兄の忠告
レイによってコバルディア家へと送り届けられたフローラは、リビングに入るなりソファへぐったり倒れ込んだ。
「おかえり。どうした、死にそうな顔して。レイは?」
「レイ様はすぐお帰りになったわ……」
リビングでフローラを出迎えたオンラードは「ふーん」と流しつつ、寄り添うベルデとたわむれる。にこにこと遊ぶオンラードと、うれしそうに喉を鳴らすベルデ。コバルディア家のリビングはとても平和だった。平和で何よりだ。
(……つ、つかれた)
マルフィール城で……結局、あのあとすぐ解放されるはずもなかった。
いつも以上に強引なレイに手を引かれ、次は彼の執務室に連行され……そこで小一時間、懇々と説き伏せられた。
フローラがいかに王家から望まれているのか。レイにとってフローラがどれ程までになくてはならない存在であるのか。
『分かるまで話して差し上げます』と──思わず『分かりましたからもういいです』と、こちらが折れるほどに。
その際、約二年後迎えることになるフローラ卒業後の結婚に向けて、すでに細かなスケジュールまでびっしりと決められていたことも判明した。
その後はなぜか、王や王妃も交えての晩餐へと突入した。
自覚の足りないフローラに対して『毎月、このような場を設けましょう』とレイが突然の爆弾を投下すると、王も王妃も乗り気になってしまい。翌月からは毎月、フローラを交えた晩餐が予定されることとなった。
フローラは突然の事態にガチガチに緊張しながら、なんとかその場をやり過ごしたのである。
とにかく、フローラを迎え入れるためにすべてが細やかに準備されていて。レイがずっと自分だけを待ちわびているのだと、鈍いフローラにも痛いほどに伝わった。
『フローラ。私は絶っ対、あなたを逃がしませんからね』
最後にレイが大真面目にそう告げたので、なんだかフローラは気が抜けてしまった。
そもそもレイは、フローラを誰とも較べていないのに──
レイのおかげで、フローラはずっと劣等感を抱いていたことに気がついた。自身の変化や噂に振り回されて、自分を見失っていたのかもしれない。
すっかり肩の力が抜けたフローラは、オンラードとベルデをぼんやり眺め続けた。ベルデの緊張感のない鳴き声に、心からホッとする。
「そうだ、聞いたぞフローラ。カロンと魔法の練習してんだって?」
「ええ。たまたま裏庭で御一緒になって、カロン様から申し出をいただいて」
「カロンな、そういう奴だよな。なんか立派すぎるんだよな」
「立派すぎる?」
たしか以前、兄がカロンについて『苦手』だとボヤいたことがある。なぜだろうとも思ったのだが、オンラードとカロンは相性が合わないのだろう……とあの時は勝手に結論づけたのだ。
「カロン様、立派で……素晴らしい人じゃないの。誰に対しても分け隔てなく優しくて」
「そうだよ、すごい奴なんだよ。でもな、俺はあいつのこと油断ならないと思ってる」
恋人であるシーナの髪色が元に戻り始めたことをきっかけに、オンラードも気にはなっていたらしい。あれほどまでに目立つ存在であるカロンが、ホワイトブロンドのままでいることを。
「もうレイにはフローラがいるってのに、『学園の女王』カロンが御触れのままの姿でいるってのが……なんとなくモヤっとするんだよな」
まだフローラが『平凡』を望み、ウィッグを被り身を隠していた頃。
学園にはシーナやカロンをはじめ、王家の御触れどおりホワイトブロンドに染めた女生徒達が何人も存在した。それも皆、王子の婚約者として選ばれたいがためである。
レイノル王子がフローラを婚約者として選び、フローラ自身も己の容姿を隠さぬようになってからは、ホワイトブロンドの髪色も学園から徐々に姿を消し始めた。
現在フローラが知る限り、髪色がホワイトブロンドの者はフローラと……カロンの二人だけ。
「まあ、あの髪色が好みで……っていう単純な理由ならいいんだけどさ。あいつの本心なんて俺らには分からねえじゃん」
「本心、って……まるで本心は別の何かがあるみたいじゃない」
「カロンは元々『王子の婚約者候補』の一人だからな。そんな人間が、レイの婚約者であるお前に近づいてんだよ。そこんとこ忘れるなよ」
「え、ええ」
オンラードは意外にも兄らしく、妹の身を案じていた。カロンに対して色々と思うところがあったようだ。
とは言っても、カロンからは陰口から助けられたり、魔法練習に付き合ってもらったり……親切にされこそすれ、彼女との間に何か問題があるわけでは無い。むしろカロンには感謝すべきことしかないのだが。
オンラードの忠告は腑に落ちないままではあったが、目の前の彼が冗談を言っているとも思えない。
(兄様って昔から、こういう所はしっかりしているのよね……)
いい加減なようで、彼はやっぱり兄らしい。
フローラはオンラードの背中を見つめると、その思いやりに「ありがとう」と呟いた。
誤字報告、ありがとうございました!!




