨な鎧を愛用していた女戦士のビキニアーマーである。
らしくないとの言葉が出るのも無理もない。
しかし嘲りが透けて見えていれば、自分でもらしくないと思っていたとしても反感が生まれるものである。
そして、この気持ちに素直に従ったことがサンドラに幸いした。
「ぐあッ!? なにをッ!?」
「おや、気まぐれかな? 変に動くから中途半端に苦痛を与えることになってしまったじゃあないか」
身を引いたことでオルフェリアの手が掠めた腕を抑えるサンドラに、対するオルフェリアは治療から逃げる子どもに小言を言うような調子で返す。
「何を言うッ!? 動いていなければ死んでいたぞッ!?」
歯ぎしりにらみ返すサンドラ。死霊術師に触れられたその腕は、もう枯れ枝のように萎んでしまっている。
なるほど。これを呪印のところ、心臓近くに受けていたとしたら、サンドラは間違いなく死んでいたことだろう。
「そうだろうねえ」
だがオルフェリアは非難の目に怯みもせず、サンドラの言葉を肯定する。
それはつまり殺意も肯定するということ。
「ふん……最初から救出に来たつもりはなかった、と……そういうことか」
サンドラはこの裏切りに驚き目を剥くも、しかしそれは一瞬の事。
すばやく目の前の馴染みの相手を敵であると認めて、枯れた腕をかばう形で身構えるのであった。




