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55 リヴィアという女

 オルブライト夫人に『聖女』リヴィア様のことを尋ねる。

 彼女は一体、どういう人物であるのか。私の知らないことを。


「リヴィア様は『悪人』ですね」


 きっぱりと。オルブライト夫人は、そう断言する。

 それは正直、意外な評価と言えた。

 リヴィア様本人がどうというより、目の前の夫人が、そのように人を評価することがだ。


「あ、悪人ですか」

「悪女と言った方がいいですかね」

「えっと。もしかしてカールソンの屋敷で、彼女に何かされたのでしょうか?」

「いいえ? 何も。というより、されていたとしても『私には』効かなかっただけです」


 彼女には効かなかった?


「悪人というのは『悪意がある』から悪人なのではありません。たとえ、悪意がなかろうとも悪人にはなれるのです。リヴィア様は、そういう人間ですね。悪意のない悪人。最も性質(たち)の悪い人間と言えます」

「ず、随分と辛辣な評価ですね……。正直、驚きました」

「エレクトラ様は人が良さそうですね。ですが、そういう方だからこそ、あの手の人間の相手はしない方がいいでしょう」

「……私の人がいいかはさておき。悪意のない悪人ですか。それは、どういうことなのでしょう?」

「そのままの意味ですよ。彼女のしていることは、悪徳そのもの。エレクトラ様は、既に新しい恋を始めていらっしゃるようで、故に『過去』のことになってしまったようですが。そもそも『既婚者に手を出す』という行為は、おぞましいものですよ? 私にも夫が居るので分かります」

「それは……はい。分かっております」


 私の場合、『夢』という不可思議な要素が間に入り込んだため、きちんと問題に向き合えなかった面がある。

 だが、一般的な感覚で言えば、彼らの行為は後々まで尾を引くほど悪辣だ。


「カールソン家で暮らしている間、何度もリヴィア様の言動を耳にしました。そこでのリヴィア様の言動は、いわゆるマウント行為……。『離縁された妻』に対し、己の方が彼に愛されているのだと、あらゆる角度からアピールしてくるのです。まぁ、ご存知の通り、カールソン子爵に対して思うところなどない私が、彼に愛されている話を聞かされても『そう、良かったですね』と思うだけだったのですが」


 うわぁ。そんなことを言ってきたのね、彼女。

 朧げな記憶だが、夢での彼女とも一致する。やはり、現実とそうは変わらないらしい。


「それは、なんというか、申し訳ございません。私の代わりにそんなことを聞かされて……」

「エレクトラ様が謝る必要はないと思います」


 まぁ、それはそうだけど。謝るというか『申し訳ない』というか。


「では、それらの言動をリヴィア様が悪意を抱いてしていたかというと、どうやら、そうではないらしいのです」

「そうなのですか?」

「ええ。彼女は、どう聞いたって悪意しか感じられない言動を、本気で、純粋に、していました。……これは私からの忠告、といいますか。事後評価、ですかね。エレクトラ様は、彼らと話さずに離れて正解だったと思いますよ。特に彼ら二人が揃っている時には、話しなどしない方が無難だったでしょう」


 私は、さらに驚いた。『話し合わない』ことが正解だとまで言われるとは。


「リヴィア様には悪意がありません。ということは、そこには『擁護』の余地があるということです。業腹ですが。そして、あの手の輩を擁護する者は残念ながら、居なくなることはないでしょう。カールソン子爵もそのタイプです。有体に言えば、簡単に絆されます。彼女が一たび、悲し気に振る舞えば、彼女を擁護し、周囲を悪と見做して声を荒らげたでしょう。……ですが」

「はい」

「先に言ったように、彼女の言動は度し難いものです。特にエレクトラ様の立場であれば、よりいっそう。吐き気すら催すほどの言動です。それらの言動を『悪意がないから』『事情があるから』と擁護されながら、ぶつけられ続けるのです。当事者であれば、かなり耐え難いですし……。武力的に制圧して黙らせる手段がないなら、まぁ、彼らと関わらないのが最も賢い選択かと」

