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18 カールソン家、その後

 エレクトラと別れの言葉も交わさず、どこか納得いかない離縁の形。

 リヴィアもエレクトラと話してから、という風に言っていた。

 だから、ハリードは、しばらくはエレクトラの行方を捜させていた。


 離縁自体もすぐに済ませようとはせず、踏み止まろうとしたのだが……。


「それでは、リヴィア様を蔑ろにされることになりますが。旦那様は、それでよろしいのですか?」


 と、侍従長に詰められて、リヴィアの手前、踏み止まることは出来なかった。

 それでも離縁手続きを済ませた後は、これが最善の形だと。

 ハリードは、改めてリヴィアと結ばれる幸せに浸ろうとする。


「すぐに婚姻ですか。それも構わないのですが……」

「なんだ? 何か文句でもあるのか、サイード」

「いえ、以前とは状況が違いますでしょう? 旦那様は子爵になられましたし。それに今は婚姻を急ぐ必要もありません。リヴィア様と結婚式を挙げたり、周辺の貴族にお二人が結婚することを報せ、伝えなくてよろしいので? あの方が今後、カールソン子爵夫人になる、と。特に結婚式は、リヴィア様もされたいと思うのですが」

「それは……そうだな」

「はい、ですので正式に婚約者に据えられてから、準備を整えて式を挙げ、周辺貴族にも伝えるべきかと」

「……ああ」


 エレクトラと離縁した後。

 使用人たちは含みのある態度をしていたものの、すぐに態度を切り替えた。

 ハリードが拍子抜けするほどだ。


「お前たちは納得したのか?」

「納得と言いますと?」

「俺とリヴィアが結婚することにだ」

「はぁ……。納得も何も、我ら使用人は主の婚姻に口出しはできないと思いますが……。もちろん、何か詐欺などに遭われているやもとなれば、その限りではありません。ですが、リヴィア様は別にそういった懸念とは無関係でしょう?」

「それはそうだが……」


 だが、ハリードは使用人らの態度に、何か違和感を覚えていたのだ。

 どこか余裕のある、いや、なんともいえない。

 すべてを見透かされているような気分。


「思い思われての結婚だと思っていたのですが、何かリヴィア様に問題がおありで?」

「そんなものはない!」

「それは何よりでございます」

「っ……!」


 表向きは、二人の仲を祝福されている。使用人すべてが、だ。

 ただ、そう。

 こちらが何を望むのかを事前に知っていたかのように、誰もが振る舞った。


 リヴィアが望むもの、欲しい物を言った時。

 速やかにそれを買うために必要な金額と、それによって『何が失われるか』をまとめた書類が、ハリードの下に突きつけられる。

 領民の生活を逼迫するようなことであれば、事前に告知され、それによる影響予測までだ。


「……我が家の使用人は、それほど優秀だったか?」


 モヤモヤとした気分をずっとハリードは味わっていた。

 それほどに優秀な者たちならば、なぜ未だにエレクトラを見つけられていないのか。


 エレクトラと離縁してから、もうすでに3ヶ月が経過していた。


「サイード、エレクトラの行方はまだ掴めていないのか?」

「……それについてですが、今すぐ報告書をお持ち致します」

「報告書?」

「はい、エレクトラ様の行方についての情報は、あるにはあるのですが……判断をしかねる状況です。そこでまとまってから、旦那様のご意見を賜りたく」

「はぁ……? なんだ、それは」

「見ていただければ、分かっていただけるかと」


 そう言って侍従長は、すぐに報告書を持ってきて、ハリードに渡した。

 そこにはエレクトラの目撃情報がまとめられていたのだが……。


「なんだ、これは?」

「エレクトラ様が目撃された証言をまとめております。かなり証言が集まり、我々もすぐに見つけられると思ったのですが……」


 ハリードは、報告書にまとめられたエレクトラの目撃証言を見ていく。

 確かに大量にあるのだが、どれも一定の方向性を持っていない。


「これでは……どこに行ったのか分からないではないか」

「そうなのです。それでも王都方面での目撃証言が多いことから、そちらを主に調べさせていたのですが……」

「見つからなかった、と?」

「はい」


 ハリードは、ばさりと報告書の束を机の上に落とした。

 忌々しげに舌打ちする。


(なんだ? これでは、まるで捜索の手から逃げるようではないか! こちらは、わざわざ捜してやっているのに!)


