第6章 「影武者から工作員へ、偽王女の華麗な転身」
挿絵の画像の作成の際には「Ainova AI」を使用させて頂きました。
特に気取られずに家族や友人達には普段通りの顔を見せる事が出来ていた私だけど、その水面下では「EMプロジェクト」に対する準備が着々と進んでいたんだ。
拳銃やアサルトライフル等の実弾兵器の射撃訓練に、各種の近接格闘術。
これらの戦闘技術の鍛錬は勿論だけど、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の口調や動作の癖等の勉強も忘れてはいないよ。
過去のニュース映像等をタブレットで視聴し、表情作りも積極的にやったもんね。
今回の「EMプロジェクト」を主導する人類防衛機構や中華王朝の限られたメンバー達にしても、関係各所への根回しや必要な備品の調達といった準備に抜かりはなかったよ。
作戦当日が間近に押し迫った日の事、私はまたしても支局長室への出頭を命じられたんだ。
「明王院ユリカ大佐、これは…?」
「作戦当日に貴官に着用して頂く満州服です。愛新覚羅麗蘭第一王女殿下が御召しの礼服と同じデザインになっております。」
支局長室のデスクの上に置かれた、長袖の旗袍と褲子で構成された赤い満州服。
その場で着込んでみたら、私の身体にピッタリとフィットしたんだ。
「満州服に袖を通すのは初めてでありますが、豪奢でありながらも動きやすくて良い物でありますね。完顔阿骨打や努爾哈赤の指揮下で武勇を誇った騎馬民族の民族衣装の流石を実感させられます。しかしながら、この着心地は妙に既視感があるような…」
腕や脚を振り回しながら、私はこの奇妙な既視感に首を傾げていたんだ。
私が満州服を着るのは、この時が生まれて初めてだと言うのに。
「そう感じられるのも道理ですよ、吹田千里少佐。貴官が着用している満州服は表面の質感こそ絹織物に似せていますが、その実態は遊撃服と同じナノマシン配合の特殊強化繊維で出来ています。皂靴の素材と耐久性も普段お使いの戦闘シューズと同様です。武器弾薬が持ち込めない『EMプロジェクト』ではありますが、せめて防御性だけは普段と同水準の物を御用意させて頂きました。」
「成る程…それならば!」
ユリカ先輩の説明を聞くや否や、私は護身用の自動拳銃を取り出して自分の胸元目掛けて発砲したの。
「おおっ!」
その性能の素晴らしさに、私は思わず声を上げてしまったの。
立ち込める硝煙臭と共に破裂音が鳴り響いたけど、私も満州服も傷一つなかったんだ。
「成る程、これは素晴らしい…」
たとえ丸腰での潜入であっても、防御面で普段通りの水準が発揮出来るなら大違いだよ。
これは実に心強い限りだね。
そして「EMプロジェクト」における満州服以外の装備類も、既に仕上がっていたんだ。
「此方が、変装用のカラーコンタクトとGPS内蔵の義歯であります。どちらも吹田千里少佐の細胞より生成致しましたので、自然な形で着用出来るでしょう。」
カラーコンタクトは両目の分で一セット、義歯は上下左右の親知らずのスペースに填める四本分が鎮座していたんだ。
そのうちGPSは予備も含めて上の歯二本分で、下の親知らずに填める義歯にはそれぞれ異なる役割が与えられていたの。
「この下顎用の義歯は、此度の作戦に協力して下さった外部協力団体との共同開発で出来た産物です。紅露共栄軍の拠点に連行された後にお使い下さい。」
「ほう…」
秘書官に頷きながら、私は「EMプロジェクト」の重要性を改めて実感したんだ。
人類防衛機構に中華王朝の紫禁城、そしてこの当時は秘密裏にされていた外部協力団体。
沢山の組織が動いている本作戦、決して失敗は許されないってね。
そうして迎えた作戦当日には、万事滞りなく順調に進んでいったの。
本作戦における最優先の護衛対象である愛新覚羅麗蘭第一王女殿下は、何と私こと吹田千里少佐に偽装する形で中華王朝へ帰還されたんだ。