「そ、そうなのですね」


 なおのこと、それらを受け止めてくれた彼女に申し訳がないような。

 ファーマソン公爵家繋がりで、あまり『味方』とは言い難い立ち位置だった彼女だけど。

 彼女の存在は、いい感じに私にとって『盾』の役割を担ってくれていた。

 もちろん、彼女側にも利得があってそうしたのだろうから、私がそこまで恩義を感じる必要もないと思う。


「あの手の女性につける薬はありません。悪意があった方がマシでしょうね。少なくとも相手を見て、踏み込めば怪我をすると分かれば引くでしょうから。ですが、彼女は『天然』もの。こちらが甘い態度を取れば、己に対して優しいと認識し、どこまでも甘えてくるでしょう。それは迷惑極まりないこと。彼女は、優しい相手を食い物にしなければ生きていけない人です。……ただ」

「は、はい」

「……愛情を求めていらっしゃるのでしょうね、彼女は」

「愛情ですか?」


 私は首を傾げる。愛情ならば、ハリード様が与えてくれるのではないだろうか。


「愛情と言っても無償の愛。『親の愛』の方です。『足りなかった』のでしょうね、きっと。だから優しい人を求める。依存先を求めている。その気がある人なら、彼女を『育て直す』のも一興でしょうが……。その責務は、エレクトラ様にはありません。私にも」


 私は、口を噤んで彼女の言葉に耳を傾けた。


「『赤の他人』が己に『親の愛』を求めてくるだなんて。それも略奪愛をした人間が。あろうことか、その男を奪われた女に求めてくるのです。一人の人間として、そのような感情を抱く『理屈』は理解できますが、それをこちらが受け入れられるかは別の問題です。無闇に踏み込まないのが賢い生き方ですよ。彼女の救い手が貴方である必要はありません。まぁ、カールソン子爵が担えるとも思えませんが。エレクトラ様、自分を守るために弱き者の手をきちんと振り払えるかも、大切な判断ですよ」

「……はい」


 オルブライト夫人は、強い人だなと感じた。

 リヴィア様には同情の余地はあるのだろう、きっと。可哀想だとも思えるのだろう。

 一緒に暮らしていれば、そのことに思い至れるほど。


 ……でも。


 それを良しとし、受け入れる『義理』が、彼女にも、私にも、なかった。

 夢のように、或いは彼らの思惑通りに。あの家に囚われていたらどうなっていただろう?

 見捨てることが出来なくなっていたのかもしれない。


 少なからず情が湧いて。『娘』のように思って?

 だからこそ、あの家を離れて『正解』だったとオルブライト夫人は言うのだ。


 リヴィア様と一緒に暮らしていたら、きっと『私の幸せ』が彼女に食い潰されていたのではないか。

 夫人の話を聞いて、そう思った。

 そうしなければ生きていけない人なのだと。


「ありがとうございます、オルブライト夫人。貴方の話を、評価を聞けて良かった。今後の参考にさせていただきます」

「それは良かったです。私も打ち明けられて、少し安堵しました。伝えておきたかったことですから」

「それは……」


 苦笑いを浮かべるしかない。

 夫人が費やした半年の労力に、私はとても助けられた。


「ベルトマス兄様には、良く言っておきますね。オルブライト商会の件」

「ええ、そうしてください。エレクトラ様、お話を聞いていただき、ありがとうございます」

「こちらこそ」


 そうしてオルブライト夫人を見送った。

 とても……ええ、とても有意義な話が出来たと思う。


更新、空いてました。

ちょっと別作の締切が今月末で追い込みかけてて、頭のリソースをそっちに費やしておりました。

大分、ヤバかったので……。落ち着きましたが。


今作についての良い話もあったので、

今日以降と10月は、今作に対してリソース割く感じになります。

といっても、WEB版は、そこまで完結まで長くないと思いますが……。


並行して、蛮族令嬢リメイクと『偽りのピンクブロンド』も更新していく予定ですー

未完結のWEB作品が現在、R18含めて4本ある……。

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― 新着の感想 ―
読んでる途中だったけど感想書きにきました! 作者さんの言語化能力スゲーーーーーーーー!!! 読んでいて、「なんかこのキャラの行動、モヤッとするな…」っていうストレスを、めちゃくちゃわかりやすく解説し…
だから前の感想にも書いたけどリヴィアはたちが悪い! 関わっちゃ駄目!ほっとけよ! 手を差し伸べようとか思うな!
リヴィアは、もっと端的に、根性が腐った自己中心的性格、で表せれる性悪。
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