プロローグ第2章 「我は獅子身中の虫」
だけど、そこまで上手くはいかなかったんだ。
「おっ、ジャムったかな?」
こんな具合に、即興の戦場狂想曲は機材トラブルで一時中断せざるを得なくなったんだ。
乗ってきたタイミングで急な弾詰まりってのは、本当に興醒めなんだよ。
「全くもう…これだから安物は困るんだよね!」
だけど私は、そんな事は全く気にしなかったの。
弾詰まりを起こした軽機関銃にだって、使い道はまだあるんだからね。
こういう時に見苦しく狼狽えちゃうか臨機応変に対応出来るかで、人間の真価は決まってくると思うよ。
特に生きるか死ぬかの戦場だと、尚更シビアに響いてくるんだ。
「そらよっと!」
軽い掛け声一発で鳴り響くのは、金属質の鈍い破壊音。
生体強化ナノマシンと強化薬物によって戦闘用に改造された身体が発揮出来る腕力により、ジャムった軽機関銃は再利用不可能な金属片になってしまったの。
この屑鉄の山が、今から良い仕事をしてくれるんだよ。
そしてそれを有効活用出来るのは、この私だけだよ。
「銃声が収まったぞ、奴の身柄を確保しろ!」
「もう生死を問う余裕はない!」
随分と賑やかになってきたけど、敵の新手が来たみたいだね。
これは実に好都合だよ。
「貸してくれて感謝するよ…今から利子をつけて返すからね!」
そうして不運にも踏み込んできた敵の小隊目掛け、私は足元の金属片を次々と投げつけてやったんだ。
狙いは勿論、身体の司令塔である脳天だよ。
「ガアッ!」
「ゲフッ!」
聞くに耐えない醜い断末魔の悲鳴を上げ、敵兵達が次々と事切れていく。
きっと死因は脳挫傷だね。
それでも死にきれなかった奴には、満州服のポケットから取り出した自動拳銃で速やかに引導を渡してやったよ。
「分捕った銃弾が勿体ないけど、仕方ないなぁ…」
まあ、銃だの弾薬だのはそこらの死体から回収すれば良いだけだからね。
愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の影武者として丸腰で拉致される以上、武器弾薬や兵糧の現地調達は最初から想定していたよ。
さっきの敵兵は私の事を「死体漁りの雌ハイエナ」って呼んできたけど、あれは実に秀逸な比喩だったなぁ。
とは言え御礼を言おうにも、ソイツもとっくに私に漁られる死体に成り下がったんだけどね。
そういう訳で、私は例によって戦場の落穂拾いに勤しんでいたって訳。
「おっ!さっき捨てた銃の代わりになりそうな自動拳銃を見っけ!」
「それは良かったな、変な動きをせずに立ち上がれ。」
そんな嬉々としながら死体を漁る私の背後から聞こえてきたのは、憎悪を押し殺した低い声だったの。
後頭部に押し当てられた冷たく硬い感触は、さっき私が捨てたピストルの銃口だね。
「この薄汚い死体漁りめ、よくも我々紅露共栄軍をここまでガタガタに…貴様、麗蘭王女じゃないな?」
「おやおや…私が誰なのかを知って今更どうするの?」
ゆっくり立ち上がりながら振り向くと、そこには辛うじて生き残った敵兵が拳銃を構えて立っていたんだ。
その往生際の悪さには呆れ返っちゃうね。
「日本での公務を終えた愛新覚羅麗蘭第一王女殿下が紫禁城へ無事に帰城された事は、既に君達もネットの中継放送で知っているはずだよ。公務で近畿地方を訪れた麗蘭王女殿下を殺害する事で公安組織の権威や日中政府の信用を失墜させようという君達の企ても、これで台無しだね。」
そこで私は、この敵兵の心を折ってやろうと考えたんだ。
此度の戦が我が軍の完全勝利に向かっている事を、嫌味たっぷりに語る事でね。
「何しろ電波ジャックで王女殿下の公開処刑を放送したくても、肝心の王女殿下が影武者の私じゃあねぇ…分かるかな?完全敗北なんだよ、君達の。」
「ぐっ、ぐぬぬ…」
私を見据える敵兵の顔から血の気が引き、代わりに両目には憎悪の炎が揺らいでいる。
実に良い傾向だよ。
「中華王朝の政府軍と大日本帝国陸軍女子特務戦隊の勝利で終わったアムール戦争から早くも数十年。敗戦後も水面下で細々と命脈を保っていた紅露共栄軍の残党も、いよいよ今日が年貢の納め時って訳だよ。それとも有力派閥としての『ユーラシア・ユニオン』という呼び名の方が満足かな?もう何もかも諦めちゃって、潔く投降しなよ?」
「黙れ、この偽王女!赤目の雌ジャッカルめ!」
怒りに任せて引き金は引かれたけど、その弾丸は私を射抜けなかったの。
「な…?何っ!?」
銃身を内側から裂く形で轟いた破壊音は、弾詰まりによる異常高圧の産物だよ。
そうして暴発した火薬のエネルギーは、射手である敵兵に容赦なく牙を向いたんだ。
「アッハハ、かかったね!」
「が…があっ!」
意味をなさない絶叫は、まるで手負いの獣のよう。
粉々になった銃の破片に全身を突き刺された敵兵の姿ったら、情けなくて見ちゃいられなかったよ。
「そろそろ暴発しそうだから捨てといたんだよ。君達の銃器は粗悪な安物が多いからね。でも君が私につけてくれた『赤目の雌ジャッカル』って仇名はなかなかカッコいいね。それだけは評価してあげるよ。」
「ぐああっ…がああっ!」
もっとも、ああして床に転がり身も世もなく悶え苦しんでいる様から察するに、もう何も聞こえてないみたいだね。
私の声も、そして奪い取ったばかりの自動拳銃に弾丸を装填する音も。
「これは私なりの御礼だよ。真っ直ぐに極楽浄土へ行かせてあげる!悪人正機って奴だよ!」
眉間に喉、そして心臓。
三カ所の急所に銃創を穿たれた事で、ソイツは漸く大人しくなったんだ。
「冥土の土産にもう一つ教えてあげるね。私の名前は吹田千里、人呼んで『赤眸の射星』。日本と中華王朝の末永い友好と繁栄の為に、そして何より人類防衛機構の大義の為に。紅露共栄軍に地獄をもたらす獅子身中の虫の役目を、今こうして果たさせて貰うよ!」
そうして敵兵達から奪い取った装備に身を固めると、私は完全に破壊し尽くした部屋を飛び出したんだ。
特命遊撃士、吹田千里少佐。
この紅露共栄軍の本拠地を舞台に、思う存分に暴れさせて頂くよ!




