1人目の劇団員はイケメン騎士様!?(2)
玉座の間で婚約破棄を言い渡された後、予想通りその場で父から勘当された。
父にも無実を信じてもらえなかったのは悲しかったが、あれぼど厳格だった父の真っ赤な目を見ては、何も言えなかった。
父の立場としても、ああするしかなかったのは理解できる。
いつかわかってもらおう。
それはそれとして、勘当されたのはある意味、願ったり叶ったりでもある。
次の婚約者を探して四苦八苦するのもゴメンだしね。
王城を出た私は婚約破棄のショックよりも、自由になった人生に心躍っていた。
王都の広場にさしかかった私は、小さい頃にここで旅劇団員が小芝居をしていたのを思い出した。
演目の宣伝のためのちょっとしたものだったが、当時の私はそれに夢中だった。
お芝居に夢中になって、頑としてその場を動かない私をどうするか、侍女が困っていたと後で父に怒られたものだ。
自由の身になった開放感も手伝ってか、私は思わず広場の噴水の縁に立っていた。
あの時見たお芝居は、お姫様と騎士の悲恋。
夜な夜な、何度も一人で再現していたので、セリフはばっちり頭に入っている。
「アーロン、さあこちらへ。お父様に見つかってしまいます」
登場人物の名前をアーロンに変えて、彼に手を差し出す。
「え? え? プリトヴァール伯爵が?」
私の実の父の名を口にしながら、あたりをきょろきょろするアーロン君。
そりゃ戸惑うよね。
でも、つきあってもらっちゃう。
私はそのままお芝居を続ける。
アーロンは流れを知らないので、セリフを言うのは私だけ。
彼には見せ場で竪琴を弾いてもらう。
何事かと慌てたアーロンだけど、どうやら私がお芝居を始めたと察すると、たどたどしくもつきあってくれた。
私が言うのもなんだけど、いい人すぎない?
こりゃあ出世できないわけである。
そんな彼も、竪琴での弾き語りをお願いすると、人が変わったように素晴らしい演奏と歌を披露してくれた。
最初はちらりと視線を向けるだけだった通行人も、彼の竪琴と歌に足を止める。
ほらね! やっぱり私の目に狂いはなかったよ。
彼の竪琴と歌は人を惹きつけるんだから。
ロジャー殿下に会いに王宮に行った際、彼が人気のないところで竪琴を弾いているのを何度か見たのだ。
「(アーロン、最後は私をそこのバルコニーに放りなげて)」
彼の耳元に小声で指示。
しかし彼は歌いながらぶんぶん首を横に振る。
「(大丈夫。私は『強化の聖女』だから)」
両親を失望させた『強化の聖女』という能力。
これがセーラのように『治癒』や『防護』であったら、殿下は婚約破棄を思いとどまってくれただろうか。
いいえ……そうはならなかったわ……。
私はアーロンの肩に触れ、指先に集中する。
アーロンの体がぼんやりと光る。
「(さ、私を軽く放り投げてみて)」
戸惑うアーロンだが、聖女については知っているのだろう。
私の言葉を信じ、近くの宿屋の二階にあるバルコニーに向かって私をひょいと投げた。
浮遊感とともに私の体が宙を舞った。
わっとっと!
うちの執事相手に練習したことはあるけど、やっぱり少し怖い。
私はバルコニーに着地し、深々と礼。
広場に集まっていた人々から、わっと歓声が上がった。
おおおおお! 気持ちいい!
これが私の能力、他者の身体能力を短時間強化ものだ。
貴族や王族に生まれた女性に稀に発現する特殊能力。
それを持つ者を『聖女』と呼ぶ。
聖女であれば、より位の高い貴族や王族と婚姻できる可能性が高まる。
その中でも、いざという時に夫を助けられる『治癒』や『防護』は良いものとされ、私の持つ『強化』の評価はイマイチだ。
戦場についていけるわけじゃないからね。
使いどころがあまりないんだよね。
思いつきで始めたお芝居は、通行人の拍手を持って迎えられた。
「お兄ちゃんすごかったね」
幼い女の子が、アーロンにとてとてとかけよって、バスケットから小さなパンを取り出した。
「あげる」
女の子は笑顔でパンを差し出した。
「あ、ありがとう」
アーロンはどうしてよいかわからないようで、それをおずおずと受け取った。
「うちのパンなの。今度買いにきてね。あと、マリナお姉ちゃん、かっこいい人つかまえたねえ」
そう言い残して、女の子はてててっと去って行った。
最後の一言が余計だよもう。
「せっかくだから食べたら?」
私に勧められるまま、パンをかじるアーロン君。
「美味しいです……」
驚く表情もまた魅力的だ。
「普段食べていたパンより美味しく感じると思わない?」
「はい……なぜでしょう?」
「誰かに喜んでもらって得たパンって美味しいのよね」
「たしかに……そうですね……」
アーロンはパンの囓り後を見て、ふわりと微笑んだ。
それはもう、どんな女性でもキュンときちゃうほどの笑顔だ。
「ふふふ、これから同じ思いをたくさんさせてあげるわ。私に選ばれちゃったこと、絶対後悔させないから」
「た、楽しみにしております」
まだ不安そうだなあ。
しょうがないけどね。
これからよ、これから!
そんな決意を胸に抱いていると、周囲の空気がぴりっとはりつめた。
「マリナ! 何をしている!」
響いたのは、聞き慣れた深く強い声。
お、お父様!?




