52 宣誓
「「「わぁああああああ!」」
観客席と試合を見ている騎士たちから歓声が上がる。
試合はトーナメント形式で進行し、まだ試合数が多い内は、会場を4区分して同時進行だ。
連戦による疲れで、勝ち上がるほどに微妙な試合になることを避けるため、試合日程は数日に分けて行う予定。
今日は開会式も兼ねての集客度、注目度だった。
その中でも仮面の騎士こと『ロビン』様は、中々に人気があるようだ。
開幕の宣誓が効いたのだろう。
あの仮面の騎士の正体は、一体? とか。彼は誰に告白するのだろう? とか。
なかなかの盛り上げ役だ。
序盤の組み合わせでは、リシャール様に勝てる相手は、おそらく居ない。
別に工作で彼を勝たせるつもりではなくて、後半になってから強者とぶつかるように仕組まれているだけだ。
ただ、気になるのは……カタリナ様がリシャール様に……。
キィン! と音を立てて、今まさに試合をしていたリシャール様が相手の剣を弾いた。
ヒュンヒュンと回転した剣が空高く舞い上がり、そして彼の下へ落ちてくる。
刃を潰してある剣だけど、危ない。それでも難なくリシャール様は、その剣の柄を空中で掴み、剣を取った。
「勝者! リシャール・クラウディウス卿!」
審判が彼の勝利を宣言する。まずは1回戦突破ね! ふふ。
剣が空高く舞ったことで、観客たちの注目度が上がった。そこで、彼は。
「……騎士ロビンよ!」
ん?
「俺は、貴方の宣誓に感銘を受けた!」
リシャール様?
「だから俺も貴方のように……愛する人に、この剣を捧げよう!」
「え、ちょっ……」
リシャール様!?
「我が愛しき人、『戦場の女神』エレクトラ・ヴェント! 俺は、必ずこの大会で優勝し! 聖剣と共に貴方に永遠の愛を誓う!!」
リシャール様! 貴方、普段はそんなことする人じゃないでしょう!
絶対、カタリナ様の入れ知恵だ!
私の今居る立ち位置が微妙なので、答えようがない。
慌ててリシャール様が見える場所まで出て行って、彼と視線を合わせる。
そして互いに頷き合った。
公開告白だけど、元から私たちは婚約者だ。気持ちは分かっている。
だいたい、誰に否定されている仲でもないのだから。
「「「うぉおおおおおおっ!!」」」
と、盛り上がり好きというか、お祭り好き? な観客たちと騎士たちが、歓声を上げた。
空気が温かいわね。こういうのが許される雰囲気だった。
きっと皆、騒ぎたいだけだと思う。
対戦相手の剣を弾いて見せたのは、注目を浴びるためかしら……。
リシャール様が恥ずかしそうにしながら (可愛い!)、試合会場から下がっていくのを見送る。
私は、すぐに観客席に居るカタリナ様に視線を移した。
するとカタリナ様と視線が合う。彼女は、グッと親指を上に立てて私に笑顔を向けてきたわ。
やっぱり、カタリナ様の仕込み!
お隣に座られているエルドミカ様が、呆れたような、仕方ないような困った笑顔で彼女を見ていたわ。
「もう……。カタリナ様は」
なんていうか。彼女は周りに慕われるだろうなぁ、と。
そんなことをしみじみと思ってしまった。
事前にああいうことをすると決めていたのは、おそらくリシャール様と『ロビン』様だけだろう。
その後も、目立ったパフォーマンスはせず、試合は続いていく。
それでも充分に見応えがある試合ばかりだ。
この大会に参加する騎士たちは皆、相応に腕に自信を持っている。
その自信に実力も伴っていることを痛感させられた。
やはり紙の上での評価と、実際に見るのとでは全く違うわね。
そして、そして……だ。
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
『英雄』ハリード様の試合になった。
盛り上がり的に、彼の知名度もかなりある様子だ。
『英雄』と噂されたのは王都の人々も聞いているでしょう。
結婚式での逸話は、貴族としては醜聞だけど……たぶん、市井では面白おかしく伝わっているはず。
それは、きっと必ずしも悪評ではないのだろう。国を護った実績が揺らいだワケではないのだから。
この反応を見るに、確かにリシャール様に『華がない』とカタリナ様が言われた意味が分かる気がする。
グランドラ辺境伯領で2年続いた戦いは、王命まで出しての国の一大事だった。
そこでの得た功績というのは、私が思った以上に大きいのね。
「…………」
ハリード様は、リシャール様たちのように何かを宣誓したりはしなかった。
まぁ、準備してきていなかったでしょうからね。
カタリナ様が、鍛えていない弱い者いじめを嫌ったため、かなり前からハリード様には大会参加を促していた。
見返りとして、いくらかの支援もするとまで言って。
だから今日、こうして大会に姿を見せたハリード様の佇まいは、弛んでいる様子はない。
きっと鍛え直してきたのだろう。彼も生活が掛かっているのだ。
「はぁっ!」
……心なしか。気合も入っているらしい。
私は『英雄』としての彼の姿を知らない。戦場では抜きん出た活躍をしたことは聞いたけど。
私と同じような人は観客にも多く居るのだろう。
彼の試合を観て、『あれが英雄か……』と声にしている。
そして、ハリード様もまた難なく一回戦に勝利した。
それを見て、私が思うことは。
「あれならリシャール様との『対決』も、なんとか盛り上がりそうね」
うん。いえ、もっと言うべきことはあるのは分かっているのだけど。
今は、まずそこだった。
この数か月、本当に色々とこの大会のために奔走させられたから……!
