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ぼやきの聖女と建国の邪竜  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売
第五章 建国の伝説

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いつもお読みいただきありがとうございます!

 最初は王族によるダンスだ。

 兄ノワールは座ったままで足が治っても踊らないようだった。

 納得だ。ファーストダンスをどこかの令嬢と踊れば、その令嬢が危険に晒される。しかし、兄だってイザベラとレグルスの息子だけあって外見は大変優れている。今では杖をつく必要がなくなった兄に、多くの令嬢たちが熱い視線を送っていた。


 足が悪い時は見向きもしなかったのに。

 アデルのことだってそう。見てくれだけの王女だった頃は蔑みの視線しか向けてこなかったのに、マティアスに連れられてホールに出た私に向けられるのは羨望の眼差しだ。


「緊張しておられるのですか」

「ちょっと世間の不条理を噛みしめているのよ。私は何も変わっていないのに、周囲が変わるのよ」

「殿下は変わられました」

「あなたまでそんなことを言うの」

「まず、ダンスが上手くなっています。一体どうされたのですか」

「あなたのリードが上手いだけでしょ」


 シェリルの付け焼刃のダンスの方が上手いだなんて、アデルは運動音痴だったのかしら。イザベラとレグルスがダンスをしているのがチラチラ視界に入る。


 もしシェリルとして生きていたら、側室はこういうパーティーに出れたのかしら。金がかかるから王妃だけだろうか。あんな風にレグルスと踊ることはあったのだろうか。

 あの二人は幼い時から婚約していただけあって、息の合ったダンスを披露している。ねぇ、なんであの時シェリルを側に置いたのよ。そんなに仲がいいなら、わざわざシェリルを側に置かなくって良かったでしょ。


 私も近付かなきゃ良かったけど、レグルスが早く拒絶してくれていたら私は思い上がらなかった。拒絶されたら、さっさと次の金持ちの男のところに行ったわよ。


「殿下はそんな表情で両陛下をご覧になる方ではありませんでした」


 やや強めに腰を引かれて、目の前のマティアスに視線が強制的に戻される。


「どんな表情?」

「まるで、憧れているような表情でした」


 憧れ? それはそうでしょ。生まれた瞬間からシェリルが手に入れることのできないものをあの二人は持っていたんだから。一瞬でもシェリルはあの二人に近付いてしまった。弁えていなかった、それがシェリルの不幸の始まり。無謀にも明るい特別な太陽に自ら近づいて燃やされたバカな女。


 一度でいいから誰かの特別になりたかった。聖女のような意味合いは持たない。たった一人の特別になりたかっただけなのに。


「殿下、笑ってくださいませんか」

「なぜ?」

「殿下は笑った方が美人です」

「私は黙っていても、機嫌が悪くても美人よ」

「実は、私は殿下の笑った顔を一度も見ていないのではと今気付きました。作り笑いは見たことがありますが」

「それってあなたのせいなんじゃない? あなたがアデルにお小言ばっかり言うからよ」


 マティアスは踊りながらほんの少し首を傾げた。

 しまった。シェリルだった頃に引き戻されていたから、自分のことなのにアデルと呼んでしまった。私のバカ。宰相の息子の前で気を抜きすぎている。


「とにかく面白くもないのに笑えないわ。面白い話でもしたら?」

「ふとんがふっとんだ、とかですか」


 マティアスが大真面目に寒い冗談を口にしたので、私は思わず笑みを浮かべた。

 次の瞬間、マティアスはすぐに視線を逸らす。


「あなたが笑えって言ったんじゃない、失礼じゃないの。その態度はレディーに対して」

「殿下のお姿は見慣れていましたが、思い上がりだったようです」

「あら、そう。じゃあしっかり見たら?」

「直視するには、あなたは眩しすぎます」


 マティアスの直球の誉め言葉に私はまた笑った。

 音楽が止んで、マティアスは私を兄のところへ連れて行く。少しばかり彼の頬が赤いのは気のせいではないだろう。


「兄とダンスをして大丈夫なのかしら」

「あなたなら大丈夫だと思います。王太子殿下も筋力がそろそろ戻られた頃でしょう」


 そうだ。足が治っても、使っていなかった足の筋肉まで即座に癒しで戻るわけではないのだ。


「あなたはどうするの」

「いつものように挨拶回りをしてきます。情報も集めておきたいですし」

「分かったわ」


 兄が私たちに気付いて立ち上がった。

 事前に話はしていなかったが、踊ろうとしていることは伝わったらしい。マティアスの視線を頬に感じて、彼を見上げた。今度はマティアスは目をそらさなかった。


「ずっと不思議でした」

「またその話? 今度からあなたのこと不思議君って呼ぼうかしら」

「記憶喪失になったせい、あるいは聖女になったせいかと思っていました。でも、あなたは一体誰ですか」


 目を逸らしたら負けである気がした。マティアスの理知的なグリーンの目を私は見つめる。ダンスまでしたのに、またいつも感じていた彼への恐怖がぶり返してきた。


「それは私を笑顔にさせるために言った面白い冗談なのかしら」


 パーティーに高揚して、シェリルだった時を思い出して胸が痛んだ。


「面白くないから笑えないわ」


 マティアスの手をほどくと、差し出された兄の手を取る。


「お兄様、可愛い妹と踊る気はありませんこと?」

「そのような栄誉をアデルからもらえるなら喜んで」


 マティアスの方は怖くて振り返ることができなかった。


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