第十八話 中学校時代 その十二
黒川とも一応決着をつけたということで、本格的に受験に向けて勉強しないといけなかったんだが、まあ大変だった。
雪菜は余裕で合格圏内(実際トップ合格で新入生挨拶やっていたしな)、サラッと繭香も無難に合格できるラインに立っていた。
俺?
中三の夏の模試でD判定だった。
受験まで半年くらいしかないのにこのザマでどうやって天才どもに追いつけるんだって頭を抱えたよな。
『ぶっちゃけ大和がおばかさんなのはわかりきっていたからねえ。いきなり覚醒するとか期待していないしい?』
『雪菜この野郎ちょっとは慰めとかねえのか、おい』
『慰めて結果が変わるわけもないしい』
『ぐっ』
『付け加えるなら、ここまでは予定通りだしい?』
『……、何だって?』
ふっふん! と雪菜はドヤ顔で、
『これまではあくまで土台作り。受験対策はここからだよっ』
『おい、マジか? もう半年くらいしかねえんだぞ!?』
『いやだって基礎すらズタボロの大和じゃこれくらいの博打は当然っていうか、ねえ?』
『馬鹿で悪かったな!!』
『まあまあ。おかげで土台はできた。後は伸びて伸びて伸びまくるだけよ。だいじょーぶ。基礎さえマスターしていれば応用なんてどうとでもなるわよっ。それこそ一気にAどころか前人未到のSランク待ったなしってね☆』
天才の理屈だった。
最終模試はB判定。点数は伸びたかもしれないが、合格を目指すには心許なかった。
『いや、まあ、模試は模試だしね! この点数なら何とかなるかもだしね!! うんうんっ』
『……、おう』
『あ、あれ? そんな落ち込まなくても、ほらっ、最悪滑り止めの高校にいくでもいいしさっ。どの高校にいくんじゃなくてそこで何を学ぶかが大事で、私は本当剣城繚乱高校じゃなくても大和がいく高校ならそこについて──ッ!!』
『俺は雪菜の足を引っ張るつもりはねえ』
『なんか前も似たようなこと言われたけど、でもでもっ』
『そして俺はまだ全然諦めてねえぞ』
強がりだ。
俺が平凡なことなんて俺自身がよくわかっている。
隠された才能なんてあるわけない。
ピンチになったからって何もしなければ当たり前のように負けるからだ。
だからどうした。
雪菜を不安がらせて、あんなことを言わせて、泣きそうな顔をさせているのは俺だ。俺が情けないからこうなった。それが許さないならどうにかしろ。ピンチになったら当たり前のように負けるのならば、負けないくらい努力に努力を重ねて受験本番を当たり前のように合格できるだけの力を手に入れろ。
天才じゃないからどうした。
凡人だっていうなら、天才に手が届くくらい努力しやがれ。
別に未知の法則を見つけ出して世界の科学レベルを跳ね上げるとか、オリンピックで世界新記録を出すとか、そんな一握りの天才にしか許されない夢を目指しているわけじゃねえんだ。
県内有数の高校に合格する。
日本最高とか世界でも有数とか誰もが知っている特別じゃなくて、四十七もある都道府県の中の一つでちっとばっか凄いってだけの高校に合格するくらいなら凡人にだって手が届くだろうが!!
