1人目の劇団員はイケメン騎士様!?(6)
◇ ◆ ◇
婚約破棄をされてから半月。
私とアーロンは大忙しだった。
何より大事なのは、芝居の稽古だ。
私だってプロというわけではない。
それでも、かつて劇団員に習ったあれこれをアーロンに教えつつ、自分も稽古。
それに加えて、日中はお仕事だ。
一ヶ月分の資金があるとはいっても、無駄に消費していくわけにはいかない。
荷物運びや店番、ちょっとした狩りまで、日払いのお仕事をなんでもやった。
あえて一カ所に仕事をしぼらなかったのは、あちこちで公演の宣伝をするためだ。
仕事先で雑談ついでに宣伝を繰り返す。
夜は王都付近の警備の仕事をしながら、二人で稽古だ。
宿屋で大声を出すと苦情が来るので、場所を確保しつつ収入もあって一石二鳥である。
「この脚本……本当によいのですか?」
たき火に照らされたイケメンが、心配げに聞いてくる。
脚本と言っても、羊皮紙代がもったいないので、私が頭の中で考えたものを口で伝えてるんだけど。
「もちろん。利用できるものは使わないとね」
「しかしこんな……ご自身を切り売りするような……」
「役者って、そういうものらしいよ?」
これも劇団員に習ったことの受け売りだけど。
「私達に退路なんてないんだから、できることは全部やらなきゃ」
「セリフのわりに楽しそうですね」
「そりゃあね。自分で決めて頑張るのって、こんなに楽しいんだなって実感してるの」
「強い人だ……」
「そんなことないよ。きっかけがあったってだけ。あまり良いきっかけじゃなかったけどね」
「その前向きさが素敵だということですよ。僕にはできなかったことだ」
「あら、アーロンも私と来ることを、そしてセーラと一緒に行かないことを選んだじゃない」
「そう……ですね」
アーロンはどこか寂しげに微笑んだ。
「まだ迷ってる?」
「いえ、迷いはありません。とても良い……かはわまりませんが、価値のある選択をしたと思っています。ただ……」
「ただ?」
「家のことを思うと、あのまま騎士を続けた方がよかったのかと、どうしても考えてしまいまして……」
「アーロンの家ってどんな感じだったの?」
しばらく迷ったアーロンは、たき火に薪をくべ、静かに口を開いた。
「僕が地方没落貴族の八男だってことまでは話しましたよね」
「うん」
「異常に厳しい家だったことも関係しているかもしれません。ある日を境に、タガが外れたように、兄弟達が跡目争いを始めたのです。大した資産があるけでもないのに」
アーロンは悲しげに目を伏せ、木の枝でたき火をつついた。
「僕はそんな兄弟達と距離をおいていました。最初から家を継ぐことを諦めていたせいもあったと思います。そんな中、兄弟達の半分と両親が死にました」
ひどいがよくある話だ。
貴族の死因一位は、身内からの毒殺だというジョークがあるほどに。
「それはしょうがないのです。両親も兄弟達の争いを煽っていたところもありましたから。でも、それに巻き込まれて妹が……」
ぱちりと音を立てたたき火を見つめるアーロンの声が震えた。
「その頃既に騎士団に入ることが決まっていた私は、死に際の妹に約束したのです。立派な騎士になって、妹と同じ目に合う人をなくしてみせると。
それを聞いた妹は、優しげに微笑んで、逝きました。
当時の私は知らなかったのです。
騎士は悪を正す伝説の勇者などではないと。
たとえ騎士団長にまで上り詰めたとしても、無駄な争いをなくすことなど到底できはしないと……。
それどころか、貴族や騎士はいつも争ってばかりで……」
残念ながら、騎士は貴族に仕えるのが仕事だ。
個人の目的を持つことなど許されない。
争うことこそが仕事ですらある。
「騎士に奪われる命もあるけどさ、救われた命もあったんじゃない?
少なくとも、騎士団がなければこの王都だって隣国に攻め込まれて、たくさんの人が死ぬはずだわ」
「そう……ですね」
彼にとって人を救うということは、そういうことではないのだろう。
頭ではわかっていても、こころがついてこないという感じだ。
でもこんなことを話してくれるなんて、少しは気を許してくれたのかな。
だったら嬉しいけれど。
うちの劇団員第一号なのだから、彼の心の闇を払ってあげたい。
それができずに、何が劇団か。
心を救う、か……。
「ねえアーロン。演目の内容を変更するわ!」
「え!? 今からですか!? 公演は3日後ですよ!?」
「大丈夫。幸い、今回の出演はアーロンと私、あとちょっと手伝ってくれる近所の子供達だけだから。セリフが変わるのは私達だけよ」
「いやいや、無理ですって!」
「アーロンならできるよ。ううん、アーロンだからこそできるの!」




