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第5章 「偽王女候補の士官が休暇の代わりに求めた物」

 愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の身代わりに丸腰で紅露共栄軍に拉致され、義歯に仕込んだGPSで呼び込んだ友軍と合流するまでは現地で武器を調達して孤立無援の破壊工作を行う影武者作戦。

 そんな生還率が高いとは御世辞にも言えない「EMプロジェクト」への参加を二つ返事で快諾した私は、支局長である明王院ユリカ先輩から三日間の休暇を取る事を勧められたんだ。

「この三日間は特別休暇という扱いで、通常の有給休暇とは別枠という位置付けなのですよ。シフトにつきましては人事課が調整致しますので、吹田千里少佐は一切心配御無用です。」

 要するに「作戦中に万一の事が起きても悔いを残さないように、家族や友達と存分に思い出を作りなさい」という御優しい御配慮だね。

 だけど私は、それを丁重に辞退させて頂いたの。

「明王院ユリカ大佐の御優しき御心遣い、心より感謝申し上げます。しかしながら、それは御気持ちだけ頂きたく存じ上げます。自分と致しましては、普段通りの勤務シフトに入る方が心が落ち着きますしパフォーマンスも向上すると考えるのです。同僚や部下達との交流なら通常シフトの休憩時間に充分取れますし、御子柴高のクラスメイトも登校日に顔を見ればそれで充分、家族につきましても勤務や授業が終わって実家に帰宅すれば充分に交流をする事が出来るのです。」

 そう言って「EMプロジェクト」の始動までの日々を普段通りに過ごす道を選んだ私だけど、支局での勤務シフトに関しては少しだけ変更を加えたんだ。


 打ちっぱなしのコンクリートに囲まれた無機質な空間は、無用の虚飾を排した質実剛健な落ち着きに満ちている。

 支局ビルの地下6階に設けられた地下射撃場は、レーザーライフルを個人兵装に選んだ私にとっては日常的に使う事もあって自室のように勝手知ったる場所なんだ。

 だけど扱う銃器に関しては、普段とは違うんだけどね。

「うむ、命中率九割八分…ワルサーに次いでマカロフの射撃精度も良い感じ!」

 ハンガーに吊られた黒い人影の標的に穿たれた風穴を射撃用ブースから確認し、私はその成果に満足したの。

 眉間に喉元、そして心臓。

 三カ所の急所を綺麗に打ち抜けていたからね。

「良し!次はトカレフと行こうじゃないの!」

 暴発しないようにフィンガーセーフティを守りながら弾丸を装填し、スライドストッパーを押し下げる。

 そうして正しい手順で弾込めを終えた私は、軽く足を開いた仁王立ちの姿勢で引き金を引いたんだ。

 乾いた破裂音と時を同じくして、胸まで焦がすような硝煙の芳香が濃密に漂う。

 役目を終えた空薬莢が美しい金色の軌跡を描き、冷たい金属音を鳴らして床に散らばる。

 銃口からほとばしる、マズルフラッシュの真紅の閃光さえも愛おしい。

 そんな実弾兵器ならではの美学とロマンに法悦を味わっていた私だけど、やるべき事はキチンと成したからね。

「うん、最高!こうでなくっちゃいけないよ!」

「全く以てその通りだな、ちさ。好調なようで何よりだよ。」

 歓喜の声を上げた私に応じてくれたのは、隣のブースで射撃訓練に精を出していた和歌浦マリナという特命遊撃士だった。

 この右サイドテールに結った黒髪と長い前髪で隠した右目が特徴的な少女は、私と同じ元化二十二年に正式配属された少佐階級の特命遊撃士なの。

 私にとっては「同期の桜」になる訳で、何かと懇意にして貰っているんだ。

 大型拳銃を個人兵装にしている事もあり、よく地下射撃場では一緒になるんだよね。

「しかし驚いたね…マカロフやトカレフだけじゃなく、ドイツのワルサーにアメリカのコルトと様々な国のガンメーカーの拳銃をぶっ放してるじゃないか。しかもその全てで好成績を弾き出している訳だしさ。」