『俺を信じろ。絶対に合格してやるから』
『大和……。うん、もちろんっ!!』
『というわけで、どうにかするためにも勉強会の時間増やしてくれねえか? マジ無理俺一人の努力でどうにかできるわけねえからな本当ガチでお願いします雪菜様あ!!』
『何これ天丼? この手の話題になったらペコペコするのが癖になっているの!?』
ーーー☆ーーー
『やべえ……。いくら勉強しても足りない気がするぞ』
中三の二月。
受験本番まで残り数日のある日のことだった。
『ハッピー☆バレンタインっ。さあさあチョコレートの時間だよっ☆ この私の手作りチョコレートがもらえる幸せ者めえ、このこのっ』
全身チョコレートを意識した可愛い服装の雪菜がにこやかにそう言った。受験本番まで残り数日とかお構いなしに、だ。
『この天才様め余裕たっぷりってか』
『もちろん雪菜ちゃんはすーぱー賢く超絶かわいいしい? 受験が近いからって狼狽えたりしないわよ』
『まったく。この時期にチョコを手作りして時間を浪費している受験生はお前くらいだぞ』
『せっかくの毎年恒例を途切れさせるほど慌てる理由がないからね』
確か雪菜が手作りチョコを渡すようになったのは小六からだったか。
一度目はほんのり顔を赤くしながら『ほしいならあげるけどっ』などと言いながら照れくさそうに差し出すくらいには初々しさが残っていた。
まあ中学になったら色々とはっちゃけるようになったから、そんな初々しさとかもう何事においても綺麗さっぱり吹っ飛んだがな。
この時も堂々と胸を張って、
『それより、かわいい私の手作りチョコレートをありがたく受け取ることね! ほらほらさあさあっ!!』
『はいはいわかったっての』
『この野郎。雪菜ちゃんのチョコレートとかそこらの男なら泣いて喜ぶくらいなのにさ。もっと喜べよーう!!』
『喜んじゃいるが、本命じゃなくて友チョコならぬ幼馴染みチョコだからな。別に狂喜乱舞するほどでもねえだろ』
『だっ、だったら……ッ!!』
『ん?』
『あ、いや、そのっ、もう少しで受験だから頑張ってってことで、うんうん!!』
『お前も同じとこ受けるってのに本当余裕たっぷりな言い方なこった』
『まあ私は合格間違いなしだしい?』
『はいはいそうだな、クソッタレ』
そっと。
俺の隣にきて、肩と肩とが触れ合うくらいに近づいて、そして雪菜はこう言ったんだ。
『大和なら大丈夫。本当は私なんかよりもずっとずっと凄いんだからねっ☆』
結果として俺は剣城繚乱高校に受かった。
運とか何とかあったんだろうが、凡人でもギリギリ手が届くのが県内有数の高校だったってわけだ。
『やったあーっ!! 合格だって合格だよ大和よく頑張ったねえーっ!!』
『ばか、このっ、抱きついてくるなっつーの!!』
もちろん雪菜も合格。
何ならトップ合格として入学式の挨拶を任せられるくらいだし、聞いた話じゃ全教科満点だったとか。
余裕たっぷりなのは伊達じゃなかったってわけだな。
『んーう? 私に抱きつかれて喜ぶのが当然で嫌がるとか論外なんだけどおー? 何せ私はかわいいからねっ』
『はいはい』
『ねえなんか最近雑じゃない? ほら私のことかわいいって褒め称えていいんだよ? 今なら思う存分かわいがっても幼馴染み特価で無料サービスしちゃうよ?』
『……、はいはい』
『雪菜ちゃんはあー? こんなにもおー? 超絶うー?』
『いいから離れてくれないか?』
『そこはかわいいって言うところじゃん!! あれっ、そうだよ、最後に大和から私のことかわいいって褒めてくれたのいつだっけ!? なになになんでそんな意地悪するの早くかわいいって言ってよ!!』
『はいはい』
『なんでそんなにそっけないのよおー!!』
俺も雪菜も剣城繚乱高校に合格した。
第一希望を果たしたんだ。
だから俺は幼馴染みとして雪菜の足を引っ張らずに済んだ?
本気でそう考えているんだとしたらあまりの馬鹿さ加減に死んでしまったほうが百倍マシだ。
──雪菜は俺にとって大切な存在だ。
幼い頃からずっと一緒にいたんだからそんなのは当然だ。
『なぜか』。
当然で当たり前で疑問に思うこともなくいつのまにか自然とそう扱うようになった理由は?
──雪菜に対する『好き』。
異性として意識するようになったからといって『好き』の種類が限定されるわけじゃない。テレビの向こうのアイドルが『好き』でも大半は本気で付き合いたいとか結婚したいとか考えるわけがねえように本当に本気でかわいい存在に男って生き物は惹かれちまうもんなんだから。
だから雪菜を異性として意識することと、幼馴染みとして大切にしたいことは両立できる。だから?
なあ、亀山大和。
本当はとっくの昔に気づいているんだろ?
ーーー☆ーーー
「俺は雪菜のことが好きだ。幼馴染みだからじゃねえ。この『好き』は付き合いたいとか結婚したいとかそういう意味の好きに決まっているだろ!!」
こんなのすぐにわかる本音でしかなかった。
今日まで無理矢理にでも目を逸らしてきただけだ。