「……ヴェント家はどうなんだ? 順当に考えて、実家に帰っているのではないのか?」

「確かに、そういった様子も見受けられるのですが……、こちらは逆に目撃証言がございません。その上、離縁した他貴族家ですので、強引に調べることは出来ず」

「正式に抗議をすれば……」

「は? 抗議?」


 侍従長は、そこで初めて表情を崩し、問いかけた。


「一体、何を抗議するのですか?」

「それは……!」

「……旦那様。エレクトラ様に瑕疵はございません。この離縁は、明らかにこちらの有責です。穏便に済んだだけで幸運だと思うべきでしょう」

「だが、勝手に居なくなったのはエレクトラだ! 無責任ではないのか!?」

「男爵夫人としての責任は、すべて果たしておられました。我々、使用人も、領民も。問題なく過ごせております」

「俺が何もしていなかったと責めたいのか……?」

「エレクトラ様の功績を認めれば、旦那様が貶められることになるのですか? 旦那様は、子爵となられ、『これから』でしょう。比較の対象ですらありません」

「だが……!」

「旦那様」


 侍従長は、そこで表情を厳しくし、ハリードを見つめた。


「なんだ」

「……何故、そこまでエレクトラ様をお探しになられるのです? 既に離縁から数か月。貴方は、リヴィア様と婚約を結ばれ、子爵となられた。エレクトラ様を気にされる必要性があるのでしょうか? 捜索するにも費用が掛かり、また人員を割きます。誘拐されたワケでも、事故に遭われたというワケでもなく。ご本人の意志で、この家を出ていかれたのです。……以前の奥様を、旦那様がいつまでも気に掛けている姿、というのはリヴィア様にとって、気分のいいことではないはず」

「ぐっ……だが、当のリヴィアがエレクトラに謝りたいと」

「それは、3ヶ月経った今もまだ、おっしゃられているのですか?」

「ああ、そうだ」

「……旦那様が、いつまでもエレクトラ様を気に掛けていらっしゃるからでは」

「き、気に掛けてなど……」


 ハリードにとって、侍従長がそう言うことが意外だった。

 本当にあっさりとエレクトラを切り捨てるような発言だ。

 どこか、もっと自分よりもエレクトラの味方をすると思っていた。

 それが……


(そうだ。違和感の正体は、これか。どの使用人たちも、不満の顔を見せたのは最初だけで、あっさりとエレクトラを……)


「エレクトラは、本当に2年間、きちんと仕事をしていたのか?」

「はい、旦那様。エレクトラ様は立派にカールソン家を担っていらっしゃいました」

「……その割には、彼女の味方をする使用人が少ないようだが?」

「はい?」

「離縁を言い渡された妻だ。男ならば、ともかく、嫁ぐ相手も居ないだろう。なのにお前たちはエレクトラを心配すらしていないな? そういう態度しか、お前たちにさせられなかったのだ。ならば、仕事も……」

「……旦那様は、エレクトラ様を憎んでおられるのでしょうか?」

「は?」


 侍従長は、そう言われて激昂するでもなく、むしろ哀れむような目でハリードを見た。


「なぜ、そのようなことをおっしゃられるのか。全く理解が及びません。使用人に過ぎぬ我らにどうして欲しいのですか? 離縁を突きつけたのは確かにエレクトラ様でしたが……。旦那様も離縁はされるおつもりでした。そして今は、リヴィア様を婚約者にされている。彼女のことは想い合う恋人だとおっしゃる。どうして、そういった状況で、いつまでも離縁された方に拘られるのです? これでは、リヴィア様がお可哀想です」