「まぁね、マリナちゃん。私も少佐に上がった訳だし、拳銃のスキルを底上げしたいと思ってね…」

 ツインテールに結った髪を弄びながら頭を掻く私の顔は、随分とだらしなく緩んでいたんだろうな。

 とは言え拳銃使いのマリナちゃんに褒められる位なんだから、それなりに胸を張る権利はあるのかも。

「おっ!感心、感心!ちさも少佐としての心構えがキチンと出来ているみたいだね。それじゃ軽く息抜きと行こうじゃないか。さっきスマホを見たら、お京と英里の二人も訓練メニューが終わったみたいだし。」

「おっ、ホントだ!京花ちゃんと英里奈ちゃんの二人にも、私の精密射撃を見て欲しかったなぁ…」

 そうして軍用スマホをチラ見しながら弾んだ声を上げた私だけど、果たして普段通りのテンションでいられていたのかな。

 まあ、マリナちゃんは特に気付いてなさそうだから良かったけど。


 入室した休憩室では、自分達の訓練メニューを先に終えた友達二人が飲み物片手に仲良くお喋りしている真っ最中だったの。

「やあ、マリナちゃんに千里ちゃん!御同伴とは隅に置けないねえ。」

「ちょっ、ちょっと!変な事言わないでよ、京花ちゃん!」

 目が覚めるような青いサイドテールが印象的な少女士官の軽口には、思わず度肝を抜かれたよ。

 私より一足先に少佐に昇級した枚方京花ちゃんは明るくノリが良い子なんだけど、時々こういう悪友ムーブメントをしてくるから困っちゃうんだよね。

「御疲れ様です、千里さん。御噂によりますと、射撃訓練が好成績だったそうで御座いますね。それは実に重畳で御座います。」

「ありがとう、英里奈ちゃん!さっきのあの精密射撃、英里奈ちゃんにも見せたかったよ!」

 癖のないライトブラウンの長髪を軽く揺らした生駒英里奈少佐の一礼は実に優雅で、戦国武将として名高い生駒家宗の血を継ぐ伯爵家の跡取り娘の流石を感じさせる。

 海外の貴人の影武者を務める私としては、この英里奈ちゃんの気品を爪の垢程度でも良いからお裾分けさせて頂きたい所だよ。

 そんな具合に各々の定位置に座りながら雑談タイムと相成った訳だけど、その話題は私の事で持ちきりだったんだ。

「射撃訓練もそうだけど、ここ数日間の千里ちゃんって本当に頑張ってるよね。私なんか近接格闘の訓練で何度も模擬銃を取られた上に投げられちゃったよ。」

「ナイフ戦闘術や銃剣術の訓練にも積極的に参加されていらっしゃいますよね。(わたくし)も銃剣術で手合わせさせて頂きましたが、それは見事な物で御座いました。」

 同期の友人達が口を揃えて言うように、この時期の私は特定の訓練の時間を普段以上に増やしていたの。

 実弾銃の射撃に近接格闘、それにナイフ戦闘術。

 それらは全て、「EMプロジェクト」へ備える為だったの。

 愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の影武者として丸腰で敵の拠点に移送された後の私は、敵の武器を奪うまでの間は徒手空拳で戦わなければならないし、どんな武器を奪えるかも分からないもん。

 古代中国の人は「有備無患」と言ったけど、あれって本当に的を射ているよね。

「お京も英里も、やっぱりそう思うだろ?これだけ頑張っているんだから、さぞかし頼もしい少佐殿になるだろうよ!」

「ま…まぁね、マリナちゃん!私ってみんなより一年遅れて少佐に昇級したから、追いつけ追い越せって感じだよ!」

 こうして頭を掻いて応じた私だけど、この同期の子達にも本当の事を打ち明けられないと思うと少し淋しかったな。

 だけどマリナちゃん達と一緒にお喋りした時間は、「EMプロジェクト」へ参加する私にとって間違いなく糧になったんだよ。

 願わくば、またこの戦友達と堺県第二支局で笑い合いたい物だね。

 そして仮に私が戦死したとしたなら、この戦友達は英霊になった私に必ず手を合わせてくれるに違いない。

 そんなモチベーションと安心感とが、確かに形成されたんだ。

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― 新着の感想 ―
しんみりするお話ですね。 千里少佐からすれば読者にそう思ってほしくないだろうけど。 私だったら休暇を受け入れちゃいますよ。
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