まず、大会が盛り上がって『成功』することが、とても大事……!!
お世話になっているし、色々としてくれているのだけど、カタリナ様の無茶振りは凄いから!
あとの注目選手たちは、と……。
1日目の結果で、誰が残り、どう注目していくべきか。
それも告知していくのが運営チームの仕事である。
そうして、大会が進行していくと共に皆が『誰が勝つのだろう?』と盛り上がればいい。
そのために、そういう報せを書く人たちにも、観客席を用意している。
たぶん、リシャール様より『ロビン』様の方が注目度は高いのだろうなぁ……。
そして、大きな事件は起きず、一日目の予定を終えた。
トーナメントの性質上、1日目に半数以上の参加騎士が脱落したことになる。
予め目を付けていた有力な騎士たちは、順調に勝ち上がった。
一日目は、興行として大成功だろう。
私は、責任者として怪我を負ったままの人が居ないかと厳しく観察していく。
「…………」
その中でも、やはり私に視線を向けてくる者が2名。
元夫と、例のファーマソン家の騎士団長だ。
後者は、やっぱりリシャール様ではなく私に目を付けるのね……。
「シスター」
「……あ、……『ロビン』様」
騎士たちに目を配っている私の元へ、仮面の騎士がやって来た。
ダメだ。大真面目に仮面を着けていて、その正体を知っているとなんだか笑ってしまいたくなる。
「どうかな? 格好いいだろう?」
「……はい。よくお似合いで……」
ダメダメ。感想を聞かないで。
本気で格好いいと思ってやっているのか、笑わせに来ているのか分からない。
「いやぁ、しかし。『聖騎士』殿の宣誓には参ったね。まさか私に被せてくるとは」
「……事前に打ち合わせていたのではないのですか?」
「いや、私の宣誓自体は許可を得ていたが、そこに彼が乗ってくるとは聞かされていなかった」
「そうだったのですか」
「その様子では、君も聞いていなかった?」
「はい、まぁ。聞いていたら止めていたと思います」
「はは、違いない」
目立つために、活躍するために、が大会開催の初期目的だった。
だから間違ってはいないだろうけど、恥ずかしさはある。
「さて。大会としては、大きな怪我のない進行が望ましい。それは間違いないだろうが……」
「何かありますか?」
「いや、君の『活躍』には、誰かの犠牲が必要だろうな、とね」
「……ああ。まぁ、こういう場ですからね」
私の魔法がもたらす『治療』と『強化』。
魔獣相手であれば『強化』だけでも、いいかもしれない。
でも、公平に戦って欲しい大会で魔法による強化は使えない。
だから私に出来ることは『治療』のみなのだけど。
それを示すためには怪我人が必要になる。
だけど、わざわざ注目を集めるために怪我人は望まない。
「ちなみにだが、君は誰が相手であっても、治療魔法を使うかい? 相手が、不貞をするような輩だったり、裏で手を回して人に怪我を負わせるような輩だったりしても?」
それは……どうかしら。
私にだって感情はある。嫌な時は来るかもしれないけど。
「今のところ、治療を嫌がるほどの相手は居ませんね。これからの行動次第かと思います」
「ふっ……。なるほど、確かにそうだろうね」
『ロビン』様は、納得したように頷いている。
大真面目で、余裕のある態度なのだけど。
くぅ。か、仮面が……。なんだかミスマッチ。
ダメ、普通に話しているだけでも、ちょっと面白い。
カタリナ様の面白さ優先主義が移ったかもしれない。
「ところで、この仮面なのだけど。私の父親譲りなんだよ」
「ぶっ!」
私は思わず吹き出した。父親って!
それは、つまり国王陛下じゃない! 国王陛下が!? その仮面を!?
やめてやめて、親子二代で何をしているの? 聞きたくなかった!
自国の王族の妙な趣味なんて!
「ああ、もちろん仮面は私用に新調してあるんだ。ただ、父上と似たデザインを選んだだけでね」
要らないから、その情報!
「……もしかして普段から、そのような?」
「ふ。偶に、ね?」
ね、ではないわ。妙に慣れていると思ったら、この王太子。
普段から似たようなことをしているのだ。
「はぁ……。それで? 『ロビン』様。この大会には、目当ての方は来ていらっしゃるのですか?」
話を変えておこう。うん、そうしよう。
いえ、この話題も王太子が求婚する相手なのだから、危険な話題?
「いやぁ、どうかな」
「どうかなって」
「彼女も目立たないようにしていたから」
「目立たないように……?」
誰なのかは気になるけれど。この国の未来を左右するだろうし。
「ああ、とにかく応援してくれたまえ」
「……はい、もちろんです」
「そろそろ私は行くよ。色々と気を付けてくれ」
「はい、ありがとうございます。『ロビン』様」
そうして颯爽と身を翻して去っていく彼。その振る舞いすら、どこか華があるようだ。