「ぐっ……」

「旦那様、リヴィア様のためにも、もうエレクトラ様の捜索はお止めになるのが良いと思います。旦那様がすべきことは『今は、もう離縁した妻のことは気にしていない』とリヴィア様に言い続け、安心させることではないでしょうか」


 その通りだった。

 それは、ハリードも分かっている。

 だが、どうにも解せないのは……なぜ、侍従長たちが、こうも自分たちに寄り添う意見を言うのか。

 なぜ、2年間世話になったというエレクトラをまったく気に掛けないのか。


 言われていることは、今後の自分のためだと分かる。分かるのだが、どうにも腑に落ちない。


「3ヶ月です、旦那様」

「は……?」


 ハリードは、侍従長の言葉に首を傾げた。


「何がだ」

「3ヶ月間、リヴィア様に『もう離縁した妻は気にしなくていい』と対応してください。それでも尚、リヴィア様がエレクトラ様のことを気にされるのであれば……その時は」

「その時は?」

「……『演者』を雇いましょう」

「は……?」


 演者、とは。ハリードは、理解ができなかった。


「リヴィア様の生い立ちは、かなり厳しいものだったそうです。おそらくなのですが……リヴィア様は、ご自身が幸福であることを、素直に受け入れることが難しいのではないでしょうか?」

「……難しい?」


「はい、旦那様。精神的なものです。孤児として教会で育ったと聞きます。ですから騎士であり貴族、それも英雄と名高い旦那様に見初められ、結婚を控えている。そのような幸福に、彼女の心が追い付かないのです。ですから『他人と比べて』でしか、自分が幸せだと感じられないのではないか、と。おそらくエレクトラ様ご本人と会う必要はないのです。

 『エレクトラと名乗る夫人』から『貴方は幸せになっていい』と託されたい、ただそれだけかと。一言でも、そう言われれば、彼女はきっと今の幸福を受け入れられるはず。

 ……旦那様の想い人に言うような言葉ではないのですが、あえて言います。

 彼女は哀れな娘です。その幸せのために必要なことは、旦那様が元奥様を捜すことではありません。

 ……ですので。どうしてもリヴィア様が、エレクトラ様の言葉を必要とするのであれば、徒に本人を捜し続けるのではなく、『エレクトラ様の代役』を立てて、演技をさせましょう」


 ハリードは目を瞬かせて、侍従長の案を聞いていた。

 妙案のようにも思える。


 それで上手くいくかもしれない、という気持ちもあった。

 だが、やはり……この侍従長は、こんな提案をしてくる男だっただろうか、と。

 ハリードは、モヤモヤとした気分になるしかなかった。


 エレクトラの捜索は、半ば強引に打ち切られ、ヴェント子爵家に手紙を送るもはぐらかされるばかり。


 そうして、ハリードとエレクトラが離縁してから半年が過ぎた。

 それでも未だにエレクトラのことを言いだすリヴィアに、結局ハリードは侍従長の案を採用することにした。


 エレクトラの『代役』を雇い、リヴィアに会わせたのだ。


「はじめまして、リヴィア様。エレクトラと申します」


 特に本人とは似てもいない役者が、リヴィアの前に立っていた。


アンソロジーコミック『悪役令嬢の愛されヒロインルート!』

https://j-nbooks.jp/comic/readComic.php?iKey=3533

本日、発売!


……に、『ピンク髪の男爵令嬢』が収録されました!

https://book1.adouzi.eu.org/n0871ig/



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― 新着の感想 ―
[一言] 半年経ってもまだ主人公にマウント取らないと気が済まないとかリヴィアの執念は逆に尊敬に値するわ
[一言] 更新楽しみにしてます(・8・)
[一言] 使用人たちもまさかそんなと思ってたことがことごとく真実になってきて、あの指示書はきっと予言書に違いない、みたいな感じになってんのかな?
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