練度を高める為の特殊訓練という名目で堺県第二支局のヘリポートから垂直離着陸機で飛び立ち、そこから中華王朝国内における人類防衛機構の基地を経由して紫禁城へと帰城されたの。
そんな愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の護衛は、英里奈ちゃん達三人の選抜メンバーが担当したんだ。
大型拳銃と近接格闘を組み合わせた戦闘スタイルを得意とする和歌浦マリナ少佐に、光刃剣とレーザーウィップの二形態に変形するレーザーブレードを自在に使いこなす枚方京花少佐、そしてレーザーランスを用いた槍術を得意とする生駒英里奈少佐。
この三人による護衛なら、どんな事態が起きても大丈夫だよ。
何しろ私が最も安心して背中を預けられる戦友なのだからね。
そうして満州服や漢服を着込んで女性官僚の姿になった英里奈ちゃん達三人の手で、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下は無事に紫禁城へ帰城出来たって寸法だよ。
そしてマスコミには徹底的な箝口令を敷き、然るべき時が来るまで殿下の帰城は秘密とされたの。
要するに、私が影武者兼トロイの木馬としての役割を全うするまでの間だね。
そして影武者である私の方も実に首尾良く進んで、シナリオ通りに堺市堺区の湾岸地域で襲撃を受けて見事に拉致されちゃったんだ。
まあ、そこだけ警備にわざと隙を作ったから当然だけど。
孫呉の呂蒙だって、関羽と関平の動きを読みやすくする為に麦城の北門だけ兵を手薄にしたじゃない。
まあ、乱暴に押し込められたのは閉口させられたけどね。
そうして首尾良く敵の手に落ちた事に喜んだ私は、自己催眠にかけて失神したように見せかけながら全ての準備を済ませたの。
まずは義歯の生体GPSを舌で起動させ、それから自身の状態をサッと確認したんだ。
後ろ手にかけられた手錠以外に拘束がないのは、私の身体がスーツケースに押し込められているからだね。
随分と気密性が高いスーツケースだったけど、これも敵さんなりの理由があったんだ。
何と敵さんったら、事故を装って車ごと海に落ちちゃったんだよ。
それで海底に忍ばせていた小型潜水艇に、スーツケースごと私を放り込んじゃったって訳。
荒っぽい手段だけど、なかなか考えたね。
「どうだ、王女殿下の様子は?公開処刑の動画を中継するまでは生きていて貰わねばならんのだぞ。」
「完全に失神していて、全く大人しいもんです。」
盗み聞きした会話の内容から察するに、敵さんは私の事を王女殿下と信じて疑わなかったみたい。
そしてそれは、アジトの連中も同じだったんだ。
紫禁城に帰城された愛新覚羅麗蘭殿下が公式チャンネルで日本での公務を話題に談話を始められた時なんか、もうアジト内は大混乱だったの。
「どういう事だ!?どうして麗蘭王女が紫禁城で談話を生中継しているんだ!」
「分かりません!確かに身柄を拘束したはずなのに!」
「じゃあ、コイツは一体!?」
そうして動揺した兵士達が駆け寄って来た時、私もいよいよ行動を開始したの。
「そーれっと!」
「あぶっ!」
破壊した手錠をナックル代わりに御見舞いした正拳突きは、敵兵士の顔の骨を粉々に砕いてしまったの。
「アッハハ!まずは一人!」
倒れ込もうとする身体からアサルトライフルを奪い取ると、私は三カ所の急所にライフル弾を叩き込んでやったんだ。
今まで大人しくしていた分、いつも以上に闘争本能が昂っているみたい。
「何だ、どうした!」
「見ろ、麗蘭王女が仲間の銃を!」
トドメとばかりに首の骨を踏み潰した所に、異変を聞きつけた兵士達が駆け寄ってくる。
ウォーミングアップには手頃な相手だったね。
「二人、三人、四人!ついでにコイツも!」
そうして部屋の監視カメラ諸共に蜂の巣に変えると、私は可能な限りの武器弾薬を略奪してその場を後にしたの。
後の事は、最初の頃に述べた通りだよ。




