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1人目の劇団員はイケメン騎士様!?(3)

「お父様、なぜここに……」


 広場に現れたのは、私の父、プリトヴァール伯爵だ。

 彼が一歩進むたび、広場から人が消えていく。


「これはなんの騒ぎだ。元プリトヴァール家のものが何をしている」


 低く静かな父の叱責に、思わず体が縮みあがりそうになる。

 「元」という言葉、胸の奥にチクリと刺さった。


 でももう、これまでの私とは違うのだ。

 今までも十分おてんばだったと言われればそうかもしれないけど、とにかく違うのだ。

 口答えだってしちゃうから。


「既に勘当された身、私が何をしようと自由ではないですか?」


 いやな言い方をしてごめんなさい。

 でも、私は自由に生きるのです。


「ならば、平民として処罰するのもこちらの自由ということになるな」

「なっ!? お父様だけは平民に対し、そんなことは言わないと信じておりました」

「お父様などと呼ばれる覚えはない」


 挑発したのは確かに私だ。

 だけど、父のセリフに思わず言葉がつまる。


「お待ち下さい、プリトヴァール伯爵」


 そんな私達の間に入ったのは、アーロンだ。


「従者ごとぎが口を出すことではない!」

「従者なればこそ、主のことは護らねばなりません」


 アーロン君ってば頼りになるじゃん!

 脚がちょっと震えてるけど。

 しょうがないね。

 下手したら死刑にされかねない行いだし。

 主を護ろうとするのは元騎士の習性かな?


「お父様、このようなところで言い争うことこそ、家の名に傷がつくのでは?」


 周囲から人はいなくなったけど、物陰からちらちらこちらを見る目は多数。

 家名の恥になるようなことはしないだろう。


「来い」


 父はじっとこちらを見た後、きびすを返した。


「「ふぅ……」」


 思わずため息が漏れる。

 緊張していたのだろう。

 それはアーロンも同じだったらしく、揃ってのため息だ。


「やるじゃないアーロン。あんなムチャしなくていいのよ?」

「美味しいパンを食べさせてもらったお礼です」

「あら、気の利いたことも言えるのね」

「本心ですが……」


 没落とはいえ貴族だというのに、気の良いヤツもいたものだ。

 これは、歌と見た目以外に、性格もアタリかも。




 私とアーロンは、王都にあるプリトヴァール家の別宅で、両親と顔を合わせた。

 そこで、一緒にとる最後の食事をし、改めて勘当を言い渡されることとなった。

 父はかすかに目を伏せ、母が泣いてくれたことは救いだったかもしれない。


◇ ◆ ◇


 一夜明け、王都にある別宅を出た私とアーロン。

 この家の敷居をまたぐのはこれが最後かもしれない。

 そう思うと、目頭が少し熱くなる。

 だけどもう、後ろを振り返っている場合ではない。


 お忍びで使っていた町娘風の服に着替えた私は、アーロンを引き連れて街を歩く。

 ちなみにアーロンは、軽装鎧に剣をぶら下げ、小脇に竪琴を抱えるというなんともいえない出で立ちだ。


「あの……マリナ様……」


 アーロンがおずおずと聞いてくる。


「マリナでいいわ。もう勘当されちゃったんだし。んで、なあに?」

「なぜ僕なのでしょうか? 護衛としてならあまり腕が立つ方ではありませんし、家柄も地方没落貴族の八男です。他にもっと良い者がいたのではと……」

「やっぱりイヤだった? 騎士としての出世はもう望めないもんね」


 彼のように家督を継ぐ可能性の低い男子の多くは、執事や騎士となることが多い。

 特に騎士は一発逆転大出世の可能性がある、数少ない選択肢である。


「いえ、騎士は向いていないと思っていたところなのでそういうわけでは……」


 このかわいい顔でしょげられると、庇護欲をかきたてられる。

 磨けば多くの女性を魅了することだろう。


「たまに王宮の隅で竪琴を弾きながら歌ってたでしょ? その歌と演奏がよかったからよ」

「そ、そんなことで……?」

「大事なことよ。やっぱり楽器と歌は必要だからね」

「は、はぁ……」


 釈然としない顔で気のない返事をするアーロン君である。

 まあ、詳しい説明は後でするとして。




 最初に向かった先は質屋だ。

 何はともあれ、先立つものは必要なのである。


「アーロンの鎧と剣は小道具や衣装として使えるから残しましょう。お屋敷から持ち出した服と装飾品は、衣装用一式を残して全部売っちゃうとして……」

「ご婦人が服を売ってしまわれるのですか!? あと衣装って……」


 驚くアーロンにはかまわず、質屋のカウンターにカバンから荷物をどかどか置いていく。


「おじさん、これ全部でいくら?」

「おう、マリナ嬢ちゃんじゃねえか。婚約破棄されたんだって?」


 おっちゃんはニヤりと笑いながら、カウンターの商品を査定する。

 昨日の今日で噂がまわるの早すぎない?

 田舎じゃないんだよ?


「そんなかわいそうな私に、ちょっと色つけてくんない?」

「じゃあ……こんなもんかな」


 おっちゃんは指で銀貨の枚数を示した。


「いやいや相場以下だよねえそれ」

「ほう、わかるようになったじゃないか」


 殿下のためにお忍びで街を回っている間に、このあたりも身についたのだ。


「私が指摘しなかったらそのままの金額で買い取るつもりだったでしょ……」

「いやーどうだかなー」

「高めに買い取ってくれますよね?」

「いや……また戦があるせいか、こっちも重税がね……」

「適正価格で買い取ってくれないって、酒場のおかみさんに言っちゃおうかなー」

「タチが悪い! お貴族様がどこでそんな交渉を覚えたんだが」

「あら、酒場でみなさまが教えてくれたことですよ。えーい、じゃあこのチケットもつけちゃう!」


 私は昨晩作っておいた、羊皮紙に手書きで作ったチケットを手渡した。


「へえ……芝居のチケットかい。旅劇団が来るんだな」

「私がこれから作る劇団なんですよ。名前はまだ決まってないんですけど」

「マリナ嬢ちゃんが?」

「そうそう。きっと人気になるから、今からチケットを持っておくとオトクですよ?」

「おいおい本気か?」

「もちろん!」


 根拠はないけれど、自信満々に答える。

 こういう時は、弱みを見せないのが大事だ。

 別に今、このチケットに価値を感じてもらう必要はない。

 これから立ち上げる劇団の宣伝が実はメインだったりする。


「やれやれ、わかったよ。ほら、これでどうだ?」


 おっちゃんが苦笑いしながら提示してきた金額は、しめて二人の宿と食事代一月分。

 悪くないどころか、予定よりちょっぴり多め。

 感謝である。


 アーロンが「え? 劇団?」と驚いた顔をしているが、いったん放っておこう。


 さてさて、資金がある一月の間に、足場を固めないとなあ。


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