第9章 「嵐山からの使者」
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
崑崙仙軍に所属する道士である葛葉舒さんの助力を得られた事は、孤立無援の状況にあった私にとって実に喜ばしかったの。
たとえ霊体だけだとしても、背中を預けられる相手がいるのは心強いからね。
そして何より、マンパワーが増えればその分だけ制圧がやりやすくなるんだから。
「そうなると、この左下の義歯も恐らくは…」
奪ったグレネードランチャーで敵兵ごと基地施設を破壊しながら、私はこの発想に思い至ったんだ。
右の義歯から崑崙仙軍の葛葉舒さんが現れたんだから、残る左の義歯からも援軍が現れたって何も不思議じゃないもんね。
御誂え向きに、この場の敵は今しがた皆殺しにしたばかり。
新たな助っ人を及びするにはうってつけだね。
幾ら崑崙仙軍が誇る凄腕の戦士とは言っても、葛葉舒さん一人だけに苦労はさせられないよ。
「頼むよ、左下の親知らず!」
軽く力を入れて歯茎から義歯を引き抜き、それを掲げて放り投げる。
さっきと全く同じ動作だね。
だけど今回生じたのは、青白く細長い光だったんだ。
爆煙が立ち込める薄暗い空間では、その光は事更に美しくて神々しいよ。
「んっ、これは!?」
だけどよく見たら、それは単なる光の帯じゃなかったんだ。
小さいけれども前肢と後肢がついているし、つぶらな赤い瞳と尖った耳までついているんだよ。
「これは、管狐…」
飯綱使いと呼ばれる特殊な訓練を受けた霊能者が使い魔として使役する、日本古来の精神生命体。
話には聞いていたけど、現物を直接拝む事になるとはね。
「ん〜、もう一人の助っ人は管狐かぁ…流石に私も飯綱使いの訓練なんて受けてないしなぁ。京洛牙城衆の人達だったら上手く使役出来るんだろうけど…」
困惑した私がボヤきながら口にしたのは、かつて共同戦線を張った事のある嵐山の霊能者集団への無い物ねだりだったの。
嵐山の牙城大社を拠点とする京洛牙城衆なら英里奈ちゃん経由でコネがある訳だし、協力してくれたら心強かったんだけど。
ところが私の一言は、単なる無い物ねだりでは終わらなかったんだ。
「それなら心配御無用で御座います、吹田千里少佐。」
「えっ、誰…って、まさか!」
突然聞こえてきた誰何の問いに視線を泳がせた私は、先の管狐に釘付けになってしまったの。
青白く光る管狐が、くるくると円になって回転する。
その前転運動が終わった頃には、そこには白い和服と赤い女袴という巫女装束に見を包んだ雅やかな大和撫子が佇立していたんだ。
透き通るような白い細面の真ん中で煌々と輝く赤い瞳に、長い銀髪を押し退けるようにして頭頂部から生えた三角形の狐耳。
その姿は正しく、先の管狐が擬人化したとしか思えなかったの。
「これは助かったなぁ…この管狐、人間に変身出来るんだ。」
「いえいえ、吹田千里少佐。今は管狐に霊体の一部を憑依させてはいますが、私も貴女と同じ人間で御座いますよ。深草伊奈利、京洛牙城衆より助太刀に参りました。」
これは見事な勇み足だったね。
葛葉舒さんの時と同じような、二の舞を演じてしまったよ。
「そうでしたか、京洛牙城衆から…それは実に頼もしい限りですよ。生駒家の方々には何かと懇意にさせて頂いておりますから。」
「吹田少佐の御噂は美里亜御嬢様より伺っておりますよ。『英里奈姉様が壮健に日々を過ごされているのも、千里さんを始めとする戦友達の存在あってこそ。人類防衛機構や中華王朝政府軍、そして崑崙仙軍。三つの組織と力を合わせて賊徒を討ち、千里さんを御守りするのです。英里奈姉様を悲しませてはなりません。』と、固く命じられた次第です。」
生駒英里奈少佐の双子の妹である生駒美里亜ちゃんは分家である嵐山の牙城大社に養子に出された子で、行く行くは京洛牙城衆の最高幹部である大巫女の地位に就く事になっているの。
しかも私達と同じ高二の今の段階で、もう既に組織の運営にも参加しているんだって。
さっき私が言ったコネというのは、そういう事なんだよ。
「そうだったのですか。美里亜ちゃん…いえ、次期大巫女さんがそのような事を。それにしても徹底されてますね。管狐を使役されているので、そうして狐耳を。」
管狐と霊体を憑依させた事で狐耳が生えたのか、或いは霊体になると生えるのか。
理屈は分からないけど、イメージに合っていて凄いよね。
「お気付きですか、吹田少佐。何しろ私、家系は狐憑きで尚且つ飯綱使いの修行も積んでいるのですよ。明治の頃に我が一族に飯綱使いの血が入ったのですけれどね。」
「成る程、狐憑きの家系…それは心強い限りですよ。」
オカルトに関しては門外漢の私にとって、飯綱使いと狐憑きの特性がそれぞれどのようなメカニズムで機能しているのかはよく分からなかったの。
私にとって大切なのは、深草伊奈利さんが心強い助っ人で尚且つ「知人の知人」という接点から私に好意的な感情を向けているって事だよ。
要は安心して背中を預けられるなら、今はそれで問題なしなの。




