25 グランドラ領へ
あれから、また辺境への旅が始まった。
山賊たちを退けて、山奥にあるという村を訪れると、やはり困っていたようだ。
物資を運んだこともあって、とても感謝された。
またリシャール卿がすぐに戻ってきてくれたのは、私の治療魔法の光が理由らしい。
遠くからでも見えたのだそうだ。
そう言われると、それはそうよねぇ、と思う。
発光魔法としても使える……。なんだろう、私の魔法って?
それで、この一件はなんとか片付いたのだけど。
実は、辺境に辿り着くまでに似たような事件に二度ほど遭遇することになった。
この時ほどの窮地ではなくて、リシャール卿の強さを知っているから、対処も変わった。
護衛の方たちは援護と私たちの防衛に徹し、私は治療魔法を掛ける。
あとはリシャール卿が、バッタバッタと敵を薙ぎ倒していくスタイルだ。
2年以上続いた魔獣発生の混乱は、こうして各地に残っているみたい。
これは……むしろ辺境に居るより、各地を巡った方がいいのでは? と思い始めている。
いえ、大元であるグランドラ辺境の様子を確認するのも急務か。
長い戦争が続いた後の休戦状態のようなもの。
私は、カールソン家を出ていくための準備で忙しくて、その後の混乱については真摯に取り組めていなかった。
……こんな私は、どの道、貴族夫人は失格だったのね。
そうして、リブロー商会と一緒に旅をし、3度の事件解決を経て。
何やら、私たちのことが噂になっているらしいと耳にすることになった。
「ええ、なんですか、それ?」
「世直しの旅をする聖騎士と聖女様、だってさぁ。あはは、私たちはどこにいったんだろうねぇ!」
「聖騎士と……」
「……聖女」
私とリシャール卿は、互いに顔を見合わせた。
リシャール卿が聖騎士扱いなのは、まぁ実力を見てしまうと納得だ。
ただ、聖女というのは、はっきり言って『嫌』である。
「……あまり気分が良くない名前ですね」
「あら、どうして?」
「……ええと、その。聖女と呼ばれていた人は、少し前にもいらっしゃいましたよね?」
「ああ、グランドラ辺境の『英雄と聖女』か!」
「はい、その。聖女で被っていますし、それは嬉しくありません」
その英雄と聖女様は、私の元夫と浮気相手なのである。
今更どうでもいいとも言えるけれど、同じ呼び方をされるのは嫌過ぎるだろう。
「辺境に着く前に随分と『箔』が付いて良かったじゃない。きっと二つ返事で雇って貰えるよ」
「それは……そうかもしれませんけど。でも、聖女はちょっと……」
「拘るねぇ。なら何がいいの? よければ私たちの方で広めてあげる」
「ええ? 何がいいって言われるのも困ります。だいたい、どうやって広めるのですか?」
「そりゃあ、噂を流すのと、あとはあれ。吟遊詩人に詩を作って貰うのさ」
「詩!」
そこまですること!?
「割とあるのよ、こういうのもさ。明るい話題があった方がいいからねぇ。例の英雄と聖女の時も、各地で詩人が詩を歌ってたよ」
「そ、そうだったの」
でもなぁ。聖女は、イメージがあまりにも悪い。
それ以前にそう呼ばれるほどの功績を私は挙げていないでしょう。
ほとんどの問題は、リシャール卿が、その実力で解決してくれた。
いうなれば、私はサポート役でしかない。
「聖女がダメならば……女神、がいいと思います」
「女神!」
「女神!?」
余計に悪化している!
「あはははは! 女神、いいねぇ! それでいこう!」
「やめてください! 大それ過ぎていますから!」
そんなやり取りをしながら、私たちは、どうにかグランドラ辺境伯領に辿り着いた。
広い領地ではあるものの、遠くに建造された防壁が一番に目に付く。
「あれが……」
「そうだね。魔獣から人々を守る、防壁。2年掛かって作られた壁だ」
ああ、この地で、あの壁を作り上げるのを守るために。
元夫も、聖女も頑張ってきたのだ。
離縁してから、もう1年近くが過ぎた私。
思うところは沢山あるままだけれど、その戦いを乗り越えたことは、素直に認めたいと思う。
リシャール卿たちが戦う姿を見る機会を得て。
命懸けで戦うことの意味を少しだけ知ることが出来た。
もちろん、領地を守ることも大切なことで、それと不貞はまた別問題だと思うのだけど。
もしも、帰ってきた夫に『お前は安全な場所で過ごしていたんだろう』と責められていたら。
私は、きちんと言い返す言葉を持っていなかったかもしれない。
戦場でしか、命懸けの危機を乗り越えた者同士でしか、繋げない縁があるのだと。
「シスター・エレン?」
「……いえ、少し感慨深く思いまして。それにリブロー商会の皆さんとは、ここでお別れになってしまいます」
「そうですね。なんだかんだと長旅でしたから。別れが惜しいと思います」
「リシャール卿は、腕はもう動かせ、戦えるようになりました。以前のように、この地に拘ることもないと思いますが……」
「そうかもしれませんね。では、シスター・エレンは? 貴方は、この地で暮らす気持ちに変化はありませんか」
「……どうでしょう?」
ここに辿り着くまでの旅で、3度の事件と遭遇して。
別に噂にあるような『世直しの旅』をしているつもりはなかったけれど。
でも、もしも、このグランドラ領が平和ならば。
私のやるべきことは、この地にはないかもしれない。
そんな風に思えた。ただ、私一人だけが各地を回っても、きっと意味はないだろう。
だって事件を解決してきたのは、リシャール卿だから。
そこを間違えてはいけない。
私が出来ることは、この治療魔法ぐらいなのだ。
「……定住と言っても、外に出てはいけない、ということもないでしょう。まずは、この地を拠点とする。そのぐらいの気持ちで良いかもしれませんね。この地に必要とされていることもあるかもしれませんし」
「なるほど」
こうして、私の旅は、ひとまずの終焉を迎える。
また新しい生活が始まるのだ。
一生、男爵夫人として生きていく人生だったら、経験できなかったことが多くある。
このグランドラでは一体、どんなことが待ち受けているのだろう?
私は、少しの不安を抱えながらも……とても、ワクワクする気持ちだった。
エレンたちが、山奥の町に様子を見に行った後、
その町の人が言いました。
「私が町長です」
盗賊上がりの青年が、町に帰って来て、恋人と再会したりしていたのでした。




