番外編 正当なる継承者
皇太后にはまるで呪いを口にするような声で告げられた、耳に残る言葉がある。
『貴女には尊い血が流れているのですよ』
その言葉が久々に夢枕に現れたとき、ふっと息が零れた。
「今更ですよ、御祖母様」
まだ少女だったころ、祖母から繰り返し告げられていたその言葉を本気にしたことは一度もなかった。
寒村に住む一族に、そのようなことがあるわけない。
優しい祖母の人となりは好ましいと思っていたが、どうもこの嘘だけはやめてほしいと常々思っていた。妄想も甚だしく、単なる現実逃避のように思えて仕方がなかったのだ。
『尊い血』が何なのか、祖母は口にしたことがなかった。
たとえ本当にどこかの士族の血が入っていようとも、どうせ先祖に使用人だった者がおり当主とそういう関係になったのだろう、そして捨てられでもしたのだろう程度に考えていた。
だからまさか、自身に前王朝の皇帝の血が流れているなど考えたこともなかった。
だが祖母から今際の際に渡された玉璽に目を見張らざるを得なかった。偽物かもしれない。だが金は偽物だとは思えない輝きを放ち、ずしりとした重みが偽物ではないと脳に告げていた。
「わたし、の母が授けていただいた、そうですよ。逃げ延びよ、と」
「これは、本物なの?」
「ええ。……貴女だけです、頼りになるのは」
「どうして?」
けれど、その問いの答えを得ることは叶わなかった。
「貴女ならば、」と口にした祖母が、最後まで言葉を紡ぐことはなく、静かにほほ笑み、息を引き取った。
隙間風とともに雪が舞い込む中、玉璽を両手で包み込み、少女は誓った。
祖母の言う通り尊い血が流れているのであれば、このような生活を強いられるはずはなかった。薬を手に入れるどころか日々の食べ物に困る状況になど、陥るはずがなかった。
自身もこの場に住む以上、祖母の最期と同じような、寒さの厳しい中で息を引き取ることになるかもしれない。
そう思うと、心臓が煮えるように熱くなった。
今まで自身の生活は避けることができない、仕方がないものだと思っていた。この場に生まれたのであれば、それ以外は望めないものだと、そう思っていた。
誰のせいでもない。ここに生まれたから、仕方がないことだ、と。
受け入れるという覚悟を持っていたわけではないが、それが当然で他の選択肢などないと思っていたのだ。
しかし、そうではなかったのかもしれない。
この生活は他人の成功により押し付けられた、不幸の産物だったかもしれない。自身の先祖を蹴落としたものに強いられている苦痛だと思うと、急に日々の生活を認めることができなくなった。
ならば、どうすればよいのだろうか。
そう思いながら目を瞑ると今まで考えたことのないような事柄が一瞬で頭の中を駆け巡り、不思議と未来への道筋が見えてくるようだった。
(反皇帝派の人間を見つけ、士族の養女となり、後宮に入り、見初められ、皇后になり、皇帝を操る)
方法まで思いついたわけではない。
政治なんてろくに聞いたこともない世界だ。
ただ物語で聞いた程度の知識で組み立てたその計画を実行すると、その時に決めた。
「本来の立ち位置に、戻れば良いだけ」
力が欲しい。
過去の皇帝が、皇族が、何をしたのかなど知りはしない。
けれど、革命は不満が限界を超えたからこそ起きたはずだ。
現状に不満を抱く自身が、一族が、権力を取り戻すために行動することに躊躇いはない。罪悪感など思い浮かぶこともなかった。
玉璽を持つ皇帝の子孫という肩書は現王朝に不満を持つ士族が協力する大義名分となるだろう。
相手を見極める必要は大いにあるが、不思議と不可能ではないと思えた。
その結果簡単にとはいかないものの、その目論見は現実となり、実権を握った、というのに。
周囲が苦しもうが何をしようが、自身は安泰な生活を送ることができていたというのに。
まさか自身が築き上げてきたものを自分の子が壊そうとしているなど、認められるわけがない。
(いや、認める必要もなかろう)
自由に出歩けない状態だが、事実上外部との連絡は途絶えていない。いままでで一番警戒はされているものの、まだ甘い。
この状況に陥ったことは計算外だったが、現帝の周囲は安定していない。今は突くのみだが、重なればそのうち崩せるという確信もあった。
「見計らえばよい。思ったよりも考えているようだが、私を止めるには至らぬと思い知ればよい」
今更夢枕に立たれずとも、あの時の気持ちを忘れたことはない。
そう思いながら、皇太后は口の端を上げた。
性別や前帝の子ではないことから、面倒事を避けるため帝位は宣言しなかった。
だが、皇帝の印を持つ自身こそ本来帝位に相応しい。
だから実権は間もなく取り戻す。
それまでの間の不自由など、現在の地位に上り詰めるまでの苦労に比べれば大したことはない。
期が熟すのを待つ程度、苦々しいと思う程度で済む話なのだから。
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